タクミの仕事
タエちゃんとのお散歩は、それだけで冒険なんだ。
報酬はチョコレート。でも、お母さんには内緒だよ!
「まるでパーティーみたい」
「お料理は年配向けだけどね」
「美味しそうな匂い、早く食べましょう!」
奥さま達が集まったラスティ家は、半ば女子会の会場と化していた。
タエとメリィは同年代で、集まっている女性は一回り下から、孫ほどの年齢まで差があった。
それぞれが手掴みで、おやきを手に取る。まだ調理途中の中華まんは、生地を寝かせている途中だ。
飲み物は、濃い目に煮出した紅茶が配られている。そして示し合わせたかのように、同じタイミングでパクリと口にした。
「なんか、懐かしい味ね」
「これアンコって言うんですか? お芋も美味しいけど、これも良いわね」
「こっちの炒め物も良いわ。キンピラと、はんぶんこしない?」
「タエさん、あっちの生地はまだ時間がかかるんですか?」
「みんな、そんなにいっぺんに喋らないの。タエさん、騒がしくてごめんなさいね」
「いいのよ。みなさんの笑顔が見られたらね」
「これは売れるわ!」
「商売っ気が強いわね。デイルは相変わらずなの?」
一番若いミーアがおやきを商機と捉えたが、すかさず茶々が入った。
どうやらデイルは売れない絵描きであり、スラム近くに住んでいた『ロクデナシ』という印象が強いようだ。
今ではスラムは撤去されており、現地では日雇いの職人が多くいるらしい。
「メリィさん、それはいつ頃の事なの?」
「あまり詳しくは知らないの」
「ねぇねぇ、何の話?」
「タエさんは、ゲンの話を聞きたいようなの」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
子爵領で最初にゲンを見たと言われる人物は、金物屋のグリントだと言われている。
目撃情報は職人街に多く、黒髪が珍しいのか一目で分かる容姿だったらしい。
もともと麦の産地以外、取り立てて特徴のない街だったここで、ゲンは相談に乗りながら様々なことに着手していた。
時々やって来る害獣対策に、ゲンは杭で囲いをするように提案した。
全てを囲う程の木材もなく、当初は一本や二本埋めたところで『焼け石に水』だと笑われていた。
ところが真っ白い杭で四方を囲った畑は、害獣の被害が皆無に等しかった。
それからポツリポツリと依頼が増え、商人が間に入り仕事を獲得していった。
ある時、入った食堂の料理が『残念だ』と言って口論になり、少しすると大量の野菜を持ってきて料理をするように指示をした。
『売られた喧嘩は買うのが信条』とばかりに食堂の大将は、『何を使っても俺の味は一番だ』と素材には気にかけていなかった。
第三者を審判として招きいれた二人は、その人物の反応を確かめる……までもなく、大将が大きく謝罪した。
仲直りとして酒盛りが始まり、それからゲンが持ってきた何レシピと、マヨネーズの作り方が人気になり店は繁盛した。
「確か、奥さんの悪口がキッカケだと言ってたわ」
「料理人と家庭料理を比べられたら、大将だって我慢出来ないでしょうね」
「あら、料理は愛情よ」
「メリィさん、うちの人は『飯・風呂・寝る』くらいしか言わない人だったわ」
「まあ、家庭にお風呂があるなんて、やっぱり?」
「たまたま……かしら?」
タエの言い訳に近い発言を、奥さま達は緩やかに流してくれた。
若干ぽやぁとしているタエは、はっきり言って出自が不明だ。
それよりも料理による衝撃が大きいのは、この商店街に並ぶ奥さま達にとって重要なことだった。
この後中華まんを作り、その際に中に入れる具材で、白熱したバトルが繰り広げられていった。
「タエさん、本当に大丈夫?」
「えぇ、少し街を散策したいの」
「困った事があったら、いつでもいらっしゃいね」
「ありがとう、メリィさん」
時刻はお昼を少し過ぎた頃、買い物カゴを片手にタエは歩き出す。
今日はゲンの話を聞けて、足取りも少し軽やかだ。
どこをどう歩いているか分からないけれど、無事に家に到着した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「タエちゃん! 遊びに来たよ!」
「あら、タクちゃん。いらっしゃい」
「何かいいことでもあったの? 楽しそうだよ!」
「何かしら? そうね……、タクちゃんが遊びに来てくれたことかな?」
すぐに返答出来たけど、そんなに楽しそうな顔をしてただろうかと、ふと考えてしまった。
難しいことを考えても良いことはない。今のタエは現実と夢の中を、交互にまどろんでいる状態だった。
折角遊びに来てくれた巧の為に、今日はとびきり美味しいホットケーキを作ってあげようと、タエは心に決めていた。
それからしばらくは、いつも通りの日常が続いた。
週末には菅原家に御呼ばれされ、息子一家と共に食事を楽しんだ。
