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リーフェリアル。



 もはや自分の年齢も分からなくなってどのくらいでしょうか。


 エルフという種族の特徴の一つである長寿のおかげで、未だに若々しい体で居られますが、その実既にこの城の誰よりも長い時を生きています。


 この城に来てから三年。


 あっという間に時間が過ぎました。


 当時、領主の第二夫人だったフェアリーゼ奥様に拾われてから、思えば慌ただしい毎日でした。


 エルフの里を出て、世間を知ろうと旅に出た私は一年も持たずに野垂れ死にそうになりましたが、それも今ではいい思い出です。


 そのお陰でこの領地の近くで行き倒れ、お腹の大きな奥様に拾われる事になり、フェミリアスお嬢様の世話役として雇われる事になりましたし、今日まで三年、フェアリーゼ奥様に受けた恩を愛情にかえてお嬢様にお仕えしました。


 お嬢様は目を見張るほどの速さで成長して、まだ三歳だと言うのに読み書きも殆ど完璧、難しい本まで読み込んでいます。


 他の使用人達は気味悪がっていますが、お世話をしている身からすれば、こんなに嬉しい事はありません。


 きっと将来はこの領地では無く、中央で王族に多大な貢献をする立派な淑女になる事でしょう。


 しかしそれも、このまま伸び伸びとご成長されたらの話し。


 先日お嬢様が作り出した魔石が、今この城に不穏な空気をもたらしています。


 お嬢様はマナと魔力を同一視していらっしゃいますが、本来は空気に漂っている物がマナで、それを体内で自分用に染めて保存したものが魔力と呼ばれています。


 そして魔法と呼ばれる技術は、魔力を使い呪文や魔法陣の力を借りて思念を組み上げた物をそう呼びますが、魔法を組み上げている間に、魔力はどんどん空気に溶けて、マナに戻ってしまうのです。

 魔法が下手な者ならば八割は溶けて、三割程度の威力しか出ないでしょうし、手練の魔法使いでも威力の七割を維持するのが限界でしょう。


 そういった問題を解決する為に魔石を魔法の触媒として使うのですが、魔石の使い方は魔法を組み上げる前に魔石の中に魔力を込めた後に、その魔力を魔法として組み上げて使います。


 一度魔石の中に入れば魔力はマナに戻らないのですが、魔石の中に魔力を込める時に、やはり殆ど同じ割合で空気に溶けてしまうのです。


 それでも、魔石は一度込めると魔力を増幅する効果があり、手練の魔法使いで換算して威力を九割まで戻せるので、最終的には魔石を使って魔法を放つ方が強いのです。


 ところが、お嬢様が作った魔石は完全に別物で、魔力の通りが異常に快適で、空気に溶ける暇なく全ての魔力を取り込む上に、魔法を組み上げる事にも補正がかかっているのか、普段より組み上げる魔法の精度が数段上なのです。


