妹はリリアライト。
そして三年。私は六歳になった。
リーフェを助けてからそれだけの時間が過ぎた。
リーフェはあれから、今まで以上に愛情をくれる様になり、フェアリーゼはリティット達を上手く使い、ガノドライグの思惑を全て先手を打って潰していた。
フェアリーゼはリティット達の集めた情報などを私にも回してくれていて、今日はその報告の為のお茶会がこれから始まる。
「お母様、お待ちしておりました」
お茶会は私の部屋に準備され、フェアリーゼが来るとスカートをつまんでカーテシーで挨拶をする。
この三年間、言葉遣いや教養なども教育に盛り込まれていた。
「ママ」から「お母様」に変わっている所などその最たる例だろう。
「ええフェミリアス。久しぶりのお茶会、わたくしも楽しみにしていたのよ」
フェアリーゼは手を叩くと、連れ来ていた側仕えを全員部屋から追い出して人払い。
部屋に残ったのは私とフェアリーゼ、そしてリーフェだ。
「ふぅ、人前だと疲れるね。フェミ平民になりたいな?」
「滅多な事言わないでちょうだいフェミリアス。あなたが平民になったら、わたくしアナタに会いに行けなくなってしまうわ?」
こうして、身内だけの場所だと言葉を崩しても良いと言われているから全力でくつろぎ始める。
「それより、お父様どうなったの? そろそろ潰れた?」
「フェミリアスは本当にガノドライグ様が嫌いなのね?」
三年間ちょくちょく話し合った結果、フェアリーゼの事やこの領地の事がよく分かった。
未だに教えられていない事もあるが、なぜ上位の領地であるイーゼルバーンの領主の娘だったフェアリーゼが、こんな落ち目領地に嫁いで来たか等は知ることが出来た。
ぶっちゃけフェアリーゼがガノドライグに惚れていたからだそうだ。
既に別の第一夫人が居たにも関わらず、第二夫人の座に甘んじてまで嫁いでくる程には愛していると言う。
今ガノドライグの邪魔をしているのも、愛ゆえに道を外して欲しくない一心なのだとか。
教えてもらえない事とは、なぜ当時第二夫人だったフェアリーゼが現在第一夫人になれたのか、と言うことだ。
どうやら、まだ会ったことの無い私の妹が理由らしいのだが、詳細は教えてくれなかった。
悪い子なのかと聞いたら、とても可愛くていい子だと言われ、じゃぁ会いたいと言うと、まだ妹の方に十分な教育が出来ていないから待てと。
何やらワケありと言うことだけ理解して、会える様になったら教えて欲しいとお願いしていた。
「ガノドライグ様とトルザークの関係を徹底的に叩いたて、イーゼルバーンを頼らざるを得なくしたのよ。イーゼルバーン経由で上位領地と中央からもそれとなく圧力を掛けられたのは良かったわ。フェミリアスが作ってくれたこの子達は、この三年間本当にいい仕事をしてくれたわ」
そう言うフェアリーゼの肩には、すっかりお馴染みになってしまったフィアが居た。
フィルとフィオは今も仕事中らしい。
フェアリーゼは腕輪に触れて『オープン』と日本語の発音でキーワードを口にした。
「このわたくしにしか見えない魔法の板も、初めて見た時は驚いたけど、慣れてしまうものなのね」
フェアリーゼは私にも見えない様に設定してあるウィンドウを少しいじると、手を大きく横に動かした。
多分、リティットの目とウィンドウを繋いだまま、会話の邪魔にならない位置にウィンドウをどかしたのだろう。
「ガノドライグ様は今執務室で頭を抱えているみたいね」
「もう流石に万策尽きたかな? フェミも気にするの疲れたから、そろそろ大人しくして欲しいかな」
「お嬢様は旦那様の魔の手を、赤子の手を捻るように尽く捻り潰していましたが、お疲れになっていたのですか?」
リーフェが意外そうに後ろから声を掛けてきたけど、私だって人間なんだよ?
