魔王の勅命
「ってことで、こういうことだから採用を強化してくれないかな?」
「……はい?」
エリザベスは困惑していた。
目の前にいる、初めてお会いする魔王様の軽さについてもだが、
ほぼ閑職とされる人事部に王の勅命など、何を考えているのだろう。
エリザベスは目を見開き、口を開けたまま動けないでいた。
王はニカニカと人当たりの良い笑顔を浮かべたままである。
シギスヴァルトは呆れたように一息おくと、付け加えた。
「魔王軍人事部、エリザベス部長。あなたは魔王軍の現状について知っていますか?」
ようやく事態が飲み込めそうだとエリザベスはシギスヴァルトに向き直した。
「い、いえ…詳しくは知りませんが。」
シギスヴァルトは淡々と話し始める。
「今、魔王軍は”人材”に非常に困っているのですよ。」
要約するとこんな感じだった。
魔王軍は現状慢性的な人手不足である。
理由はよくわからないが、人口は減っていないのに兵の志願者が減っているというのだ。
そのため南の境界線でも勝てない戦が続き、魔王軍はじり貧となっている。
また勇者軍は100年に1度の勇者の召喚をまた行おうとしている可能性があり、
今後大きな戦力が必要となってくる。
そのための人材戦略を人事部に任せたいということなのであった。
だが……
エリザベスは困ったように口を開く。
「ただ、お言葉ですが……その仕事は戦闘部が行っていたのでは?」
これまでの兵の募集や教育は戦闘部が一任していた。
様々な領地へ赴き、強い魔物を勧誘し軍に引き入れるほか、実践で経験を積んで強い魔物へと成長させるのだ。
エリザベスにとってはその方法が最良にしか思えない。
わざわざ事務部門である人事部が手を出すのは場違いにしか見えないし、
戦闘部からの反発も大きいものとなるだろう。
エリザベスが首をひねっていると、シギスヴァルトが眉をひそめて言う。
「そうですね。今までは戦闘部に一任していました。しかしそうもいかなくなってきたのですよ。」
シギスヴァルトが言うには、
人事部に人材戦略を任せたいと言った王(恐らく発端はシギスヴァルトが作ったのだろうが)の理由は三つあった。
一つは戦闘部に人がいないということ。
ただでさえ戦いが長引いている中での志願兵が減っているため、
今までよりも魔物を雇ったり、充分な教育を施すのが難しくなっているのだ。
二つ目は勇者との戦いが近づいていること。
今までの歴史上、約100年に一度は勇者が召喚され、大きな戦いが起こっている。
その前に多くの魔物を確保して戦いの準備をさせることは、魔王軍にとっても一大プロジェクトとなる。
そのために忙しい戦闘部に代わって、人事部が担当するのが望ましいということだ。
三つ目は魔王軍にも協力や統率を求めたいということだった。
勇者軍は圧倒的な技術や魔法、そして統率でこちらへ向かってくる。
人間ひとりひとりの力が弱い分、団体で動くことに慣れているのだ。
半面魔物たちは協力というものを基本的にせず、好き勝手に暴れている状態。
この状況を何とかしたいというのが大きいようだった。
ふむ……とエリザベスは取っていたメモに目を通す。
確かに近年、勇者軍は王国を中心に兵の統率力をさらに高めているとも聞く。
現場に任せておきっぱなしではなく、他の部門で管理する方が都合がよいのかもしれない。
「大方、理解はしていただけたようで良かったです。」
シギスヴァルトはにっこりと笑顔をつくったのち、すぐに真顔に戻る。
「とりあえずは魔物を集めなくてはなりません。採用戦略から進めましょう。」
この日、魔王軍人事部は発足からはじめて王の勅命を受けたのであった。