外から来たハンター。
「うぉぉぉぉおお!?」
リリアちゃんが絶妙な間合いを維持してドラゴンを殴っている所に、クッソ邪魔なタイミングで三人のハンターが武器を抜いて走ってきた。
「ふぇぇえ!? な、何ですか?」
一緒気を抜いてしまい、ドラゴンの尻尾がモロに入ってしまったリリアちゃんは吹き飛び、リーフェの傍まで飛んでいく。
「おっと、大丈夫ですか? リリアライト様?」
「あ、ありがとう存じます。リーフェさん」
突如乱入してきた三人のハンターは、軽装でショートソードを持った茶髪の青年と、前をくり抜いた兜の全身甲冑を着て、幅の広いバスタードソードを持った栗色の髪のオジサン。それとリーフェと同じ銀髪を翻して走るローブを着たエルフのお姉さんだ。
「私は側面に回る! ジェイドは正面から引き付けてくれ! レイナは援護を!」
ショートソードの青年はパーティに指示を出してドラゴン型ゴーレムの側面に周り、バスタードソードおじさんが斬り掛るタイミングで後ろ足を斬り付けていた。
「く、硬い!」
「ゼルビア! レイナの魔法まで時間を稼げ! 四足の魔物も俺が引き付ける!」
「·········ねぇ、ちょっと勝手に盛り上がらないで欲しいな? せいっ!」
私はリリアライト・プリンセスの私版を展開して、虎型ゴーレムを踏み台に潰し、飛び上がってドラゴンの頭にかかと落としをぶち込んだ。
そのままクルクルと回ってしゅたっとハンターの前に着地する。
「親切なのは分かるんだけど、人の妹の訓練に割り込んでこないで欲しいな。お兄さん達どこのハンターさん?」
「············な? は、え?」
「ドラゴンが、一撃······?」
言葉を失っているハンター二人と、離れたところでポーズだけ取って呪文を紡ぐ事を忘れた魔法使い。
「殺るか殺られるかの戦いをしている時に、いきなり後ろから叫ばれたらビックリしちゃうでしょ? ハンターなら分かるよね? フェミの可愛い妹が無駄に攻撃食らっちゃったんだよ。気を付けようね? あと、フェミ達がハンターだった場合、獲物の横取りはハンターの掟に反するんだよね。その辺は考えたのかな? それに周りにはフェミ達も控えていたんだし、まずは周囲確認すべきじゃない? ねぇ? ちょっと集まりなさい」
魔法使いまで含めて草原に座らせて、滔々と叱る。
あのまま行けばリリアちゃんはちゃんとドラゴン型ゴーレムと虎型ゴーレムをキッチリ排除して、今日の御褒美を貰えたのだから。
ちなみに今日の御褒美はお泊まりとお耳ハムハムだ。リーフェには内緒。
「いや、我々は助けようとっ······」
「それは分かってるんだってば。助ける前にやる事あったよねって話し。お兄さん達も必死で攻撃捌いてる時に、後ろから知らない人がうぉぉぉぉおお!って叫んだらビックリしちゃうでしょ?」
腰に手を当てて怒る。私達だったから良かったものを、場合によっては本当にこの三人の介入で人死にが出たかもしれないのだ。
レイナと呼ばれたエルフさんは素直に謝って、尖った耳をしゅんと垂れさせている。
え、その耳そんな事になるの? リーフェの耳はいつもメイドキャップの中だから知らなかった。
「あー。なんだ、その。お嬢ちゃんの言う通りだな。悪かった。俺達は新人では無いが、ベテランと言うにも日か浅くてな、焦っちまった」
ジェイドと呼ばれていたおじさんも、兜を脱いで頭をボリボリ掻いていた。
むわっと汗の臭いが漂って来たけど、淑女はこの程度で顔を歪めたりしないのだ。
「ほらゼルビア、これは俺達が悪い。頭下げとけ」
「くっ、申し訳なかった」
反省してくれたなら、それでいい。次やったらボッコボコにするが。
「ただよ、お嬢ちゃん何者だ? あんなデケー魔物を一撃って、見た目とチグハグ過ぎるぜ」
「あ、あれ魔物じゃないよ。フェミが作った訓練用の魔道具なの」
「······は? アレが魔道具?」
「うん。戦闘訓練の相手をしてくれる魔道具で、致命傷は避けてくれるの。お兄さん達もやってみる? 最初は虎型ゴーレムで良いかな?」
納得しきれないレイナとゼルビアは困惑しているけど、説明していくとジェイドはすぐに飲み込んだ様で乗り気だ。いや深く考えてないのかな。
少し遠くに虎型を一体召喚して、待機させておく。
「はい、アレに近寄ったら動き始めるから。辞めたい時は遠くに離れるか、逃げ切れない時は『負けだ』とか『参った』って言えば止まるから」
注意事項を説明するとジェイドが早速、虎型に突撃して行って、レイナとゼルビアがそれを追い掛けて戦闘が始まった。
「リリアちゃん大丈夫? 綺麗に食らったね」
「あぅ、お恥ずかしいですわ······」
