第8話
なんであの時、店員さんに「付き合わないんですか?」と聞かれたとき、重原さんはキョトンとしたのだろう
聞きたいけど聞けない
いや、聞きたくない
知らなければ傷つかないから
もし全く気がなかったらどうしよう
私だけ舞い上がっていただなんて恥ずかしい
知りたくない
そんなことを考えているうちに、1週間が経った
帰ろうとした時、重原さんが栄養ドリンクを2本持って食堂から出てきた
「飲みます?」
そして、2人で食堂の中に入った
重原さんが栄養ドリンクを飲み始めた
え、話があるんじゃないの?
ただ呼んだだけ?
わざわざ私の分まで買って呼び止めたのに、何もないってことないよね
話したいなら、メールすれば...
いや、連絡先知らないから
「連絡先!交換します?」
私がそう言うと、重原さんは満面の笑みでOKしてくれた
そう言われるのを待ってたのか?
だったら自分から言いなよ
連絡先を交換した後、私は栄養ドリンクを飲み干した
もう帰ろうと部屋を出ると、上司がいた
「え?なになに?社内でやめろよ〜」
「そんなんじゃないですから」
そう私は返したが、重原さんは少し動揺していた
早足で帰ろうとした重原さんを、上司が呼び止めた
どうやら、重原さんに用があったらしい
私は先に帰った
お風呂からあがり、髪を乾かしているとメールが届いた
「もう帰った?」
それは、重原さんからだった
た、タメ口!?
なんで?どうして?
とりあえず、「帰りました」と返信した
「スーパー真っ直ぐいけばいい?」
今度はそうきた
どういうこと?
家に来るの!?
私はそのまま「家に来るんですか?」と返信してしまった
すぐにまずいと思い「近くの公園で話します?」と送った
そしてメールを続けているうちに、近くの公園で話すことになった
待ち合わせ場所
半乾きの髪にノーメイク
なんで私はここにいるんだろう
しかも相手は既婚者
こんなはずじゃないのに
そう思っているうちに、重原さんがきた
私を見つけると、笑顔になった
正直嬉しかった
私の勘違いかもしれないけど、私に会いたいと思ってくれていたら
それだけで嬉しかった
それから、2人でベンチに座った
たわいもない会話をした
そう、振り返ってみると、何を話したか覚えていない
この人は私のことをどう思っているのだろう
好きなのかな?
そんなわけないか
そう考えているうちに、重原さんが時計を見て言った
「そろそろ帰らないと」
そうだ、重原さんには奥さんがいる
家で待ってる人がいるんだ
家族が、いるんだよな
そう思うと、胸が痛くなった
家族
いるんだよな、この人には
大切な人が
そして、重原さんと別れた
「また会社で!」
そう言って別れた
また会社で
そう、私達はただの同僚
家族でもなければ、付き合ってもいない
そうなんだよな
本当はこんな風に会ってはいけないんだよな
でも、会いたい
家に帰っても1人だから
いや違う
重原さんだから
会いたいんだ
翌日、私はなぜか足が痛くなった
昨日のバチが当たったのかな
そう思ったけど、後悔はしていない
てか、今日はたくさん買い物があるのに
これじゃ買えない
どうしよう
私は、また過ちを犯そうとしていた
いや、過ちというのだろうか
好きな人に会いたいと思って何が悪い
私には、他にいないんだ
好きな人が...
好きな人、なのか?
私が、恋をしてる?
いや、そんなんじゃない
ただ頼れる人が他にいないだけ
だから、頼ったんだ
「荷物、持ってくれませんか?」
言葉選びが最低すぎる
そうわかっていたけど、それくらいじゃないとな
一緒にいたい、だなんて言えない
てかそういうことじゃない
ただの荷物持ちがほしいだけ
「俺荷物持ちっすか?」
あ、敬語だ
いつも通り
「嫌ならいいですけど」
ツンデレかよ、私
「嫌なわけないじゃないっすか、行きますよ」
そして、一緒に帰ることになった
帰り道、誰にも会わなかった
そりゃそうか
皆仕事が終わるとさっさと帰るから、残っているのは営業部と管理職だけ
他の社員が帰った後、営業部が帰る前のこの時間は誰にも会わずに帰れる
お店に入り、買い物をした
目当てのものをカゴに入れ終わり、1つ重原さんにお願いをした
「疲労回復に効く食材を選んでください」
重原さんは「えー」と文句を言ったが、内心嬉しそうだった
選び始めると、なかなか決まらない
私はすぐ決められる人だけど、重原さんは違うみたいだ
でも、急かすことはしない
終わらせたくなかった
昨日みたいに公園で話せるとは限らないから
そしてそのうち、重原さんが選び終わった
調理済みの焼肉だった
料理をしない私には助かる
嬉しかったけど、少し悲しくなった
終わってしまった
そして、家の前まできた
「ここでいいです」
「中まで持っていくよ」
え、家に入るの!?
でも...
「いいんですか?」
「逆にいいんだ」
そして、重原さんが家にきた
中に入ってきた
いや、私が入れたんだ
重原さんは少し緊張している、というかニヤニヤしている
「座っていいですよ」
というと、カーペットの上に座った
それから、いろいろ話した
内容は、公園で話したときと同じ
たわいもない話で、全然思い出せない
私の部屋に重原さんがいる
私の家に
私の、居場所に
私が初めて家にあげたのは重原さん
この人ならいいんだ
私のパーソナルスペースに入れていいんだ
なんだか、ドキドキした
苦しかった
心を許せる人は、私のものにはならない
せっかく出会えたのに
そして、時間がきた
「また会社で」
私にとって重原さんは何なんだろう
重原さんにとっての私は
そんなこと考えたくもない
遊ばれていると知りたくないから
たとえそうだとしても、会いたいから
どうなりたいのかわからないけど、どうしたいかはわかる
一緒にいたい
私のものにならなくても
だから、こんな風に会社以外で会わなくてもよかったんだ
出会った頃はそれでよかった
でも今は、毎日会いたいと思ってしまう
ダメだな、私
ダメだとわかっていても、止められなかった
まさか、初キスの相手が既婚者になるとは
あの時まで、知らなかったんだ