「リーフェ? 片手で潰せる羽虫でも、何回も来られたら疲れない? それにリーフェも結構な数潰したよね?」
「······言われてみればそうですね。いつ終わるか分からなければ、疲れるかも知れません」
リーフェにあげたタクトは、予想以上に仕事をしてくれた。
従来の魔法の使い方だと、魔力のロスが凄まじいらしく、いつも全力で魔法を構築しなければ行使出来ず、普段使いで気軽に使えないとリーフェは教えてくれた。
でもリーフェはタクトを使うことでそれを克服して、驚くほど繊細に魔法を駆使して、ガノドライグが私を攫うために雇った人間等を軽く捻れるくらいに強くなった。
て言うか愛娘を攫おうとするなよ。せめて説得しようと努力しようよ。
そんな事があったから私はガノドライグが大嫌いになっていたし、リーフェも同じはず。
フェアリーゼがこうして度々お茶会にて情報をくれるのは、私たちがガノドライグを叩き潰さないように牽制する意味合いも有ると思っている。
「······ん、誰か来たようですね」
ふと部屋の扉を見るリーフェの言葉に、普段着にしているエーテルドレスの左手スロットを起動してエコーを放つ。
確かに扉の前には、私の部屋のメイドと別に誰かが居る。
私に一礼した後、リーフェが扉を開けに行くその手には、念のためにタクトが握られていた。
ややあって扉から姿を見せたのは、初めて見る女性だった。
「お誘いも無くお茶会にお邪魔する無礼を、どうかご容赦くださいませ、フェアリーゼ様。そしてお初にお目にかかりますフェミリアス様。わたくしはガノドライグ様の第二夫人、リリカフェイトと申します。お見知り置き頂きたく存じますわ」
息を呑むほど優雅なカーテシーを見せられ、私の叩き込まれた作法などまだまだだと思わされた。
リリカフェイトと名乗った女性はフェアリーゼと同じ歳に見える。ちなみにフェアリーゼは二十四歳で私を産んだのは十八歳の時。
部屋の証明に照らされる金髪はよく手入れがされているのが分かる光沢を放ち、ハリウッド女優を鼻で笑えるほど整った顔立ちには、優しげな笑みがある。
白と水色の布で仕立てられたドレスもため息が出るほど綺麗で、リリカフェイトによく似合っていた。
「初めましてリリカフェイト様。フェアリーゼお母様の娘、フェミリアスと申します。お会いできて光栄ですわ」
席をたち、できる限り優雅にカーテシーを返して見たが、リリカフェイトに比べられたら恥ずかしい物だった。
「リリカ、わたくしとアナタと仲じゃない。そんな堅苦しい態度は辞めてちょうだい? わたくしが第二夫人だった時も、アナタは優しくしてくれたわ。わたくしが第一夫人になったからと言って、偉そうにするつもりは無いの」
そんな話しをしている間に、リーフェが丸テーブルにリリカフェイトの椅子を準備する。
「ふふ、じゃぁお言葉に甘えるわね。最近はフェリーが忙しそうで、あまり話せなかったからお邪魔しちゃったの」
フェリーとは、フェアリーゼの事だろう。
本当の姉妹の様に仲良さげな空気を出させると、若干私が居づらいよ?
「あら、何か用事があったのかしら?」
「用事が無ければフェリーに会えないの? まぁ用事はあるのだけれどね」
席に座って、リーフェがお茶の準備をするとすぐに一口含む。
「あら? 随分美味しいわね? リーフェリアルがいれたのよね?」
「はい。お嬢様が作ってくださいました魔道具のお陰でございます」
私が作ったものなど、エーテルすら使わない真空ポットとか、少しのエーテルですぐにお湯が湧かせる電子ケトルならぬエーテルケトルとかだ。
お茶が美味しいのはリーフェの努力の賜物で、私は殆ど関係ない。
私がそう告げるとリーフェは誇らしそうにしつつも、私のお陰だと主張は変えなかった。
「お噂は聞いていたのだけど、本当にフェミリアス様は魔道具をお作りになるのね。まだ六歳でしょう?」
「お嬢様は特別なお方ですので」
「あの、リリカフェイト様。もし宜しければわたくしもお母様の様に、フェミとでもお呼びくださいませ」
「ふふ、じゃぁフェミもわたくしの事をリリカと呼んでちょうだいね? 話し方も崩していいわ」
そうして会話を重ねて、私も慣れてきて話し方が崩れてきた頃にフェアリーゼが切り出した。
「それで、用事はどうしたの?」
「ああ、フェミが可愛いから忘れていたわ」
リーフェがみんなにお茶のお代わりをいれると、リリカフェイトが私の方を向いて静かに話し始めた。
「フェミは娘に会いたがっていると聞いたのだけど、事実かしら?」
「うん。フェミ会いたいよ。フェミまだ名前も知らないの」
「そうなのね。娘はリリアライトと言うの。今日の水の鐘に会えるけど、会いたいかしら?」
この世界は一日が三十時間あり、十五時が昼になっている。
季節による日照時間の差がほぼ無く、毎日変わらない時間に日が登り、日が沈む。
朝六時に日の出と共に『早朝の鐘』が鳴り、それから三時間毎に『朝の鐘』『火の鐘』『昼の鐘』『水の鐘』『夕刻の鐘』と進み日没と同時に『夜の鐘』が鳴り、その後早朝の鐘まで十二時間は鐘が鳴り止む。
ちなみに今は火の鐘がなって久しく、そろそろ昼の鐘が鳴るだろう。
「会いたい!」
「ふふ、決まりね」
フェアリーゼに謝ってお茶会をささっと切り上げる。
前世では一人っ子だったから、妹に会えるのが楽しみなのだ。
リリアライトだっけ? リリアちゃんか。
どんな子なのかな。
そうしてリーフェに着替えさせもらったり、妹との面会はお茶会と言う形になると言うので持っていくお菓子の準備等を急ぐ。
元ヒキコモリの私に料理スキルも知識も無いけど、それでも皆無と言う訳では無い。
何かすぐに準備出来て喜ばれる、画期的なお菓子は無いものか?
