可愛い可愛いメリルちゃん。
新しい貴族の登場に、メリルちゃんが私の裾をぎゅって握りながら後ろに隠れる。
身長が私より高いから隠れきれていない。ちなみにアナライズ情報だと私は百十五センチで八歳にしては低い。メリルちゃんは百四十五センチ。三十センチも差があるのだ。
「あら、シェネルート様、奇遇ですわね。宿は取れましたか?」
「いえ、今日はたまたま旅人が多い様で、どこも埋まっていまして······。先ほどの旅の明と言う宿でやっと部屋がとれた所です」
うっげマジかよ。なんで同じ所泊まってるのさ。
「旅の明って、フェミちゃんと同じところ······?」
後ろで私にピッタリ立っているメリルちゃんが小さく呟くと、シェネルートの後ろに控えていた護衛達が剣呑な空気を出した。
「おい貴様、他領とはいえ領主一族に愛称だと? 平民の癖に不敬ではないのか?」
先ほどの一件で彼らのフェミリアス株が爆上がりしているらしく、みすぼらしい格好をしている平民が私に馴れ馴れしいのが我慢出来ない様子だった。
その剣幕にメリルちゃんが顔を青くして私から少し距離をとった。
「護衛の皆様、お下がり下さいませ。この方にはわたくしがそう呼ぶように言い付けたのです」
「そうだぞお前達。先ほどのフェミリアス様のお言葉を聞いていなかったのか? 平民が貴族を支え、貴族が領主を支えるのだと。フェミリアス様は平民にもお優しくされているのだと察しなさい」
「しかし、領主一族に対して余りにもっ······!」
「どちらにせよ、フェミリアス様が許している状況で、私に無礼を働いても居ない他領の平民を罰する責任を、お前達は取れるのか?」
「っ······!?」
シェネルートが思ったより話しの分かる貴族で良かった。下級貴族だから、平民との距離も近いのかな?
「メリルちゃん。大丈夫ですわ。何も怖い事は無いから、そんなに怯えないで。わたくしが守りますから」
「ほ、ほんと······?」
「ええ。一緒に食事をするのでしょう?」
「·········うん」
手を差し伸べると、恐る恐る握り返してくれたメリルちゃんにだけ聞こえるように、「今から貴族っぽくするから、我慢してね? お部屋に戻ったら元に戻るからさ」と微笑む。
「それより、同じ宿だったのですね。食事も同じ所を選んだ様子ですし、宜しければご一緒しても宜しいでしょうか? なにぶん、平民に囲まれる事には慣れていませんので、少し心細いのです」
照れるように自分の事情を話すシェネルートに、メリルちゃんをチラッと見てから返事をする。
「こちらが先約ですので、平民を排せと仰らないなら考えますわ」
「もちろんです。フェミリアス様のご意思を曲げさせる事は致しません」
「それと、この方は貴族に対する態度などを学んではいません。多少の無礼には目を閉じて頂けますか?」
「それも構いません。フェミリアス様が信用して一緒に居るのです。我々に刃を向けるような事は無いのでしょうから」
本当はメリルちゃんと二人でキャッキャウフフしながらご飯食べたかったけど、こうなっては仕方ない。
下手に上位領地の貴族から不興を買うのもよろしく無い事くらいは私にも分かる。
「それでは、一度宿に戻って着替えて来ますね。殿方と食事をするには少々不足な身なりをしていますので」
「これは、手間をお掛けして申し訳ありません。では席を取っておきますので、ごゆるりと行ってらっしゃいませ」
場所取りをシェネルート達に任せて、メリルちゃんを連れて宿に向かう。はぁ、女子会が······。
「メリルちゃん。せっかくだし、思いっきり可愛くしてシェネルート様を驚かせよ? さっき平民がって怒った護衛達も見返してやろうよ!」
「えと、出来るのかな? 私あんまり可愛くないし······」
「はぁ!? メリルちゃんめっちゃ可愛いよ!? 誰? メリルちゃんを可愛くないって言うのどこのドイツよ!? フェミが怒ってきてあげる!」
この巨乳幼女が可愛くなかったら、私なんて生ゴミじゃないか! ふざけんな!
