アンラクシタイ
自宅の最寄り駅北口で君を待っていると,
今日が最後の日になると言うのに,君はとても幸せそうな笑顔で僕の元へ駆けてくる.
今日は,君の願いを叶える最後の日.
右腕の無い君は,僕と手を繋ぐためにわざわざ少し遠回りをして僕の隣に来て,「おはよう.」と笑顔で言った.
指を絡めるように手を繋ぎ,「おはよう.」と返すと,頰を赤らめながらよそを向いて,繋いだ手を少し強く握る君が,とても愛おしかった.
駅から商店街を突き抜けてすぐの僕の自宅へ向かう中,
「駅から家まで近いから,いつも二人の時間がいっぱい出来てすごく幸せだったよ.」と笑いながら言うから,
僕も「そうだね.」と笑ったけれど,
「僕もだよ.」と答えれば良かったと少し後悔して,
でもそう言い返すタイミングが見つからなかったから言わないまま,自宅の鍵を開けて僕の部屋へと向かう.
部屋へ入るやいなや,君はベッドの上に腰をかけて,
「さ,始めよ. 今日は最後だからいっぱい.いーっぱい.しようね.」
そう言って僕を引き倒し,二人でベッドに横たわる.
君の願いは,初めてを僕に捧げること.
安楽死が日本でも可能になってからもうしばらく経つけれど,ついこの間までまさか自分の好きな人がその運命を辿るなんて思ってもなかった.
「恥ずかしいから暗くしよっか.」
問いかけると,君は小さく頷きかけ,少し止まってから.
「そんなに暗くしないでね.顔が見えないと悲しいよ.」
と言うから,勉強机の電気だけにして部屋の電気は消した.
頰に手を当てて,顔にかかった髪を親指でかき上げると,君の綺麗な顔がきちんと見えた.
これからすることに少し怯えているような顔だから,心配になって「本当に始めるよ.」と聞くと,
「怖いんだから早くして.」と君は素直に答える.
静かに唇を近づけて,触れる.
舌を絡め合わせて,君を味わう.
いつもしているキスの筈なのに,まるでファーストキスのようにぎこちなく,トロけた.
一息置いて目を合わせると,君ははにかみ,身体を寄せて,また唇を重ねた.
吐息と唾液の絡む音だけが部屋に響いた.
「それじゃあ,いいよね.」
僕が問いかけながら下腹部に手を添えると,君は恥ずかしいからいちいち聞くなと怒ったような顔をして,僕を抱き寄せた.
中指で君の肌をなぞりながら,下着と君の身体の間へと僕の手を滑り込ませる.
君が今日まで誰にも触れさせなかった宝物に指が触れる.
それはもう十分なくらいに湿っていて,まるで潤う果実を指で押し潰した時のように,蜜で溢れていた.
柔らかな果肉を指で押し,愉悦に浸る.
君の身体を支配するような.そんな感覚だった.
人差し指と薬指で覆いかぶさる肌を退けて,小さな突起に指を当てる.
君の息が荒くなる.
蜜で指を滑らせ,突起を弾くと,君は小さく声を出し始め,僕を抱き寄せる腕に少しずつ力が入る.
少しばかり指を動かし,締め付けのある中へと挿入ていく.
第2関節まで挿入ったところで,指を動かす.
吐息が耳元で大きくなってゆく.
指を締め付ける君の宝石も,呼吸をするようにヒクヒクと動く.
優しく指を動かし続けると,君の吐息が声に変わる.
初めて聞く,君の喘ぐ声.
これを聞くのは僕が最初で,最後の人なのだろう.
君の喘ぎ声が,声を堪えるように変わり,僕を抱き寄せた腕が,強く僕を抱き締める.
それと同時に,僕の指も逃がさないと言わんばかりに締め付けられる.
僕も答えるように君を抱き締める.
君が少し荒い呼吸をしながら手を解き,僕を見つめる.
「キス,して.」
震える声で言った.
あまりに愛おしくて,君を抱き寄せて貪るようにキスをした.
深く,それでいて繊細なキス.
舌を吸い上げ,唾液を呑む.
今までよりずっと長い時間そうしていた.
「それじゃあ,しよっか.」
僕がそう言うと.
「やっぱり,いいや.もう十分気持ちよくなったし,たくさんイったから.」
そう君は言った.
「そっか,それならわかったよ.」
「でも,したかったら,終わってからしていいよ.」
「生でも,口でも好きなように犯していいからね.」
そういいながら彼女は鞄から薬を取り出す.
「そんなこと,しないよ. 身体目当てで付き合った訳じゃないんだから.」
この時が来ることは分かっていた.
君が重い病で,病状が悪化する前に死のうとしていたことも前から知っていた.
片腕を切除すると決まった時に,
「ちゃんと抱き締められないようになっちゃうね.ごめんね.」と笑う君が,本当はどれだけ辛いかも知っていた.
君が僕を愛していることも,僕は知っていた.
「これ,飲んだ後にキスしないでね. いつもちょっと激しいから,口の中になんか残ってて君も死んじゃ嫌だ.」
「僕だって君が死んじゃ嫌だよ.」
「ごめんね.わがままばっかり言って. 本当に,シたかったら犯していいからね. 死姦って言うんでしょ,シていいからね. ちょっと過激でも耐えられるから.」
「君がいなきゃ何にもならないよ.」
「私はいるよ. ずっと,君のそばに. 今までずっと,君のこと好きだったから.」
「大好きだったから.」
「なんでそんなこと恥ずかしげもなくサラッと言えるんだよ.」
涙を堪える僕の頭を,君は優しく撫でて.
薬を口に含んだ.
「今まで一緒に居てくれてありがとう.」
「好きだよ.」
「僕もずっと,大好きだよ.」
それを聞いてか聞かずか,君は微笑んで,
僕の腕には君の重みが直に伝わった.
堪えていた涙が溢れる.
今まで涙は誰にも見せないと決めていたけど,
最後ぐらい君には見て欲しかったな.
ここに居て,もう居ない.
君を強く抱きしめて.
ベッドライトと窓から差し込む月光が,僕らを静かに照らしていた.