「怪我してないみたいだね。良かったよ」
休んでいるリリアちゃんの元まで行き、無事を確認して頭を撫でると、目を細めて耳をパタパタさせる。
「お姉様、あの方達は?」
「ハンターみたい。リリアちゃんが魔物に襲われていると思って、助けに来てくれたみたいだよ。結果リリアちゃんを危険に晒したから、三流もいいとこだけど」
ちなみに、回復機能があるとは言え、もしリリアちゃんが怪我をしていたらあの三人を今から虎型と一緒に虐め回す予定だった。
「んー、そうだな。リーフェもリリアちゃんも大分強くなったし、暫くあの三人育ててみよっか? 人に教えることでも自分を伸ばせるしね」
それから虎型にボロボロにされた三人を集めて、徹底的にダメ出ししていく。
「アレだね、お兄さん達連携下手だね。ゼルビアは何でもかんでもジェイドに負担かけすぎてる。時には盾役を下げて回復なり仕切り直しさせるなり、ゼルビアが変わるべき時が山ほどあったよ?」
「ぐっ!?」
「それにジェイドも引き受けすぎ。盾役こなしてれば何も考えなくて良いわけじゃ無いんだよ。アナタが潰れたら後ろに居るレイナに危険が及ぶんだから、出来ないことは無理にしない」
「······面目ねぇ」
「それでレイナが一番ダメ。後衛なのは分かるけど、離れすぎ。あれじゃ助けたい時に助けられないよ。敵を引き付けてくれる盾役を信じ切れてない証拠。アソコから魔法使って、どのくらいジェイドとゼルビアの助けになるの? 詠唱だって早いわけじゃないのにさ」
「んぐぅ!?」
全員自覚はあったのか、私みたいな子供に指摘されても反論が無かった。いや、ドラゴン型を一撃で潰した功績からか。
「リリアちゃんはジェイドを、リーフェはレイナを。フェミはゼルビアを見るから、まずは虎型で始めるよ」
こうして三人の返事も聞かないで始まったスパルタ特訓は、私達のスケジュールに合わせて三日に一度、この草原にて行う事になった。
「ジェイドさん、今のは引く時ですわ! 受け止めるだけじゃなく、空振らせたり流したり、自分の負担を減らすのも自分のお仕事です!」
「おう!」
「迷うな! 剣の速さを取るのか重さを取るのか、一撃一撃判断して! ゼルビアが翻弄すればジェイドが一撃決めれるから、盾役の呼吸を意識して!」
「はい!」
「魔力の構築が甘いです。その程度でパーティを助けられると思っているんですか? 前衛二人を信じなさい。アナタの一撃を信じて命を懸ける二人にアナタも命を預けなさい。まだ離れすぎていますよ」
「はい師匠!」
虎型相手に三人の連携をその都度指摘していき、まともに戦える時間が伸びていく。
午前中は私達の訓練を見学させて、午後に三人の連携訓練をするスケジュールで、あっという間に月日が流れる。
私が八歳になり、雪が降り始め、草原に放っていた兎型ゴーレムが訓練場所の除雪を行っては私達が訓練する。
私の貴族学校入学が迫ったある日、遂に三人が虎型を倒し、さらに日数を掛けてドラゴン型まで倒す事が出来た。
「やった······、やったぞ。倒した、倒したぞー!」
「よっしゃぁぁあ!」
ゼルビアが噛み締めるように声を張り上げて、ジェイドが雄叫びをあげる。レイナは静かにガッツポーズを決めて、私達はその様子を眺めて拍手を送っていた。
「フェミリアス師匠! ついに倒せました!」
「やったぜ先生!」
「ふふ、ゼルビア初めてフェミを師匠って呼んだね?」
教えていくうちに、ジェイドとレイナはすぐに私達を先生や師匠と呼んでいたけど、プライドがあるのかゼルビアは今までそう呼んでくれなかったのだ。
態度は師事する者に相応しいものだったが、ドラゴン型を倒すまで私たちの事はさん付けだった。
「あ、えっと······」
「あはは、急に照れないでよ。フェミも恥ずかしくなっちゃう」
出会った時は中級になりたての六級だった三人は、城下街での生活費を稼ぐ為に訓練の日以外はギルドで依頼をこなしていた。
訓練でメキメキ実力を上げた三人は、今では中級の最上位の四級まで階級を上げていた。
そう目に見える形で強くなっている事が理解できるからか、三人はモチベーションも高いままここまで来れたのだろう。
「じゃぁ、そんな弟子三人にフェミから贈り物だよ?」
三人の身に付けている装備品は全て、この一年で徹底的に叩かれて防具はボコボコで武器もガタガタ。このままハンター家業に戻るには一手間かかる事は確実な装いだった。
むしろ一年もあの使い方で良く壊れなかったな、と関心する程だ。
そんな三人に私が用意したのは、それぞれが装備している物をアナライズして密かに採寸して作った新装備。
