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第七十三話 血の契約

 お城より奥に、大きな一階建ての建物があり、そこが儀式場となっている。


 時間は、夜8時過ぎ。


 中は数百の蝋燭の光で道ができている。そこを、マリアとソフィーは手を繋ぎ歩いていく。

 ふたりは王家の紋章の刺繍が入った白い儀式用のローブに身を包んでいる。

 最後に12段の階段を上った先に、王の姿。彼は祭祀としてその場に立っている。


 ソフィーは彼の前で膝を付き、頭を下げる。マリアも彼女の隣で同じ動作を行う。


「ソフィー、そなたはマリアを受け入れるか」

「ええ、受けいれます」

「マリア、そなたはソフィーを受けいれるか」

「はい、受け入れます」


 ふたりの言葉を聞いた後、王は長い呪文を唱える。

 


 ――言の葉が止み、後ろに控えていたオーランドが黄金の聖杯を王に渡した。

 


 王は聖杯を手に取り、精霊の子の前に差し出す。


 ソフィーはナイフを生成すると、それを自分の手に突き刺した。

 血が流れ、聖杯の中が満たされていく。


 マリアはつい、視線を逸らしてしまう。


 ナイフを引き抜いた瞬間、血の流れが緩まり、傷跡も修復していく。ナイフを手から離すと、それは消失した。


 マリアは我慢出来ずに、ソフィーの手に回復魔法をかける。


「マリア、大丈夫です。先程も言いましたが、直ぐに止まります」


 何でもないことのように言う。

 

 確かに、儀式前から気にするなと、マリアは伝えられている。それでも、気になるものは気になる。


「だとしても、ほっとけるわけないですよ」


 マリアはソフィーを叱りつけるように、言葉を吐いた。


「……心配してくれているのですか?」

「当たり前です」


 マリアは語気を強める。


「キスしていいでしょうか?」

「駄目に決まってます。私、怒ってるんですけど?」


 王の咳払いに、マリアは直ぐに体制を戻す。傷はすでに完治していた。


 聖杯に満ちたソフィーの血はいつのまにか微かに光を発している。


「ふたりの誓いを聞き届けた。この血を持って、その誓いを指し示せ。嘘偽りならばこの血はそなたの体を蝕むものと知れ」


 王は最後の詠唱を唱える。


 そして、マリアの前に聖杯が差し出された。


 事前に知らされていることだが、やはり抵抗がある。


「マリア」


 ソフィーから名前を呼ばれた。

 一口だけでいいと言われている。

 マリアは意を決して、一口――口にした。


 聖杯を床に置き、マリアは自分の胸を押さえ、身を縮める。

 自分の体内に何かが侵入してくる。そんな違和感と恐れ。

 血液の中を何かが駆け巡るような感覚。

 どんなに強く掻きむしっても届かないもどかしさに、普通の人間なら気が狂う。


 ソフィーはマリアの体にしがみつく。


「それを受け入れろ」


 王は口にした。そう簡単に受け入れることなどできないと――そう、知りながら。

 しかし、王の予想とは裏腹に、少しの時間でマリアの乱れた呼吸は落ち着く。

 徐々に心拍数も落ち着き、胸を押さえた手を下ろした。


 その姿を見て、王は驚愕する。


「……ソフィー様、もう、大丈夫ですから」


 手が離れると、マリアは縮こまった体を起こす。

 自分の体内に別の何かが侵入し、体全体を覆う感覚。違和感はあるが、大したことはない。

 皮膚の表面全体に魔力の膜が張られている。これは自分を守ってくれるものだと、マリアは理解した。


「……そなた、もう、平気なのか?」

「そうですね、まだ多少の違和感はありますが」

「信じられん――」


 王はそれ以上、言葉にならない。

 どんなに耐性の高い人間でも一時間は最低でも身動きが取れなくなる。

 その後も、数日は後遺症が残るものだ。それは違和感を感じる、などと言う生易しい話では決してない。


 本来――自分の体内に自分以外の何かに体を乗っ取られるような感覚を、その程度で済ませられる人間がいるなど、とても信じられない。


 しかし、目の前の少女はそれを受け入れたように見受けられる。


「マリアさんは、ソフィー様の存在を受け入れた人間です。これぐらいは想定内かと」


 オーランドの言葉に、王は納得する。


「なるほど、大した少女だ」


 自分とは大違いだと、王は苦笑した。


 彼女ならば、この王宮を蝕む毒を浄化してくれるのではないか――そんな妄想に、王は再び笑ってしまう。

 

 

 オーランドは床に置かれた黄金の聖杯を手に取り、揺れる血液に目が奪われた。

 

 

 ――ああ、美しい。


 

 彼は、嬉しそうに笑った。

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