ギリックとプリシラ。
ギリックに案内された場所は、昼は食堂夜は酒場ときっちり分けている小綺麗な店だった。
モルタルを塗った壁に塗料を塗って真っ白い壁の店先に、ちょっと可愛い兎や花柄の彫りが入ったウェスタンドアがあり、ビークルを脇に停めて可愛いウェスタンドアを開いて中に入る。
「なかなかお洒落なお店だね」
「ああ、店の雰囲気も相まって、可愛い女性もよく使うから、女日照りのハンターにも人気さ。料理は言うまでもなく絶品だしね」
見渡した店内は高そうなシャンデリアのお陰で明るく、品のある白い丸テーブルに白い椅子があり、テーブルの真ん中には花瓶まで置いてあった。
むしろこの店が夜には酒場になるのが想像出来ない。
五人掛けくらいのテーブルが十個以上置いてあり、その間には十分な広さが保たれていて圧迫感が無い。
この時間でも半分くらいの席が埋まっている事から、人気店なのは間違いなさそうだ。
「奥のカウンターで先に注文して、テーブルに座ってれば可愛い給仕が運んできてくれる」
「料理はカウンターの後ろにある看板から選ぶの?」
「そうそう。独特の名前で何が何だか分からないと思うけど、どれ選んでも美味しいぜ」
あっさりしているギリックの説明を受けて、二人でカウンターに居る栗色の髪のお姉さんに注文する。
「やぁプリシラ、今日も可愛いね」
「あらギリックさん。いらっしゃいませ。そちらは娘さんかしら?」
「おいおい、俺の歳でこの子が娘なら、俺は何歳で相手に仕込んだんだよ」
「ねね、流石にフェミの前で話題は選ぼう? 八歳の女の子に何聞かせてるの」
「ふはは、それもそうだな。悪い悪い」
「あは、ごめんなさいね。可愛いお嬢さんは、この人とどう言う関係なのかしら」
「はじめましてプリシラさん。フェミはフェミリアスだよ。ギリックはフェミが困ってる時に声をかけて、自爆した人だよ」
「おいおいおいおい。事実は時に人を傷付けるんだぜ?」
「自分で事実って言ってるじゃん」
「どういう事かしら?」
首を傾げてる栗色のお姉さん、プリシラに簡単な経緯を説明する。
「え、この子貴族なの!?」
「うん、もう飽きたなーその反応」
「まぁ貴族っぽく無いよな。そういや護衛はどうしたんだい? 俺が間違えたのは護衛の一人も居ないって事も有るんだぜ?」
「え、フェミより弱い人連れて旅路が遅くなるの嫌だもん。置いてきたよ?」
「おいおい、そりゃいくらなんでも、いやさっきゼルビア達を育てたとか言ってたな? え、本当なのか?」
「フェミ、見た目よりずっと強いよ? それよりお腹減ったよー。はやく注文させてー」
「あら、そうね。お腹減ったからここに来たのよね。ギリックのせいでお嬢さんがお腹すかせているわよ?」
やっと注文に移れたので、ギリックが注文するのをまって同じ物を頼んだ。
二ついっぺんの方が出来るのも早いだろうし、注文する人が居るって事はハズレでは無いはずだからだ。
「えっと、バムチャック二つとエールと果実水で、丁度二千リヴァルよ」
「はい、銀晶貨。お釣り八千リヴァル下さいな」
「おいおいおい。俺のも出す気かい? 子供に奢られるのは流石に変だぜ?」
「いや、道案内の依頼をして、その報酬だよ。ハンターをタダ働きなんてさせられないよ」
「·········お嬢さんが男の子だったら、私ちょっと危なかったかも。さっと支払いを済ませて恩に着せないとか爽やかすぎない?」
「おいおい、俺の立つ瀬が色んな意味で無いじゃないか」
プリシラが厨房に注文を書いた木の板を投げ入れ、厨房からいい声で返事が来た。
厨房のノリだけは確かに居酒屋だわ。ヒキコモリだからイメージしか知らないけど。
「ギリックはまだプリシラさん口説いてる? フェミ席取っとくね?」
「本当に爽やかなお嬢さんだわ。さり気なく席の確保とか······。ねぇ実は男の子だったりしないかしら? お姉さん予約しちゃダメ?」
「あはは、本気になれば男の子になれる魔道具とか作れそうだけど、その予定は無いよ。ギリックで我慢してね」
苦い顔のギリックをカウンターに置いて、空いている丸テーブルを確保する。
そろそろ夕刻の鐘がなるし、客入りも増えるだろうからモタモタしてると立ち食いになる。
席に座ってカウンターで談笑している二人を眺めると、プリシラが私に気付いて手を振ってきた。
うん、私も男だったらプリシラさん狙うかな?
