兄と邂逅。
寝ているリーアを胸では無く頭の上に乗せた三人で大通りを歩く。二人はどうやら火の鐘までにお店に行けば良いらしい。
今は朝の鐘の前なので、大分時間がある。
中央広場まで来ると、また居るよ。ギリック。
「昨日も居たよね?」
「何してるのかしら」
「聞いてみたら? プリシラ嫌なら私聞いてこようか?」
三人でギリックの側まで来ると、宣言通りリュイッカがギリックの肩を叩いた。
「あんた何してんのよ」
「ん、リュイッカか。それにプリシラに嬢ちゃん?」
ギリックは人を待っているのだとか。
なんでも最近、ハンターになりたいって言う子供に色々教えて、将来ハンターになった時にちゃんとお金を稼ぎ、死なずに済む様に育てているのだとか。
「いや俺も孤児だったからさ、面倒見ちゃうんだよ」
「へー。ちょっと見直したよ。それで、どういう子なの?」
「ん? ちょっと小さくてナヨっとしてるが、やる気は有るんだよ。なんでもお礼をしたい相手が居るから、確実に稼げる様に成りたいんだってさ」
ふーん。親孝行でもしたいのかな? でもそれなら定職に付いた方が親は喜ぶと思うよ。ソースはヒキコモリだった私だよ。
「そろそろ時間の筈なんだが」
「昨日は遅かったよね?」
「昨日も見てたのか。昨日はソイツに話しをされた日で、準備をさせた後に動きを軽く見るために、待ち合わせしてたんだよ。で、それを見て色々決めた今日から本当に特訓って奴かな」
ふんふん、つまり、孤児の面倒をよく見てるギリックに話しを付けて、ハンター業を教わる前にどれだけ動けるのかを昨日見てたのか。
わざわざ待ち合わせしたのは一度家に返したのだろう。夜に連れ出すには親の許しが居るだろうしね。
「お、来たな。アイツだよ」
「ん? あの子は······」
時計台の元に来たのは、昨日助けた男の子だった。昨日着ていた汚れた服では無く、ツギハギが見えるけどシャツにカーゴパンツを履いていて少し身なりが良くなっている。
「お、お姉ちゃん!?」
「ふふ、おはよう。元気になったんだね。良かったよ」
「なんだ? 知り合いか?」
昨日あった出来事をギリックに教えると、あの出来事の後に男の子はギリックを探したのだと判明した。
あれ? そうなると、お礼をしたい相手って?
「なんだい少年。お礼をしたい人って嬢ちゃんの事だったのか?」
「う、うん。お姉ちゃんに助けられたから。あと、優しくしてくれて、嬉しかったから······」
顔を赤くしてポツポツ喋る男の子と、その様子をニヤニヤ眺めているプリシラとリュイッカ。
「あらあら、甘酸っぱいわね」
「こっちも若返りそうだね。プリシラこれ見てれば適齢期に戻れるんじゃない?」
「·········怒るわよ?」
私は男の子の前に立って優しく頭を撫でてあげた。貴族のせいで痛い目を見たから貴族が尻拭いしただけなのに、ここまで律儀に謝意を伝えようとしてくれる男の子に気持ちが温かくなる。
「ふふ、ありがとうね。でも、気にしなくて良いんだよ? 君も、困ってる人が居たら助けない? 見捨てちゃう?」
「み、見捨てないよ! 助ける!」
「ね? フェミは当たり前の事をしただけだよ。わざわざありがとうね。気持ちだけでも嬉しいよ」
メリルちゃんにも使った例文を使って、男の子を抱き締めてあげた。素直ないい子はしっかり褒めて、このまま育って欲しい。
「ぅぅぅうう·········」
「ねぇ、そう言えば名前も聞いてなかったね。フェミはフェミリアスって言うの。お名前を教えてくれる?」
「う、うん。僕は、ニール」
「うん。ニール君ありがとうね。わざわざお礼を考えてくれて。お姉さんとっても嬉しいよ」
暫く頭を撫でた後解放してあげて、ギリックに返した。
ニヤニヤしている二人はキャアキャア言ってるけど、何してるのよ。
「あ、あの、でも僕、ちゃんとお礼したい」
「うん。大丈夫、気にしないで、なんて無粋な事は言わないよ。ニール君のせっかくの気持ちだから、ちゃんと待ってる。だから、危ない事はしないって約束してくれるかな?」
