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思い出の国のイブ  作者: 凪司工房
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 ――あれは何だったのだろう。


 夢月は教室の窓の外を昇っていくカラフルな風船たちを眺めながら、遊楽園で見つけた不思議な球体について考えていた。黒板にはチョークの手書き文字風フォントで『十年後の自分について』と表示され、ロボットの姿をした教師が抑揚(よくよう)の少ない声で作文について話している。


 どうせ後で録画を見直すか、誰かがSNSにアップした宿題メモを見つければいいからと、誰一人として生徒たちは話を聞いていない。生徒といっても夢月のように学生服姿は三割ほどで、後は人魚だったりお姫様だったり、はたまたゴジラのような怪獣だったり、好き勝手な見た目をしている。アバターと呼ばれる仮想世界の自分の分身なのだけれどまともな人間の姿にしている方が少数派で、夢月たちのようなタイプはやや滑稽(こっけい)に映るかも知れない。


 放課後になると夢月は他の生徒たちとは群れず、さっさと学校エリアを抜け出す。

 仮想空間は幾つものエリアと呼ばれる球体になっていて、それぞれがマインクラフトやレゴのようなブロックで作られた街だった。


 夢月はブックマークしておいたあるエリアに飛ぶ。

 そこはほとんど何もない平面が広がる空間だ。空はのっぺりと淡いブルーで塗り潰され、地面も草の模様が書かれたブロックが延々と並んでいる。特徴的なことといえばその草の上に長方形のボードがぽつりぽつりと立っていることだろう。かつてネットがまだ一般にそこまで普及していなかった時代に掲示板と呼ばれた匿名(とくめい)で誰でも書き込める場所があった。ここはその掲示板の墓場だ。偶然見つけて以来、よく立ち寄って何年も前の書き込みを眺めながら、あれやこれやと想像することが密かな楽しみになっていた。


 ――何か、書いてみようかな。


 そんな思いつきをしたのも、先日遊楽園で見かけたあの不思議な玉の所為せいだろう。


 夢月は場所については伏せて『廃墟の遊園地で見つけた不思議玉』というタイトルで簡略に体験した出来事について書き込む。国語の授業の作文は苦手で、ここでもやはり、どう文章にすればいいのか分からず、何度も書いては消してを繰り返した。それでも三十分ほど粘って、何とか形になった四百文字程度を無事送信し、その掲示板に反映されたのを眺めると、奇妙な充足感が夢月の体に広がった。




 その週の日曜の午後だった。


「あ」


 と思わず声を()らしてしまったのは、掲示板の前に見知らぬアバターが存在していたからだ。

 すらりと立つ、長くて黒いシルクハット姿の彼は夢月に気づくと黒いコートの裾を揺らして振り返った。その顔は包帯で覆われていて表情が全く伺えない。ミイラ男だろうか。不気味さこそあったが、彼は「誰?」という問いかけに「中原と申します」と丁寧な口調で答え、会釈した。

 続いて「実に懐かしい」と口にし、再び掲示板の書き込みに顔を向ける。釣られて夢月も見ると先日の書き込みの下に『懐かしい』というコメントがあった。彼のものだろうか。


「これは君が?」

「はい。そうです」

「失礼だが、この光景を見たというのはもしかすると大化沼遊楽園じゃないのかね?」


 夢月はそのミイラ男をまじまじと見つめ返しながら沈黙したままゆっくりと頷く。彼は「やはりそうか」と満足そうに何度も頭を振り「懐かしい」と繰り返した。


「今でこそ誰もがアバターで仮想世界を闊歩(かっぽ)し、地球の裏側でも関係なく電子的に対話できる世の中になっているけれど、ぼくの小さい頃にはまだ人と話すといった場合、電話やメール以外では実際にその人に会いに行くしかなかった。どちらかといえばネットネイティブだったぼくなんかは、何でもネットで済ましてしまう方がいいと思っていたのだけれど、なかなかそういった考えは受け入れられなかったね」


 夢月の父親と同じか、それよりも上の世代なのだろう。


「君が見たのはそんな時代の、それこそ思い出と呼ぶべき情景だったんだろう。思い出の幽霊、あるいは廃墟となった遊園地が見せた幻想。その思い出玉は他にもあったのかい?」

「思い出、玉?」

「思い出の詰まった玉だから思い出玉。悪くないネーミングだろう?」


 センスがいい、とは思わなかったがそれでも一番しっくりとくる名称で、夢月は

「思い出玉」と口の中で二度繰り返す。

「最近外出規制だったから行けてないけど、たぶん、まだあります。降ってました」

「そうか。なら、本当に暇な時でいいから、またここに書き込んでもらえないだろうか。懐古趣味(かいこしゅみ)かも知れないが、近頃やたら昔のものを探してしまうんだ」


 構いませんよ、と答えて夢月は端末にメモをした。中原ミイラ男の依頼、と。


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