栗色の髪は品のいいパーマのセミロング。胸も大きくて全体的に柔らかい印象を受ける。
制服なのか黄色いエプロンドレスも似合ってて、女性客と言うか彼女を狙ってくる客も多いと思う。
そんなやり取りをしていると、夕刻の鐘がなってプリシラが厨房に引っ込んだ。
別の女性が厨房から出てきてカウンターに立つと、ギリックがその人と二、三喋ってからコッチに来た。
「あの人は口説かないの?」
「おいおい、俺は誰でも口説く訳じゃ無いんだぜ? それにあの子は夫が居るんだよ」
「あら、それは残念だね」
「でもあの子妹が居るらしいわよ? 私の妹と同じ職場だって聞いたけど」
「あれ、プリシラさん?」
会話にプリシラさんが混ざってきて、その手には料理がと飲み物が乗ったトレーがある。
「夕刻の鐘で私は上がりなの。せっかくだから混ぜてね」
「なぁプリシラ、妹の話って本当かい? 君の妹はテペロアだろ?」
「ええ、リュイッカの妹はリュッカって子よ。どこかの領地で一緒に働いてるって手紙が来たわ」
あれ? リュッカにテペロア? 聞いたことあるよ?
「あ、うちのメイドだよ! プリシラさんの妹さん、トライアスに居るよ!」
そうだ。草原で特訓した時に居たメイドじゃないか。
確かにプリシラさんに似てるし、今カウンターに居るお姉さんにも似てるよ。
「あら、本当なの? テペロア元気かしら?」
「うん。テペロアは結構仕事出来るよ。リュッカはちょっとそそっかしいけど、二人ともとっても可愛かったよ」
「ちょちょちょ、詳しく聞かせてくれ」
「ギリック食いつき良すぎない? 結構女の子にモテそうなのに」
「ホントよね。ギリック好い人居ないの?」
「それは、俺がプリシラ一筋だからさ」
「·········妹に食いつく癖に」
「あははははは、ちょっと、笑わせないでちょうだい」
話しもそこそこに、プリシラが運んで来た物を食べ·········。
ナンダコレ? トマトソースっぽい物に何かが入ったナンが沈んでいる。これがバムチャック?
「どんな料理なのこれ? ちょっと想像出来ない」
「ああ、初めての奴はだいたいそんな反応さ」
「これはね、お肉とか野菜を詰め込んだ薄いパンを、リムットで煮込んだ物よ」
説明されても分からないから、とりあえず食べてみよう。
一緒に運ばれて来たカトラリーを持ってナイフをナン的なサムシングに入れる。
柔らかく煮込まれているのか、そもそも柔らかい物なのかナイフがスルッと入った。それをフォークで指して口に入れる。
あー、分かった。これあれだ、ドネルケバブをナンで完全に閉じて煮込んであるんだ。
「うん。美味しいね」
「······本当に貴族なのね。食べ方が凄く上品だわ」
「ただの町娘にしか見えないのにな」
「ピュィアー!」
「うわ! 馬鹿リーア!」
胸の中で色々我慢していたリーアが大声で鳴いて胸元から顔を出した。
「ちょ、痛い! 忘れてた訳じゃないってば、馬鹿本当に痛いって、ちょ、コラー!」
胸元で癇癪を起こしたように暴れるリーアにデコピンをする。
こんな子にするつもり無かったのに、どうしてこうなった······。
「あのねリーア、旅って色んな人に会うから、リーアばっかり構ってあげれないの。貴族学校の寮まで我慢出来たら、思いっきり甘えていいから、今は大人しくしてて欲しいな?」
「······ピュァ···」
しょんぼりしているリーアの頭を指で撫でると、その騒ぎを見ていた二人に胸元を凝視される。いやギリックは見ないでよ。女の子の胸をまじまじ見ないでって。
「あの、それは?」
「フェミの作った魔道具だよ。名前はリーア。ほらリーア、怒ってごめんね? お姉さんに挨拶できる?」
「ピュィ···」
のそのそと胸元から這い出して、服の皺を器用に掴んで肩に移る。それからペコッと頭を下げた。
「うん。偉いね。リーアいい子いい子」
「······ピィ♪」
少しだけ機嫌が治ったリーアを手に載せて、二人の前に差し出す。
「魔道具? 本物のリティットにしか見えないけど」
「あらあらあら、可愛らしいじゃない! リーアちゃんこんばんわ。私はプリシラよ」
「あ、この子ちょっとやらしいから気を付けてね。フェミの胸にイタズラするの」
「ピュィ! ピー!」
「いや事実でしょ、怒らないでよ」
「あらあら、おませさんなのね? 私はイタズラされても良いわよ?」
「ピー♪」
「リーアあんた絶対オスでしょ。性別は作って無いんだけどなぁ······。どこで設計間違えた? いや育て方間違え······、ぁあ自覚あるわ」
主にメリルちゃんとのお風呂と宿での一件だ。つまりリーアの性格は私のスケベ度を表しているのか。クッソ!
