三学科初日卒業。
貴族学を終えて、昼食を取りに食堂に帰ってきていた。すっかり仲良くなったルフィアと一緒に食堂で座っている。何でもルフィアの側仕えが私の分まで給仕してくれるらしい。
私は悪いからと自分でやろうとしたら、側仕えに是非やらせて欲しいとお願いされた。
なんでも、私の部屋に行った事だけはルフィアが話したようで、その日からルフィアが人の変わったように淑女らしくなったのだと。側仕えは入学の不安などを私に相談して、私がルフィアの不安を全て取り除いたからルフィアが変わったのだろうと思っているらしく、私のお陰だと感謝していた。
ごめんね。ルフィアを取り返しの着かないレベルまで落としちゃったんだ私。
罪悪感を感じながらも、初日より人数の減った貴族の人波に相変わらず囲まれながら、給仕を受けて昼食を食べ勧めた。
ルフィアの肩に居るリティットにシェネルートが反応したが、すかさずルフィアに貰った本を見せて、こんな貴重で高価で替えのきかない物を貰ったら、相応の物を返さなくてはいけなかったと納得させた。じゃないとシェネルートからリコルシュリアに話しが行き、リコルシュリアからエリプラムに話しが行くととても面倒な事になる。
さらにこの本がどれだけ私にとって嬉しい物だったかを滔々と聞かせて、エリプラムが領地秘蔵の本を持ち出したりしない様に釘を刺した。ティターニオがゼイゲルドット出身だったからルフィアが本を持っていたのだ。流石にヒュリオースには無いでしょ。
昼食を終えてさっさと席を立つ。残っているとお茶会の申し込みとか殺到してウザったいのだ。
ルフィアが側仕えを一度排して、私の部屋に一緒に行く。
「ふぅ、疲れたぁ。食事って自分の部屋で摂れないのかな?」
「ふふ、フェミちゃんと二人きりで食べれるならいいかも」
水の鐘からまた授業だけどそこそこ時間がある。ルフィアと今のうちに出来る会話はしておこうと思う。
「フェミちゃん。この子ありがとう」
「いいの。フェミもこの本、本当にすっごい嬉しかったんだよ?」
「えへへ。恋人の話ってどうなったの? トライアスに早馬出すならゼイゲルドットの使う?」
「あ、その事で話しがあったんだ」
私はリリアとメリルが今王都に来ている事と、二人と母親代わりのリーフェに会って、認められれば恋人になれると教えた。
嬉しそうに頬を染めたルフィアは私をベッドに連れ込もうとするけど、まだ認められて無いし授業有るからね。
「それでさ、明日は癒しの日だからリリアの入寮を試して見たいんだけど、寮監が渋ったら助けて欲しいな? その方がリリア達もルフィアの事よく思うし」
「うん。任せて。ゼイゲルドットの力使っちゃうよ!」
思うと、最大領地の令嬢なんだよね、ルフィアさ。凄い子を落としちゃったな······。
私は魔法学、魔道具学、騎士学の順に提出しているので、この後ルフィアと一緒に魔法学を受ける。
まだ二人きりが良いとイヤイヤするルフィアを宥めて部屋を出る。ルフィアの準備は昼食前に側仕えが終わらせていた。私は手ぶらにリーアで準備完了。
「いい子にしてたら、今日お部屋に来てもいい?」
「んー、夜の鐘が鳴ったら補習時間を使って騎士学受けるし、終わったらリリア達に連絡するか会いに行くから、難しいかも?」
「ふぅぅう······、フェミちゃんのお部屋に泊まりたぃ」
魔法学の一年生教室は貴族の位で分かれていなかった。私を見付けたシェネルートが飛んできて横に座ると、ルフィアが明らかに警戒し始めた。
ちなみに、私はシェネルートから呼び捨てにして欲しいとお願いされているので、最近は呼び捨てしている。
位の高い人に敬称で呼ばれると恐縮してしまうのだとか。なのでルフィアも同じでシェネルートを呼び捨てにしていた。
「いい機会ですから、わたくしフェミリアス様を愛称で呼びたく思いますの。フェミ様と呼んでもいいかしら?」
「もちろんですわ。わたくしもルフィア様とお呼びしても?」
「ええ、光栄ですわ」
上級も中級も下級と入り乱れて席に座るのは不思議な光景だったけど、貴族学以外は実力が物を言うらしいから皆納得してるんだろうな。封権社会の筈なのに、皆少し階級とかの意識が低い気がする。
