新しい家名ヴァルキュリア
私は食堂を一人出て、すぐにジークザーロへコールをし直した。
『どうした? 何か不備があったのか?』
「いえ陛下。件の話しはちゃんとアトリエに伝えておきました。今は別件でお話しがあったのですが、今お時間はよろしいでしょうか?」
『他ならぬそなたの話しだ。聞かなければ二人の妻に何を言われるか······』
王家に気に入られている私は、こう言う時に便利だと思う。あの時急な話だと諦めないで、全力で事に当たってよかったよ。
「実はわたくし、つい先程家名を捨てたのです。新しい家名を名乗りたいので、新興の貴族として認可して頂きたいのです」
『························はっ!? なに、家名を捨てただと!? 詳しく話せ!』
あまり詳しく話す事でも無いのだけど、王直々に命令されては仕方ない。私は先程起こった事をこと細かく丁寧に説明した。フェアリーゼが泣き崩れた所まで微細に描写して。
『··················ガノドライグはこの上ない愚か者よな。子を捨て妻を泣かせ、領地の希望を壊したのだから』
「わたくしには今、父親も母親も居なくなってしまいました。新興の貴族として認められなければ、わたくしは明日から平民として過ごします」
『認めるに決まっているだろう。王家にここまで貢献している貴族なんてそう居ないというのに。それで、家名は決まっているのか?』
「ヴァルキュリア、そう名乗ろうかと思いますわ」
『············分かった。そなたは今この時より、フェミリアス・ヴァルキュリアだ。王の名の元にヴァルキュリア家をランド王国の上級貴族として認める』
かくして、私はヴァルキュリア家一代目当主になった。やったね。
取り敢えず王都に住もうとジークザーロと話しを詰めようとしたら、食堂の方からリリアとリーフェが走ってきた。
「お姉様、お待ちになって下さいませ!」
「リリア、リーフェ、どうしたのかしら?」
「どうした、ではありません。お嬢様、私もイーゼルバーンから暇を貰ってきました。これからもお嬢様にお仕えしますので、どうかお一人で行かないでください」
「リリアも、家名を捨ててきました! リリアもお姉様と共に居ますわ!」
······あれ? リリアはともかく、リーフェまで何してるの?
ともかくとか言うけど、リリアも何してるの? リリカフェイトと親子じゃ無くなるんだよ? リーフェも、拾ってくれたフェアリーゼと縁を切るんだよ? ほんと何してんの?
「二人とも、何をしているのです? リーフェはフェアリーゼ様に拾われたのでしょう? リリアも、リリカフェイト様をお母様とは呼べなくなるのですよ? 分かっているのですか?」
「分かっています! 分かっていますから············、お姉様の傍に居たいのです······」
「············私は、大恩あるフェアリーゼ奥様······、いえフェアリーゼ様に言われました。娘を頼むと。それにはいつまで、どこで等含まれていないのです。どうかご一緒させてください」
私は別に、家名を捨てたからと言ってリリアとリーフェを切り捨てるつもりは無かった。
貴族で無くなったとしても、ヴァルキリーとして一緒に居れると思っていた。でも、二人にとってはそうでは無かった様だ。
私の横に居る。それが何よりも重要なのだと。
『············素晴らしい側仕えと、妹君では無いか。ついでだ、王の名の元にリリアライトのヴァルキュリア家入りを認め、今この時よりリリアライトはリリアライト・ヴァルキュリアとなる。フェミリアス・ヴァルキュリアと共に、ランド王国に尽くすがいい』
ジークザーロとコールしている事を知らなかった二人は、急に聞こえた王の声に驚愕したあと、状況を察して跪いた。
「リリアライト・ヴァルキュリア。確かに拝命致しました」
喜びに震える声で確かに、リリアはヴァルキュリアの名を今背負った。また家族になれた。
「··················この場合、姉妹なのかしら?」
「······姉妹でも、夫婦でも、何でも良いのです。リリアはずっとお姉様と共に居るのです。国王陛下、お姉様同じ家名を頂けました事を、心からお礼申し上げます」
『眩しいほどの姉妹愛だの。しかし夫婦とは異な事を言う』
ジークザーロにしっかり突っ込まれ、しかしリリアは私が止める前にカミングアウトしてしまった。
「陛下、リリアはお姉様を愛しているのです。お姉様が子を成す魔道具を作り上げましたら、フェミリアス・ヴァルキュリア様の妻になりたく思っております」
『··················なんとっ?』
「······あちゃー」
私があちゃーと手で顔を覆うと、リーフェも同じアクションをしていた。
『······ふむ? いや、良いのでは無いか? 子を成せるのであれば、問題ないと思うぞ?』
やっちまったと思ったら、予想外の反応をジークザーロから貰ってズッコケる。は? いいの?
