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「ふはははははー! 何だこれは!爽快じゃないかぁ!」

「ふふふ、お気に召した様で良かったですよ」


 私はイオを後ろに乗せて、なるべく人の少ない貴族街を遠回りしてなるべく速度を上げた。頬を撫でる風の勢いにイオは高笑いしてはしゃいでいる。


「何故貴族街なのだー?」

「人が少ないからですわー。中央区画だと人にぶつかって相手を殺めてしまいますからねー」


 速度に音が置いてかれる中、風に邪魔されても聞こえる様に声を張るイオに合わせて私も答える。


「もしや、街の外の街道ならもっと早いのかー!?」

「その通りですよー!」

「ふはははははー! では街道へ行こうではないか!」

「いやお昼食べましょうよー! あと速度出しすぎるとイオ様を落としてしまいますー」

「構わん!」

「フェミの首が飛んじゃうよー」


 上位領地の領主一族を転落させて大怪我などさせたら、私は物理的に首がフライアウェイする。


 とりあえず満足してもらって、速度を落として中央区画に入る。もう顔見知りになった門番さんに軽く挨拶をしてそのまま門を潜ると、中央区画はいつもより人が多かった。


「流石に癒しの日は人が多いな。確かにコレでは人にぶつかる」

「あの速度で人にぶつかると、本当に人を殺めてしまうので、我慢してくださいね」

「仕方あるまい。王が平民を気にかける方だからな、不当に痛め付けたら不味いのだ」

「昨日不当に痛め付けている貴族が居ましたけどね」


 火の鐘が鳴り、早いが昼食にしようと昨日のピンク色のお店に入った。イオは入りにくそうだったけど、米の魔力には抗えないのだ。ごめんね。


 今日は細かく指定して、より牛丼に近い物を注文した。不思議そうにしているイオは鳥のササミみたいな物を使ったサラダだ。


 イオに色々聞いて居ると食事が運ばれてきたので食べ始める。

 イオは大領地の領主一族の割りにうるさい事は一切言わず、ギリックの様にサバサバしていて一緒に居るのが苦では無かった。本当にこの人の妻になるのも有りかな?


 トライアスで城に閉じこもったり、訓練のために草原に出ていた時には縁が無かったが、この国は一週間が三日と短く、火の日、水の日、癒しの日になっていて、癒しの日が日曜日に相当する休息日なのだと。


