やめろーーーー! 死は救済なんかじゃねぇ! 俺とネクロマンサー勝負でバトルだ! ~ネクロマンサーは死と戦う。ホビー漫画みたいに~
ふっと思いついて書きました
「空高く見守る女神よ。この勇敢なる男の死に、女神の愛を。そして、彼の守りしこの村に女神の恩寵を――」
ハイドリムの田舎町では、棺桶の中で目覚めぬ眠りにつく一人の男に教会の神父が祈りを捧げていた。
村の人間は悲しみに暮れていた。
「……グラムの野郎……まったく、最低な野郎だぜ」
「この村一番の女を捕まえてよぉ……」
「村を守るためだけど……お前が犠牲になってどうするんだよ」
そう、目覚めぬ眠りについたのはグラムという男。
このハイドリムの田舎町に、一匹の凶暴な魔獣が迷い込んできた。その魔獣は凶暴であり、田舎町では聖騎士を待つべきだという声が上がっていた。
しかし、グラムはこの魔獣を倒すべきだと森の中へ魔獣を倒しに行き……そして、帰らぬ人となった。魔獣の命と引き換えに。
「バカ……グラム……!」
泣き崩れるのは、一人の美しい女性。
グラムが射止めた、村一番の美女であるアンナ。まだまだ愛を育んでいた時期だというのに、恋人の死は彼女の心を引き裂くには十分な衝撃だった。
「なんで私をおいていくの……!」
「アンナ……元気を出して……」
村の女性がなんとか慰めようとするが、悲しみに包まれる彼女を癒やすまでに至らない。
神父も悲しみを瞳に浮かべながらも、女神への祈りを終わらせる。
「……では、女神への祈りは終わりました。彼の魂を女神の元へと送り届けましょう」
ハイドリムの儀礼で、最後には村人たちは祝詞を唱える。
見守る女神の元へ、魂を送り届けるために。
送られぬ魂は、淀み、歪んで最後にはアンデッドへと変貌する。だが、それでも残ってほしいと思ってしまうのは人の性というものだろう。
「さあ、それでは……」
「やだぁ……グラム……行っちゃやだよぉ……!」
止める間もなく、アンナが棺桶にすがりつく。
泣きじゃくる彼女を止めることは村人には出来ない。神父は、辛い役目だと思いながらもアンナを止める。
「……あまり引き留めてはいけません。さあ、お別れを」
「その祝詞、待った!!」
突如として静かな村に大きな声が響き渡る。
「な、誰ですか!?」
神父は驚き、そう聞くと……村の入り口から歩いてくる足音。
「誰と聞かれちゃあ、答えるしかねえな……俺はカルマ! この世界の皆を幸せにするネクロマンサーさ! まだ語りたいことも残ってるってのに……勝手に成仏させようなんて、女神が許しても俺が許さねえ!」
そんな言葉と共に歩いてきたのは、不格好なほどに大きい外套に身を包んだ、とんでもなく活発そうな少年だった。
キラキラと輝く瞳、元気に跳ねている髪は生気に満ちあふれていて、ハイドリムにたまに生息するという擬態とは違う、間違いなく見た目通りの年齢だと伝えてくる。
「な、なんだ? 坊主、葬式なんだ。邪魔をしちゃ……」
「なっ……!? か、カルマですって!?」
村の親父が少年を諫めようとする前に、神父が衝撃のあまり叫んでしまう。
「あ、あの『冒涜のカルマ』ですか!? ある時は、村中の死体を動かして大騒ぎ……ある時は、魔獣を復活させてあわや大事故……! そして、実験の末にとある町を半壊させたという……!」
「おいおっさん! 最後はやってねえ! 無実だぜ! 俺は正義のネクロマンサーだ! 人を笑顔にするのが仕事だ!」
村の人間は内心で思った。最初の二つは事実なのかよと。
あんまりなことに、参列者全員がぽかんとして悲しみすらも棚の上に置かれている中で、死体に近寄っていくカルマ。
「なあ、ねーちゃん……大切な人が死んで悲しいよな」
「え……」
「もう一回、話したくはねーか?」