ゼルビアとジェイドにはお馴染みになってきたエーテルチタンを使った超軽くて超硬い白銀に輝く鎧と、周囲のエーテルを取り込んで再生する機能を付けた剣。
レイナにはエーテルコアを内蔵した一メートル半の長さのウィザーズロッドと、魔力を流すと防御力が上がる白銀のローブだ。
吐く息が白くなる寒空のした、地面に広げられた輝く装備品を前に、三人が信じられない物を見た顔で固まっている。
「寸法はピッタリの筈だよ。武器も折れたり曲がったりしなければ、周りのマナを吸って勝手に元に戻る優れもの。レイナの物は魔法行使を補助する杖と、魔力を流すと防御力が上がるローブだよ。みんな高級感出した銀色で合わせたから、パーティって分かりやすいでしょ?」
「ま、まってくれ先生よ! 俺たちゃこの一年そりゃぁ世話になったんだぜ? これ以上、こんな上等な装備貰っちゃ、恩が溜まりすぎて返せねぇよ!」
「そ、そうですよ師匠! こんな、いくらしたんですかこんな装備!? 我々にはとても······」
「値段は気にしなくて良いよ。フェミの手作りだし、材料費も掛かってないからタダ同然だし、何より弟子がそんな事気にしないの!」
困惑している三人に装備を押し付ける。
レイナだけは杖を持って魔力を流した瞬間顔色が変わったけど、それでもゼルビアとジェイドはどうした物かって顔のままだった。
「フェミ達なんて、偶然会って突然指導し始めた訳わかんない相手じゃない? それでも恩を感じてくれるならさ、それを他の困ってる人にでも分けてあげてよ。色んな依頼を受けてさ、困ってる人を助けてあげて?」
「フェミリアス師匠······」
水魔法で全身洗い、風魔法で乾かして装備を換えさせて、しんみりした空気を流しながら帰路につく。
「本当に、お世話になりました」
「うん。こんなに良い杖まで貰って······」
「本当にな。最初は突然クッソきつい特訓させられて、なんだコイツらって思ったけどよ。気付けば一年だぜ? 階級も二つ上がってよ。俺ら間違いなく強くなったもんな。先生達よ、感謝してるぜ」
折角なので馬車に荷物を乗せて、メイド二人と先に走らせ、私達は護衛二人とドレイクを連れて歩いて帰る。
「正直言うと、暇つぶしだったんだけどね。思ったより有意義だったよ。フェミはそろそろ貴族学校の準備始めないと行けないから、訓練はここまで」
街について門を潜り、明日からはまた旅に出ると言う三人と別れの挨拶を済ませる。
往来で何回も頭を下げられて少し居心地が悪いので、誤魔化すように話題をふってみる。
「そう言えば、パーティの名前ってなんて言うの?」
リーフェから、パーティとしてギルドに登録すると、パーティ名を決めなければいけないと聞いていたが、一年も顔を付き合わせて置いてまだ知らなかった。
「我々は、『鋼の翼』と言うパーティなのですが、今からギルドに行って、『白銀の翼』に変えてこようと思います」
白銀の翼と別れてからまた数日。水の季節が終わる日が近付いてきた。
貴族学校には側仕えを連れていけないという事で、フェアリーゼとリリカフェイトに相談して、一時的にリーフェをリリアちゃんの側仕えにする事になった。
一応申請すれば側仕えも学校の寮に入れられるらしいのだが、何事も経験だという事でリリアちゃんが入学するまで一人で行くことになった。
リリアちゃんにリーフェを当てた理由は、リリアちゃんの側仕えが男性であるドレイクだけしか居らず、細かい所を使用人に任せざるを得なかったからだ。
本来貴族は自分と同性の貴族の側仕え二人を物心付いた頃に付けるらしいのだが、リリアちゃんは獣人だという事もあり、領主であるガノドライグの目が怖くて立候補せず、ドレイクしか居なかったのだとか。
ちなみに私は丁度側仕えを付けるタイミングでリーフェを連れ去られて敵対した事と、リーフェが有能だったから、貴族では無いけど例外的に側仕えがリーフェ一人で済んだのだ。
ちゃんと側仕えを連れていったらしいお兄様は、今頃卒業式的な儀式に参加しているとフェアリーゼに聞いた。
「ドレイク、リーフェと一緒にリリアちゃんを宜しくね」
「畏まりました。フェミリアス様もどうかお元気で」
「リーフェ、フェミの代わりにリリアちゃんを可愛がってあげてね」
「善処します。お嬢様も、私が必要になったらすぐにお呼びください。ビャッコとスザクを使ってでも駆け付けます」
火の季節の始まりに合わせて貴族学校に行く為に、私は今日から中央に向かう。
本来は護衛を沢山連れて、馬車で途中の宿場町を経由して数日かけて行くのだが、私はロットルの護衛すら断って一人で行くと言い張った。
馬車で数日護衛と一緒に旅とか、冗談じゃない!