メリルちゃんはふわふわとウェーブした桃色の髪に、細い眉、長いまつ毛、大きい桃色の目に柔らかそうなほっぺ。美味しそうな唇。どこから見ても完全無欠に美少女だっつの!
「怒った! フェミ怒ったよ! めちゃくちゃ可愛くしてあげるから覚悟してね! ファクトリーも腕輪端末の容量も度外視でお姫様にしてあげる!」
宿に着いてお姉さんから部屋番を聞いて鍵を貰う。その鍵をメリルちゃんに渡して先に部屋に行っててもらい、私はビークルに向かった。
荷台を開けて乾かしてある入浴セットと着替えを皮袋ごと放り込んで、ピンク色のゆったりしたドレスと薄紫色のドレスを取り出して荷台をロックした。
「あ、財布忘れた」
荷台を開けて財布を取り出して、今度こそロックし部屋に急ぐ。
「あけてー」
両手が塞がっているので、扉が開かない。部屋の中に居るはずのメリルちゃんを呼ぶとすぐに扉が開いた。
「ふええ、こんなに素敵なドレス、着ていいのかな?」
「むしろフェミよりメリルちゃんの方が似合うくらいだよ。着せてあげるね」
私の着替えよりメリルちゃんを優先して着せていく。
トリムの効果でサラッサラふわっふわの髪の毛と相まって、本当にお姫様に見える。
さらに可愛くする為に、ファクトリーの設計システムで全力デザインの髪飾りやネックレスを作り上げていく。
ティアラまで作ろうとして、いや平民の使う酒場でティアラはナイワーと気付けた私を誰か褒めろ。
「ほい、完成! この部屋鏡無いから、カメラで撮るか」
デジカメを腕輪端末から出してお姫様メリルちゃんを撮影して、画像を部屋に備え付けのメモ用の木の板に焼き付ける。
「はい。いまメリルちゃんはこんなに可愛いよ」
「ふぇ? ふえええ!? え、これ私なの? うそ、すてき······」
木の板に夢中なメリルちゃんを尻目に自分も着替えてアクセサリーを身に付ける。
安いベッドの上ではリーアが眠そうにしていたので、ドレスの胸元に押し込んで、少しだが、少しだが確実にある胸の谷間の中で寝かせてあげる。私の胸で眠るがいい。
「コートも貸してあげる。思ってたけどこの季節にあれじゃ寒かったでしょ?」
「あの、フェミちゃんは何で私にこんなにしてくれるの?」
申し訳なさそうなメリルちゃんの頭を背伸びして撫でて、ニヤッと笑ってみせる。
「お友達を助けるのは当たり前じゃない? メリルちゃんはお友達が困ってても助けないの?」
「そんな事ないよ! 助けるもん!」
「そう言う事だよ。さ、行こっか」
ドレスを身に付け部屋を出ると、宿のお姉さんに驚かれたのは言うまでもないだろう。
道すがら簡単な貴族の挨拶を教えてみる。
歩きながらカーテシーを出来るようななったくらいで、件の酒場に辿り着いた。
「ほ、本日はお食事にお招き頂きまして、下賎な身に有り余る光栄でございます」
「お招きによりフェミリアス、そしてメリルが参上いたしましたわ」
酒場に居るハンターや兵士達の視線を浴びながらシェネルートが居るテーブルに向かいコートを脱いで、教えた挨拶でメリルちゃんと一緒にカーテシー。うふふ、仲良しに見えるかな。
護衛はもちろん側仕えもシェネルートも、メリルちゃんを見て息を飲んでいる。ふふ、可愛いだろう?