「うぅー、唸れフェミのきおく!」
ケーキは時間ないしレシピ知らない。クッキーはなんとなく分かるけど試行錯誤してる時間は無い。さっき昼の鐘が鳴ったから残り三時間を切っているのだ。
「お嬢様、取り敢えず昼食を食べてください」
そう言ってみんなが母親組が帰ったテーブルに準備されたサンドイッチをリーフェに促されるままモシャモシャ食べる。
「あ、これで良いじゃん」
一瞬久しぶりに私の素が出てしまう程の閃き。
パンを油で揚げたりオーブンやレンジで焼いた物に、砂糖をまぶしたりクリームに付けたり、そうラスク!
「ねぇリーフェ、パンを揚げるお菓子って知ってる?」
「パンでお菓子ですか? いえ、存じませんね」
おっしゃ来た! 私の勝ちだ!
急いでリーフェにパンと食用油を準備してもらう。
その間にファクトリーの無駄遣いをして超高性能フライヤーを作り上げて、部屋の隅にロールアウトする。
うふふー。妹ちゃん喜んでくれるかなー?
そして全部の準備が整った。
リーフェの持つバスケットにはしっかりパンを輪切りにして揚げて粉砂糖をまぶしたラスクと、ディップ用のホイップクリームもリーフェに作ってもらった。
「リリアちゃんのお部屋はどこかな?」
「リリアライト様のお部屋は、事情により離宮にあるそうです。事情については私も教えられていませんが」
リーフェの案内で城の中を歩いていく。
リーフェを助け出した一件から、私は部屋を自由に出入りする様になったから、今では見慣れた光景だ。
「何が問題なんだろうね? アレかな、呪われた子が産まれたとか?」
前世のフィクションでは良くある話だろう。
変なアザとか伝承にある不吉な何かを持って産まれてきた子供が親から疎まれるなんてストーリーは。
「呪われた子、ですか?」
「うん。そう言う言い伝えってトライアスに無い? 特定の髪の色とか肌の色とかを持って産まれてくる子供は不吉だって話し」
「······聞いたことが有りませんね」
「無いんだ? んー、じゃぁ本当に何が問題なんだろ? お母様はリリアちゃんの事褒めてたよね」
フェアリーゼが褒めていたから人間性にも問題は無いとして、忌み子系の伝承も無いならリリアちゃんは何でリリカフェイト様の第二夫人になった理由になり得たのか。
「会ってみれば分かるのでは?」
「······それもそうだね。まだ遠い?」
「いえ、あの扉から城の外に行けば、リリアライト様の離宮はすぐそこです」
ちなみに私の部屋は城の三階にあり、リーフェが捕えられていた仕置部屋なる場所は五階だ。
今は一階まで降りてきて、裏口的な扉の前まで来ていた。
リーフェが扉の前に居る軽装の兵士に話しをして、扉を開けてもらう。
その途中目があった兵士は仕置部屋で見た事のある顔で、私を見る目が複雑な感情に揺れていた。
「お仕事ご苦労さま。リーフェ」
リーフェを呼ぶとすぐに意図を汲んでくれて、バスケットの中からラスクの包みを一つ兵士に渡す。
「ただのお菓子ですわ。休憩の時にでもお食べなさい」
まさか一度、仕方ないとはいえ敵対した私から差し入れがある事に面食らっている兵士の反応を無視して、開いた扉から初めて外に出た。
良く手入れされた芝生に細い石畳が続いている裏庭、その先に小さな離宮が確かにあった。
見渡すと、離宮の向こうには領主の城を囲う高い城壁があり、振り返ると自分が暮らしていた城を初めて見ることが出来た。
うっわ、落ち目の領主って言う割に立派な城だよ。
ぱっと見た感想は、某ネズミが棲む夢の国にある城に似ていた。
いくつもの塔が合わさって出来て見える外観に、なんだか自分がやっと異世界に転生したんだなと実感が湧いた。
城の観察もそこそこに、城の一部を切り取った様な二階建て程度の小さい離宮の前まで来ると、入口に一人執事が立っていた。