「あはは、お嬢さんもおませさんなのかしら?」
「うーん。リーアのせいで否定出来ない······」
「なぁ、俺の存在って二人とも覚えてるかい?」
楽しそうにプリシラさんの肩に飛び移ったリーアが小さく歌い出す。鳥の声を上手く使って紡ぐ音階はなかなか見事だった。
「あら綺麗な歌ね? 私への贈り物かしら」
「ピー!」
楽しそうなリーアをプリシラに任せて、ご飯を食べる。
今日はもう貴族学校は無理そうだし、どこか宿でも探そうか。
「ねえギリック、どこかいい宿無い? お風呂あると嬉しいな」
「あら、じゃぁ家に来ない? 飢えた男は御免だけど、可愛いお嬢さんなら大歓迎よ」
プリシラの言葉にギリックだけじゃなく、周りで聞き耳を立てていた男達全員が椅子を鳴らした。ガタッと。
「なんか、お邪魔したらフェミ襲われそうじゃない? プリシラさん大人気」
「大丈夫よ。ギリックが来るなら皆にボコボコにされるけど、小さいお嬢さんに鬱憤をぶつける男なんてこの店には来ないはずよ? だって女性が多くくるこの店に、女性を害した男が来ると大変な事になるもの」
「············それで目を覆いたくなる怪我をした馬鹿を、俺は三人知っているぞ」
「何それ凄い気になるよ」
話しを聞くと、ああプリシラの家に泊まる話しで怪我した三人の話しじゃないよ。
プリシラの家は二人でシェアする作りになっている部屋を借りているらしく、本当は妹と住んでいたけどテペロアが数年前に出ていってからは一人で寂しいのだとか。
お風呂もあるしなかなか豪華だから、時間的に取れるか分からない豪華な部屋探すなら是非にと。
「じゃぁ、一日お世話になろうかな?」
「あは、決まりね」
「なぁ、実は俺も泊まるところが······」
「「野営すれば?」」
「·········世知辛いぜ」
いや、ハンターじゃん。野営ならお手の物でしょうよ。
ご飯を食べ終わり、ギリックにお礼を言ってプリシラと外に出た。
リーアはプリシラの胸の谷間に潜って至福の顔をしている。この野郎。
「あはは、本当におませさんなのね。私の自慢の胸はどうかしら?」
「ピューイ!」
「うん。満足している事は確かだよね。リーア、プリシラさんに恥かかせたら後で酷いからね」
店の前のビークルに乗り、プリシラさんに荷台へ座ってもらう。初めて乗る物に興味津々のプリシラを乗せて、プリシラの案内の元ゆっくり走り出す。
動き出したビークルにプリシラが楽しそうに道を教えてくれ、リーアは胸の谷間を堪能している。
中央広場を通り過ぎて少し進み、プリシラの示す小道に入って何回か曲がると、レンガ造りのアパート的な建物が見えた。
「アレがそうよ。一番端の部屋」
「本当に豪華そうだね。ちょっと楽しみになってきたよ」
「一緒にお風呂に入りましょうね。リーアちゃんも、お風呂でならイタズラしていいからね」
「······プリシラさん、イタズラされたいの?」
「············ちょっとね」
少し気まずくなりつつも、ビークルをプリシラの部屋の前で停める。
二階建てで五部屋ほど繋がったアパートは玄関の作りからして少しお金がかかってそうだった。
メリルちゃんの家は木の板を打ち合わせたツギハギのような簡素な物だったのに対して、ここは一つの木から切り出した厚い板を丁寧に彫り、磨かれているのが分かる扉で、両脇にはよく見るタイプの魔道具の証明が灯っている。
トライアスの城の私の部屋にもあったシャンデリアと同じ仕組みで、一度魔力を中に溜めるとソレが循環して魔石と反応を起こし、魔力の消費無く明かりを灯し続ける設計になっている。
これを詳しくアナライズした時には、感銘を受けた程だった。
本当はリティットにもこの設計を取り入れたかったけど、肝心は所がブラックボックスになっていて解き明かせなかった。
ただ覆い隠すだけの隠蔽ならアナライズで丸裸に出来るのだけど、この照明魔道具はダミーの魔法陣や回路を組み合わせて真贋織り交ぜる隠し方をしていて、未だに正解をサルベージ出来ないのだ。
ビークルから着替えなど必要な物を取り出して、プリシラのお部屋にお邪魔すると、部屋中にプリシラの匂いが詰まってて、無駄に緊張してきた。
「なんか、お姉さんにお持ち帰りされた男の子の気分」
「あははは、何それ。お持ち帰りされた女の子じゃないの?」
「えーと、何だろ、これから食べられちゃう獲物の気持ちと言うか」
ヒキコモリの喪女にはちょっと難易度が高い気がするよ?