 季節は火の季節と水の季節になっているが、月は存在する。

 一週間が五回、つまり十五日で一月になり、十ヶ月で季節が変わる。

 それぞれ一の火月、二の火月と進んでいき、十の火月を超えると一の水月になる。

 今は十の水月の九日で、あと六日で水の季節が終わり卒業生は一の火月の一日目に領地に向けて帰る。


「今は卒業後の社交の時なのだが、学校でもう充分社交はしているからな。実質休暇なのだ。この時にも休暇として家に帰る者も少なくないぞ」

「ヒュリオースのエリプラム様は残っていましたね」

「あの者は、王都の中央区画が居心地いいと帰りたがらないと聞いたぞ。なんでも平民が好きなんだと」

「ほぇー、平民好きの貴族ってフェミだけじゃ無かったんだ」


 牛丼を食べ終わり、食後に果実水を頼む。イオも同じ物を頼んで二人で一服。


「さて、少なくとも水の鐘まで帰れないから、どこへ行こうか」

「イオ様は中央区画に良く来るんですか?」

「暇つぶし程度にだな。ハンターにでもなって見たかったが、側仕えに猛反対を食らった。連れてこなければ良かったぞ」

「あははは、領主の息子がハンターは外聞が悪いんだね。フェミもハンターになる予定だけど、止める人居ないから良かったかな」

「そう言えば側仕えは連れてこなかったのか? 言っといて何たが、不便だぞ?」

「うん。可愛い可愛い最愛の妹のお世話をさせる為に置いてきました。リリアの味方はなるべく城に残しておきたかったんだ」

「······本当に大事にしているんだな。私もリオンのせいで獣人が平気になったぞ。血は争えないのか?」

「ふふふ、確かにお母様はリリアを可愛がってくれますよ。お兄様もフェミも、お父様の血が濃くなくて良かったです」


 他愛無い話しをして時間を適当に潰していると、時間が昼に迫って席が埋まってきた。

 食事は終わっているし、ずっと席を埋めてても迷惑なので支払いを済ませることにした。


「おい。男と居る時は払わせるのが礼儀だぞ? 女性に払わせては男が下がるからな」

「ん、じゃぁお言葉に甘えますね。イオ様ありがとうございます」


 なんか本当にデートしてる気分になってきたよ。前世でも無かったから人生初デートという事になるのだろうか? うひゃー。


「あ、今なら止める人居ないし、ハンターになれるんじゃ無いですか?」

「······今なっても仕方ないのだ。六日後には領地に帰り、領主の仕事を覚え始めるんだぞ? ハンターをやっている時間が無い」


 私の提案に残念そうに頭を振るイオにちょっと申し訳なく思って、別の提案をしてみた。


「じゃぁ、今から狩りにでも行きますか? ハンターの真似事をして見るんです。ちょっと強い敵と戦ったり」

「······淑女を連れてか?」

「ふふ、フェミ結構強いんですよ? イオ様の護衛代わりでもいいです」

「淑女を盾に逃げたりしたら、私は一生後ろ指をさされる。遠慮しておくよ」


 話しをしながらビークルを転がして適当にブラブラしていると、昼食に出ているプリシラを見付けたのでイオに隠れて手を振ってみた。

 私を見た瞬間のプリシラの顔が凍り付いて居たけど、何だったんだろ?


 こっちは昼食終わっているし、プリシラを引き止めて時間を取らせるのも悪いので、話し掛けないで通り過ぎた。


「いつもリオンと来ていたが、女性と来るのも悪くないな」

「と言っても八歳の子供で申し訳ないですけどね」

「話しをする分には、学友と大差無いどころか、よっぽど大人びているがな。本当に八歳なのか?」

「トライアスのお母様に問い合せてみてくださいな? 産んだ本人なら間違い無いからね」


 屋台を冷やかして、洋服を見て、装飾品を扱う店辺りでプレゼントをされそうになった。


「似合うぞ?」

「にゃ、あの、えと······」

「ふははっ、急に歳相応になるんじゃない。こっちが困るだろうが」


 無茶言わないで欲しい。イオは普通にカッコいいのだし、ちょっと優しくされて可愛いアクセサリーを贈られそうになったら、変な声の一つや二つ出てしまう。


 恋愛経験値ゼロなんだよ悪いかー!


 結局、小さい花の髪飾りを贈られてしまった。ぬぅ、嬉しい。

 私はネックレス端末と腕輪端末を常に装備しているので、髪か指くらいしか装飾品を付けれない。なので、イオはちょっと悩んで選んでくれたのも嬉しかった。クッソ、攻略されてしまう。


「ぬぅ、このままではトルザークに嫁いでしまう」

「ん? 望むところだが?」

「むぅ! イオ様はまだフェミの魔道具の方が魅力的なのでしょうから、フェミの存在が魔道具より大きくならないと嫁ぎたく無いのです」


 優しいのは人柄だろうが、妻になれって言葉は魔道具が欲しいからなのは、いくら私でも分かっている。

 いくら何でも自分の魔道具のオマケとして嫁に行くなんて嫌だし、なによりイオの事をまだ全然知らない。あくまで旦那候補でしかない。


「まぁ、それについては否定しないが、言うほどフェミの事を軽視している訳ではないんだぞ? 悩んでいた友の背中を笑顔で押してくれたお陰で、今頃リオンはリディアットとベッドの中だろうしな。話していて貴族らしい小煩さも無いし、傍に居て楽なのは伴侶としては大事な事だろう?」