「う、うん! そのために、お兄さんに教わるの!」
「まぁ、任せておきなよ。しっかり育ててやるぜ」
ギリックにニールを任せて中央広場を離れて空いている食事処に入った。適当に注文して、最近奢られっぱなしだったから私が皆の分を出した。
そうすると二人にまた男じゃない事を悔しがられ、いっそ女の子でもいいかな?ってプリシラが言い始めたところでプリシラの家に戻ってきた。
取り敢えず荷物をすぐ出れるようにまとめて革袋に詰め込んで置いて、僅かな時間でも触手魔法を求めてくるプリシラをリュイッカと大人しくさせた。
「本当に、プリシラと二日も一緒だとか、フェミちゃんに同情するわ」
「うん。嫌な人じゃ無いんだけどさ、底無しだよね」
それからリュイッカは一度家に戻ってから仕事に行くと出ていき、プリシラには休みが被ったら朝から晩までずっと続く魔法を使ってあげると約束すると、泣いて喜んでいた。
プリシラに改めてお礼を言って家を出て、ビークルを出して手荷物を積んで、貴族区域に向かって走り出した。
昨日と同じ門番に挨拶をして貴族区域に入り、ハンドルを切って貴族学校まで走る。
寮まで来ると前回と同じ場所にビークルを停めて、もう起きてるリーアに胸元に隠れててとお願いして、寮監に挨拶をする。
「改めまして、フェミリアス・アブソリュートです。昨日は御前を騒がせまして、お詫び申し上げますわ」
「良いのですよフェミリアス様。門番にも確認を取りましたから、フェミリアス様の落ち度は無いと分かっております。わたくしは寮監のイジルート・ギリムリルと申します」
挨拶だけしてまた夕方来ようと思ったら、部屋の準備が終わっていると言うのでこのまま説明を聞いていくことにした。
「まず、一階に近いほど階級の高い貴族になり、部屋は基本的に二人部屋になります。学年や男女で区分けされてません。女性の部屋には男性の入室は厳禁になり、男性の部屋に女性が入る事は特に制限がありません。それも貴族の覚える事に関係しておりますが、後に学校で教わるでしょう。食事は基本的に食堂で食べますが、外で食べる事も出来ます。側仕えは専用の区画で側仕え同士共同生活を送り、基本的に寮内で主が就寝の為に人払いするまでしか側仕えの仕事は認められていません」
この寮は六角形のドーナツ型になっていて、ドーナツの内周と外周、その両方を繋ぐ数本の廊下があって、外周の廊下には階を繋ぐ階段がある。
ドーナツの内側には食堂と側仕えの居住区がある建物があり、寮の各階から渡り廊下が繋がっている。
寮と食堂の間のスペースは中庭という形で解放されていて、一階から出る事が出来る。雨の日以外はここでお茶会なども出来るのだとか。
「入寮は今日から可能です。フェミリアス様は側仕えの申請がされていませんが、間違いないでしょうか?」
「ええ、わたくしの側仕えは大事な妹に付けて参りました。きっと来年には妹と共に来てくれると思いますわ」
「なるほど。それで、入寮は今日からでよろしいですか?」
「ええ。予定より早く付いてしまって、部屋の準備を急がせて申し訳ありませんでしたわ。それと、お兄様に面会をしたいのですが、お部屋がどこかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
そう、私が早めに来たのはお兄様に会うためである。このままゴタゴタしていると会う前にお兄様がトライアスに帰ってしまいそうだし、早いところ挨拶をしておきたい。
寮監に案内された場所は私の部屋の正面だった。そこにも確かにアブソリュートの名前が入ったプレートがある。もう一つビギアイアと言う家名もあって、それがルームメイトの様だ。
寮にいる間は面会予約などの手順は踏まなくていいらしく、このままノックして会って良いそうなので、寮監にお礼を言って見送ると、部屋をノックした。女子から男子の部屋に行くのはセーフなんだよね?