「え、あの陛下? わたくしとリリアは、その、姉妹なのですが······」
『ふむ、禁忌で成す子は酷い結果になる事が多いと聞くが、そなただったら何とか出来るのでは無いか?』
一般的に禁忌、近親相姦と呼ばれる行為で成す子供は、遺伝子に異常をきたして産まれてくる確率が高い。
これは、両親が互いの遺伝子にある異常を補い合って子を成す時に、近縁の遺伝子だと異常がある場所が同じになってしまい、異常を補えずに表面化する事で起こる事だ。
だが私はそもそも、女性の細胞、遺伝子を男性の物として組み替えて種にするシステムを作らなければいけないのだから、その弊害も一緒に処理すれば問題無い。つまり出来るか出来ないかで言えばもちろん、
「··················出来ますが」
出来るのだ。当然。
『なら、良いではないか。リリアライト・ヴァルキュリアよ、ランド王国には淑女同士が子を成す事を禁じる法は無い。普通は成せないからな!? はっはっはっはっは!』
······え、良いの? マジで? 国王陛下直々に妹と結婚する許可貰ったのこれ?
「陛下、リリアはランド王国に産まれて幸せでございますわ。こらからヴァルキュリアの者として、国に仕えると誓いますわ」
『ふははは! 改めて国を褒められると嬉しいものよな。正式に夫婦になる際は我に言うがいい』
「畏れながら陛下、他にもお姉様を慕う淑女が居るのですが······」
『なんとっ!? フェミリアス、そなた我より女性にモテるのでは無いか?』
「ふふ、お姉様に出会った淑女は皆言うのですよ。『なぜ殿方に産まれてこなかったのですか』と」
『ふはーはははは! 何だそれは!? そんな事を言われる淑女が居るのか!? 言う者も居るのか!? 愉快過ぎるぞうはははははは! そしてあれだな、淑女同士でも構わないと思えた強者が何人か居るのだな!?』
「その通りでございますわ。お姉様の魅力は性別を理由に諦められる程度に収まらないのです」
『うはははははは! ダメだ、愉快すぎるっ! そんなに多いのか!? どれ位居るのだ?』
「名前は出せませんが、お姉様に想いを告げた者とそうで無い者含め、リリアの知る限り、リリアを含め二十九人ほど······」
『うはーははははははははははーははっ! 多過ぎるっ! ダメだっ、笑いすぎて苦しっ······!』
「そんなに居たの!? ちょ、陛下も笑いすぎですわ!?」
待ってください。二十九人? え? どう言う事?
『くひぃ、死、死ぬ······! 笑いすぎて死ぬぅ······!』
「陛下、本当に笑いすぎですわ」
『ふぎぃ、だっ、何故殿方じゃなぃっ············、うはははははは! ダメだ止まらんっ!』
ジークザーロの大爆笑を聞きながら廊下を歩いて、城を出る頃にやっとジークザーロが笑い終わった。
『ふひぃ、ふひぃ、とにかく、その者達も気にしなくていいとっ、伝えるがいい············。親元の説得は、しないが、婚姻自体は、国が認めよう······』
「陛下、ありがとう存じますわ。あぁ、これで晴れてリリアはお姉様の恋人を名乗れるのですね············」
『ああ、存分に名乗るがいい。ふは、フェミリアスの妻が何人になるか楽しみだな。して、夫は取らんのか?』
「············今のところ、お相手は居ませんわ」
『ふふ、夫も妻も居る淑女が見れると思ったのだが、残念だ。さて、我はこの辺りで失礼するぞ。予想以上に時間を使ってしまった』
「陛下の貴重なお時間を頂き、恐縮にございます。それでは······」
『ああ。コールアウト』
楽しい楽しい陛下とのお話しは終わり、これから私は国王陛下の名の元にリリアとメリル両名の、夫か妻か分からないけど伴侶を名乗る事が出来るらしい。
親の説得が必要なルフィアはまだ分からない。でも、これで早目に挨拶に行かなければならなくなった。
「えーと、じゃぁ改めて、リーフェをヴァルキュリア家で雇うね?」
「ありがとうございます。お嬢様の命尽きるまで、いえその後も仕えさせて頂きます」
「······エルフだから、本当にフェミが産まれてから死ぬまで一緒に居てくれるんだね」
「もちろんです。さ、もうトライアスの貴族では有りませんから、城下街まで出ましょうか。ギルドに向かうのですよね?」
「その前に宿でも取ろうか。寝床無いもんね」