「わぁーわぁー! 本当に口説かれてしまう! イオ様こそ本当に十四歳なのですか? とても達観しておりますよ!」


 顔が赤くなっているのを見られなくて済んだのは、ビークルを運転していたからだ。良かった。

 思ったより心地いい時間を二人で過ごしながら、一度中央広場辺りで休もうという事になった。


 特にベンチなどある訳じゃないけど、ビークルがベンチ代わりになるから問題ない。

 特に荷台は箱の上をふわふわにしてあるので、箱型ソファーとして使える物だから座りやすい。元々荷物を載せつつ人を乗せれる設計で作ったからね。


「ふむ、何か飲み物でも買ってこようか。こういう平民の様な買い食いも王都にいる間の醍醐味だし、せめて噛み締めて領地に帰ろう」


 私をビークルに残して、イオは屋台の方に歩いていった。本当にデートだよ。やばい頬が緩む。

 自分の顔の表情筋を誤魔化す様に周りを見ると、人混みの切れ間に見知った人を見付けた。


 水色の髪を振り乱しながら、平民の子供の前で必死に掴まれた腕を振り解こうとしているエリプラムだ。


「ん、な!? フェミリアス!?」


 飲み物を持って戻ってきたイオを尻目に私は全力で駆け出していた。エーテルスーツの出力をあげて地面を踏み砕きながら人の波を走り抜ける。


「離しなさい! このっ!」


 見ると、エリプラムの後ろに居るのは怪我をして倒れているニール君で、エリプラムを掴んでいる大人の後ろには紫髪の馬鹿貴族が居た。


 頭が沸騰する。またニール君を虐めた上に、エリプラムみたいないい子に、何してんだテメェ。


「汚ねぇ手で触ってんじゃねぇーよ!」


 右手にスラッシャーを出して、一気に飛ぶ。そしてエリプラムを掴む男の腕を斬り飛ばした後、男にドロップキックを全力で放つ。

 そのままハウンドを左に出して男の両足を撃ち抜いた。これで取り敢えず動けないだろ。


「死にたくなきゃそのまま大人しくしてろ。どうせ雇われのゴロツキだろ」


 怒りで言葉が、この体で使った事の無い汚い物になっているけど、どうでも良かった。仲良いわけでも無いけど、楽しそうにリーアを眺めていたエリプラムを知っているから、いい子なの知っているから、見過ごしたくなかった。


「なぁ!? また貴様かー!」

「こっちのセリフだよ馬鹿貴族が。テメェ本当いい加減にしろよな」

「貴様ァ! お前らやれ! 出てこい!」


 突然の流血沙汰で周りが騒ぎ始めるが知らん。見てるだけだったお前らに配慮なんかしない。


 馬鹿貴族の声に人混みから五人ほど、人相の悪い男達が出てきてニヤニヤと私を見ている。たぶん墜ちたハンターか傭兵なんだろうけど、実力差も分からないで侮ってる時点で高が知れてる。


「へへ、囲っちまえばお貴族だろうと魔法なんて使えねぇだろ」

「なかなか可愛い嬢ちゃんじゃねぇか。優しくしてやるぜ?」

「囲まれるの待つわけ無いだろ馬鹿じゃないのか」


 スラッシャーを離してハウンドを出す。両手のハウンドでワンショットワンキル、頭を撃ち抜く。貴族に牙向けた時点でコイツらは死罪確定だから今殺しても問題ない。


 一人だけ反応が良くて、隣の仲間を盾に走って来て剣を抜いた。盾ごとブチ抜こうと乱射するけど、人間だった盾が着ている服がどうやら対魔法繊維か何かで、ハウンドの弾が通らない。実弾も準備すれば良かったな。


「この糞ガキがぁ!」

「おっせぇんだよ雑魚が! 斬るっつぅのはこうやんだよ!」


 完全に前世でゲームの戦闘中に使ってた口調に戻ってるがどうでもいい。両手のハウンドをクロスさせて剣の打ち下ろしを受け止め、瞬間手を離す。そしてデュアルスラッシャーと口にして両手にナイフを召喚した。

 ハウンドで一瞬止められた剣が遅れて私に迫るけど、超遅い。止められた時点で一度引くべきだ。

 見切って横にズレ、後ろにいるエリプラムに剣が届く前に手首を斬り捨て足で蹴る。そして蹴りを放った体制で勢いを殺さずに回転して、打ち下ろしで下がっていた男の首を斬り裂いた。


