帰る
「遅くなってごめんね」
「兄さん、大丈夫?」
きれいに言葉が重なって、バナットとカラタは思わず微笑んだ。なんとかコアツァを送り届けて帰ってみれば、すでに港で噂を聞き及んでいたカラタは、軽い食事の用意だけして、縁側でバナットを待っていた。何か刺繍をしているらしい手元の青い布は、きっとバナットの新しいシャツだろう。
思わず笑顔が大きくなる。
「なあに?」
「なんでもない。ほら」
バナットの手にあるのは、コアツァに渡された輸入菓子の箱だ。
「コアツァは大丈夫。かなり呑んだから明日は辛いだろうけど。これをカラタにって。まだ島に入ってきたばかりらしいよ」
「ふうん」
箱を開けた途端に香った甘い匂いに、カラタは嬉しそうに「じゃあ、お茶入れてくるね」と炊事場へかけていく。まだ火を落としていないのは、バナットがなにか温かい物を欲しがった時を考えていたからだろう。バナットは積極的に欲しがったことはないのだが、カラタは体には温かい食べ物がいいと信じている。それは祖母から教えてもらった生活の術のひとつらしい。カラタはすぐにふたつの椀を抱えて戻ってきた。
「兄さん、怒ってたでしょう?」
事の次第はおおよそ聞いているから、カラタは兄の気持ちや行動がわかる。常に目立つのがたまに悪い方へと転がっていく。カラタはずっと兄が心配で仕方がないが、それはきっと、兄がとても大切だからだろう。
「うん、まあね」
バナットはもうコアツァの話はしたくなかった。これはコアツァの話というより、船の仲間の話になるから、誰のことも悪くいいたくない。それは気持ちから行動に出てしまうと知っているからだ。船の雰囲気がこれ以上悪くなるのは避けたい。それにカラタに愚痴を聞かせたくないぐらいには、まだまだ恋が勝っている。
「美味しいよ」
だからカラタから椀を受け取ると、そのまま腕をひいて横に座らせ、箱から取り出した菓子を差し出すと、自分の口にも甘くてほろりとすぐに崩れる菓子をぽいっと入れて、「うん、美味しい」と言ってまた笑った。
そしてバナットは、カラタが自分の笑顔に弱いことをよく知っている。