夢のまにまに
叔母ちゃんは、色々な漫画を持ってるんだ。
冒険者に憧れるのも当然だよね。
「わぁ……、大きいお家」
「ここが冒険者ギルドのようよ。タクちゃん、ここで何をするの?」
「えーっとね、『冒険者になりたいです』って言うんだよ」
「とりあえず、中に入ってみましょうか」
ウエスタン映画のような建物を見ると、若かった頃に見た西部劇を思い出す。
風が吹くと埃が舞い上がり、扉がギィギィ言うような建物だけど、不思議と室内から熱気のようなものが溢れていた。
巧の手を引いてギルドの中に入ると、視線がこちらに集まってくる。
それは掲示板の前で相談しているカップルや、テーブルで酒盛りしているむさ苦しい男達からもだった。
まるで映画で見たような緊張感の中、職員らしき女性がパタパタパタと駆け寄ってきて、カウンターまで案内してくれた。
「奥さま、本日はどのようなご依頼でしょうか?」
「タクちゃん、依頼って何かしら?」
「依頼? 冒険者になったら依頼を受けて、冒険に出るんだよ!」
「そうなのね。えーっと、どうやったら冒険者になれるのかしら?」
「は……? えーと、ご依頼ではないのですか?」
「えぇ。私達、冒険者になりたいの」
「少々……、お待ちください」
若い受付の女性は、少し年上の先輩らしき人に相談に行っている。
子供の冒険ごっこに付き合わせるのは悪いが、冒険者という職業があるなら見てみたいという気持ちがあった。
「ねえ、タエちゃん」
「なーに? タクちゃん」
「あのね、冒険者になったら『いべんと』って言うのがあるんだ」
「詳しいのね、それはどういうものなの?」
周囲は孫を連れた老婆に興味を失った者や、かえって興味を引いた者で二分されていた。
子供の話声は聞こえていないが、タエの声は巧に伝わるように大きな声になっている。
そして巧の声を復唱するタエの言葉を聞いて、周囲はザワついていた。
「それは本当なの? 新しく冒険者になると、足を引っ掛けられて怖い思いをするって!」
「うん、だから気をつけないとね」
微妙な緊張感が残る中、バトンタッチして違う女性がやってきた。
慣れた手つきで書類を二枚持ってきており、冒険者について教えてくれた。
要約すると日雇い労働や素材収拾から、護衛・探索をメインにする『何でも屋さん』らしい。
ゲンも職人仕事の合間に色々やっていたから、この世界流に言えば冒険者なのかもしれないと思った。
「年齢制限はありませんが、危険を伴う仕事が多いです」
「タクちゃん、冒険者は危ないお仕事のようよ」
「うん! でも、僕は強いから大丈夫!」
「困ったわね……。あの、見習い制度みたいなのはないかしら?」
「そういう事でしたら。奥さま、十等級の『仮:冒険者カード』は如何でしょうか?」
冒険者にはランクがあるようで、通常1~9等級に分類される。
ところが冒険者になって、すぐに稼げる者ばかりではないらしい。
幼少の頃から薬草などの採取で買取が出来るように、冒険者ギルドが認めた者だけに配られるのがこのカードだった。
説明を終えた職員は、「どうしますか?」と質問をしてきた。
「タクちゃん、薬草取りだけでも良いかしら?」
「えー……。僕、悪い奴をやっつけたいなぁ」
「でも、お母さんに怒られてしまうわ」
「タエちゃん、内緒じゃないの?」
「それとこれとは別よ。危なくない場所を教えてもらって……あら?」
ギィギィ鳴く扉は大きく開かれると、かなりの音がするらしい。
タエ達も振り向くと、巧と同じくらいの女の子が出入り口で「助けて!」と大きな声で叫んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まるで波が引くように興味を失っていく周囲をよそに、少女はキョロキョロと辺りを見回している。
さっきは入り口まで迎えに来てくれた職員も、何も起こっていないように振舞っていた。
「はい、こちらが十等級の『仮:冒険者カード』となります。タエさまの名義になっておりますので、二人でお越しください」
「タエちゃん。あの子は何て言っているの?」
「何か困っているみたいね」
「冒険だね! ねえタエちゃん、助けてあげようよ」
「でもね……」
タエは周囲を見回す。
職員まで無視する雰囲気に、巧が更に質問を続けた。
「これだけいっぱい冒険者がいて、何で助けてあげないの?」
「そうね、何で助けてあげないのかしら?」
「タエさま。ここは労働を対価に、報酬を受け取れる冒険者ギルドです。慈善事業とは違うのですよ」
「話も聞かないうちから、判断して良いのかしら?」
「えぇ、あの兄妹は有名ですから」
冒険者は冒険者で忙しいらしい。
何か無償でしてもらうのを前提にするには、冒険者家業は対極にあるのかもしれない。
ラスティが慈善事業をしているのは、『真面目に働いている人の助けになれれば』という真摯なものだ。
では、あの娘には助ける価値はないのだろうか?