 ドバっと返り血を浴びまくり超気持ち悪いので、スラッシャーを両方手放して右手の指を鳴らす。

 すぐに洗浄の水魔法と風の魔法が発動して私は綺麗なった。


「で? どうすんの?」

「く、くそ!」

「逃す訳ないだろ馬鹿かよ。ワイヤーウィップ」


 腕輪端末に入れていた捕縛用ガジェットを緊急使用して、逃げ出そうとした馬鹿貴族を縛り上げた。その後ワイヤーをパージする。

 元々スロットに装備して無いガジェットを緊急接続すると、ドレスの出力が下がるからスグに腕輪に戻す。


「フェミリ、アス様······、ですか?」

「ごめん、問答は後にして。ニール君は大丈夫?」


 心配しているのか、驚いているのか、惨状に恐怖しているのか分からない顔のエリプラムを押し退けて、倒れているニール君の元に膝を付く。

 真っ青な顔のニール君をアナライズで調べると、頭を殴られた様で頭蓋にヒビが入り、中で出血していた。

 貧民寄りのこの子は、あまり満足に食べれて無くて骨が脆いのだろう。そうじゃなくても大人に殴られれば命に関わる。


 不味い不味い不味い不味い。


 脳内出血はオペガンじゃどうにもならない。血管を縫う事は出来るけど、大量に出て脳を圧迫している血液はどうにもならない。

 こんな場所で開頭手術なんて出来ないし、私のトワイライトスター方面の知識と前世の知識じゃこの子を助けられない。


 ただの回復魔法も内出血をどうにも出来ない。

 探せ、記憶を底からひっくり返せ。たった八年に私は色んな魔法書を読んだはずだ。誰でも分かる初級魔法、大人の中級魔法、軍用上級魔法指南書、戦術級魔法と国崩級魔法の文献、禁魔法の記録。禁魔法!


 思い付いて自分の親指の先を噛み千切る。マンガやアニメにあるほど簡単じゃなく、メチャクチャ痛いけどこのくらいしないと必要な血が出てこない。エーテルドレスの回復機能でその内治るから今は気にしない。


 隣で驚いているエリプラムと、騒ぎのせいで人混みに押し戻されてコチラに来れないイオを尻目に、全力で流れ出る血液に魔力を流し込む。


「燃えよ我が命。遡れ歩みし血潮。円環を描き奇跡を招け」


 うろ覚えの呪文を無理やり我流で構築すると、魔力を流した私の血が虹色に燃え上がる。それを操作してニール君を包む様に魔法陣を描く。間に合って!


「有るべき姿に帰る虹の歌。来たれ奇跡の遡行! 『ティリアの遡生』!」


 かつて魔法を極めたお爺さんが、愛した娘の病を取り除くために作り出した禁魔法。体に含有される魔力になっていないマナの情報を閲覧して、体を逆再生させる蘇生魔法。ティリアの遡生。

 ティリアとはお爺さんの娘さんだそうだ。


「ぐぁぅ!? いっつっ······!」


 禁魔法の代償をエーテルドレスで集中緩和してもこの激痛。頭が弾け飛びそうだ。でも確実にニール君の顔色は良くなっている。


「フェミリアス! 大丈夫か!?」


 やっと人混みを抜けたイオが私の肩を抱くけど、痛みでそれどころじゃ無い。クッソ痛くて泣き出したい。こんな激痛は破瓜と出産だけで良いよ馬鹿野郎! どっちもまだだけどね!


「ぐぅ、ちっくしょぅ······! あぁいってぇぇぇええ······!?」


 頭を抱えて叫びながら蹲る。本気で痛い。さすが禁魔法だよ。使ったお爺さんはそのまま死んじゃって、残った娘さんがお爺さんの残した魔法の研究を世に出したらしいけど、本当にエーテルドレス無しで使ってたらショック死してたよこの痛みは。


「フェミ! フェミリアス! しっかりしろ!」

「ぐぅぅぁぁあぃぃ······、イオ様ぁ、あの貴族ぅ······」

「無理に喋らなくて良い! エリプラム嬢、何があった!?」


 ニール君は虹色に燃える魔法陣の中で回復しきって、今は穏やかな息を吐いているのが救いだ。この痛みに意味があったのだから。ちくしょう痛ってぇ。


 状況に付いていけずに泣き出すエリプラムが、ワイヤーウィップで縛られた貴族を指差し説明すると、イオは鬼の形相で紫髪の馬鹿貴族を怒鳴り散らした。


「ジェイファン! 貴様これはどう言う事だ! 答えよ!」

「兄上! 助けて下さい! 私は悪くありませぬ!」


 あ? 兄上? おいおい、イオの弟なのか?