たぶん、ヤるなら男性が声を掛けて部屋に呼ぶ。淑女は自分から行かないし、みだりに男性を部屋に入れてはならないって事なんだろうけど、小さい子供のいる寮にそんなルール取り入れなくても良いと思うんだけど。
『ふむ、誰か来たようだな。イオ、悪いが見てきてくれないか?』
『リオン、君の部屋だろう?』
『イオの部屋でもあるだろうが。それに、どうせ寮監だろう』
エーテルドレスの補正で聴力を上げると、中で誰が出るかで話し合ってるのが聞こえた。良いからさっさと開けてくれないかな。
急かすように追加でノックをすると、扉の向こうから足音が聞こえて来て、一呼吸置いてから扉が開かれた。
「寮監、済まないが·········、おや?」
「イジルート様で無くて、大変申し訳ありませんわ」
「あぁ、少し待ってくれ。おいリオン、寮監じゃ無かったぞ」
「なんだ。誰が来たのだ?」
扉を開けたイオと呼ばれた男の子はサラサラの王子様に見える金髪イケメンで、後ろから出てきた、恐らくお兄様だと思われる私と同じ黒髪の男の子も、ヤンチャ系のジョニーズを思わせるイケメンだった。
ウチの家系全員超絶顔いいな? 私の顔も有難い事に可愛いしね。
「ん? 誰だ? そなたの様な美しい女性に部屋の扉を叩かれる覚えは無いが、私かイオに求愛かな?」
「ふふ、嫌ですわお兄様。わたくしはフェミリアス・アブソリュート、お兄様の妹ですわ」
「な、なに!?」
「······ほぉ?」
興味深そうな金髪と、驚いているお兄様に部屋の中に入れてもらう。
部屋の中は真ん中に大きい衝立があり、その両脇にベッドがある。そのベッドの横には執務机があって、上にゴチャゴチャした良く分からない物が散乱していた。
ベッドも両方乱暴に布団が捲られたままになっていて、衝立の前、共用のスペースにローテーブルとソファーがあり、二人は先程までここで何かをしていたらしい。
うん。やっぱり衝立で仕切るんだ? 貴族だからもっとプリシラの家の様に個室になるのかと思ったけど、子供の内に協調性を学ばせる為かな?
