心配する
「これも持っていかんねぇ」
「え、いいよ。おばあちゃん、これ、おばあちゃんのご飯じゃない」
差し出された籠の中を見て慌てて返そうとするカラタの腕を、存外強い力でゼアゾイが押しとどめる。
「あたしはまだあるから。ひとりだと減らないで」
「う、うん」
カラタは祖母を独り暮らしにしてしまったという負い目があるから、そう言われると返事に困る。
なにも祖母は困らせたり、意地悪で言っているわけではない。それはわかる。というより、たぶん、考えてもいないだろう。孫娘の迷惑になることの方が嫌だろうし、なによりまだまだ元気だから、ひとりでも何も困ったことは無い。
「ありがとう」
「うんうん、バナットによろしくな」
早く帰れというように手を振る。そんな仕草はすぐ上の兄のコアツァにそっくりだ。
カラタが10歳の時、両親が相次いで亡くなった。
父は仕事で、母は病気で。
コアツァの上の3人の兄とひとりの姉はそれぞれに仕事や家庭を得て家を出ていた。誰もこんなに早く両親がいなくなると思ってはいなかったが、コアツァはすでに海獣漁師の見習いになっていたし、祖母は頑健でもう手のかからないふたりの子供を育てることにわけもないと誰もが考えた。
「じゃあ、気をつけてね。また来るね」
「あいあい」
すでにゼアゾイの手は仕事にしている銛の砥ぎに戻っている。大方の漁師は自分で銛を砥ぐが、新米の銛や家庭の刃物など、ゼアゾイに託される物は多い。彼女はおそらく、村どころか、近隣の村や市の誰よりも砥ぎが上手い。ほんとうにカラタが心配をすることなど何も無いのかもしれないが、それでも心配はつきないものだ。
カラタは名残惜しげに家を出ると、長い坂道へと向かい歩きだした。両手に籠を持っているから、今日は走れない。片方は汁物の容器が入っているから尚更だ。
小雨が降っているが、籠には蓋があるからその心配はいらない。そしてゆっくり歩くカラタの手に、「持つよ」と伸びてくる手があった。
「え、帰ってたの?」
「うん、久しぶり。っていうか、これ、すごい量。カラタ、もう子供できたの?」
マロットは2つに括った髪を揺らして笑っている。そう言う彼女はお腹が大きい。臨月に入って実家に帰ってきたのだ。
「それはマロットの方じゃないの。いいよ、いいよ、持てるから。ね、お腹に障るから」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。あのね、少し動きたいのよ。ちょうどカラタの家に行こうと思ってたの」
「雨なのに、明日でもいいんじゃないの」
「このぐらい、いつもじゃない」
確かに、雨季に入った島で雨は毎日のことだ。
「まあ、そうだけど」
「さ、貸して。あ、なんかいい匂い。これはおばあちゃんのあれだね」
「うん、そう」
カラタは観念して笑った。
「じゃあ、うちで食べよう」