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ゲンがいた街

タエちゃんの手は、魔法の手なんだよ!

だから、僕は魔法使いの孫なんだ。

いつかは女の子を守れるような、ヒーローになりたいと思ってるんだ。

 ラスティとメリィの孫達が自宅に帰る頃、タエはこの家で宿泊を勧められていた。

どこかフワフワしているタエが心配になったのか? はたまた、変わった食べ物に惹かれたのかは定かではない。

それでも孫達が喜んだ姿を見た二人は、このままタエが帰るのが惜しいと思ったのであろう。

お酒がすすむ中、自然と話題は『迷い人』の事になっていた。


 子爵領の英雄である、『迷い人』の名前はゲンと言うらしい。

ラスティもメリィも、この街の住民全てが恩恵に預かっているようだ。

受け取り方は様々だが、その功績の一つに温泉があった。


「謎が多い人だったわ」

「そうだな。その分、逸話も多く残っていた。法衣男爵ほうえだんしゃくに推薦されただとか、スラムで暮らしていただとか」

「お芋に推薦? スラムってどんな所かしら?」

「貴族にならないかって事ですよ。スラムは、ガラの悪い人達が集まる所かな?」

「色々な所に行っていたのね。それにしても、マヨネーズと温泉が結びつかないわ」

「それはね、ゲンは多くの人の相談に乗っていたのよ」


 メリィは時々ちゃちゃっと料理を作り、ラスティはワインを追加してくれる。

それが飲みやすくて、タエもついつい飲みすぎてしまった。

段々とキッチンに近いほうで作りながら飲む。

タエも久しぶりのお酒とあって、色々な食材を前にワクワクが止まらなかった。


「タエさん、それにしても運が良かったわ。あのまま外にいたら、盗賊や野犬に襲われていたかもしれないわ」

「そうですぞ、タエ殿。気をつけて貰わなければ……」

「ごめんなさいね。でも貴方達に会えたと思ったら、本当に神さまに感謝しないとね」

「ゲンにも感謝せねばな。温泉郷となっていなかったら、タエ殿にも会えなかったからな」


「えぇえぇ、ゲンにも感謝です。少し気になったのだけど、そこにあるまきみたいのって?」

「あぁ……、どうやら根菜類らしい。とても貧しい村でな、私はそういう村を救済する為に動いているのだ」

「息子達には、道楽は止めなさいって言われているの。せめて、価値を見出せればねぇ」

「少し見ても良いかしら?」


 タエは縛ってある、黒くて細い棒をまじまじと見た。

そのすぐ後ろではメリィが、「樹の根を食べるなんて、可哀想だわ」ともらしていた。

メリィの肩にポンと手を置くラスティ。タエは振り返り、「これを使って、一品作って良いかしら?」と微笑んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 メリィが「何でも使って」と言うので、タワシを借りて一本の細い棒を洗い始める。

段々とタエの表情に笑みがこぼれ出す。


「タエさん? これが何か知っているの?」

「えぇ、ゴボウね。確か買い物カゴに醤油があったから、それを使うわね」

「あの、ここにある材料では作れないかしら?」

「タエ殿の持ち物は、どこか高価な気がしてな」

「えぇ、確かめても良いかしら?」

「「もちろん!」」


 孫達の反応で、メリィが料理上手なのは薄々感じ取っていた。

タエは必要そうな食材と調味料を出し、一つずつ味を確かめながら調理に取り掛かった。

基本のニンジンとゴボウの他にレンコンがあったので、味のバリエーションを変えてさっと二品作り上げる。

片方はレンコン入りで醤油を濃い目にし、シンプルな方は若干甘めに仕上げていた。


「田舎料理ですが、どうぞ」

「タエさんは、料理が上手なのね」

「まるで魔法のようだの」

「ワインに合うと良いのだけれど……」


 ラスティは新たに白ワインを持ってきた。

根菜類の持つ土の力強さに赤は合うが、様々なマリアージュを探る目的と言っていた。

そんなラスティの言葉を、メリィは「ただ飲みたいだけでしょ?」と一蹴する。

二種類のキンピラは、二人の口に合ったようだ。何種類かのツマミをさかなに、三人の夜は更けていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌朝は日の出前に、メリィからお風呂に誘われた。共同浴場があるらしく、少ない入浴料で入れるらしい。

