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思い出の国のイブ  作者: 凪司工房
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 気づくと夢月は病院で、目の前の大きなパネルに映った医師からは「疲労と脱水症状、それに風邪だね」と苦笑された。

 薬を貰い、その日のうちに家に帰ると、本当はずっと心配していたことを父親からも母親からも訥々(とつとつ)と言われた。けれどそれもどこか夢うつつで、意識がぼうっとしたまま三日を過ごした。体力が回復するには更に二日を要して、結局一週間ほどはほとんど何もしないまま、ただ送られてくる授業ノートに軽く目を通して課題をこなしていた。


 掲示板にやってきたのは久しぶりにアバターで学校の授業を受けた、その放課後のことだ。


「あれ? 板は?」


 けれどそこには何もなかった。無くなっていた。草の模様すらない、ただのっぺりとしたライトグリーンの地面だけが存在していた。


「ああ、来たのか。体調は大丈夫なのかい?」


 声がして振り返ると、見慣れたミイラ男が立っていた。中原だ。


「板はね、全て撤去された。ほら、そこ」


 中原に促され、足元をよく見ると白い枠線で囲われた中に小さな文字で掲示板が全て削除され、新規にスレッドを立てることも不可能になった旨が書かれていた。管理者に連絡がついたのだ。


「もうここは、何もないただの空虚になった。思い出も、過去の書き込みの残骸もない。そのうちに仮想空間からも消えてしまうだろう」


 そう言った中原はやや寂しげだ。相変わらず表情こそ見えないが、最近彼の感情が声から多少読み取れるようになった、と夢月は思っていた。


「ねえ、夢月さん」


 そんな彼は唐突に名前を呼ぶ。

 それから右手を顔の包帯へと伸ばし、それをちぎり取った。そのまま剥がしていく。


「実はね、あの大化沼遊楽園を作った男性は、ぼくの祖父なんだ」


 包帯の下から現れた顔は、最初に見た思い出に出てきたあの男性によく似た特徴的な団子鼻をしていた。


「元々、祖父中原幸三郎は自動車の部品工場を経営している男だった」


 素顔を見せた中原は腰を下ろすと、一つ一つ思い出すように、時折ライトブルーの空を見上げながら話してくれた。


    ※


 まだぼくが東京に引っ越す前の話だ。近所にあった工場に行くと、鉄のパイプを組み合わせた子ども向けの遊具が置いてあってね。たぶんあれはぼくの為に作ったものなんだろうけれど、動かないブランコにメリーゴーランド、ジェットコースターの乗り物だけあったり。それでも楽しく遊んでいたのを覚えているよ。


 そんな祖父が何を思ったのか、突然俺は遊園地を作ると言い出してね。家族からは酷い反対にあったと、祖父が亡くなってから聞いたよ。借金を重ね、何とかお金を工面し、突然あの場所に巨大なレジャー施設を作ったんだ。誰もが楽しんで笑顔になる場所。そういう意味を込めて『遊楽園』と名付けたそうだよ。


 最初は君が見た思い出の通り、信じられないくらいの人が集まってくれてね。ゲートの前には長い行列が出来て、観覧車に乗るのに一時間二時間待ちなんてこともあったそうだ。けどそれも長くは続かなかった。もともと主要都市からのアクセスが悪く、駅も遠かったり、近所に他の競合施設が出来たりしてしまって、目に見えて来場者は減ったそうだ。


 経営悪化から閉園し再起を目指したが、資金繰りの目処もつかず、そうこうしているうちに祖父も体調を崩して、管理会社に譲渡したそうだ。亡くなる前になんとか自分の夢を受け継いでくれる人に引き取ってもらいたいと願ったらしく、管理会社の人も処分できずに結局そのまま放置されてしまったんだろうね。


    ※


 その夜、夢月は明日が提出期限となった課題の作文に取り掛かりながら、自分にも中原や中原の祖父のように夢中になれるものってあるのだろうかと考え込んでしまう。十年後とまでいかなくても、三ヶ月、半年と熱中できるものは何だろう。

 端末を覗くと、撮影したままどこにも仕舞われていなかった写真が沢山出てきた。全部あの遊楽園のものだ。錆びた遊具、色が剥げた木のベンチ、ガラスが割れた事務所の建物に風化してもなおしっかりと大地に立っている観覧車。それらを眺めていると思い出玉で見た光景が幾つか蘇った。それと同時に夢月はもっと彼らの写真を撮っておかなければならない、という焦りにも似た気持ちに支配された。

 明日は外出規制は出されないだろうか。

 予報を調べて大丈夫そうなことが分かると、夢月はせり上がる気持ちを抑え込んで、パソコンのキーボードを叩いた。


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