その言葉は、願ってもないことだった。
それこそ、街で顔に傷のある薄汚れた男がナイフを持ちながら言う「何もしない」よりも怪しい言葉だ。しかし、それでもアンナは願う。
「……話したいよ……! グラムと、もう一回話したい……!」
「だよな……なら、このカルマに任せな!」
そして、少年は来ていた外套を広げ……そこには様々な器具がそろっていた。
用途が分かるような物から、全く想像の付かない器具まで。
「なっ、何を……」
「へっ、この俺に任せな! 女神教徒の出る幕はねえぜ!」
そういうと、棺桶を開けるカルマ。
「さあ、ここからはネクロマンサー秘密道具……死者の天幕!」
そういうと、包みを上空に投げ……バサリと広がり、死体とカルマを包むように広がる。
「なっ、何を……」
「この天幕は、死体の腐敗の進行を抑える加護が付いてる。ネクロマンサーは死体の腐敗までの早さが勝負だからな!」
そういうと、モノクルのような器具を取り出して死体を見聞する。
「……なるほど、なあ! この死体を処置したのは誰だ?」
「あ、ああ。ワシじゃが……」
この町の一人だけの医者が名乗りを上げる。
それを見て、にやりと笑みを浮かべる。
「なるほど……名医者だぜ、あんた! これなら俺の作業はもっと早く終わる!」
自信にあふれたカルマの姿に、すっかりと雰囲気に飲み込まれてしまっている村の面々と神父。
「さあ、まずはネクロマンシーのために必要なことからだ! 確かに良い処置だが……これじゃあまだ死体だぜ」
「いや、死んでるからそりゃそうだろ」
「生き返らせるために……まずは器を生前に近づける事からだ! 血は完全に流れきってるな……なら、まずはこれだ! フレイムドレイクの活性液を使う! 貴重なこいつを、体に流し込むことで……」
「えっ……う、うわ!? グラムがだんだん、元の色に戻ってる……!? あんなに真っ白だったのに……!」
村人のツッコミをスルーして、謎の器具を使い、死体に液体を注入する。すると、徐々に死体の体に赤みが差していく。
それを見て、奇跡か冒涜かとざわつく住民たち。
「フレイムドレイクの体液は、熱く燃えたぎるエネルギーに満ちあふれた液体だ。人間には毒だが……死体になら、ちょうど良い刺激ってところだぜ!」
「死体に良い刺激もないんじゃ……」
「さて、このにーちゃんは死んでから三日ってところだな……筋肉も凝り固まってる。なら、これの出番だ! 筋肉を溶かすシビレウキグモの毒。この場で調合して……最もベストな濃さで注入する!」
「死体に毒を!?」
「生きてる人間にだって、適切な量を使えば毒は薬にもなる。死体だって同じだ! そして、俺は一流のネクロマンサー! 必要な毒の量も調合も……完璧だ!」
「いや、その理屈はおかしいよ」
村人たちはもうツッコムことしか出来ない。だが、特にカルマは気にすることはなくまた新しい器具を使って死体に毒を流し込む。すると、先ほどまで硬直していた体はどこか生きているかのように、柔らかさを取り戻していく。。
そして完全に毒が回りきり……永遠の眠りについたグラムは、まるで生きている時と変わらないようだった。今にも寝息が聞こえてきそうなほどに。
「す、すげえ……生きてるっていわれても信じちまいそうだ」
「まだまだ! 本番はここから……最も重要な魔法陣の筆入れだ……!」
外套から取り出したのは、一本のペンだった。
ただのペンに見えるが、それは普通の人間にも分かるほどに禍々しいオーラを放っている。
「父ちゃんから引き継いだペン……! どれだけ死体を生きている時に近づけても、最後の魔方陣が失敗すれば意味がねえ! だが、俺は世界一のネクロマンサーになる男だ!」
そして一筆入魂。柔らかなグラムの死体の腹に、大胆に、それでいて繊細にペンで魔方陣を描いていく。