 魔力増幅の効果は見られないのですが、魔力を全て魔法に変換出来る時点で従来の魔石よりも効果が高いのです。


 従来の魔石は手練でも九割、下手な者なら五割の威力に対して、お嬢様の魔石は誰が使っても十割の威力を発揮できるでしょう。


 一割の損失に苦しむ大魔法使いも、魔力の操作が拙い人間も、こぞって欲しがる画期的な魔石なのです。


 こんなとんでもない代物を、一瞬で作り上げてしまったお嬢様は、天才なんて言葉では片付けられません。いわゆる神童なのでしょう。


 その才能が広く知られてしまえば、あんなに幼い女の子なんて、あっという間に世間に飲み込まれる事が目に見えています。


 だから、旦那様には魔石の価値と危険性をしっかり説明した上で、お嬢様の情報を秘匿する事を提案した結果、使用人の仕置部屋に監禁されてしまいました。


 旦那様はあの魔石を使い、この領地や自身の権力増大に使うつもりなのでしょうが、そんな上手くいくはずありません。


 あっという間に王族や上位領地にお嬢様が奪わる未来が目に浮かぶのです。


 どうにかして阻止しないと行けないのですが、今の私には何も出来ません。


 足は自由ですが、両手を魔力阻害の手枷に封じられ、地下牢では無いにしろ、檻の付いた仕置部屋に閉じ込められ、魔法による脱出さえ出来ない始末。


 お嬢様に会えなくなってもう十日。


「はぁ、お嬢様は元気でしょうか······?」


 会いたい。あの愛らしい笑顔に癒されたい。


 今はお嬢様に量産させるための魔石の準備やらで、お嬢様に無理はまだ強いられて居ないでしょうけど、心配です。


「············リーフェー······?」


 はぁ、行けません。心がお嬢様を求め過ぎて幻聴が聞こえてきました。


 思えば、最低限の食事が与えられるだけで、着替えもろくに出来ずに水あみさえ出来ず髪もボサボサな私は、体力的にも大分辛い所ですが、何よりもお嬢様の側仕えとして失格な身嗜みになっています。


 会いたいと思っても、今の私は汚すぎてお嬢様に会えません。


「ちょっと退いてよ。ここら辺にリーフェ居るのは分かってるんだからね」


 お嬢様のお声がだんだん近くなってきました。

 こんなにハッキリ幻聴が聞こえる程に、私は弱っているのでしょうか?


「もう、ぱぱ! リーフェ探してるだけなんだから、そんなに人連れてこないでよ!」


 いや、本当に幻聴なのでしょうか?


 部屋の外が大分騒がしくなって来ましたし、ドタバタと激しく争う様な音も聞こえます。


「ん、ここかな? リーフェー?」


 一際ハッキリとお嬢様の声が聞こえた後、檻の向こうに見える木製の扉が突如バラバラに切り裂かれ、本物のお嬢様が現れました。


「あ、リーフェいたー!」


 会いたいと願ったお嬢様が、見たいと思った愛らしい笑顔で私の元まで小走りで近寄ってきます。


 嬉しい半面、今のみすぼらしい私を見られたくなくて、上手く感情が顔に出せません。


 お嬢様が檻に近付いてくるにつれて、眩しい笑顔が一歩毎に曇っていき、檻に触れられる所まで来ると、その笑顔は完全に消えてしまいました。


 あぁ、やっぱりこんな汚い所を見られてしまって、お嬢様に嫌われてしまったのでしょうか。


 急に胸が締め付けれ、私はお嬢様を直視出来なくなりました。


「··················はぁ?」


 俯いた私の耳に届く、明らかに怒気が含まれた短い声に私はすくみ上がります。


 お嬢様の怒った声を初めて聞きました。


 恐る恐るお嬢様の顔をうかがうと、声から感じた怒気とは裏腹に、とても悲しそうな表情でした。


「リーフェ。これはパパにやられたの?」


 お嬢様はその幼さに似合わない、ハッキリとした怒りをその目にたたえたまま、静かに私に問いかけます。


「フェミリアス! 今すぐ部屋に戻るんだ!」


 私が声を出す前に、お嬢様が入ってきた入口からバラバラになった扉の残骸を蹴飛ばしながら入ってきた旦那様が眦を釣り上げて大声でお嬢様を呼びます。


「パパ。リーフェをここに閉じ込めたのはパパ?」

「フェミリアスには関係ないことだ! それよりも、今すぐ部屋に戻るんだ!」

「嫌。答えてパパ」


 怒鳴る旦那様とは対照的に、振り返って顔が見えなくなったお嬢様のお声は、水の季節の終わりの様に冷え切っています。


「それと、それ以上近寄らないでほしいな。じゃないと、パパが連れてきた兵士さんたちみたいになるよ」


 お嬢様の冷たい声を受けて、お嬢様に向かって歩いていた旦那様がピタッと止まります。


 兵士と同じになる?


 そう言えば、お嬢様はどうやってここまで来たのでしょう?

 八歳までお部屋で暮らす予定のお嬢様が、ここに来るまでに誰にも止められない筈がありません。

 旦那様がここに居るのなら、それこそ城にいる近衛騎士や兵士だってお嬢様を止めたはず。


「んー、まぁいいや。リーフェ、ちょっと檻から離れてね。それとパパはそこを動かないでね。動いたら寝かせるから」


 振り返ったお嬢様の手には、見た事のない道具がいつの間にか握られていました。

 お嬢様の様にマナや魔力を目で見る事は出来ませんが、感じることは出来るので、アレが魔道具なのは分かります。


 お嬢様に言われた通り檻から離れると、お嬢様のその手に握る、真ん中がくり貫かれた様な平たく四角い白銀の魔道具から、光を固めたような眩しい刃がギュンっと音を立てて現れ、一本のナイフになりました。