桃色を基調にしたドレスは、白いレースで清楚さを強調しつつも華やかさを全面に押し出した私秘蔵のドレスで、メリルちゃんの髪色と調和してそれはもう可愛いのだ。
さらにエーテルコアを宝石代わりに使った繊細な花飾りを抜い着けた、白いレースのリボンが両耳の上でふわっと揺れる。
ネックレスはリボンのデザインに合わせた花のチャームをいくつも繋ぎ合わせて、エーテルコアをはめ込んだ豪奢な物だ。
「ふふ、見違えたでしょう?」
「······はっ、あぁ、そうですね。とても平民には見えません」
「ほらメリルちゃん。自信を持って?」
「あぅ······、恥ずかしいよぅ」
五人掛けの丸テーブルに、場所取りの為にシェネルートと護衛二人が一つのテーブルに座っていて、もう片方に護衛三人が居た。
側仕えは立ったままシェネルートの後ろに控え、シェネルートと座っていた護衛も席を立って私達に譲る。
「騎士達も見蕩れていたから、綺麗なのは間違いない。ファミリアス様の言う通り、自信を持っていい」
「は、はい······」
シェネルートに話しかけられ、メリルちゃんが顔を真っ赤にしている。ぬぅ、私のメリルちゃんを取られた。
「フェミリアス様も、大変お美しいです。この様な場所によもや女神が舞い降りるとは、酒場の利用者も思っていなかったでしょう」
「ふふ、でも皆様はもう少し大きい女性がきっと好みだと思いますわ。わたくしはまだ八歳ですから」
シェネルートが私を見て頬を染めながら側仕えに指示を出す。
それを見てメリルちゃんが青い顔をして給仕に参加しようとするので慌てて止めた。
「メリルちゃんは今、食事に招かれたお客さんだよ?」
「で、でも、お貴族様に給仕をさせるなんて·········」
ああ、リーフェが貴族じゃないから忘れてた。
側仕えって本来貴族がなるって聞いたな。ドレイクも実はリリカフェイトに付いてきたフェミニフトルデの貴族なんだとか。
真っ青になってしまったメリルちゃんに、シェネルートの側仕えが微笑みかける。
「メリル様、お気遣いありがとうございます。ですが今メリル様はシェネルート様のお客様でございますので、給仕を手伝わせる様な事になれば主人の恥をかかせる事になってしまうのです。メリル様もフェミリアス様のご友人として振る舞わなくては、フェミリアス様の名前に傷が付いてしまいます」
「あ、あの······」
「今宵、この時間だけはメリル様は貴族だと思い接しますので、どうかご安心頂きたく存じます」
「はぅ······。ごめんなさい」
やっと席に座り直したメリルちゃんに安心して、側仕えは酒場の厨房に入っていった。
「とても優秀な側仕えですわね」
「ええ、私には勿体無い人材です」
暫くして、厨房からワゴンを押して側仕えが出てきて食事が始まる。
一人しか側仕えが居ないのに、三人に対してそつなく給仕を全うするこの人は、本当に優秀な側仕えだと思った。
「あの、フェミちゃん······。私、ご飯食べる作法とか分からないの······」
「ふふ、そんなに悲しそうな顔をしないでちょうだい? カトラリーの使い方は教えてあげるから、ゆっくり食べましょう」
メリルちゃんはカトラリーの使い方を知らない様で、慣れないナイフとフォークで皿の上の料理と格闘したいた。
「ふぅえ、お貴族様はご飯食べるのも大変なんだね」
「慣れれば綺麗に食べれて、楽しいのですよ?」
「ふ、カトラリーが使えないお姫様とはなかなか面白い光景だ。メリルとフェミリアス様は、どう言った経緯でお知り合いに?」
「旅の明には浴室が無いでしょう? なので大衆浴場を利用したのです。その時、服を身に付けていないわたくしにメリルちゃんが話し掛けて来たのですよ」
「ああ、貴族だと分からなかったのですね。相手がお優しいフェミリアス様で運が良かったな、メリル」
「は、はい。フェミちゃ······じゃなくて、フェミリアス様はとってもお優しくて······」
「ふふ、フェミちゃんでいいのよ。わたくしとアナタの仲じゃない」
フェアリーゼがリリカフェイトによく使うこの言葉は、貴族間では最大級の友愛の証らしい。
私もそれを聞いてリリアに言った事があった。