本当に必要な物は大体王都の寮にあるし、トライアスから持っていく物なんて無い。着の身着のまま旅立てる。
所持金が一千万消し飛んだけど、逆に言うとその程度なのである。貴族が子供一人育てるのに八年で一千万。前世と通貨の価値が似ていると言っても、そもそもこの世界で高度な医療や贅沢過ぎる嗜好品何て少なく、貴族の養育でも一千万程度しか使わないのだから、私一人の残金だけでも一生暮らしていける。
私たちは城下街を歩き、大衆浴場が近い普通の宿に部屋をとった。リヴァルカードは使えないみたいなので普通に晶貨を払って取り敢えず十四日分、季節の終わりまでの支払いをすると、かなりの上客として扱ってくれた。
特に部屋に置く荷物も無いので、そのままハンターギルドに向かう。
初めて入る自領、いや元自領のハンターギルドの中は王都とは装いが違っていて、案内の受付嬢と窓口に女性職員が居るのは同じなのだが、酒場兼用の建物になっていて内装が大分違う。
王都と違い円形のカウンターが真ん中にあるのでは無く、入口入って右の壁際にカウンターがズラッと並び、カウンターの後ろに机が並んでいる。
左には酒場エリアがあって、依頼の張り出しは酒場の方にある掲示板を使う様だ。
真ん中には特に何も無く、奥の方に酒場管轄では無いテーブルと椅子がポツンとある程度。
左の酒場は厳ついハンターで賑わっていて、まばらに置いてある丸テーブルもほぼ人が座り、綺麗なお姉さんと愛嬌のあるオバチャンが居るカウンター席も少し空きがある程度。
「ほうほう、王都よりギルドって感じするね」
「そうですね。私にはこちらの方が馴染みがあります」
「さっそく依頼をみましょう」
リリアライト・プリンセスの元になった衣装のリリア、気に入っている栗色のドレスの私、メイド服のリーフェはギルドに入ると当然悪目立ちしているけど、絡んでくるハンターは特にいない。
わざわざ貴族に絡んで打首になりたい馬鹿なんて居ないからだ。
すんなり人混みを抜けて依頼の出してある掲示板まで来て、討伐系を中心に吟味していく。
掲示板は、紙が貼り出してあるイメージしやすい物ではなく、ショップのCDラックの様な段々になった所に依頼内容が書かれた木の板が立て掛けてある物だ。
貴重な紙をこんな事に使えないもんね。
文字も読めないハンターだって居るので、依頼の木札には簡単な絵も付いているが、いかんせん数を描かなくてはいけない依頼だから、とても汚い絵になっていた。
依頼の内容は、最上がヘゲナ討伐。下が薬草採取な訳だけど、ヘゲナ以上の依頼が無いとコッチは暇つぶしにならない。
野球しようぜーって言ったら逃げ出すんだもん。あいつら。
「どうする?」
「············今更ヘゲナも、確かに······」
「自由討伐にしますか?」
自由討伐とは、文字通り自由に討伐して来て、ギルドで売る事だ。ランクアップの貢献度もほぼ貯まらなければ依頼料も無い。そこそこ高い魔物を楽に倒せるハンターじゃないと辛いので、普通はみんな依頼から選ぶのだ。
私達がワイバーンを狩ったりでランクを上げているのは単純に戦闘力を評価されてのランクアップだ。
「ねぇちょっと。どきなさいよ」
貴族に絡んで打首になりたい馬鹿なんて居ない。そう思ったが、中には馬鹿も居るみたいだ。
「掲示板って言うのはね、階級が高い人に譲るのがハンターの礼儀なのよ」
所々染みが出来ている黄色いブラウスに、穴の開いたショートパンツを履いて、その上から革の軽鎧を装備している声の主は、この世界では珍しい女性の坊主頭で、薄汚れた赤茶色の髪をした十六歳くらいの女の子だった。
「はぁ、じゃぁ礼儀通り向こうで待っててくれる?」
せっかく教えてくれた礼儀をさっそく使って教えてあげたのに、坊主女は顔を赤くして怒り始めた。アスタキサンチンアスタキサンチン。
「馬鹿にしないでよ! 私はこう見えても階級高いのよ?」
「そっか。で、良いから向こう行っててくれる?」
「いい加減にしなさいよ!」
「あーうざいー。誰だよこいつー」
ハンターの階級が十二階級の内は、私達より階級の高いハンターは存在しない。よって私達が退くことは有り得ないのだけど、余程自分の階級に自信がある坊主女は随分強気だった。
「私はね、これでも七級なのよ! 分かったらそこをどきなさい」
あまりの事に一瞬頭がフリーズしてしまった。七級? あれ? 七級ってなんだっけ?