タエは着替えがないからと断ったが、「全部私に任せて」とメリィが言い出したので、お言葉に甘えることにした。

まるで銭湯の入り口のような作りで、懐かしさを感じる。昔は一般家庭に風呂などなく、銭湯通いが一般的だった。

メリィが番台でお金を払い、その硬貨をよく見てみる。やっぱり、ここはゲンがいた別の世界らしい。


「ふぅぅぅぅ、気持ち良いわ」

「タエさんは、温泉に慣れているのね。旅の人は、入り方が分からないものよ」

「旦那さんが、そういう仕事をしていたからかしら?」

「もしかしてタエさんは、貴族家の奥さまなの?」


「そう見えるかしら?」

「高貴な方は、自分で調理なんかはしないわ。謎が多くて不思議ね。まるで噂に聞いたゲンみたい」

「それって、褒められているのかしら?」

「もちろんよ」


 広い露天の温泉は、外から見るととても・・・カラフルだった。

青系統から徐々に緑・黄色と移り変わり、オレンジ・ピンクになっていく。

それが木枠で区切られているので、それぞれに効能が違うのか、そういう仕掛けがされているのかと、タエはワクワクしていた。

足場はキレイに、タイルが敷き詰められている。これは子爵家が予算を出し、ゲンを中心に作り上げたらしい。


「湯畑って言うけれど、本当にお花が咲いている畑のようね」

「そうね。しかも温泉を目当てに人が出入りするようになって、この領はとても潤ったらしいわ」

「それがゲンのやったことなのね」

「えぇ。温泉の活用方法から入り方、ルールなども決めたようよ。後、特産物にも手を出したかったようだけど……」


 メリィは湯船に浸かりながら、少しだけ神妙な顔をしている。

そして意を決したように、タエに向かってお願いを始めた。


「もし良かったらだけど、力を貸してくれないかしら?」

「ええ、もちろんよ。最近家族は、腫れ物に触るように何もさせてくれないの」

「大事にされている証拠よ。それで、昨日のあの料理なんだけど……」

「えぇ……」


 何を頼まれるか期待していたタエは、若干拍子抜けしてしまった。

それは昨日のキンピラについて、作り方を広めたいという内容だった。

料理の真価が分かれば、素材の価値も上がる。ラスティが仕入れるのに、何の問題もない。

ラスティとメリィは商工会の顔役になっているようで、温泉街にある商店からも依頼を受けているようだ。

タエは快諾すると、報酬はどうしたら良いか聞かれてしまった。


「私は商売しに来た訳じゃないわ。だから、メリィさんの良いようにしてあげて」

「そうはいかないわ。価値のないものに、価値を見出したんだから……」

「困ったわ……。そうね、じゃあゲンに関わった職人を教えて貰えないかしら? 話を聞いてみたいの」

「それがタエさんの望みなら……。じゃあ街を案内しながら紹介するわね」


 善は急げとばかりに、メリィが湯船から上がる。

温泉を十分堪能したタエは、メリィの後をついていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 まだ早い時間だったので温泉街をぐるっと散策し、並んでいる商品のラインナップを二人で見学した。

やはり多いのが『蒸し野菜』で、二人の孫達ががっかりされていた・・・・・・・・・かし芋が多いようだ。

紅茶や飲料用のお酢も売っており、若干渋めな商品群ラインナップに子供達は楽しくないだろうと感じていた。


「メリィさん。具体的に、どんな物があれば嬉しいかしら?」

「そうね……、やっぱり軽食かしら? ここでの食事は求められてはいないみたいだから」

「そうなると、中華まんが良いわね。客層を変えないなら、おやきって物もあるわ」

「楽しみね。もし足りないものがあったら困るから、先にマーケットに行きましょう!」

「そんなに慌てなくても、大丈夫だと思うわ。でも、お祭りの前みたいで楽しいわね」


 タエを案内するメリィは、とても楽しそうだ。

仕事が絡んでいるのを忘れているかのような勢いに、タエは子供達を連れて縁日に向かっている気持ちになっていた。

思えばゲンは出張ばかりで、子供を連れて行くのは私の役目だった。

息子の徹は『良い父親像』を目指してはいるが、どうしてもゲンの姿とダブる時がある。


 ゲンは仕事の話をしない、比較的無口な男だった。

それはタエの親兄弟の評価も同じなので、これから足跡そくせきを辿れるかと思うとワクワクが止まらなかった。

マーケットに到着すると、そこには色とりどりの野菜が並んでいた。

タエの知っている野菜も多く、何より活気に満ち溢れていた。


「久しぶりだね、メリィさん。少し見ていってよ!」

「ラスティは元気かい?」

「そこの上品そうなご婦人、味見だけで良いから食べてってよ」


 メリィと一緒にいるだけで、多くの声が掛かってくる。八百屋的な店に、豆類専門の店もあった。

その中でも気になったのは『蔵屋』という店で、『ゲン公認』と看板に書かれていた。

メリィの家にあった醤油はここで購入したらしく、本店は別のところに構えているらしい。

今回予算を気にしなくても良いようなので、各所を巡り材料を集めてみた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ラスティ家に到着すると、既に何人かの奥さま達が集まっていた。

どうやらラスティの孫達が両親に『お好み焼き』の話をしたそうで、その後ラスティに話を聞きにきた息子経由で広まったらしい。

男達がいても邪魔になるだろうと、現在は女性しかこの家にはいなかった。


「うまく作れるかは、分からないけど……」

「後の工夫はこちらでするわ」

「メリィさん・タエさん、助かるわ。成功したら、御礼は期待してね」


 集まった食材を、熱心にメモする奥さま達。

タエは粉類を目分量で用意し、そこに熱湯を使って生地を作り上げていく。

その間に昨日作ったキンピラを再現し、緑色の漬物の味を確認した後、鷹のツメを使って炒め始めた。

更にアンコの準備も始める。数種類ある小豆に似た豆は、本来なら水に浸ける時間が必要だが、今回は省略するらしい。


「メリィさん、この方は調理人なんですか?」

「いいえ、タエさんは普通の主婦のようよ」

「この手際、魔法としか思えないんだけど……」

「これ何種類出来るのかしら?」


 中に入れる具材はみんなで味見し、包餡は全員で行った。

そして出来上がった『おやき』に、みんなの視線は釘付けになっていた。


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