それを見て、医者が思わず声を上げた
「……な、なんと見事な……あの年であそこまでの技術を……」
「あ? 爺ちゃん先生。あれそんなに凄いのか? 一番地味に見えるけど」
「地味だからこそじゃ……人間の体に正確に絵を描くのは大変じゃ。肉の付き方も、骨の形も違う……じゃというのに、あの少年は一目見ただけでグラムの体に完璧な円を描ききっておる……淀みなく、それでいて正確にじゃ……ワシには到底できん……死ぬ前にいい物を見た……」
「そ、そうか……なんかちょっと怖えよ」
思った以上に熱のこもった解説をされてドン引きする村人。
だが、そんな外野の喧噪も聞こえていないのか汗を流しながら集中して筆を進める……丁寧に丁寧に文字を書き……そして、最後の一筆で魔方陣を書き上げる。
「……よし、これで完璧だ! おい、ねーちゃん! このにーちゃんの名前は!?」
「えっ!? ぐ、グラム……グラムよ!」
「分かった! グラムだな! 『父なる大地よ。母なる空よ。この哀れなる魂の器を――』」
名前を聞いて、カルマは詠唱を唱える。
それを聞いて、今度は女神教の神父が驚愕することになる。
「なっ……!? あの詠唱は……!?」
「うわぁ、今度は神父さんかよぉ!? なんだよ!」
「我々のような、神職の使う魂を導く魔法の詠唱なのです! しかし、アレンジがされている……!? 本来、女神に向かうはずの魂が死体へと向かう……しかし、それでは魂は定着しません! ただの無駄にしか……」
だが、神父の言葉を覆すように、魔法の使えない村人にだって分かるほどの魔力の本流が死体へと流れ込んでいく。
その光景を見て、神父は驚愕して叫ぶ。
「いや……そうか! 死体を生者のようにすることで器として完成をさせているのか! 壊れた水瓶を修復するように、死体を修繕して魂を受け入れるに値する器に……! そうと分かれば、魔方陣も理解が出来る! だからこそ、死んでいるのに魂は彼の体に定着するわけだ! くっ、まさか私の知らない技法が……!」
「怖えよ! なんだよこの状況はよぉ!」
興奮して実況するようにそう語る神父に、思わず悲鳴をあげるように叫ぶ村人。
そんな一幕の間に、すでにカルマの詠唱は終わりを迎えていた。
「『――グラムよ! 戻る場所へと戻れ!』 ……よし、完璧だ!」
詠唱が終わり、魔力の本流は収まる。そして、死んでいたはずのグラムは……
ゆっくりと目が開いて……体を起き上がらせる。
「……グッ……ウゥ……まさか、本当に……生き返れるなんて……」
「ぐ、グラム!」
村人たちは仰天する。
確かに蘇らせるとは言っていた。しかし、本当に死体が生者として戻れるなど思っても居なかったのだから。
「グラム……本当に、グラムなんだよね?」
「よう、兄ちゃん。お帰り」
「……坊主、ありがとうな……言いたいこともいえずに魂だけになっていた俺を引き戻してくれて。そして、アンナ……ごめんな」
それを見て、柔らかな笑みを浮かべる死体だったグラム。
涙腺が崩壊し、泣きながら体に抱きついて涙を流すアンナ。
「バカ! バカ! どうして死んじゃったの! 私を置いて……幸せにしてくれるって、約束したのに……!」
「……悪い。でも、あの魔獣は人を食っていた……そして、もう村まで近くに来ていた。聖騎士を待っても、間に合わないと思ったんだ。早いか遅いかの違いだった」
優しく語りかけるグラムは生前と同じだった。
恋人との語り合いを邪魔できる無粋な者など、どこにもいない。
「確かに俺は死にたくはなかった……でも、それ以上に君に死んでほしくなかったし、そんな可能性すら生まれて欲しくなかったんだ。だから、俺はあいつと相打ちになる覚悟で戦った……」
