月まで1センチ
月を望まない。いつまでも手の届かぬ存在で。
月を望む。いつの日か手を伸ばして届くなら。
「月がきれいですね。」
無意識にそう呟いたわたしを、あなたがじっと見つめる。
「それはただの感想?…それとも文学的な意味で?」
気持ちは後者。だけど呟きは前者。
我君を愛す。心に浮かぶ月の如く。
月は遠くにあるから美しく、儚く、愛おしい。
手を伸ばしても掴めないから、届かないから、
壊したくないから、変わらないでいて欲しい。
「だからわたしは望まない。」
伸ばしたその手に、あなたは自分の手を重ねようとする。
触れ合うまであと1センチ。
「だけどぼくは望む。君を。」
だってせっかく手が届きそうなのに、月を手に入れられるのに、その1センチ先を諦めるなんて。
あなたは泣き出しそうな顔で苦しそうに言葉を吐き出す。
「それでもわたしは望まない。届かぬ月でいて欲しい。」
「それでもぼくは望む。ぼくだけの月になって欲しい。」
届かないから綺麗なままでいられるのに。ずっと想っていられるのに。
でも月はこんなにも近くに来ていた。手を伸ばせば届いてしまうほど。
月まであと1センチ。