話す
「ところで、あっちはどうなったよ」
「あっち?」
「ふざけんなよ」
コアツァが投げてきたものを受け止めたバナットが顔を顰めた。
「投げるなよ」
と言いながら、小型のナイフを投げ返す。刃は潰れているからそれほど危険ではないとは言え、投げあうものではない。
「ふん」
刃の無いナイフは船の修繕に使う。そのままコアツァが使いながら、「ゾンガライだよ。あいつ、結局のところ、今季はどうするって言ってたよ」と続けた。
「うん」
「乗らないのか、どこでも」
「うん、そうみたい」
コアツァと気が合うとは思えないからうちの船には来ないだろう、とはなかなか言い難いが、根が素直なせいか、顔には出てしまう。
「俺のせいかよ」
「いや、そう」
最後まで言わせず、コアツァは絡む。
「船に乗らなきゃ、稼げないじゃねえか。それで厭もなんもねえだろうが」
「まあ」
「それに、うちじゃなきゃ、どこの船にも乗れねえぞ。こんなに船があるとこは少なねぇからな」
もともと口数の少ないバナットだが、こうなると相槌も打たなくなる。
「せっかく乗っけるってんだから、ちゃっちゃと来ればいいじゃねぇか。わかんねぇ奴だな」
コアツァはほんとうに腕がいい。それはおそらく、バナットが理解している以上に周囲の港や漁師達に広まっている。腕もよく、真摯で、決して仕事をなめることなどしない。自分、仲間達、そして獲物になる海獣達の命を誰よりも尊重しているだろうと、バナットは思っている。
バナットはコアツァの凄さも良さもよく知っているが、少し遠くに、コアツァをよく知ることができるほど近くにいない人達には、どうも、腕の良さと同じくらいに、口や態度の悪さが気になるらしい。他人より少しばかり気が短いだけだと思うのだが、そう思わない人の方が多いのだ。だから、今季の漁に出なければ収入が厳しい漁師ですら尻込みをする。
それに、とバナットは思う。
今季は7艘もの船で組んで漁をしている。しめて40人弱の漁師を取り纏めるのは難しいのか、まだ漁期は始まったばかりなのに、小さな諍いがすでに起きている。どれにもコアツァは関わっていないが、腕が良くて口が悪いという評判のせいか、なぜかコアツァの名前が人々の口の端にのぼる。
腕はそこそこでも、気の強さでは変わらないだろうと思われる漁師がひとり増えるのは、おそらく負担にしかならない。バナットはだから言い切った。
「別に、うちには必要ない」
珍しいバナットの語気の強さに、コアツァは鼻白んで黙った。
簡易に張った船の上の幌に、雨がパタパタと音をたててあたりはじめた。