「グラムのバカ……! だとしても……一緒に死んでくれっていって欲しかったのに……!」
「ごめんな。でも、アンナを……君の住むこの村を守れてよかった」
泣きながら、怒りながら……アンナはグラムにたくさんの言葉をかけた。
申し訳なさそうに、その言葉を受け止めて……そうして、長い長い語り合いは最後を迎える。
「……本当に……バカなんだから……」
「ああ……なあ、坊主。ありがとうな。俺を蘇らせてくれ」
「へっ、いいってことよ」
照れくさそうにするカルマは、どこにでも居る少年のようだ。
しでかした事は到底、少年の所業とは呼べないが。
「……しかし、これは外法で……」
「神父さん。無粋なことを言うなよ……それに、ほら」
見れば、体が徐々に光り始めるグラム。
もうお別れなのかと、全員が察していた。
「ありがとう……ちゃんと話せてよかったよ。俺は女神様のところに行くよ」
「……グラム……私こそ、ありがとう」
「じゃあな、皆も。達者でな」
そして、グラムの体の光は薄くなり……
スンと消えた。
「……あれ?」
光だけ。
そして、とんでもなく気まずそうな顔をしているカルマ。
「……あー、なんだ。その……ごめんな兄ちゃん?」
「……なあ、坊主。どうなってるんだ? 俺の体は光って女神様の元に送り届けられるんじゃ……」
ちゃんとしたお別れに、もう満足だと言ったのに天に召されない。
気まずさに、口早に聞くグラムにカルマは答える。
「いや、体が光ってたのは副作用だよ。フレイムドレイクの活性液は、発光するんだ。幻想的で、めっちゃ綺麗だしいい感じの雰囲気になるかなぁ……って思ってたら、なんか想像と違った流れになっちまった……」
「えっ!? な、なら俺はいつまで生きるんだ!?」
「ああ、それなら大丈夫だ! 多分一ヶ月くらいしたら魔法陣の限界だからそのまま成仏できるぜ! ただ、体のケアには気を遣えよ! じゃねえと腐るし、壊れたら体は戻らねえからな!」
村の全員がカルマを見ていた。
それはもう、このガキ本当に正気か? と疑うような表情を浮かべている。
この状況で一ヶ月も生き残るといわれたグラムは、天を仰いでいる。
「……」
「……」
「あー、なんだ……うん! じゃあな! 元気でやれよ兄ちゃん! 後悔しないようにな!」
そう言って颯爽と去って行ったカルマ。その足の速さはまるで早駆けするワイバーンのようだった。村人たちも、とんでもない速度で去っていたカルマに反応できずポカンとしている。
そして……アンナとグラムは顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。
「……あー、クソ! めっちゃ恥ずかしいな。ま、仕方ねえ。一ヶ月もあるんだ。後悔しないように生きるとするか」
「うん、そうだね……でも、危ないことをしたら駄目だからね! 直らないんだから!」
「分かってるよ。今のうちに村の皆にお別れするかねぇ」
その言葉に、村人たちもなんともいえない表情でグラムを小突き始める。
「この馬鹿野郎! 散々文句を聞かせてやるからな! 格好つけやがって」
「英雄気取りかよ! アンナちゃんを泣かせやがって! この成仏出来なかった恥ずかしい野郎がよぉ!」
「死んだら俺がアンナちゃんを貰うからな!」
「いいや! 俺だ!」
「うるせぇ! アンナはお前ら見てえなバカには絶対にやらねえからな!」
そうして、一人の男の葬式は……悲しみではなく、苦笑いとバカ騒ぎで終わることになった。
奇しくも、カルマの夢と同じ……幸せで終わる結末となったのだった。
しかし、カルマの旅は終わらない! 彼の夢はネクロマンサーの技術で世界中を幸せにすることだからだ!
頑張れカルマ! 負けるなカルマ! 今のところは悪評が8割だ! 夢にまだほど遠いぞ!