 驚く暇もなく、お嬢様は腕を大きく振りかぶると、人間よりも優れた動体視力を誇るエルフの目ですら見えない程の速度で光の刃を振り抜きました。


「お嬢様、これは······、いったい······?」


 お嬢様が瞬く間に刃を往復させると、私を閉じ込めていた檻の一部が音を立てて床に落ちました。


「リーフェを閉じ込める檻なんて要らないから、フェミが壊したの。リーフェ、会いたかったよ?」


 斬られて意味を檻の成さなくなった、鋭い切り口の鉄柱を潜りお嬢様が檻に入ってくると、もう一度光の刃を閃かせ、私を戒めていた手枷を切り裂きます。


 たった十日会わなかっただけで、会えなかっただけでハッキリと喋るようになったお嬢様が、腕を振るって白銀の魔道具から光の刃を消して、私の胸に飛び込んできます。


「お、お嬢様、いけません。今の私はとても汚れています」


 何が起こっているのか少しも理解出来ないまま、抱き着いてきたお嬢様を体から引き離します。


「いいの。十日も会えなくて寂しかったんだよ? リーフェが汚れているのはパパのせいなんでしょ? だったらリーフェは悪くないもん」

「フェミ······リアス······!」

「······なーに? パパ。今フェミはリーフェとお話してるの。リーフェに酷い事するパパは向こうに行ってて?」


 私に抱き着いて、一時優しげな微笑みを見せてくれたお嬢様は、旦那様が絞り出した声を聞くとジロリと後ろを睨み、また底冷えする様な声で返事をしています。


「フェミリアス······! 私の言う事を聞きなさい······!」

「さっきからパパ、同じ事しか言わないもん。リーフェに酷い事するパパには魔石も魔道具も作らないよ」


 お嬢様と旦那様が言い合いをしていると、バタバタと兵士がこの部屋の中に集まってきましたが、お嬢様はそれを見ても呆れるようにため息を一つするだけで、あくまで私が優先だと意見を変えません。


 お気持ちはとても嬉しいのですが、兵士まで集まってきている現状は看過できません。

 下手をすればお嬢様が怪我をしてしまいます。

そう心配する私に気付いたのか、一瞬だけまた優しい顔を見せてくれました。


「大丈夫だよ。リーフェはフェミが守ってあげる」


 驚く程に優しく、とても三歳児には出せない慈愛を含んだ声で囁かれた私の胸は、まるで恋をした少女の様に高鳴ります。


「待っててね」


 そう言って、鉄柱が斬られ穴が空いてしまった檻の前で仁王立ちするお嬢様の背中は、先程から本当に三歳児なのかと疑いたくなるほど頼もしく見えますが、私はお嬢様の側仕えであり守護しなければいけない立場なのです。


 手枷が外れた以上魔法だって使えるのですから、お嬢様をお守りするのは私の役目でしょう。


「お嬢様、お下がり下さい。旦那様と兵士の説得は私がします」


 体も満足に動かせなかった状況と、少ない食事で体力も落ちていますが、それでもここまで私のために無理を通して来てくれたお嬢様を守らなくてはいけません。


 そう心に誓う私には、お嬢様はクスッと笑いました。


「パパ見て? リーフェはこんな時でもフェミを心配してくれるんだよ?」


 縋るように追い付いた私を置いて、お嬢様は檻の外に出てしまいます。


「フェミは全部覚えてるよ。寝返りをした時も、ハイハイ出来た時も、何かに掴まって立てた時も、よちよち歩けた時も」


 お嬢様はゆっくりとした歩みなのに、想像以上に体が動いてくれなくて、追いつけません。


「いつも一番最初に泣いて喜んでくれたのはリーフェで、次にママ。パパは一回も泣いてくれなかったし、笑っていても喜んではくれなかった事、フェミは知ってるよ?」


 てくてくと歩いていくお嬢様の背中から段々と感じる威圧が、増していくのを肌で感じる。

 アレは旅していた時に時々感じた、『殺気』でした。


「ねぇパパ。もう一度だけ聞くよ? なんでリーフェを閉じ込めてたの?」


 兵士を背後に立つ旦那様まで後十歩と言うところでお嬢様は立ち止まり、旦那様の後ろに居る兵士すら震えさせる殺気が膨らんで行きます。


 今目の前に居る人は、本当にお嬢様なのでしょうか?