部屋に通され、ソファーを動かしてお兄様のベッドの前に持っていき、私がソファーに座り男二人はお兄様のベッドに腰掛けた。
「改めまして、フェミリアス・アブソリュートですわ。お見知りおき頂きたく存じます」
「うむ、良く来てくれたな。聞いていた話より早くて驚いたが。私がそなたの兄、リオンハルトだ」
「私はイオシュマイア・ビギアイア。トルザークの領主の息子だ」
「トルザークと言うと······」
「ああ、母上のご実家と仲が良くない領地だ。しかしイオはいい奴なんだ。誤解しないでくれないか」
「領地は領地、人は人ですわね。イオシュマイア様、謝罪致しますわ」
「いや、話しの分かる者で良かった。私の事はイオと呼び捨てで構わない。そなたの事もフェミリアスと呼ぼう」
「では、イオ様と呼ばせて下さいませ。わたくしはイオ様を呼び捨てに出来るほど、共に時を過ごしてはおりませんので」
話しをして見ると確かに、大領地の領主の息子って感じはしない。気さくでいい人だった。
「ふむ、リオンの妹君は美しいな。どうだろう、卒業したら私の妻にならないか?」
「ふふ、素敵なお言葉に胸が踊りますけど、卒業するまでの六年にわたくしの想いが変わらない自信がありませんの」
「はは、まぁ考えておいてくれ」
私がお兄様、リオンに会ったのはフェアリーゼの言葉があったからだけど、私は私で用事があったのだ。
「お兄様にお聞きしたいことがありますの。よろしいですか?」
「なんだ? 私に答えられる事なら答えよう」
「お兄様は獣人をどう思いますか?」
そう、私が聞きたいのはリリアの事だった。リオンが城に帰って一年はリリアと同じ場所に居ることになる。
もし獣人が嫌いならリリアにコールで知らせて、会わない様にリーフェに尽力してもらうつもりだ。
「······んっ? な、なぜその様な事を?」
「わたくしには、とても重要な事なのです」
「ふむ? まぁ、いいか。人族が獣人の事が嫌いなのは知っているな?」
「はい。フェミニストルデ等、一部の領地以外では、人族、特に貴族にとって、獣人は家畜と同列などと言われている事は存じています」
「うむ。その通りだ」
「では、お兄様も獣人を家畜と?」
まぁ、予想しては居たけど、こうなったらリオンは私の敵だ。リリアを守るために全力を·········。
「ククク、おいリオン、回りくどいぞ」
「む、いいではないか。どうせ私は異端なのだろう。父上にもきっと怒られる」
「フェミリアス、なぜそんな事を聞くのか分からないが、そなたの兄は獣人が大好きだぞ? そのフェミニストルデの上位貴族に猫人が居て、貴族学校でも煙たがられて居たのだが、そなたの兄はその者を除け者にせず、今ではいい仲なっている」
ふぇ? は? え?
「妹よ。······済まないな。兄は異端なのだ。貴族として失格かも知れないが······」
申し訳無さそうなリオンだけど、待ってほしい。
「あの、お兄様は猫人の貴族女性と恋仲にある、で間違いないでしょうか?」
「あ、あぁ、私はリディアットを愛している。家族には悪いが······」
「良かったぁぁぁあっ·········!」
予想の斜め上の結果に心から安堵して、貴族面を思わず解いてしまった。
私の反応に二人共目を丸くしているが、リリアの味方が確定で一人増える事が嬉しくてそれどころじゃない。
「ふ、フェミリアス? 良かった、とは?」
「ふむ? 面白くなってきた様だな?」
私は右手を降って腕輪端末を起動、デジカメを取り出した。それに驚く二人の反応を無視して、リオンの手を握る。
「安心してくださいませお兄様。わたくしも、獣人が大好きなのです。これをご覧になって頂けますか?」
「こ、これは魔道具か?」
デジカメからリリアの超可愛い厳選ショットを選り抜き、リオンに見せる。ちなみに半分が私の撮ったやつで、もう半分はドレイクだ。
「こ、この魔道具はなんだ? 中に居る美しい獣人は誰だ?」