「フェミリアス様ですね。お話は伺っております」
くるくると巻かれた淡い茶色い髪が印象的で、皺が見える優しい顔つきをしているお爺さんが丁寧に一礼する。
「お、おぉ、角が······!」
私は一人はしゃいでしまった。
きっちりとした礼をする執事のお爺さんの頭には、彼の髪の毛の様にクルンと巻かれた角があるのだ。
「も、もしかして獣人なのかな? ヒツジの獣人?」
彼に大分失礼な物言いになっている事には気付けないまま、リーフェの袖を引っ張る。
「お嬢様、落ち着いてください。そう言えば獣人を見るのは初めてでしたね?」
「うん! 本でも見た事なかったよ!」
「······あれ? では何故獣人をご存知なのです?」
やっべ、墓穴掘った。
「え、えと、夢の世界にそう言うお話が······」
リーフェにだけ聞こえる声でゴニョゴニョ喋る。
夢の世界って設定、今更ながらに便利だな。
「あの、獣人はお嫌いでしょうか······?」
私達がコソコソ喋っているから誤解されてしまった見たいで、羊の執事さんが悲しそうな顔をしていた。
「ち、違うよ! あ、違います。獣人の方を初めて目にしたので、少し興奮してしまったのですわ」
公の場では喋り方を気を付けるんだった。
フェアリーゼにバレたら怒られてしまう。
「この離宮には何人か獣人が居ますが、本当に大丈夫ですか?」
「あら、それは是非会ってみたいわ」
なんか執事さんの態度が少し気になるけど、まだ他にも獣人が居るなら是非会ってみたいのは本音だ。
犬とか猫とか! 竜系でもいいよ!
「この様に、お嬢様は獣人に対して特別な感情は持っておりません。安心して下さい」
「······それはそれは、確かにその様で安心致しました。中にご案内しましょう」
まだ不安が残る顔をしているけど、執事さんは扉を開けて中に案内してくれた。
離宮の中はイメージと大分違っていて、言葉にするなら前世の普通に一戸建て。
石造りな事を除けば豪華なマイホームと言った間取りで、エコーを打って確認すると一階はリビング、ダイニング、客間、キッチン、トイレ等と一つ一つが広々とスペースが取られている。
おそらく二階ある部屋は使用人とリリアちゃんの部屋じゃ無いかな?
廊下を歩き再奥にある客間らしき場所に案内され、執事さんが扉を開けて中に入る。
「お嬢様、お姉様がお見えになられましたよ」
執事のあとに客間に入ると、そこには念願の妹がソファに座っていた。
母親譲りの綺麗な金髪は外側だけで、首元から見える内側の髪は目を引く赤色。
おそらく頭の上部分が金髪で、下が赤色だから外側と内側で色が分かれているのだと推測する。
とても不思議な髪が肩の上で揺れていて、前髪はパッツンだ。
そのパッツンから除く目元はリーフェみたいに少しタレ目で、自信が無さそうに今にも泣きそうな顔は、リリカフェイトを幼くした上で自信を捨てさせた様な印象的で、うん可愛らしい。
着ているドレスは髪色に肖っているのか、金色と赤色が交互に見えるティアードスカートのワンピースみたいな作りで、正直めちゃくちゃ似合ってる。くっそ可愛い。
そして何より注目すべき点がある。
「·········猫の耳······?」
そう、リリアちゃんの頭には猫耳があるのだ。
よく見るとその小さな体とソファの間には尻尾もある。
髪色と同じように、耳も尻尾も全体が金色で、先に行くほど赤くなっている。
完全な獣人。
私の呟きにビクッと反応して、その愛らしい目に涙をためる。
「······か」
私は知らぬ間に駆け出していた。
リリアちゃんに向かって。
突然の事にリリアちゃんの護衛も反応出来ない。
リーフェも執事さんも驚いていて、リリアちゃんの顔は恐怖に染まっていく。
そしてリリアちゃんまでたどり着いた私は、思いっきり。
「可愛いいいいいいいいいいー!!」
抱き着いた。