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第二十一話 私の名前を呼んで

「良かったんですか?」


 ソフィーの隣に追いつくと、マリアは尋ねた。


「アレンから言われる前に、私から言っただけです。終わった後に、使い魔で情報を伝える、それがいつもの流れです」


 なんかややこしいなぁ、とマリアは思った。


「アレンとしては、月一の会議に私が参加することすら本当は嫌がっていますからね」


 部屋は突き当りの場所だった。


「こちらになります」


 開かれた部屋は廊下からの光と、窓から漏れる光りに照らされている。広々としたいい部屋のように見えた。

 そして今更、マリアは不安になった。


「すいません、勝手についてきてあれなんですが、私の部屋ってあるんですかねぇ?」

「マリア様ですよね? 聞いております。ソフィー様の護衛の方だと」

「あ、はい。そういうことになってますね」

「隣に部屋をご用意しております」

「ここですか?」


 隣の部屋を指さす。


「開けてもいいです?」

「どうぞ」


 マリアは用意された部屋の扉を開く。隣よりは狭いが、十分過ぎる広さだ。


「ありがとうございます」

「いえ、ただの仕事ですから。注意点としましては、廊下などにある光は夜中の1時に、自動的に消えるようになっております。それ以降は部屋の中にあるランタンを使用してください」

「分かりました」

「それではこれで失礼させていただきますが、何かご質問はありますでしょうか?」


 ソフィーはその質問には答えず、部屋の中に入っていく。

 その行動にも、メイドは特に表情を変えない。


「マリア様は?」

「えっと、多分大丈夫かと」

「後、何かありましたなら、部屋にあるベルを鳴らしてください。私どもメイドにだけ聞こえる特別製の魔法道具となっておりますので」


 メイドは頭を下げ、静かにこの場を後にした。


 ソフィーの部屋の扉は開いたままになっている。

 これは入ればいいと言うことか? マリアは少し悩んだが、部屋に入って扉を閉めた。


 ソフィーはベットの上に腰を下ろして、窓の方を眺めている。


 明かりはカーテンの隙間から漏れる月の光と、机の上で揺らめくランタンの光だけだが、ソフィーの表情は良く分かる。


「さっきの人、すごく仕事のできる人って感じでしたねぇ」

「そうですね」


 素直に認めたことに、マリアは驚く。


「私に対して不快な感情を持とうが、それを一切、表情に出さないのですから」


 少し悩んだ後、口にした。


「姫様って、どこまで人のことが分かるんです?」


 ソフィーはマリアの方の見る。


「怖いですか?」

「そう見えます?」


 静かに息を吐く。


「怒りとか、恐れ、悲しみなど、ざっくりとしたものだけです。私は生まれた時から、言葉もまだわからないときから、それを感覚的に理解していました」

「赤ん坊のときの記憶があるんですか?」


 マリアは流石に驚いた。

 

「そうです、その時から私は私として存在し、化け物として生きてきました。みんな私を見て本能的に恐れる、母ですらそうでした」


 マリアはソフィに近づき、目線を合わす。


「私の今の気持ちが分かります?」

「悲しみ、ですか?」

「そうですよ、でもそれが何故だか分かりますかね?」

「そんなの分かりません、私はただ、あなたの感情がわかるだけですから。だから、私はあなたのことが理解できない」

「相手の嘘もわかりますか?」

「分かりますよ、みんな嘘ばかりです」

「じゃあ、教えてあげます。私が悲しいのは、姫様のことが大好きだからですよ。大好きだから、悲しいんです」

「何ですかそれは、理解できません。好きって何ですか?」

「それを言われると、私も分かりませんねぇ」


 マリアは顎に手を置き、悩みだす。


 そんなマリアを見て、ソフィーは笑った。


「本当に、あなたは馬鹿ですね」


 その笑顔は、マリアがいつも願っていた顔だ。


 視界がぼやけた。


 ――涙が流れている。そんな自分に戸惑う。


 「なぜ、泣くんですか?」

 「分かりません、分かりませんが、きっと私が、姫様のことを大好きだからですよ」

 「好きの意味も分からないのにですか?」

 「頭で理解できなくても、心が知っているんです。この気持ちを」


 ソフィは少し下を向いた後、再びマリアの顔を見る。


 「では、名前で呼んでください。私のことを本当に好きなのでしたら」


 ――そうだ、私は彼女の前で、彼女の名前を呼んだことがない。


 「……ソフィ様」


 その名前は、マリアの心に触れる。愛おしさがこみ上げる。


 「もっと、私の名前を呼んでください。――もっと、私を信じさせてください」


 マリアはソフィーの頬を両手で触れる。

 彼女はその手を振り払わなかった。


 「ソフィー、大好きだよ」


 二人はしばらく、見つめ合った。

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