第4話
「逃げられた!?やめときなよ、そんなやつ」
彩音が大声で言った
食堂には他にも人がいるというのに
てか、大村さん以外って誰だよ
既婚者と彼女持ちを除けば、40代かクズ男かぐらいしかいないのに
逃げられてもそこまでダメージがないのは、きっと本気じゃないからだろう
でもしょうがない
本気の恋なんてしたことないんだから
「てか、その人って誰?」
私は、まだ彩音に大村さんだとは言っていない
秘密の恋に憧れているから
いや、いろんな人に目移りしてもいいからかもしれない
1度口にしてしまったら、ずっとその人のことが好きなふりをしなければいけないから
私は、自分というキャラクターを作り上げる過程において、あまりその設定を変えたくはない
純粋で一途な女性
その設定には、たくさんの男は必要ない
誰かわからない謎の男1人で十分だ
「重原さんって口硬いですか?」
重原勇気
落ち着いていて何を考えているのかわからないけど、私の話を聞いてくれる
私は、重原さんには彩音以上に何でも話せる
きっかけは、些細なことだった
仕事中、笑い声が聞こえてきて、その方向を見ると重原さんがいた
別の人と話していて、笑われているようだった
そのすぐ後にまた別の人に、さらにまた別の人にも笑われていた
どうやら、話が噛み合っていないようだ
馬鹿なんだな、この人
そして私の前に重原さんが来た
「重原さんって、全然話噛み合ってないですよね」
その瞬間、周りにいた人が一斉に笑い出した
「え、私変なこと言いました!?」
重原さんを見ると、さっき見た笑顔とはどこか違う、見たことのない重原さんがいた
これが、私が重原さんをはっきりと認識した瞬間だった
「口硬いっすよ、おしゃべりじゃないんで」
2人で仕事中、恋愛相談をした
他には誰もいない
「30代で、優しくて、仕事を頼むと手伝ってくれて、話を聞いてくれて...」
話していくうちに、どんどん重原さんの顔が曇っていった
まずい、これは重原さんにも当てはまる
「重原さんじゃないですよ、その...大村さんなんで」
言ってしまった
重原さんが安堵の表情をした
そりゃそうだ
重原さんには
「奥さんがいるんで興味無いし、それに全然違いますよ。大村さんは高身長で細身でめちゃめちゃかっこいいから!」
あ、違う
言い方を間違えた
これじゃまるで、重原さんがかっこよくないと言っているようなものじゃないか
重原さんは、愛想笑いをした
傷ついているのだろう
私はいつもそうだ
上手く言葉が返せない
「重原さんもかっこいいですよ!その、私のタイプじゃないけど」
重原さんが少し笑った
上手く言葉を返せた自信はないけど、伝えたいことは伝わったはず
重原さんに大村さんのことを話したのは、ただの成り行きだ
今のところ、私が大村さんのことが好きだと思っている人は重原さんだけだ
これからその人数を増やすつもりはない
ただ、時間が経つにつれてどんどん状況は変わっていく
彩音にも、春が来たかもしれない