「それは······」

「また関係ないって言うの? フェミとずっと一緒に居てくれたリーフェに酷い事をしたのに、フェミには関係ないの? ······ねぇ!?」

「·········っ!?」


 旦那様も顔色が悪くなっていき、お嬢様から感じる威圧もどんどん増していきます。



「フェミね、怒ってるんだよ?」



 そして感情を叩きつける様な殺気の爆発に、とうとう私も震え初めてしまいました。


 なぜ、生まれてから三年しか生きていないはずの、城どころか部屋の外さえ知らなかったお嬢様が、これ程までに鋭い殺気を放てるのでしょうか?


「答えてくれないなら、せめて退いてよ。フェミはリーフェをお部屋に連れていくだけだから」


 お嬢様から感じる冷たい怒りが最高潮に達する時、兵士の後ろから聞き慣れた声がしました。



「いったい何の騒ぎですの?」



 その声に入口を塞ぐ兵士が左右に割れ、入口が再び見えるとそこには、白い花飾りがふんだんに使われ、黄色を貴重にしたドレスを身にまとったこの城の第一夫人、私を拾ってくれたフェアリーゼ奥様がいらっしゃいました。

 お嬢様そっくりの腰まで伸びた美しい黒髪揺らし、羽を模した銀色の髪飾りを耳の上に付け、お嬢様をそのまま成長させた様なお顔は凛々しく、しかし三年前と変わらない笑顔です。


「あ、ママ」

「あら、フェミリアス? どうしてここに居るのかしら? お部屋から出てはいけませんよ」


 旦那様を挟んで、お嬢様と奥様が先程までの空気など微塵も感じさせない声色で会話を始めると、私の震えは止まりました。


「あのねママ。パパがリーフェを檻に入れちゃったの。会いたいって言っても会わせてくれないから、フェミお部屋から出てきたの」

「·········あら? これはどう言う事ですの? ガノドライグ様?」


 お嬢様のお言葉を聞いて部屋を見渡し、一瞬で笑顔を消した奥様が兵士の間を優雅に歩いて旦那様の側まで来ると、旦那様の顔は完全に真っ青になり、目に見えて動揺しています。


「フェアリーゼ、違うんだ! これは······」

「何が違うのでしょう? リーフェリアルはわたくしと実家からの支援で雇ったフェミリアスの乳母兼側仕えのはずですが、なぜガノドライグ様の権限で仕置部屋に入れられているのです?」


 そう言えばそうでした。

 私が雇われる時、旦那様が素性の知れない私の雇用を渋った為に、フェアリーゼ奥様が実家からの支援を受けて雇われたのです。

 所属はこの領地で勤務先も城ですが、私の雇用主はフェアリーゼ奥様とそのご実家なのです。


「いくら夫と言えど、これは明らかな越権ではありませんこと? それに、なぜ愛娘に対して兵士を集めて囲っているのですか?」


 どんどん声が冷たくなっていき、先ほどのお嬢様を彷彿とさせます。

 私を震え上がらせた殺気も、きっとお嬢様が奥様に似て生まれたからですね。


「ママ、どこに居たの? フェミ、ママにも会いたかったよ?」

「ごめんなさいね、フェミリアス。わたくしは少し実家に用事があったのでそちらに居たのですよ」

「ママが居なかったから、リーフェは閉じ込められちゃうし、知らないメイドばっかりお部屋に来るから、困ってたんだよ?」

「本当にごめんなさいね。でももう大丈夫よ」

「お、奥様·········」


 精一杯声を出しましたが、これが限界でした。


「取り敢えず、兵士達は持ち場に戻りなさい。それとガノドライグ様、お話が有ります」


 兵士を部屋から追い出し、旦那様を視線を無視して歩いてくるフェアリーゼ奥様。

 あぁ、奥様にもみすぼらしい格好を見られてしまいました。

 今すぐ走って逃げ出したい気持ちが溢れて来ますが、体が言う事を聞きません。


「リーフェリアル。後で事情を聞くから、今は寝てなさいね?」


 そう言って呪文を短く唱えたフェアリーゼ奥様の『誘いの霧』に包まれたところで、私は深い眠りにつきました。





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