それから食事が続き、メリルちゃんもシェネルートに慣れてきた時にリーアが起きた。
胸からひょこっと顔をだして、ピュィっと鳴く。
突然の事に食事を吹きそうになったシェネルートは、良く耐えたと思うよ。
「あ、リーアちゃんそこに居たんだね。寝てたの?」
「ピッピー」
「あの、それは······?」
「ご紹介しますわね。わたくしが作った愛玩用魔道具のリーアですわ」
「ピッピピィ」
私の紹介にまだ眠そうにしているリーアが胸元から顔だけ出して挨拶している。
シェネルートはリーアが居る場所が場所だけに、あまりジロジロ見れなくて困っている。
私も自分の胸でモゾモゾされると、柔らかい羽が色々擦れて少し困るので、リーアに言って出て来てもらった。
「ピィ」
寝てたのに置いて行かなかった私を褒めるように、肩の上で私に頬擦りする。
食器を置いて頭を撫でると、ぴゅぃー···と締りの無い声を出した。
「それが、魔道具ですか? しかもご自分で作ったと?」
「ええ、わたくし魔道具作りが趣味でして。街道で会った時に乗っていた物もわたくしの作った魔道具ですのよ」
「シェネルート様、フェミちゃんの魔道具は凄いんだよ! 私の髪の毛もこんなに綺麗になったの」
嬉しそうに自分の髪の毛を一束摘んで目の前に持ってくるメリルちゃんの頭を撫でて、元々綺麗な髪だったよと褒めてみる。
「私と変わらない歳で、もう魔道具をお作りに?」
「ふふ、信じられませんか?」
新しくリーアも加えて談笑していると、リーアに隠していた機能が発動の兆しを見せる。
リーアの胸が光り、リーアが動きを止めて独特の鳴き声を出し始める。
「リリリッ♪ リリリッ♪ リリリッ♪」
やっべ。これはリリアが限界だった場合に、使い方を書いた手紙をリリアに渡すようにとリーフェに伝えて置いた、ペット用リティットの隠し機能、『通話』だ。
もう少し耐えれると思ったんだけど、リリアは今日一日で私不足が深刻らしい。
私もメリルちゃんに浮気して補充したから人の事言えないけど。
「メリルちゃん、シェネルート様、少し失礼致しますね。リーア、コールチェック」
「リリリッ♪ コールチェック、リアス♪」
「リーアちゃんが喋った!?」
「ふふ、喋ってる訳じゃ無いのよ? リーア、コールリアス」
ペット用リティットに入れた通話機能は、リティットに付けられた名前を電話番号代わりに音声通信をする物だ。
コールチェックで相手を確認して、名前をコールすると通話出来る。
受話のキーワードでリーアの目が光り、リリアと通話が開始される。
『お姉様、お姉様、お姉様ぁ♡』
頭が痛くなった。
涙声なのに心底嬉しそうな声色は、今のリリアの様子が如実に分かる要素だった。
おそらく、私不足で泣きじゃくっているところに、リーフェから手紙を受け取って、いても立っても居られずすぐに『コールリーア』と唱えたのだろう。
「ごきげんようリリア。でもごめんなさいね、今は旅で知り合った方とお食事をしているの。だから少し落ち着いて頂戴?」
『リリアライト様、だからお嬢様の都合を確認するべきと·········。はぁ、お嬢様。リリアライト様をお止め出来ずに申し訳ありません』
「あらリーフェ、わたくしもリリアの声が聞けて嬉しいわ。だから怒らないであげてちょうだいね」
『畏まりました。お取り込み中みたいですので、また後で』
『あ、あ、待って下さいませ。お姉様ぁ』
『リリアライト様、お嬢様は今、どこかの貴族とお食事をされている様です。これ以上は多大なご迷惑をお掛けしますが、よろしいので?』
「ふふ、リーフェはやはり優秀ね。リリア、後でコチラからコールするから、待っていてちょうだいね」
『うぅ、分かりました······』
「またね。コールアウト」
ブツっと音がして、リーアの様子が元に戻る。
「·········あの、今のは······?」
口をあんぐりと開け、有り得ない物が目の前にあると言う顔で、シェネルートはリーアを凝視している。
その視線を受けて、通話状態から元に戻ったリーアは照れた様に翼で頭の後ろを擦った。人間臭いな。
「今のは、妹に贈ったリティットを通じて、遠方と話が出来るの機能ですの」
「え、遠方と会話!? そんな馬鹿な!?」