 クッソ、イオは味方に出来ると思ったのに、兄弟の不祥事をなぁなぁにされる可能性が出てきた。


「フェミリアス様、大丈夫なのですか!?」

「ぐぅぅ、だいっじょぅぶっ······」


 全然大丈夫じゃないけど、今は蹲っている場合じゃない。あの馬鹿貴族を何とかしないと、またニール君が被害に会う。完全に目を付けられている筈だ。


「私は無礼な平民を罰していただけです! だのに、青髪の女が私の邪魔をして、黒髪の領主一族を嘯く女まで邪魔をして来て私を縛ったのです! 兄上、はやくあの者達に罰を!」


 ざっけんなゴラァ。大人しく可愛いニール君がお前に近付いてなんかする訳ないだろうが。

 あえて探して前回の腹いせをしていたんだろうが。じゃなきゃわざわざならず者を雇う意味が無い。護衛が欲しければ貴族街で騎士や兵士を雇えば良いのだから。


「イオ様ぁ······、あぐぅ······!」

「フェミ、無理をするな」

「でも、イオ様の、弟······、ぐぅぅっ······!」

「兄上! はやくその女を罰して頂きたい! ソイツは栄えあるトルザ······」

「黙れジェイファン! この様な惨事を生み出しておいて領地の名前を使うな!」


 弟に激怒するイオに肩を抱かれながら、エーテルドレスのキャパを超えて激化して来た痛みに呻くしか出来ない。いつまで続くんだよこの痛み。


 時間と言う不可逆な概念に介入した代償としては破格なのだろうが、死に至る痛みと言う時点で人間には過ぎたものだ。もう二度と使いたくない。


 私はイオの様子を見て、すぐに悪い様にはならないと諦め、痛みが引くまで大人しくする事にした。

 装備をエーテルスーツに換えればもっとマシになるのだろうが、殲滅用決戦兵器をこんな往来で出したくない。痛みでイライラして何をするか自分で分からない。


 やっと痛みが引いてきて、それに耐えた鬱憤が溜まり私の怒りは最高潮だ。


「ぐぅ、はぁっ、イオ様、どうするの?」

「······フェミはどうしたい?」

「正直グッチャグチャにして殺したい。昨日からコイツに散々迷惑かけられて、フェミの怒りはとんでもないよ」

「き、貴様! 兄上になんて口を聞くのだ! 無礼だぞ!」

「うるっせぇんだよ糞馬鹿雑魚貴族が。転がりながら吠えてんじゃねぇよ。テメェのせいでメチャクチャ痛かったんだぞこの野郎。ざっけんなゴラァぶっ殺すぞ!」

「フェミ、フェミリアスだよな? 物凄い人が変わっているが」

「イオ様。それだけ怒っているの。イオ様の弟じゃなかったら、そこに転がってる雑魚と同じ様に頭を吹き飛ばしてる」

「こ、これはフェミがやったのか!?」


 私じゃなきゃ誰がやったと言うのか。さっきエリプラムから説明されてたじゃん。

 あーダメだ。頭に血が登って短絡的になってる。


「イオ様、後ろで寝ているニール君は昨日、この貴族の近くを通っただけで滅多打ちにされると言う仕打ちを受けていました。フェミが近くに居てすぐに治療をしたから良かったものの、お腹の骨が折れて臓腑に刺さるのも時間の問題でした。そして今、わざわざならず者を雇ってまで腹いせに来たのは明白。でなければ正規の護衛を付けていれば良いのですから」


 本当にやっと痛みが完全に引いて、少しだけ余裕が戻ったので、中途半端な敬語に戻る。


「そして平民への不当な仕打ちを前に、助けに入ったエリプラム様にすら暴行をしようとする始末。領主一族として、正しい判断をお願い致しますわ」


 本当はハウンドでも撃ち込んでやりたいが、踵を返してエリプラムの元に行く。彼女も腕を強く握られていたから、捻挫の一つでもしているかも知れない。


「お待たせ致しましたわ。エリプラム様、お怪我は御座いませんか?」

「あの、あの、フェミリアス様、なのですよね······?」

「はい。フェミリアスですわ。エリプラム様が乱暴されているのを見て、我慢できませんでしたの」


 震えているエリプラムの腕をとり、アナライズも使って診ていくが特に問題無さそうだ。良かった。


「嫌な物を見せてしまい、申し訳ありませんわ。エリプラム様とニールを助けるためには仕方無かったのです」

「いえ、とても、とても勇ましく、素敵でしたわ。殿方だったら心奪われていたでしょう」

「ふふ、そう言って頂けて助かりますわ。怖かったでしょう? 少しおやすみ下さい」


 そう言ってエリプラムをお姫様抱っこする。抱き上げるとエリプラムが顔を赤くするけど、往来でも我慢して欲しい。必死に隠してるけどエリプラムの足も震えてて歩けそうに無いし。