「よりによって下級ハンターじゃねぇか! せめて中級から威張れよ雑魚が! 七級も十級もメティアの角比べだよ!」
「なぁ、なんですってええええ!?」
「随分自信有りそうだったのに、七級で他のハンター見下そうとしてんじゃ無いよまったく、雑魚の上に器が小さいとか極め過ぎでしょうが! さっさと失せろ! 家で寝てろ!」
メティアの角比べとは、そのままドングリの背比べと同じ意味である。
メティアは角を持つ白い兎の魔物で、訓練に使っていた草原に居るのもメティアだ。オスがメスを奪い合う時に角を比べるのだが、角だけはほぼ個体差が無く求愛行動に決着が着かない意味不明な兎であった。
「あ、あんたは何級なのよ!」
「これ見ろ雑魚助。見たら帰れ」
私は懐から特級のハンターカードを見せてやる。まぁ見た事無いカードだから面食らうだろうけど、近くで見ればちゃんと特級と書いてあるのだ。
ちなみに特級のカードは凖特級のカードの彫りに金が流し込まれていて、更にカードの外周を金製の額縁みたいなケースで装飾されている。全体的にパワーアップしたデザインだ。
「な、はぁ!? 特級とか嘘言わないでよ! ギルドカードの偽造は犯罪なんだからね!」
「王都のギルドマスター直々に渡されたこれが偽物だって言うなら、アンタのカードは玩具だよ。良いから隅行って黙ってなって」
偽物かどうかはギルドが判断してくれるし、こいつに信用してもらう必要など皆無だ。聞かれたから答えただけだし。
「お姉様、ありったけのヘゲナ依頼集めて、お姉様から逃げる不届きな魔物を絶滅させるのはどうでしょう?」
「お、それいいね。数揃えさせて本当に野球してやる············」
「無視するんじゃ無いわよ! アンタらみたいな子供にヘゲナが狩れるわけないじゃないの!」
まだ騒いでいる馬鹿は放っておいて、掲示板から全てのヘゲナ討伐依頼をかっさらう。と言っても六枚しか無かったけど。
「それと、せっかく酒場なんだし、酒の一杯でも奢って情報集めよっか。バジリスクくらいは戦いたいよね。久々に食べたいし」
「確かに、最近バジリスク食べてませんわ。さっぱりしていてリリアは好きなのですが······」
「聞きなさいって! バジリスクなんて倒せるわけ無いでしょう!」
「もーう、本当煩いなぁ。なんなの? あんまり絡んで来ると、本気で沈めるよ? 確かハンターって無理に絡まれたら相手を潰して良いんだよね? リーフェ?」
「ええ。殺さなければ大体大丈夫ですよ。魔法でバラバラにしても生きてさえ居れば、許してもらえたかと」
「そんな訳ないじゃない! 馬鹿じゃないの!? それに子供何かに負けないわよ!」
リリアに集めた依頼を窓口に持っていってもらう。ヴァルキリーが依頼を受けたと受理されないと、依頼のお金を貰えない。
まぁヘゲナは丸っと一匹全部売っても百万ちょいにしかならないから、その補填だ。
リーフェは冷めた顔で坊主女を見やり、どうしたものかと言った様子。私も潰そうかスルーしようか迷っていた。
「何よ! やるの!?」
「はぁ、まぁ怪我させなきゃ良いか。ハウンド、パラライズ」
構えていきり立つ馬鹿に麻痺弾を撃ち込んで黙らせる。成り行きを見ていた酒場利用のハンターは騒然とするが、気にせず一番近くのテーブルに居た、強面のハンターパーティを捕まえる。
「リーフェ、彼ら全員に一杯。ねぇおじさん達、フェミ強い魔物を探してるんだけど、バジリスクとかどっかで見なかった?」
「ひゅっ············、へ、バジリスク? 見た事ねぇよ! 出会ったら死んじまうじゃねぇか!」
「うーん、ヘゲナはどこでも居るのに、バジリスク数少ないんだよねぇ······。見掛けたら教えてくれない? ホントに居たら、バジリスク売り捌いたお金少し上げてもいい」
「············本当、いや、見かけたらな。自分から探しに行って死んじまったら意味がねぇ」
「そだね。お金の為に無理をするのは三流、おじさん達は一流だね」