「えと、そんなにすごい事なの? フェミちゃんなら何でも出来そうだけど」
世間の魔道具の限界を知るシェネルートと、魔道具はとても不思議な物って思ってるメリルちゃんの反応はズレていた。
「難しい技術では有りますが、不可能では無いのですよ。このリティットを目的座標として周囲のマナを媒介。マナによる回路の連鎖構築を現象として確立して、発現座標と目的座標の共鳴現象を固定する事で·········」
私が滔々とリティットに使ったトワイライトスター時代の通話システムを『分かり易く』説明すると、シェネルートは黙ってしまった。
「スラフシェネス、お前は分かったか?」
「いえ、私も貴族学校で魔道具学を少し齧りましたが、今のお話は少しも理解出来ませんでした」
側仕えの名前はスラフシェネスって言うんだね。
「ふえぇ、フェミちゃん凄いんだねぇ。今のはフェミちゃんの妹様なの?」
「ええ、リリアライトと言うの。とっても可愛いのよ?」
「リリアちゃん、フェミちゃんとお喋り出来てすっごい嬉しそうだったね」
腕輪端末からデジカメを出して、リリアの画像を見せてあげる。デジカメをさっき見ていたメリルちゃんと違って、シェネルートはまた驚いていた。
「ふぁ、とっても可愛い人だねぇ。ドレスもすてき」
「獣人!? いや、それよりこの魔道具は······!?」
「妹は、フェミニストルデの血を引いていまして、祖先の血を色濃く受けて産まれてきたのです。とっても愛らしいのですよ」
「うん。フェミちゃんと同じくらい可愛いね。あ、首飾りがフェミちゃんと同じだよ」
「ええ、その首飾りはわたくしが作って贈ったものよ」
ビークル、リティット、デジカメとポンポン高機能な魔道具が出てきてシェネルートは目を回しそうだった。
「こんな高度な魔道具があるなんて、トライアスは今年から順位を上げてくるのでは?」
「あら、わたくし実はお父様と仲がよろしくないのです。だからその心配は無用ですわ。ヒュリオースの順位を脅かす程の手腕を、お父様は持ち合わせておりません」
「えっと、じゅんいって、なに?」
会話がよく分からなかったメリルちゃんは恥ずかしそうに、チョコんと手をあげた。
「この国には十二の領地があるのだけど、その領地が王様にどれだけ尽くしているのか表す階級があるのよ」
「そう。我々ヒュリオースとトライアスは中領地、真ん中くらいの大きさの領地が四つある中、トライアスは四位でヒュリオースは一位なのだ」
「えっと、じゃぁフェミちゃんより、シェネルート様の方が偉いの?」
「それは違うぞ! フェミリアス様は領主の血を引く貴族で、私は下級貴族なのだ」
「えっと、難しい······」
聞いても良く分からなかったメリルちゃんが可愛いと思う。
しょんぼりしているメリルちゃんを慰める為に、リーアが翼で頭をぽすぽすしている。
「メリルちゃんには、下級も上級も関係無く、貴族は貴族なのですよ。だからわたくしとシェネルート様の差などの分からず、領地が上と言われれば、今の様に考えるのです」
「······フェミリアス様が言われた、上級貴族も下級貴族も関係無い、とはこう言う事も含まれるのですね」
食事を終えて、酒場でお茶とはいかないので解散する流れになった。
シェネルートの長い挨拶に応え、やっと解放されたのでコートをメリルちゃんに着せて歩き出す。
「目的のドレスは着れたし、どうする? 何ならフェミのお部屋泊まる?」
「ふぇえ、なにそれ楽しそう! でも、いいの?」
「ダメなら誘わないよ。メリルちゃんのお家に行って聞いてみよっか」
リーアをまた胸元に押し込むと、もしや確信犯なのか大事な所を翼で擽ってきたので、軽くデコピンで叱る。ちょっとビクってなっちゃったじゃないか。
メリルちゃんの案内で門の近くまで行き、大通りから逸れて小道を行く。
薄汚れた三階建ての木造建築の一階がメリルちゃんの家らしい。
汚物を窓から外に放るためかかなり臭いが、まぁしょうがないよね。
「お母さん、お父さん。帰ったよー」
メリルちゃんの家の前に待機する。いきなり私が入ると驚かすだろうし。
あれ? 領主紋ついたコートをメリルちゃんに着せたままじゃね?
