第6話
ねえ、見て
凄いでしょ
お母さん聞いてる?
ねえ
ねえってば
聞いてよ...
私はここにいるのに
どうして見てくれないの?
「...はっ、...夢か...」
周りを見渡しても誰もいない
一人暮らしの私の部屋
私の家
私の居場所
私はほっとした
大丈夫、大丈夫、大丈夫...
「じゃなくないか!?今何時!?あああ!」
「確かに、来るの遅かったっすね」
重原さんと2人、いつもの雑談
今日の朝、私は珍しくギリギリの時間に来た
いつもは余裕を持って来るのに
重原さんが気付いていたか確かめるために、問いかけてみた
気付いていたけれど、気にはしていないようだ
いつもそう
私ばっかり話題を振って、重原さんは応えるだけ
私には興味無いのか
いてもいなくても同じなのか
なんて、考えちゃダメだ
深く関わらなくていい
表面上仲良かったり、表面上好きだったり、表面上楽しかったりすればそれでいい
人の奥底にある気持ちなんて、どうだっていい
「今日は遅くなりそうだな」
坂下さんが話しかけてきた
結局、彩音は付き合い続けることにしたそうだ
正直、坂下さんと彩音はお似合いとは言えない
カップルというより、主従関係に見えてしまう
私の心が荒んでいるのか
信用してるぞ、とキメ顔で言われたから、私もキメ顔で返した
任せてください、と
他の人には知られたくないらしいから言わない
まあ、酔っ払ったら坂下さん自身で言うだろう
「深夜ハイかもしれないです!」
今日は製造部が忙しくて、遅くまで働いていた
私は疲れに弱い
疲れると、頭が働かなくなりフラフラする
ろれつも回らない
疲れているせいか、いつも以上に重原さんに話しかけていた
特に、奥さんについて
「幸せエピソードくださいよ〜」
私は、なんでこんなことを聞いているんだろう
寂しいのかな
夫婦というものを、家族というものを、感じたいのかもしれない
重原さんは、面倒くさそうな顔をした
あ、面倒くさそうな顔した!
とかウザ絡みする私を嫌いになったかもしれない
でも、どうでもいいや
どうでもいいんだよ
明日には正気に戻って謝って
許してくれなかったら別の人を探す
重原さんの代わりはいくらでもいるはず
そう言い聞かせて
いや、そんなのは後付けで
ただ話し続けたかった
聞いてほしかったんだ、私の話を
一方的でもいいから
私の声が、相手の奥底にある気持ちに届かなくていいから
ただ、表面上聞いてくれればそれでいい
仕事終わりに食堂の前を通ると、食堂に明かりがついていることに気付いた
中に入ると、重原さんがいた
さっきは話しすぎたから、もう帰ろう
お疲れ様です
そう言って帰ろうとした
「まだ話し足りなくないっすか?」
...え?
思わず、重原さんを見つめてしまった
重原さんは自動販売機を見ていて、私の顔は見ていない
私は今、どんな顔をしているのだろう
こんな人いるんだ
もう嫌いになったかと思ったのに
私の話なんて聞きたくないと思ってたのに
まだ聞いてくれるの?
そのとき、まだ一人暮らしをする前のことを思い出した
まだ話すの?
黙っててよ
後にして
静かにしてられないの?
もういい加減にして!
そう言われていた頃のことを
「俺と同じでいいっすよね?」
重原さんは栄養ドリンクを2本持って、私を見て笑顔で言ってくれた
この人は、私をちゃんと見てくれるんだ
私の話を聞いてくれるんだ
泣きそうになるのを我慢して、重原さんから1本栄養ドリンクを受け取った
このときから、私の中での重原さんの印象が変わった
私の奥底の気持ちが反応した
初めて、好きだと思った