プリシラの部屋はシンメトリーな作りになっていて、玄関を入ると二メートル程の廊下で、左右に見える扉が恐らくトイレとキッチン見たいだ。
廊下を出ると十畳くらいのダイニング兼リビングがあり、再奥に風呂場、左右にルームメイトで使い分けるだろう部屋がある。
リビングには黒塗りの光沢ある四角いテーブルがあり、二人用には少し手狭に見えるが、一人で使うには寂しい物だ。
部屋は壁紙など全体的に白く、テーブルや椅子、調度品は高級感のある黒でまとめられていて、リバーシの駒になって盤面に迷い込んだみたいだ。
「さ、そろそろ夜の鐘がなるし、お風呂に入ってゆっくりしましょ」
「う、うん」
プリシラが入口に何かカードを翳すと、ガチャっと音がして鍵が閉まったようだ。
すかさずアナライズをすると、どうやら照明魔道具と同じでシステムで動いているセキュリティに見えた。
ぐぅ、この魔道具まじ有能。平民でも気軽に使える魔道具とか、技術を隠すブラックボックスの組み方とか、やっぱり技術者として拍手を贈りたい。トライアスにいた時からずっとライバル視している。
「あら、入口睨んでどうしたの? 鍵閉められて怖くなっちゃったの?」
「違うの。鍵閉めた魔道具を調べて、照明魔道具と同じ人の作品に見えたからこう、悔しくて」
「確かに、鍵の魔道具と光の魔道具は同じ人が作ってるって噂が有るけど、光の魔道具だけしか名前出てなかったわよ?わかるの?」
「うん。こんな綺麗な組み方他の魔道具じゃ無かったもん。少しも無駄が無い事だけは分かるんだけど、知りたい所は綺麗に隠されてて、その隠し方もまた綺麗だから唸るしかないの」
領主の城でもこんなに精巧な魔道具はシャンデリアだけだった。
ガノドライグが身に付けていた護身の魔道具などは、コレに比べたら夏休みの工作レベルの粗末な物で、末端まで解析出来る者としては、あんな割り箸ゴム鉄砲程度の物に命を預けるかと思うとゾッとする。
ぐぬぬと唸っていると、リーアを肩に載せたプリシラが脇に手を入れて私を持ち上げた。
そして入口を睨んだ脱衣所に連行され服を脱がされた。
「ちょちょ、プリシラさん手つきがダメなやつだよ」
「いや、小さい女の子ってこんなにスベスベなのね? ちょっとずるいわ。髪の毛もサラサラだし、貴族だからかしら?」
「あー、髪はフェミ特製の魔道具を使ってるからだよ。今持ってるから、プリシラさんにも使ってあげるから、とりあえず手を止めよ?」
「あらあら、それは楽しみね。じゃぁ名残惜しいけど、行きましょうか」
プリシラは慣れた手付きで服を脱ぎ、いや自分で脱ぐの慣れた手付きなの当たり前なんだけどさ。
喪女は人の脱衣シーンなんて縁が無いからこう言う感想になるんだよ。
それからリーアが私の頭に飛び移って、プリシラに手を引かれて浴室に入る。
「じゃぁ、先に洗ってあげるわ。その後で髪をお願いするわね」
「うん。リーア大人しくしててね? フェミの胸に何かしたら今日外で寝てもらうから。本気だよ」
私の頭の上で準備体操してたリーアがピタッと止まった。おいお前何の準備体操だったんだそれ。
「あはは、私にはいいわよ?」
「ピー!」
それから頭と体を丁寧に洗われて、丁寧過ぎるくらい隅々まで洗われて、いやもう十分だよ!?
「プリシラさん! 手! 手!」
「あら、だめ?」
「だーめ!」
下腹部サワサワされるのはまじアウト。私だって自分の幼い体の情操教育の為に、我慢してるんだからね!