「メリル!? それどうしたんだ!? どこで盗んできた! そんな娘に育てた覚えは無いぞ!」
「は、はやく返してくるだよぉ! なんて事をしてくれたんだいウチの子は!」
やっべー。完全に私のミスだ。
メリルちゃんを待たずに玄関を開けると、怒られて小さくなっているメリルちゃんと、今にもメリルちゃんを殴りそうな父親、それを見ている母親に、小さな弟と妹が居た。
「あのー、こんばんわ?」
「お貴族様!? こんな所になに······、まさかこの服は!?」
「あ、誤解ですよ。盗られて無いので怒らないで下さいな。メリルちゃんおいで?」
私の声に反応して飛んでくるメリルちゃんを背中に隠し、いや隠れられて無いんだってば。
お母さんとお父さんの前に立つ。
家の中は薄暗く、燃料を節約しているのか寝に入る前だったのか分からないけど、八畳ほどの広さに台所と寝床、暖炉が詰め込まれた家で、真ん中にはボロボロの四角いテーブルがある。
そこに座っているお母さんと、椅子を倒しながら立ち上がったお父さんを見て、メリルちゃんの頭を撫でる。
まず知り合った経緯と、メリルちゃんが仕事を頑張ったのにご飯が食べれない事を不憫に思ってご馳走した事。いやシェネルートが馬車のお礼に支払いをしてくれたので、正確には私がご馳走した訳ではないけど。
それからコチラの事情でドレスを着せざるを得なかった事を説明した。
「という訳なので、メリルちゃんは盗んでもいなければ、親に恥をかかすような悪い子でも無いのです。遅くまで頑張ってお仕事をしてお金を稼ぎ、着飾ればこんなに可愛くなる自慢の娘さんですよ」
事実を並べたら褒め称える言葉になってしまって、聞いて居たメリルちゃんが恥ずかしさに呻きながら蹲ってしまった。
「あ、あの、娘は何かご無礼を働いたりは······」
「何度も言いますが、自慢の娘さんですよ。ほらメリルちゃん、貴族の挨拶してみて?」
「ご、ごきげんよう?」
顔がまだ赤いけど、ちゃんと綺麗にカーテシーをして見せる。
それを見たお母さんは口に手を当てて涙ぐみ、お父さんは態度をユルッユルに軟化させて笑みを浮かべた。
「うちの娘は、こんなに可愛かったんだな······!」
「そうですよ。こんなに可愛いんですよ。お化粧もしないで着飾るだけでコレなんですから、きっとこの街一番の美人ですよ」
「ったりめぇだ! なんたって俺の娘だからな!」
「ちょっとアンタ! お貴族様になんて口を聞くんだい!?」
「ふふ、構いませんよ。事実なのですからね」
「もぅ、フェミちゃん、許してぇ······! 恥ずかしくて死んじゃうよぅ······!」
両親とも、さっきの事をメリルちゃんに謝って、私も軽率に誤解させた事を謝罪した。
それならメリルちゃんを一晩借りていいか聞いて、もちろん変な趣味が無いことを念を押した。
いや許可があればワンチャンあるけどね?
「それでは、明日お返ししますね」
「ええ、娘をよろしくお願いします。メリル、ご迷惑をかけてはだめよ?」
「はぁーい。いってきまーす」
両親の許可を得て、旅の明に二人と一羽でゆっくり歩いていった。