「この魔道具は、風景を切り取る魔道具で、写っているのはわたくし達の妹、リリアライトでございます」
「ふむ? 私にも見せてくれ」
二人にデジカメと、写っているハイパー可愛いリリア画像を見せまくる。
「どうです? 可愛らしいでしょう? わたくし達の妹ですわ」
「ほ、本当に妹なのか? なぜ獣人に?」
「ほほぅ。確かに美しく、愛らしいな。しかしこの魔道具もなんと見事······」
二人にリリアの先祖返りを説明して、いまガノドライグから忌避され寂しい思いをしていると話した。
「わたくしはリリアが可愛くて可愛くて仕方ないのです。お兄様が獣人を、しかも猫の獣人、猫人の方と恋仲だなんて、もう神の祝福を受けた運命だと思いませんか?」
「わ、私がリディアットと結ばれる事に、反対しないのか?」
「何を言うのですかお兄様。むしろわたくしの全霊をもって祝福致しますわ。きっとリリアもお母様も、リリカフェイト様だって祝福して下さいますわ。お父様が何かを言うなら、わたくしが黙らせます」
「だまらっ!? フェミリアス、父上にその様な······」
「わたくしにはお父様より、リリアの幸せとお兄様とリディアット様の幸せの方が大事なのです。その為なら自分の親だろうと打ち倒して見せますわ。だから、お兄様は胸を張ってリディアット様を迎えてくださいませ」
なんなら、スグにガノドライグを暗殺してリオンにすげ替えたって良い。リリアの幸せの為なら親父の命など砂ほどの価値も無い。
「お兄様が望むなら、領地に帰ると同時に領主に座に座れるように調えますわよ? そうすれば反対などされずに、リディアット様はお兄様の妻になれます」
「何を言っているのだ!?」
「リオンの妹君はなかなかに過激だな。しかし目が本気だぞ?」
「ええイオ様。わたくしは本気ですわ。妹の幸せの為なら、誰が敵になろうと叩き潰すつもりなのです」
リリアのお願いなら国だって潰すと、すでに宣言してあるしね。たかだか中領地の領主を潰す事なんて国に比べればイージーモードだ。
ガノドライグとそれに付く貴族を片っ端から殺して、それで生じる領地の歪みが整うまで私のファクトリーをフル稼働させれば良いだけの話だ。無限の魔力とオーバーテクノロジー舐めんなよ。
「そうか、私は、リディアットを迎えていいのか······」
「ええ、だからお兄様も、リリアの事を可愛い妹だと、迎えてあげて下さいませんか?」
「もちろんだ。この魔道具に写る姿通りなら、きっと美しい妹なのだろう?」
「とても可愛らしくて、とても素直で、とにかく可愛いのです。あぁ、わたくしリリアの声が聞きたくなってきましたわ」
リリアの話しをし過ぎて、脳内リリアがずっと私を呼んでいる。そろそろコールしてあげても良いかな。
「うむ。私も会うのが楽しみになってきたぞ。フェミリアスは暫く会えないのだろうから、伝言なら預かろう」
「いえ、それには及びませんわ。今話せば良いのです」
「······ん?」
「リオン、君の妹君は面白いな。次に出る言葉が予測できないぞ」
胸元を指でトントン叩くと、ピョコっとリーアが顔を出した。その顔にやる気は無く、明らかに女性不足を訴えていた。
おま、ほんといい加減にしてね?
「ふむ? 何をするつもりなのだ?」
「鳥? 何だったか、ガイラスの恋人が好きな鳥の······」
「リティットだろう」
「ふふ、この子も魔道具なのですよ。リーア、いいかしら?」
「ピュ」
本当にやる気の無さそうな顔でモソモソと胸元から出てきた。そのまま肩に乗ると、準備完了と翼を振った。
「それが魔道具? 冗談だろう?」
「確かに賢そうに見えるが、さて······」
「リーア、コールリアス」
「リリリッ♪ リリリッ♪ リリリッ♪」
肩の上でステップを踏むリーアは、スグにコールを受けられダンスを阻止されてしまった。だから早いって。
『お姉様ぁ♡ またお声が聞けて嬉しいですわぁ♡』
「ええ、わたくしも嬉しいわ。リリア、知らせたい事があるの」