その際に嫁の由美子からゲンの話を催促され、息子の徹に窘められるという光景が繰り広げられる。
ゲンはとても器用で、職人仲間からの信用が厚かったこと。出張が多くて、家をよく空けていたことを話した。
「ゲンちゃんは、お家にいなかったの?」
「そうね。でもタクちゃんのお父さんは、一緒に遊んでくれるでしょ?」
「うーん?」
「おいおい巧、毎日きちんと帰ってきてるだろ?」
「でも、タエちゃんの方が遊んでくれるよ!」
「それなら、お義父さんと一緒ね」
「マジかぁ……。仕事、減らすかな……」
あまりのショックに、徹は少し落ち込んでいた。
よりにもよって、あんな父親にはなりたくないと思っていた『父親像』と一緒だったのが、我慢ならなかったらしい。
それでも笑えているあたり、家庭円満は伺い知れた。軽くお酒も飲めれば、仕事の話もそこそこする徹。
だけどゲンだって……、タエは頭に留まっていない記憶を思い浮かべて、とても幸せな雰囲気で一家団欒を楽しんでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日経ったある日、タエが買い物に出掛けようとすると巧が遊びに来た。
最近の巧のお気に入りは、『仮○ライダーごっこ』だ。
変身ベルトを買ってもらったらしく、縦横無尽に駆け回っている。
「タエちゃん、お出掛けなの?」
「あら、タクちゃん。買い物に行こうと思ってたけど、一緒にいく?」
「うん! あ、でもお母さんから、『お菓子は買ってもらっちゃダメよ』って」
「それは困ったわね。それなら、私が食べるものを御裾分けしましょうか?」
「やったー!」
タエは少し過保護気味に、巧としっかり手を繋いで買い物に出掛ける。
菅原家とタエの家は近所ということもあり、買い物に行くスーパーは一緒だ。
二人は欲しいものをカゴに入れ、会計を済ませてから家路へと……。
「あれ? タエちゃん?」
「どうしたの、タクちゃん? あらあら、どうしましょう?」
「ここってお風呂?」
「タクちゃん、ここで起きたことは秘密よ! 私と一緒に冒険しましょう」
「本当? タエちゃん、僕知ってるよ! 冒険なら、冒険者ギルドってところに行くんだ」
「あら、そうなの? じゃあ、おやつでも食べながら一緒に探しましょうね」
「楽しみだなぁ。僕の必殺技で、色々なモンスターを倒すんだ」
「危ないことはダメよ。お母さんに怒られちゃうわ」
大きく手を上げ「ハイ!」と返事した巧と一緒に、タエは出店を巡ることにした。
湯畑にはきちんとした囲いがあり、その周囲を沿うように店が並んでいる。
すると先日一緒に調理した、最年少のミーアがタエに声を掛けてきた。
「あ、タエさーん!」
「あら、ミーアさん。ごきげんよう」
「タエさん、早速作ってみました! 食べていって……、あれ? もしかしてお孫さん?」
「そうよ。タクちゃん、ご挨拶できるかしら?」
「菅原巧です」
「えーっと……、タクちゃんって言うのね」
「ねえ、タエちゃん。この人、何て言っているの?」
「『肉まん食べませんか?』だって。頂いていく?」
「うん!」
ハフハフと肉まんを食べる巧を見ながら、タエはニコニコしている。
するとミーアから、ラスティとメリィが会いたがっていた事を教えてもらった。
食べ終わるのを待ってから、ラスティ家を目指して歩き出す。
何人かの女性に手を振りながら歩き、無事にラスティ家に到着した。
「タエさん! ありがとうね」
「えっ、どうしたの?」
「タエさんに教えてもらった料理が人気なの。それでこれは商工会からの報酬よ」
ラスティは仕事に出ており、メリィに会ったタエは早々に報酬として皮袋を預かった。
『色々と良くして貰った上に、報酬を貰っては……』と一度は固辞したが、それではメリィが怒られてしまうらしい。
『確かな仕事には正当な報酬を!』が商売のモットーのようで、慈善事業についても購入する理由が出来たので万々歳のようだ。
巧もきちんと挨拶出来て、メリィに冒険者ギルドの場所を聞いたタエは、今日は街の散策と言ってラスティ家を出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「メリィさん、タエさんに会えました?」
「ミーアちゃん、ありがとう。お孫さんを連れていたみたいだったけど?」
「そうなんです。よく聞き取れなかったけど、タクちゃんって言うらしいですね」
「スガワラ タクミって言ってたように聞こえたわ。やっぱり、タエさんって?」
二人は不思議そうに考えた後、タエが何故冒険者ギルドに用事があるのか再度考えた。
きっと孫の冒険の手伝いがしたいのだろう。
いくつになっても男の子は、モンスターを倒す勇者に憧れるものだ。
地に足をつけた仕事に導くのが親の役割であり、でも孫ならば仕方ないわねと、メリィは一緒に遊べるタエを少しだけ羨ましく思っていた。