大きくは想像通りなんだけど、中途半端に下剋上狙う奴とか居るし、こう言う実力主義の授業が存在するのに違和感を感じる。
「はい。私が魔法学を教えるリッドデッドです。よろしく」
水の鐘が鳴ると魔法学の先生がサッと入ってきてサッと自己紹介してサッと授業を始めた。なんだこのスピーディな先生は。
リッドデッドは授業の方針と簡単な計画を話して、まず魔法への理解を確認するとまた実技をさせられる事になった。
全体の実力に合わせる為らしいので、私は全く関係無いどころか私の数値が入って平均化すると、下の人達が軒並み死ぬのだけど、例外なく全員やらされる事になった。
ただ魔法への理解を見るために、威力では無く使いやすい魔法を使い、その制御と精度を見ると言われて安心した。
「はい、ではフェミリアスさん、お願いします」
一人一人教卓の前まで連れてこられて披露させられる。私の一番得意な魔法は言うまでもなく、触手魔法······じゃなく風と水の洗浄セットだ。
既存の魔法を改造して使いやすく構築し直した私自慢の魔法なのだ。制御はもちろん自信がある。
指を鳴らし水を生み出すと全身をくまなく洗い、水が消えた後に風で全身を乾かした。
「ふむ。ふむふむ。はい、分かりました。フェミリアスさん。魔法学卒業おめでとう」
「はい。ありがとうごっ························、え?」
聞き間違いだろうか。何かリッドデッドが言っている。
「完璧な無詠唱。完全な制御。おまけにその魔法は、自作ですね? 今までに無い魔法理論が見えます。魔法の発動後に現界した魔法の指向を変え続けるなど、現行の魔法体系では不可能です。卒業させますので、是非その魔法体系に関する論文の提出をお願いします。もちろん発表する場合は許可を取りますから、秘匿したい場合は安心してください。出来れば大々的に広げて欲しいですが」
いやいや待ってほしい。私は色々な魔法を知りたかったのだ。勝手に卒業させないで欲しい。しかも卒業ってなに、六年学ぶ物を初日でクリアってこと? いやいや本当に待ってほしい。
「あの、わたくし、まだ一年生なのですが······」
「もちろん存じていますよ。ここは一年生の教室ですからね。ただフェミリアスさんの魔法はレベルが違います。あぁ、もしかして昨日測定不能と言う結果を出したのはアナタですか。納得です。アナタに合わせた授業をするなら、国の最高峰魔法使いを集め無いといけないので、少なくとも六年生でもアナタと一緒に学べる貴族は居ないでしょう。文句無しに卒業です」
つまり、他の子の邪魔になるから卒業しとけ、と。畜生マジかよ。
この授業も最後まで残るか、自室に戻るか好きにしていいと言われた。取り敢えずルフィアの所に戻ると、興奮した様子で褒められた。
「フェミ様は凄いのですね! 一日目に一学科を終わらせてしまうなんて」
「わたくしとしては、色々な魔法を見たかったのですが······」
ルフィアは負けて居られないと、先生の話しを一つも聞き逃さないと言う気迫で授業に臨み始めたから、邪魔をしない様に教室を出た。
なんだこのボッチ感。リーアすら無言だよ。辛い。
「リーア、喋ってよ」
『規格外』
「ぐふぅっ······」
止めの一撃を貰って部屋に帰る。途中参加はダメらしく、魔法学を開始十分で卒業した私は三時間近く暇になった。
どうしよう。辛い。
「リーア、イタズラする?」
『ご主人、リーア、TPO、弁える』
「むぅ、良いじゃん暇なんだしさー」
思ったより辛いので、リーアに慰めて貰おうとしたら断られた。ひどい。
『リーア、ちょっと魔法、楽しみだった』
「うぐぅ、ごめん······。フェミだって追い出されるとは思わなかったもん」
ちょっとテンション低いのは、魔法学が見れなくて残念だからみたいだ。リーアがイタズラ断るなんて相当ヘコんでるぞこれ。
「逆に、思いっきりイタズラして吹っ切れば?」
『······、八つ当たりで、三時間超え。大丈夫?』
「ごめん、二時間も耐えれないかも」
そんなにか。魔法学見れなかったの。いや私も残念だけどさ。