 視線で野次馬を退かし、ビークルまでエリプラムを運んで荷台に座らせる。そしてビークルごとエリプラムをニール君の場所まで連れ戻してビークルを停めた。


 まだちょっと赤いエリプラムの頭を撫でて、休んでる様に言う。ニール君はまだ石畳の上に寝ているので、コートを脱いで丸めて枕にして上げた。


「お優しいのですね」

「エリプラム様と一緒で、平民が好きなのです」


 それからイオの元に戻ると、顔を青くしている馬鹿貴族が見えたので、何かしらの罰が決まったんじゃないかな。


「どうなりましたか?」

「ああ、王都の兵士に罪人として引き渡す事にした。貴族学校には当然入れないし、下手すればこのまま犯罪者奴隷か処刑だ」

「兄上! 納得出来ませぬ! なぜその様な女の肩を持つのですか!? ソレは領主一族を騙る罪人で······」

「黙れと言った。何を勘違いしているか知らないが、この者は間違いなくトライアス領主の娘で、我が友リオンハルトの妹君だ。そしてここは我々の領地では無く王都だ。貴様は中央の外から来て王の民を嬲ろうとした反逆者であり、今この瞬間私の弟では無い。本来この場で斬首でもいい程だが、最後の情で兵士に引き渡すと言っているのだ」


 話しが付くと、見計らったように騎士が数人広場にやって来た。事情の説明をイオに任せて、被害者のエリプラムとニール君の介抱も頼んだ。私は疲れたよパトラッシュ。わんわん。


 事態の終息に時間が掛かり、水の鐘はとっくになった。ちゃんとお兄様はリディアットとベッドでイイコト出来ただろうか。


 あー、疲れた。リリアに会いたい。リリアの耳をはむはむして癒されたい。メリルちゃんにも会いたい。二人いっぺんにイタズラしたい。あーあーあー。


 エリプラムとニール君が貴族区域に連れていかれ、私は空いたビークルの荷台に腰掛けて休む。

 イオのお陰で爆上がりしたトルザーク株が、バカのせいで暴落した。イオの奥さんは辞めとこう。あんな馬鹿を育てる領地に行きたくない。


 事情を説明し終わったイオがこっちに戻ってくるのを見て、どうなったかを聞いた。


「本当に済まなかった。ジェイファンは処刑になるそうだ。王都で他領の領主一族を二人も襲う蛮行は、王に対する明らかな叛意だと。もしかしたら私も連座かも知れない」

「もしそうなったら、イオ様を連れ去ってトライアスに隠しますわ。お兄様とトライアスを盛り上げて下さいませ」

「そんな事をすればフェミまで······」

「ふふ、魔道具を何個か献上でもして、自分の価値でも見せておきます。この髪飾りはそれと等価にしましょう」

「···············本当に、申し訳なかった」


 イオに貰った髪飾りを見せてそう言った。

 大なり小なり、男性から女性へアクセサリーを贈る行為は貴族の間ではプロポーズの意味合いが含まれる。それをチャラにしようとは、つまりそういう事。それでも困ったら助けるのは見限った訳じゃないと。


 正しく伝わった意味にイオは寂しい顔をしながらも、反論はしなかった。

 その惜しまれる反応に少しだけ後ろ髪を引かれるのは、私が女の子だからかな?


 後処理も終わり、本来事情聴取の為に詰所に連れていかれるのだが、人を殺してても私は貴族で、襲ってきたのは平民と言うことでその場で解放される。


 イオを後ろに乗せて寮に帰る間は、特に会話もなく進み、寮の前にビークルを置いて中に入り、お互いの部屋が目の前同士なので、そこでやっと別れの挨拶をして部屋に入った。



 それから夜の鐘がなるまで休み、我慢出来なくなってリーアを起こした。



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