突然聞こえて来たリリアの声にリオンは驚いて、イオは目を細めて肉食獣の顔になった。
『はい。リリアはお姉様のお言葉を、どんな些細な事でも全て大切に記憶しますわ』
「いい子ね。今わたくしの前に、お兄様がいらっしゃるの」
リーアの向こうで、リリアの息が飲む声が聞こえた。名前も知らないお兄様は、ガノドライグを尊敬していると聞いていたからだ。ガノドライグ寄りの人間と関わるのはまだ少し身構えるのだろう。
「お兄様、ここで話せば向こうまで届きます。リリアにお声を、お気持ちを聞かせてあげて頂けますか?」
「う、うむ。妹よ、そなたの兄のリオンハルトだ」
『······お兄様、ですね。リリアは、リリアライトと申します』
「そう怯えなくていい。フェミリアスから話しは聞いた。魔道具でそなたの姿も見せてもらった」
『は、はい。あの、リリアは······』
「とても美しい妹だと思った。流石私の妹だな。フェミリアスと言い、自慢できる妹達のようで兄は嬉しいぞ」
「·········な、え······?」
リオンが優しく語りかけて、リリアの恐怖心を取り除こうとしているのが分かる。手持ち無沙汰のイオに目で謝ると、フッと笑って手を振ってくれた。
『あの、お兄様······、リリアの頭には、あの、耳が······』
「綺麗な猫の耳だな。輝く金色に目を引く赤が、ソナタに良く似合っている」
言葉を交わしていると、やっぱりと言うか、リリアが泣き出した。私の時も安心すると泣いちゃったよね。
「妹よ。私もリリアと呼んでいいか?」
『はいっ······。もちろん、ですわ···』
すすり泣きながら嬉しそうに、リーアの向こうではきっと花のような笑顔があるに違いない。
「リリア、私はな、フェミニストルデのとある獣人に恋をしているのだ。リリアと同じ猫人の上級貴族だ」
『······まぁ、是非仲良くなりたく思いますわ』
「ああ、仲良くしてあげてくれ。リリア、私はそなたの味方で居たいと思う。だから、ソナタも私が連れていく妻の味方で居てくれないか?」
『······はい。もちろんですわ。でもお兄様、リリアにも貴族学校が控えております』
「卒業したらで構わない。私の方だって時間がかかるのだから」
話しが終わり、また夜に掛けるとコールアウトする。最後にリリアが『お姉様、愛しています』と残したので、通話が切れた後にだが、「フェミも愛してるよ」と小声で答えた。
「······ふむ。遠方と言葉を交わせる魔道具か······。いったいどれくらいの値がつくのやら」
「いえ、これは量産してそこそこの安価で提供する予定ですわ」
「なぁ!?」
ずっと落ち着いた雰囲気だったイオをついに一泡吹かせてやったぜ。いぇい!
「な、このような魔道具、ギリギリまで値段を釣り上げて利益を得るべきでは無いのか!?」
「わたくし一人の利益を考えたらそうなのでしょう。でも、多くの人の手に渡る事で民を豊かにした方が、有意義ではありませんか。照明の魔道具のように」
「自分より国益だと······? そなた本当に八歳で貴族学校に入る幼子なのか?」
と言っても、誰でも買える値段にはしないけどね。
リティットは一羽あたり五万から八万リヴァルを予定している。
これは貧民を除く一般的な平民が、一家全員で使う為に購入出来る家具の限界値段の平均である。
「ふふん。私の妹は優秀なのだな」
「リオン。君とは大違いだな」
「言うな」
本当に仲が良いのだろう。貴族と言うか私の知ってる男子中学生の生態が目の前で繰り広げられている感じがする。
「さて、リオンよ。今の話しを早くリディアット嬢に知らせてやればいい」
「ああ、そうだな。こういう時に男が淑女の部屋に入れない決まりが邪魔なのだ。今すぐ駆け込んで知らせたいのに」
リオンは自分のベッドのヘッドチェストに置いてあるベルを振ると、音の代わりに光が振り撒かれた。
人を呼べる魔道具だろうか? コールに誰もが驚くけど、ああ言う信号を送れる魔道具があるなら、モールス信号的な物を利用すれば良いのにね。