しょうがないから代わりに、リーアを抱き締めて甘やかす。イタズラはしないけど甘えたいらしく、珍しく落ち込んでいるリーアの頬擦りが可愛い。
リーアを全力で甘やかしてトロけさせて居ると、時間が過ぎてやっと次の授業の時間が来た。また手ぶらで魔道具学の授業に出ると、二コマ目の授業は人が一気に減っている。
殆どの貴族は貴族学と専門学を一つ受けるのが普通で、二コマ目に居るのは一つ目の補習として受けているものと、極僅かな私と同じ複数取りの貴族だけだ。
二コマ目は一コマ目と違い、一つの教室の半分までしか埋まらない。といっても、広い教室の半分とは五十人を超えるけどね。
全領地の子供の内の一部なのだから、これでも少ない方だ。他の者は二コマ目からお茶会など社交に精を出す。
夕刻の鐘がなって入ってきた先生は、女性の様に長い白髪を揺らす若い男の人で、着ている服は豪奢刺繍のされたローブなのに、研究に没頭するからなのか品がなく見える。ヨレヨレでずっと着ている白衣さながらに。
「皆様初めまして。二回目の方もよろしくお願いしますよ。私はティターニオ・レオニア。冴えない魔道具作家です」
嘘だよ! アナタが冴えなかったらこの世に冴えた魔道具作家などいやしない。どんな魔道具もアナタの作った魔力循環の基礎システムには敵わない。
私の賢者の石は無尽蔵に魔力を生み出すが、増やそうと使った魔力をそのまま倍々にしていく物で、言ってしまえばとても乱暴な魔道具だ。
それに比べティターニオの循環魔道具は一度込めた魔力で永遠に少しずつ、魔道具に必要な分だけを作り出す丁寧で繊細な構築になっている。
最低限の永久機関。それがどれだけ美しい事なのか、どれだけの人がティターニオの偉業を理解しているのか。
「初日という事で、先の授業でもやりましたが、今日は私に質問などをする時間にします。質問する人が居なくなったら基礎を軽く教えて、次の授業で本格的な事を始めましょう。誰か聞きたい事はありますか? 見せたい魔道具や見たい魔道具でもいいですよ」
高く、天高く私の手がそびえ立っていた。なんでも聞いていいの? 答えてくれるの? 本当に神かよこの人。
たのむ! 皆この時間は私に譲ってお願いします!
「はい、お名前からお願いしますね」
「は、はぃっ。わたくしはフェミリアス・アブソリュートと申しますわ。ティターニオ様に会えた事を、心から嬉しく、光栄に思いますわ」
「ふふ、お世辞でも嬉しいものですね」
私の言葉を本気には取らず、教師の心象を良くしようとする小賢しい子供にでも見えたのか、薄ら笑うティターニオに慌てて言葉を続ける。
「お世辞だなんてっ! わたくし、ティターニオ様の魔道具がどれほど素敵な物なのかを知っておりますわ。本当にお会いしたかったのです。照明魔道具も、鍵の魔道具も、食堂にある料理を保存する食器もティターニオ様のお作りになった物ですよね。皆の生活にアレだけの潤いを与えて、その様に謙遜なさらないでくださいませ」
『ご主人が、メスの顔にっ!』
思わず席をたって、私はティターニオが居る教卓まで歩み寄っていた。両手を胸の前で組んで祈るように、ティターニオに私の熱意を知って欲しくて言葉を選んでいく。
「ふむ? 照明魔道具は私の名前で世に出していますが、鍵の魔道具とは、鍵板の事ですね? それに食器も、私の名前は伏せていた筈ですが」
「根幹となる魔法陣の、秘匿用重複擬似魔法陣の隅にティターニオ様のお名前がありますわ。魔法陣の秘匿方法も美しく繊細で緻密、わたくしは雷に打たれた気持ちになりましたの」
「あれを、見れたのですか? ············根幹部は相当魔道具に精通していないと暴けない作りですが」
「ティターニオ様のお作りになる魔道具は、それだけの時間を費やす価値が御座いますもの。生憎と、まだ擬似魔法陣すら魔力の循環路に使っている事と、魔石に反応させるために魔力を流動させる時の魔法陣と魔力の擦過反応が使われている事しか分かっていませんが······」
「······驚きました。そこまで、············解き明かされたのは初めてです」
