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森の番人

必殺技の名前はとっても難しいんだ。

海外の言葉らしいけど、いんぱくとって何だろう?

 悲鳴が聞こえた瞬間、巧は私の手を離して駆け出してしまった。

その後を追うようにガレットと向かうと、茂みの先には中途半端に樹にしがみ付いている一人の男性を見つけた。

吠え立てる狼犬は、ゴールデンリトリバー位の大きさだった。


「タエちゃん、大きなワンちゃんだよ」

「タクちゃん、危ないわ」

「たす……、助けてくれぇぇぇ」

「お兄ちゃん!」


 大きな声を出したデイルに向かって、吠える狼犬。

その唸り声はかなり興奮しているらしく、すぐに手が届きそうなこちらに見向きもしなかった。

デイルは竹カゴを背負っていて、今にも力尽きて落ちてきそうだ。


「弱いものイジメはダメだよ!」

「そうね。ここは私に免じて、許してあげてくれないかしら?」

「グルゥゥゥゥゥゥ」

「タクちゃん、下がってて」

「ううん。こんな怪人、僕の必殺技で!」


 巧の前に出たタエの後ろから、勇敢な言葉が返ってくる。

ようやくこちらに怒りを向けてきた狼を前に、タエは目だけで威圧した。

私の後ろには、守るべき孫達がいる。

また、目の前にいるデイルも、助けなくてはいけない存在だった。


「タエちゃんを、イジメるな」

「グルゥゥゥゥゥゥ」


 背後で巧の声が聞こえる。

だけど、今は狼犬から目を逸らすことは出来ない。


「トォ……。タクちゃぁぁぁぁぁぁん、スッゴィキィィィィィィック」


 目の前にいる狼犬の手前に、いきなり巧が高角度からのキックをお見舞いした。

砂煙が舞う中、「キャゥゥゥゥゥゥン」という悲しげな泣き声が聞こえてくる。

そして樹にしがみ付いていたデイルが、腰からドーンと落ちていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「た……、助かったぁ……」

「お兄ちゃん!」


 キューっと伸びている狼犬をすり抜けて、ガレットはデイルの元に駆け寄った。

タエは何が起きているかは分からなかったけれど、まるでターザンのように急角度から蹴りを放ったのは理解出来た。

狼犬は意識を失っているようで、死んではいないけど、助けようとするのも難しいと思った。


「あ、あの。助けてくれて、ありがとうございました」

「もう、無茶しちゃダメですよ」

「それで何でここに?」

「お兄ちゃん、私がお願いしたの!」


 ガレットが兄をタックルするように、抱きついて泣きじゃくっている。

腰が抜けたのか変な姿勢のまま平謝りするデイルは、ミーアの名前をだした途端「内緒にして欲しい」と懇願してきた。

ガレットに迷惑をかけている以上、知られるのは時間の問題だけど、タエは渋々了承する。

すると男らしく立ち上がったデイルはガレットを横にどけ、腰から短剣をスラリと抜き出した。


「何をするのかしら?」

「何って、その狼はフィアーウルフですよ。この辺で、集団で襲われるのはコイツのせいです」

「でも、一匹だったわ。この子の縄張りに入ったのは、貴方じゃなくて?」

「それは……、そうですが」


「なら、この話はお仕舞い。タクちゃん、狼さんは許してあげましょうか?」

「うん。本当に悪者なら、爆発していなくなっちゃうんだ。生き残るのは、良い子になれるんだよ!」

「へぇぇ、そうなの? よく知っているわね」

「うーん!」


 タエの説得により、フィアーウルフは見逃されることになった。

デイルは目的の植物を手にいれたようで、後は染料にする為の工夫をしないといけないらしい。

タエは巧の手を握ると、デイルはガレットの手をしっかり握る。

家族を大事に出来るなら、一先ず『及第点をあげても良い』と、タエはニッコリしながら街まで一緒に戻ることにした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 門の前にいる衛兵に挨拶し、四人は街の中に入る。

衛兵がデイルを見る目が渋かったけれど、妹を心配させた罰だとタエは考えていた。

ミーアへの報告は本人にして貰うつもりだ。そこまで面倒を見るのは違うと思う。

歩きながら色々話し、落ち着ける場所まで到着した。


「タエさん、タクちゃん。兄がご迷惑をお掛けしました」

「ガレットちゃんは幼いのに、立派な挨拶が出来るのね」

「僕だって出来るよ!」

「はいはい。タクちゃんが良い子なのは、私がよーく知っているわ」


「すみません、俺の我侭で……」

「お兄ちゃん……、本当にそう思ってる?」

「あぁ……。本当なら、お前にも裕福な暮らしをさせてやりたいが……」

「でもお兄ちゃんは、ゲンに夢中なんでしょ?」


 デイルはガレットの言葉に、項垂れるようにコクリと頷いた。


 この街がまだ地味な農村だった頃、突如として起こった小さな変化が次々と連鎖していった。

原因は隠居した元子爵とゲンで、二人はこの街の様々な改革に携わったらしい。

それはスラムに住んでいて、幼かった兄妹にも影響を与えることになった。


「今のように、曲がりなりにも食べられるようになったのはゲンのお陰なんです」

「温泉に関することがお仕事になって、タイル磨きとかさせてもらうようになったの」

「あの時、俺がもう少し大きかったら……。職人はみんな、ゲンに相談するようになっていたからな」

「あら、口数は少ない方だと思ってたけど……」

「えっ……?」

「いえ、何でもないわ」


 神出鬼没なゲンを頼りながら、街は発展していった。

ゲンの周りに集まる職人と感謝を伝えたい元子爵は、ゲンの為に屋敷を作り今でも集まっているらしい。

タイル掃除を一緒にやった程度の少年だったデイルには、その輪の中に入ることは出来なかった。

元子爵の屋敷には、ゲンが描いた作品があるらしいけれど、それを見ることさえ叶わない。

デイルにとってゲンは、背中さえも追えない存在だった。



「アイツらに実力を示せれば……」

「お兄ちゃんの絵、上手いと思うよ」

「でも、それだけじゃダメなんだ。だから俺は、これに賭けてみたい」


 デイルはカゴをポンと叩く。


「それでゲンの屋敷って、どこにあるのかしら?」

「……それは言えない」

「お兄ちゃん、何でそんな意地悪言うの?」

「う……。ガレット、これはみんなで決めた秘密なんだ」


「それは残念だわ……」

「それに、奥さんに申し訳ないしな……」

「え……」


 不意打ち気味のデイルの発言に、タエは一瞬言葉を失っていた。

言葉を理解出来ていない巧は、冒険の余韻に浸っている。

異国の地での不倫……。ふと、そんな言葉が、タエの頭を過ぎっていた。


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