暫くしてリオンの側仕えが二人来て、どっちも男じゃん意味無いよ!って思ったら、その後ろにメイドも控えていた。
「今すぐリディアットに用が有ると伝えて来てくれ。急ぎでは無いが、とても大事な話しでスグにでも知らせたいと」
「畏まりました」
「ふふ、ではわたくしはお邪魔になりますわね。お暇致しましょう」
「ふむ、そうだな。では私も出るとしよう。リオン、水の鐘まで帰らんから、まぁ好きにするがいいさ」
「ま、待ってくれ! イオは何を言っているのだ!? それにフェミリアスも、リディアットに是非会って行ってくれないか?」
「ふふ、リディアット様とお兄様が結ばれるなら、いつでも挨拶の機会はありますわ。今は二人きりで愛を育む時かと存じます」
「と、いう事だリオン。気の利く妹で良かったな。私の妹にも見習って欲しいものだ」
「ふふふ、お褒めに預かり光栄ですわ」
イオと部屋を出て、リオンを一人にしてあげる。イオが明確に水の鐘と指定したのは、まぁベッドの上で何かしてもいいと配慮だろう。時間指定されないと、いつ人が来るか分からないからね。
「さて、ではフェミリアス。中央区域にでも行くとしようか?」
「では、荷物を部屋に置いてまいります。リーアはどうします?」
リティット達の『寝る』と言う行為は、使いすぎたマナを回復する為の行為で、コールの後には良く眠る。だから聞いているのだが、リーアは「眠いが、遊びたい。どうするべきか······」と顔で表現している。
ねぇそんな表情筋作った覚え無いんだけど。どうやってんのそれ。
「迷うくらいなら、部屋で寝てた方がいいわ。寝ているアナタをどこかに落としたら、わたくし悲しくて涙が枯れるまで泣いてしまうわ?」
「ピュィ······」
白々しい、そんな言葉が聞こえそうな顔で渋々了解したリーアと荷物を部屋に放り込む。チラッと見えた部屋は確かに調っていた。
財布はコートに入ってる。それ以外は大体腕輪に入ってる。
「さて、どこへ行きましょうか」
「ふっ、先に言っておく。慣れない仕草と言葉はやめていいぞ」
「あれ? 何でバレたのかな?」
普通に驚いた。自分で言うのもなんだが、貴族らしさは満点だった気がする。慣れていないワケでもないが、確かにいつもの口調の方が楽なので見抜かれた事に疑問を感じる。
「理由は二つ。一つはリーアと言うリティットだな。仕草が余りにも平民寄りだ。淑女の主を見ていた様には見えない」
「く、リーアめ。いやフェミのせいか」
「もう一つは、私がトルザークの領主の息子だからだな。フェミリアス、いやフェミと呼ぼうか。君の話しは君の父上を通して私の父上に流れている」
「あぅ、それじゃぁ淑女らしくしていても意味なかったのですね。頑張ったのにな」
「ふ、この二つが無ければ確かに淑女に見えただろう」
まぁ早く貴族の仮面を脱ぎたかったから、結果オーライである。イオも不快な顔しないしね。
「私としても、フェミが生み出す魔道具に興味が出た。父上の話しを聞いた時は何を馬鹿なと思ったが、実物を見たら話しは別だ。他にも有るんだろう?」
「あまり高貴な方に見せる物はありませんよ?」
「いや、少なくとも馬車の代わりになる魔道具がある筈だ。君がトライアスを出るとリオンに聞いた日から余りにも王都に来るのが早すぎる。相当な速度が出る乗り物があるんだろう?」
やっばいな。この人優秀過ぎる。いや私が調子に乗りすぎたのか。一緒に居ると私の魔道具全て丸裸にされそうだ。
「そう警戒しなくていい。トルザークには報告しない。私が個人で興味を持っただけだ。なにより、リティットを量産して売りに出すと言うなら、他にも売るのだろう? 今のうちに品定めをして起きたい打算もあるんだ」
「まぁ、そう言う事でしたら。まずはご所望のビークルで王都を駆けましょうか」
「ふ、そう来なくてはな!」
二人で歩きながら寮を出て、入口に停めていたビークルを紹介して、空の荷台にイオを乗せて走り出した。