「わたくし、是非ティターニオ様のお話しが聞きたく思い、授業が楽しみで仕方なかったのですわ」
周りの貴族を置いてけぼりにして、私の熱意を全て吐き出す。ああダメだ、質問をしなければ。
「あの、質問に答えて頂けると聞きました。まず他のどの魔法陣で試しても魔石に反応を起こす擦過反応は起きなかったのですが、ティターニオ様の秘匿されている魔法陣はグリルリ式を元にしている物で間違い無いですか? シリオ式にも似ていますが、まさか混ぜて居るのでしょうか?」
「ふむ。確かにフェミリアスさんの言う通りグリルリ式とシリオ式を混ぜて、私独自の技術を入れた魔法陣にする事で、魔石に反応を及ぼす特殊な擦過反応を得ていますが、魔力を流動させ循環させるだけでもダメなのですよ。擬似魔法陣にも少し秘密がありまして」
「まぁ、やはり秘匿に使っている擬似魔法陣にも意味があったのですね。では、照明魔道具や他の魔道具では魔法陣の形が違い、擬似魔法陣を比べて残る部分を比べてみたのですが、どれも同系統と言うだけで組み方が違うのですが·········」
「ああ、それはですね······」
そこはもはや教室では無かった。ランド王国が保有している魔道具研究の研究室なんかよりも、数倍は難解な議題をするすると話し合う二人に、ただの子供貴族が理解出来るわけもない。
「ああ、行けませんね。一人に時間を使いすぎてしまいます。こんなに楽しいのは何時ぶりでしょうか。フェミリアスさん、良ければ補習の時間もここで少し······」
「あっ、申し訳ありません。わたくし補習は騎士学に行かなくてはなりませんの」
「騎士学? ん? フェミリアスさんは魔法学から来たのですよね? リッドデッドがアナタの名前を口にしていましたが」
「はい。わたくし、全学科を学ぶつもりですの。魔法学は残念ながら、卒業だと言われてしまいましたが」
「なんとっ!?」
「それより、わたくしの最後の質問で、この子を見てもらって良いですか? それで他の方に時間を譲りますので」
私は肩に乗っているリーアを手に乗せて、ティターニオに差し出した。
『分解とか、されない?』
「ふふ、大丈夫よ」
「これは、リティット? ············いや魔道具!? そんなっ!? は、拝見しても?」
「はい。分解はしないで下さいませ。怖がっているので」
『この人、目がマジだよ。怖いよ』
「これは、核となる何かが周りのマナを集めている······? 何のために? もしや、魔力では無くマナで動いて居るのですか!? その場合構築理論は!?」
ティターニオはポケットからルーペの様な物を取り出してリーアを検分し始めた。多分アナライズみたいな事が出来る魔道具なのだろう。
私がリーアを見せたい最大の理由がそう、魔力とマナの違い。私は最初同一視していたけど、トライアスで魔法の勉強を本格的に始めた時にリーフェから教えられた。
この世界で個人が使うのは魔力であり、マナはあくまで魔力の元。しかし私からして見れば、思念を溶かしやすくなっている事以外は差なんて無かったから、やっぱり魔力とマナは殆ど同一の物だと思っている。
「魔道具は魔法を付与した道具。わたくしはその考えを捨てました。わたくしにとって魔道具は、魔力で動く道具で、マナでも動きます」
「魔法の付与、じゃない? ではこれは······」
「それがわたくしの基本構築理論、フェミリアス式とでも、いえ魔力工学とでも呼びましょうか。魔力もマナも、思念をとかしたり影響を与えなくても、独自の規則をもって動くのです。それを利用すれば、この子の様に自分で考え、学び、育っていく魔道具さえ作れます」
「·········魔力工学、······面白い。実に面白いですね。魔力やマナが独自に持つ法則、なるほど。今までに無かった考えですが」
尊敬し敬愛するティターニオに、この発想を贈りたかった。私はこの世界で寂しくなかった。リーフェやリリアが居たし、今ではメリルとルフィアも居る。技術者としてはティターニオが居てくれた。
「わたくし、ティターニオ様の存在に救われた事がございますの。ですので、この技術のさわりだけでもお贈りしたく思いますわ」