「でも、小さい時にシテおくと、胸が大きくなるって言うわよ?」
「············なん、だと!?」
そ、そんな馬鹿な。
じゃぁ私はリリアちゃんもメリルちゃんも、我慢せず一線超えてフライアウェイして良かったの!? そうすれば将来妹と友達の胸に貢献したと言う大義名分が!?
「ちくしょう! もっと前に知りたかった!」
本気で悔しくて、浴室の床をドンっと叩く。ちくしょう!
「いや、ここまで我慢したなら下は絶対だめだよ! フェミは昔のフェミの我慢を無駄にしない!」
「あらあら、そう言われるとシテあげたくなるわね?」
「だめだよ! 髪の毛やってあげないよ!」
何でかな、私女の子と二人きりになると必ず変な雰囲気になるよ?
もしかしてファクトリーの他にそう言う能力もあったのかな?
「はい、流してー。次はフェミがやってあげる」
「はーい、お願いね」
幼いとは言っても八歳だ。風呂用の小さい椅子に座った女性の背中くらいは洗える。
タオルを泡立ててゴシゴシしてると、プリシラが急に吹き出した。
「どしたの?」
「いえ、私いま、お貴族様に背中流させてるのよね? 今更思い出してビックリしてるのよ」
「普通の貴族どころか、領主一族だからね。ちょっと有り得ない状況だよね」
「え!? 領主一族!?」
二度目のビックリでプリシラの背中が跳ね上がる。でも気にしない。
「自慢しても良いよ。領主一族を部屋に招いて背中流させたってさ」
「それ、流石に首飛ばない?」
「ふふ、骨は拾ってあげる」
「この歳でまだ死にたくは無いかしら」
プリシラを洗い終わり、素材が良く分からない桶で湯船からお湯を汲みプリシラにぶっかける。リーアは私の頭に避難済みだ。
リーアを頭に乗せたまま、二人でゆっくり湯船につかり、脱衣場に連行される時に持ちっぱなしだった荷物から持ってきたトリムでプリシラの髪を梳く。
「人に髪を梳かれるのって、結構気持ちいいのね」
「髪が綺麗だからじゃないかな? ゴワゴワしてる人は引っ掛かって痛いんだよ」
「この魔道具は、どう言う物なの?」
「うーんとね、魔道具に流した魔力がマナに戻る時、なるべく周囲の水の中に溶けるようにしてあって、一定以上のマナを含有した水に触れると、髪の毛を保湿して綺麗になる様に作用させる機能を付けてあるの」
「あはは、聞いといて何だけど、全く分からないわね。ただ魔力が垂れ流しの魔道具だってのは分かったわ」
「うん、これすっごい魔力持ってくから、多分フェミか妹かフェミの側仕え以外は使えないよ」
プリシラの髪を片っ端からトゥルントゥルンにした後、自分の髪も手入れする。
「プリシラさんって二十くらい?」
「歳の事かしら? そうよ。二十ぴったり」
「適齢期って······」
「それ以上は口にしないで!」
この世界の女性の結婚適齢期は、十五から十八だ。十四で成人して世間に揉まれ、十五から自分の伴侶を選ぶのだ。
「いやさ、勿体ないなーって」
「·········なにが?」
「プリシラさん、肌も綺麗だし可愛いし、胸も大きくて人当たりも良いのに、適齢期がどうとか馬鹿らしいよなーって」
私が思った事を素直に口にした瞬間、湯船からザバッと立ち上がりプリシラが魂の叫びをあげた。
「そ の 通 り な の よ !」
この家防音は大丈夫なのか心配になる声量で叫んだプリシラが、凄まじい形相で己の手を見て鬱憤を吐き出し始めた。
「なんなのよ適齢期って! 馬鹿じゃないの! 私がこの肌維持するのにどれだけ苦労してると思ってるのよ!? まだ女性として綺麗な筈なのに、言い寄ってくるのは食い詰めたハンターだけって、この仕打ちはなんなの!? 選り好みがそんなに悪いの!?」
「おちついてー?」
肩で息をするプリシラに、世界の闇を垣間見た気がするよ。
「ギリックに靡かないのはハンターだからなんだね」
「明日には死んでるかも知れない職業よ? そんな人種を旦那にしたいなんて思えないの」
「上級ハンターだったら?」
「三級なら無理。二級から考えるわ」
「ギリックは難しそう?」
「あれは無理よ。四級で満足してるし、そもそも階級を上げる無茶が嫌って言ってるんだもの」
「んー。一応実力的には二級前後の人は知ってるけど」
「···············ほんと?」
まぁまだ上級になってるか分からないし、機会があったら紹介する事を約束してお風呂を出た。
リーアは私の頭から翼を伸ばしてイタズラをしようとしてたけど、絶妙に距離を保って阻止した。