ある意味嫌味にもなる言葉を最後に、別のテーブルを回っていく。中には面白がって適当を言う奴が居るが、魔力を解放すると慌てて黙った。
「お姉様、受理されましたわ」
「はーい。あー、ヘゲナ祭りかぁ······。バジリスク食べたいよぉ」
その時、私は要らん事を思い出して膝から崩れ落ちた。
「お、お姉様っ!?」
「どうしましたか、お嬢様?」
「リリア、リーフェ、あのね、フェミ思い出しちゃった······」
バジリスクのお肉食べたすぎて、王都でやらかした大ポカが頭を過ぎったのだ。
「フェミ達、ワイバーンのお肉食べ忘れているっ······!」
「························っ!? そ、そんなっ」
「······ああ、そう言えばギルドに丸ごと預けて捌きましたからね。忘れていました」
そう、ワイバーンを味見していないのだ。ヘゲナは筋張って不味いが、蜥蜴と蛇が混ざった、爬虫類系のバジリスクは超美味しい。同じ爬虫類系になるだろうワイバーンも期待出来たはずなのだ。
「あああああっ、ワイバーンっ! バジリスクっ!」
「············お姉様止めましょう。叫んでも美味しいお肉は出て来ないのですっ!」
「························お二人はそこまで、食い意地が有りましたか? 少々驚いています」
私はともかく、リリアも崩れ落ちたのは私も想定外だけど、私達の中でワイバーン肉の期待値はそれだけ大きかったのだ。
バジリスクより上かも知れない。それは暴力的な魅力だ。
「お、おい嬢ちゃん達、そんなに腹減ってんならこれ食えよ······」
「うう、ありがとうおじさん······。でも違うの、フェミ達はバジリスクが食べたいの······」
「聞こえていたけどよ、本当にバジリスクって美味いのか? と言うか倒せるのか?」
「倒すのは余裕。そして美味しい。超美味しい。孤児が食べたら涙を流して神に祈るほど美味しい」
「························探してみるかな」
私達の茶番を見ていた他のハンターもソワソワし始めて、だけどバジリスクなんて倒せないからやきもきしてる。
「よし、ヘゲナを速攻で血祭りにあげたあと、バジリスク探そう! くぅ、こう言う時にルフィアが居てくれたら!」
ルフィアのエコちゃんに周辺を索敵し尽くして貰えば、バジリスクの一匹くらい見つかるはずだ。まぁ、王都でバジリスク狩り尽くした原因でも有るのだけど。
「くぅ、バジリスクを養殖したい」
「馬鹿な事言うな!?」
動けなくなってる坊主女を放置して、少し盛り上がったハンター達に手を振り討伐に出かけた。
依頼は特定区域の討伐では無く、ヘゲナの素材を納品して欲しいタイプの物で、素材が被らなければ一匹のヘゲナで数個の依頼が片付く。
だがヘゲナの素材は専ら毛皮に価値が集約されているため、六個中四つは毛皮で、最低四匹は狩らなければならない。
私達はトライアス周辺の森を探し回り、エコーを駆使してヘゲナを見付けては首を飛ばしていく。
「へい、ヘゲナぁ! 黒ひげ危機一発し······、だから逃げるなぁぁあ!?」
「全力で逃げてますね」
「お姉様から逃げるなんて理解できません」
四匹中四匹全員にダッシュで逃げられた。初めて出会った頃はあんなにやんちゃだったのに······。
手早く殺してリーフェのフェアリーリングで運んで貰いながら、バジリスクも探してみる。が、見付からない。
「なんで同じ上級指定なのに、ヘゲナとバジリスクでこんなに違うの?」
「繁殖力の違いですかね」
バジリスクは純粋な戦闘力で、ヘゲナは繁殖力を加味した危険度設定になっているらしい。
確かに危険度上級の癖にやたら見掛けるよね。
「バジリスク居ないなぁ。帰る?」
「本来、凶悪な魔物が居ないのはいい事なのですけどね」
「リリアもお姉様も、バジリスクが食べたいのです」
苦し紛れにリーアを飛ばして探して貰って居るが、目視ではたかが知れているだろうし、今日は諦める事にしようか。
ヘゲナ一匹百万として、依頼料込みでも四匹合わせて五百万リヴァルって所かな?