「·········ぁぁあ、なぜ三学科は鐘一つ分の時間も無いのでしょうか。こんなにも時間が足りないとおもっ······、いや、ふふ、思い付きました」
ティターニオは教卓の上で何やら羊皮紙にペンを滑らせている。それを折りたたみ、なんと封蝋までして渡してきた。
「これを寮に帰ったら見てください。ささ、皆さんも何かありませんか? フェミリアスさんの様に自分の欲求と疑問をぶつけて下さい」
私が殆どの時間を潰してしまったけど、初日でどうせ質問の時間、それも殆どが二コマ目を補習に使っている者ばかりだから、大きく反感は持たれなかった。
夜の鐘がなる前に解散となり、私はティターニオにわざわざカーテシーで挨拶をしてから闘技場に向かった。
闘技場には二コマ目より更に貴族が減っていて、先生をしているであろう騎士は五人も居た。いや、先生自ら指導として模擬戦とかやってると、他の子が空いちゃうから多いのか。
二十人ほどが紺色の騎士服に身を包んでいる中、一人だけドレス姿の私はくっそ浮いてる。
『マジかよご主人、合コンにスウェットで来た女みたい』
周りから見ても、冷やかしに来た風にしか見えないだろう私は明らかに反感を買っていた。一人を除いて。
「フェミリアス様、本当に騎士学も受けるのですね」
「あらシェネルート。ごきげんよう。わたくし嘘など付きませんわ」
シェネルートは魔法学の後騎士学を受けて、そのまま補習を受けているらしい。熱心じゃん。
「私は騎士の家に産まれました。父のように立派な騎士になりたいのです」
「素敵ですわね。ではリコルシュリア様も騎士に?」
「どうなのでしょう? 姉上はあまり自分の事を話して下さらないのです」
鐘が鳴り授業が始まると、騎士の一人が私の所に来た。騎士達は鎧を着ていて、兜は付けていない。そして心無しか怒っている。
まぁ、怒ってんだろうね。ドレスで来てるもんね。
「君は初めて見るな。名前は?」
「フェミリアス・アブソリュートですわ。魔法学と魔道具学の後にここへ来ました。わたくし全学科を受けているもので」
「······ふん。騎士学は補習で十分だと言う事か」
なんか騎士からも反感を持たれてるけど、騎士学はハンターになるための踏み台だから良いんだよ別に。
「では、まず実力を見るので来なさい。ドレスが汚れても怒らぬように」
シェネルートは応援してくれたけど、他の騎士志望の貴族に睨まれながら騎士に付いていく。
闘技場の地面に半径十メートルの円がいくつも書かれており、その一つに騎士と入る。
「そちらから好きな武器を取りなさい。模擬戦をして実力を見て、課題をこちらが選ぶ」
円と円の間には、木製の傘立てみたいな物が所々に置かれていて、その中には大小様々な木製武器が刺さっていた。
私はその中からショートソードを二本選んで円に入り直した。
「ふん。二剣など上級騎士でも難しい物を······」
思いっきり侮る騎士の号令で模擬戦が始まり、他の貴族も何人か見学している中、私は全力で騎士をボコボコにし始めた。
「なぁぁぁあ!?」
始まった瞬間に肉薄して、二本のショートソードを騎士のロングソードにぶち当てて弾き飛ばす。そのまま一本は剣を返して両側から騎士の腹を斬り付ける。
ロングソードが打ち上げられて崩した体制をそのまま使って一歩下がって避ける騎士に、二歩踏み込んで更に剣を振るう。
二刀流って言うのは、一本を防御に、もう一本を攻撃にする型と、二本とも攻撃に使い攻勢をもって防御も補う型がある。
細分化すればもっと有るだろうが、大別するとこの二つだろう。
私はその二つをスイッチしながら騎士と打ち合う。膂力が必要な時には二本の剣をまとめてぶつけ、速度が必要なら二本で多方から攻め続ける。反撃がくるなら一本で捌き、一本で反撃する。
前世において、ゲーマーとはお気楽な反面、コンマ数秒を争う人種でもあった。ボタンをキーを叩く瞬間に勝敗が決してしまう争いに身を投じ続けるゲーマーと言う人間たちは。
思い通りに動く体と。
相手を打倒する膂力さえ伴っていれば。
ゲーマーってのは人類最強の人種なんだよボケがぁぁあ!