「じゃあ、私達が個人的に話を聞く分には良いですね」
「えぇ……、まあ」
「タクちゃん。ここでは何だから、お外で聞きましょう」
「あ、タエちゃん。気をつけてね!」
「あぁ、そうね。足を引っ掛けられるんだったわ」
タエは巧の手を引きながら微妙な緊張感のまま、入り口の少女のもとへ向かう。
座っている冒険者は開いた脚を急に閉じ、老婆が通り過ぎるのを『息を殺して』見守っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少女の名前はガレットと言い、二人暮しをしている兄は、昨日から帰って来ていないようだ。
有名なのは兄の『だらしなさ』であり、日雇い労働で食いつないでいるけれど仕事の評価は最低だった。
兄の名前はデイルと言い、ミーアの話に出てきた彼氏で合致した。ガレットはミーアの名前を知っていたから判明した。
「それで、デイルさんのいそうな場所は知っているの?」
「はい。多分、染料になる薬草を取りに行ったんだと思います」
「タエちゃん、外国語を喋れるって凄いね」
「タクちゃん。ガレットさんは、お兄さんを探しているんだって。手伝ってくれる?」
「はーい!」
「じゃあタエちゃんとタクちゃんが、一緒に探してあげるわ」
タエが優しく微笑むと、ガレットの表情も幾分か柔らかくなる。
右手は巧と左手はガレットと手を繋ぎ森の方へ向かうと、当然のように衛兵から声が掛けられる。
この先は警備の管轄外らしく、住民でない者は出入りにお金が掛かるらしい。
「あの、この先の森は狼が出ますよ」
「まあ、どうしましょう? この子のお兄さんが出たか、分からないかしら?」
「あぁ……、きっと行っているでしょうね。ほっといても帰って来ますよ」
「お兄ちゃんが出て行ってから、もう二日目なの……」
軽く流した衛兵に、ガレットは事態の深刻さを訴えた。
それでも衛兵が管轄するのは門の死守であり、守るべき者は門の中の人間だった。
確実にいる場所が分かっていれば、助けに向かうことは出来るらしい。
それでも上司の許可がいるので、街の外に出るのは自己責任のようだ。
「ねぇ、タエちゃん。このカード見せると良いんだよ」
「あら、そうなの? これで良いかしら?」
「え……?」
衛兵が『仮:冒険者カード』を受け取ると、三人を通さない理由が無くなってしまった。
自己責任の最たる者が冒険者であり、一攫千金を手にする者も現れるからだ。
日々真面目に働こうと言うのは簡単だけど、極々僅かながら大金を手にする者も存在する。
だから衛兵は、『そういう者達』を止めてはいけなかった。
「気をつけてください。困ったら逃げるのも勇気です」
「お気遣いありがとうございます。では、行きましょうか?」
「はーい!」
「お、お願いします」
デイルが外に出た理由は『染料』の材料探し。
それは墨にも似た黒と紫の中間色が出る素材で、一度見た『水墨画調』に惹かれてしまったらしい。
画家志望だったデイルも絵では生活出来ず、かといって諦めるほど情熱を失った訳ではなかった。
そんな折ゲンと出会い、温泉の清掃でお湯を抜いた際に現れる絵を見た事から、取り憑かれてしまったようだ。
「そんなに凄いの?」
「はい。兄は『ゲンはこの世界に現れた、神の御使いさまだ』と言っていました」
「それで、自分でも材料を集めようとしたのね」
「えぇ、冒険者を雇うお金もないので……」
日銭を稼ぎガレットが暮らせるだけは渡すが、それも最低限に止まってしまう。
それでも絵を描けるだけの日雇いは頑張るので、生活レベルは一向に上がらなかった。
この街では、真面目に働ければ暮らせるだけの求人はあった。
全ては夢を追った若者の末路。
それを唆したのがゲンなら、タエにも責任の一端くらいはあるだろう。
狼の恐ろしさは正直分かっていない。けれど、タエには二人を守る義務感だけはあった。
風景も徐々に見通しが悪くなってくる。緑も濃く、鬱蒼という言葉が良く似合っていた。
「うわぁぁぁぁ」
そこに男性の悲鳴が聞こえてきた。