「美味しくないねぇ。アトリエの新商品考えてた方が稼げたっぽいよ」
「もういくつか決まっているんですよね?」
「うん。武器に色々足して、あとリリアの楽曲と音楽プレーヤーでしょ。それからリオンハルト様に贈った馬車でも売ろうか? 魔樹で骨組み作ってゴーレムに引かせるやつ」
「お姉様、それは馬を育てて売っている者が職を失うと思いますが······」
雑談しながら空を飛び、リーアを回収してトライアスの街を目指して帰路につく。程よく距離が縮んだら街道に降りて徒歩だ。
「んー、じゃぁ無詠唱で魔法が使える指輪とかどう?」
「有力者の集まるパーティー等で暗殺防止のために装飾品禁止令が出そうですね」
「新商品難しいな!?」
どこかしらに歪みを生んでしまうアイデアを二人に強制されながらアトリエの商品を模索していく。
高性能過ぎるのも考えものだった。
「うーん、じゃぁ家具なら大丈夫かな? アトリエで使ってるお風呂用具とかトイレとか」
「······それなら大丈夫そうですね。値段が値段なので家具職人や大工が職を失う事も無いでしょうから」
「リティットの新しい色を出しても売れそうですわ」
「いいねぇ。後は便利な機能を付けた装飾品とか?」
街に着いて門を潜り、魔法で浮かせた真っ赤なヘゲナをギルドの解体場にぶち込んでからギルド本館に入る。
解体場からヴァルキリーの名前で討伐証明が発行されて窓口に資料が届くのを待ってから、窓口で依頼の処理をして貰う。
予想通りのお金を窓口から受け取り、水の鐘が鳴るのを聞かながら遅い昼食を取ることにした。
酒場で適当な料理を頼み、癖で給仕に回ろうとするリーフェを座らせて三人で食事を食べていると、最初に捕まえた強面のパーティがやって来た。
「バジリスクは見つかったかい?」
「んーん。ヘゲナしか居なかった。五百万しか稼げないし、美味しいお肉も手に入らないし、残念だよぉ······」
「······ごひゃっ!? そ、そんなに稼いだのかよ? 半日で?」
「端金だよぉ······。おじさん達も何か食べるー?」
強面パーティにも串焼きを奢り、改めて情報を集めるけど大した物はやっぱり無い。
バジリスクぅ······。
「嬢ちゃん達、特級ってのは本当なんだな。上級から上は生活変わるっつぅが、そんなに稼げるのかよ······」
「フェミの場合、王都にお店も有るからハンターは趣味だけどね」
「············趣味で五百万稼ぐなよ。自信なくすぜ······」
談笑していると、ギルド内部が騒がしくなっていく。何やら門で問題が起きたらしく、それはギルドに駆け込んできた青年の口から叫ばれた。
「レギャニの馬鹿がバジリスク連れてきやがった! 門の前で防衛戦だ! 腕に自信のある奴は外に出ろ!」
「レギャニって、あの馬鹿女!」
交わされる怒号を聞いていると、どうやらさっきの坊主女がレギャニで、私達か去った後に動けるようになって、依頼を受けて行った森でエンカウントしたバジリスクを街までトレインして来たらしい。トレインと言っても一匹らしいが。
「あの雑魚助やるじゃん! 二人共バジリスクの方からやって来たよ!」
「ふふ、祈りが天に届きましたわね」
呆気に取られる強面パーティを置いてギルドを出る。
「ヴァルキリー出撃!」