溜息がでる
バナットは困っていた。
今日は今季では初めて出漁を見合わせた。朝方に島が動きを変え、海流の動きが読みにくい。このところ小型ではあっても毎日獲物があったから、しばらく出られなくても大丈夫だろう。漁に出なくても仕事はある。だがそれほど時間はかからない。だから早く帰ってカラタの畑の手伝いをしたり、食事を作ったり、ゆっくりしようと思っていた。
「なんでも俺のせいにしやがって」
コアツァは怒っていた。
短気で怒りっぽい男ではあるが、皆が思うほど喧嘩ばかりしているわけではない。仕事に関しては特に真摯だから、船の上で短気をおこすことはまず無い。たとえどんな理不尽と思っても、船長の言うことは絶対だとわかっているから、歯向かうことも無い。
今季の揉め事の大半は新たに加わった船の舵を握る若手ふたりが、どうにも前からの船の人間と反りが合わないのが原因だ。なのに、なにをしても目立つコアツァがやり玉に挙げられる。できるだけ庇うようにしているが、バナットはまだまだ若手だし、発言力も弱いし、なにより言葉がうまく出る質ではない。
「まあ、みんなわかってるから」
言えることはせいぜいこんなことぐらいだ。
だからバナットは余計に困っていた。どうしても慰められないのに、コアツァをひとり放り出して帰る気にもなれない。だが本音を言えば、早く帰ってカラタと一緒にいたい。まだ結婚したばかりなのだから、当たり前だろう。
カラタは知らないようだが、バナットはずっと前からカラタが好きだ。物心ついた時からと言っていいだろう。小さくておとなしいが、勘がよくて、どんな植物とも相性がいい。いつも目を大きく見開いて、何かを探しているように世界を見ている。
せっかく一緒に暮らせるようになったのに、なぜコアツァとぐだぐだと船に残っているのか。
残念なことに、漁に関係ないところでのコアツァは、実に喧嘩っぱやい。これはどうにも否定できない。この状態でひとりにするのも不安が残る。いつものようにコアツァの方から「早く帰れ」と言ってくれればまだ帰りやすいのだが、今日はそれでもひとりにする気になれないだろう。
「おまえが、みんなを纏めなきゃいけねぇんだよ」
船長のジャラナンの言うこともわからないではない。船長自らより、その下で少しずつ纏め、総括として船長が締める方が上手くいく。
「少しは話をきいたりなんだりって事もやっていかないといけねぇだろう。わかってんのか」
理不尽だと、バナットは思う。どれほど腕がいいと言っても、まだコアツァは一番槍でもないのだ。纏める立場ではない。それだけ腕をかっているとも言えるのだが。
「なんでもかんでも」
コアツァがまた椀を空けた。今日は自分でも抑えが利かないと思っているのか、「帰れ」と言い出さない。バナットは小さく息を吐くと、酒瓶を差し出した。