お前にコンマ数秒を戦えますかね!?
「まだまだ行きますわ!」
二本の剣で速度を上げ、騎士崩れた所を剣で叩く。堪らず下がる騎士に時間を与えず肉薄すると、前蹴りで私を迎撃しようとする。
「見えますわ」
二本の剣で騎士の蹴りを横に流し、一瞬で懐に入った私は地を蹴って飛び上がり、両足で全力のドロップキックをブチかました。
とうとう体勢を崩し転がる騎士は円ギリギリまで吹き飛ばされ、私はそれすらも許さずに走り出していた。
「舐めるなぁぁぁあ!」
「おっそい!」
苦し紛れの横凪を真下から打ち上げると、木製のロングソードは騎士の手を離れて宙を舞った。
そして私の残った一本の剣で騎士の首筋を狙い刺突を放つ。
添えられたショートソードの横、騎士の首筋には小さい擦過傷が出来ている。
遅れて地に落ちたロングソードの音が戦いの終わりを告げた。
「如何でしたか?」
残心を解かず、もう一手あればそれすら打ち砕くと闘争心は絶やさない。
「·········ファミ、リアス······、アブソリュート。騎士学、卒業を認める······」
「···············ぅえ? そ、卒業ですか?」
見学していた貴族も、途中から見学に切り替えた貴族も騎士も、シェネルートも例外なく全員が大歓声をあげる中、私は自分の予想と違う運び方をした現実に困惑していた。
「フェミリアス様! 流石です! これ程お強いとは! いったいどの様な鍛錬を積んできたのですか!? 相手は現役の騎士なんですよ!」
「し、シェネルート、あの、わたくし············」
待ってほしい。私は騎士資格が確かに欲しかった。けど正確に言うなら、ある程度の実力を認められると貰える仮騎士資格で良かったのだ。それでもハンターの飛び級試験を受けられるんだから。
今日の初めが騎士学だったら喜んだかもしれない。エーテルドレスの膂力は借りたけど、それ以外は全部実力で打ち勝った上での卒業なのだから。
でも既に魔法学も卒業させられている。その上騎士学も卒業となってはまた騒がれるし、どこからか変なちょっかい出されないか不安になってくる。
「そ、卒業だが! 卒業を認めるのだが、騎士学を受けに来るのは一向にか構わんぞ!? いや是非来てくれないか!?」
「あ、あの、でしたら卒業を取り止めに出来ませんか? わたくし、仮騎士資格が欲しかっただけなのです」
「何を馬鹿な事を。騎士を倒した者が仮騎士など、有り得ないだろう? なにより、騎士学の決まりなのだ。教官騎士を倒せる程の者は卒業だとな」
よく考えれば当たり前かもしれない。騎士になるために騎士学を受けるのに、その騎士を倒してしまったら何を学ぶのか。
騎士の礼儀作法とかも有るのだろうが、多分貴族学の方で学べるのかも知れない。
「全学科受けているのだったか? 勿体ない! 是非騎士学に絞りなさい。将来は王の近衛にすらきっとなれるぞ!」
「それは良いですね! フェミリアス様、一緒に騎士を目指しましょう!」
わらわら集まってくる人波のなか、侮っていた顔など微塵も見えなくなった対戦相手の騎士と、自分の事の様に喜ぶシェネルートに持ち上げられるが、絞るも何も魔法学は卒業させられたし、騎士学も卒業なら魔道具学しか残っていない。
いや、よくよく考えると良かったんじゃないかな? ティターニオの授業を半日ずっと受けられるんだから、私としては願ったりじゃないかな?
時間が取れたら騎士学にも来ると約束して、熱狂する人の輪から抜け出して何とか寮に帰った。
「ふぅ、なんかおかしな事になったよ。まぁでもこれで魔道具学に専念できるね。そう言えばティターニオ様に貰ったの読まなきゃ」
『ご主人、リーア、もう分かった』
「ん? どうしたのリーア。えーと、フェミリアス・アブソリュート、魔道具学の卒業を認める。それに伴い魔力工学に関する論文を提出し···············」
羊皮紙が手から滑り落ちた。
『ご主人、フラグおつー』