今日の為に作ったビックスクーター型エーテルビークルをぶっ飛ばして、すぐに中央まで行く予定だよ!
「お、お姉様ぁぁぁ·········」
ガノドライグは来ていない見送りの人々に挨拶をして周り、最後にリリアちゃんの前に来ると号泣していた。
顔をグッチャグチャにして大号泣。可愛い顔が台無しだよ。
「リリアちゃん。火の季節の終わりには、休暇で戻ってくるからさ。泣かないで?」
「ぅぅうう······。いがないでっ、くださっ······!」
「もーう、泣かないでってば。フェミはリリアちゃんの笑顔が好きなんだよ?」
服が汚れるのも気にしないで、リリアちゃんを抱き締める。
涙が服に染みて冷たくなるのを感じながら、頭を優しく撫でる。
「リーフェ、あれ持ってきて」
こうなる事を考えていたので、とあるプレゼントも作っていた。
リーフェが持ってきた二つの小さい木箱を受け取ると、その一つを泣き散らすリリアちゃんに渡す。
「開けてみて」
涙をボロボロ零すリリアちゃんが木箱を開けると、中には綿が詰まっていて、中心には黒いリティットが寝ていた。
私と同じ濡場色の羽に白く細かい模様が入ったインコにそっくりのリティットを見たリリアちゃんが、涙を一瞬止めた。
「ほら、フェミの髪色そっくりのリティットだよ。フェミのはリリアちゃんの髪色そっくりのリティットだよ」
私の手に持つ箱を開けると、お腹から上が金色で、羽や尾の先が赤くグラデーションになっていて、全体に黒で模様が入ったリティットが寝ている。
「フェミはこの子をリリアちゃんだと思って可愛がるから、リリアちゃんもその子をフェミだと思って可愛がってね?」
私が『ネーミング リーア』と言うと金色の小鳥が箱の中で目を覚ます。
「リリアちゃんも名前を付けてみて。魔力を流しながら『ネーミング』って唱えて、すぐに名前を言うと登録されるよ」
リリアちゃんにちなんで、この子はリーアにしたよって言うと、少しだけ嬉しそうにした後、リリアちゃんは黒いリティットに「リアス」と名付けた。
リーアとリアスがそれぞれの飼い主の肩に止まってチチチと鳴き始める。
それを眺めながら、リリアちゃんをもう一度抱き締めた。
「リリアちゃんはとっても可愛くて、賢くて、優しい子だから、フェミが少し居ないくらい大丈夫だよね。次会うときには、もっと素敵なリリアちゃんになってるよね」
「······っ! は、はい! リリアは、お姉様の自慢になる様な淑女になりますっ!」
目元を拭いて、でもまだ溢れてくる涙を零しながら、リリアちゃんは笑ってくれた。
「だから、だから最後にお願いしてもいいですか?」
「うん。フェミはリリアちゃんのお願いは何でも聞くよ」
学校行かないでってお願いも、本当に望むのなら叶えるつもりだもんね!
「リリアの事を、リリアと、お呼びくださいませんか?」
「······うん、分かった。リリア」
「······お姉様っ!」
「リリアも、フェミの事をお姉ちゃんって呼んでみて?」
「···お、おねえ、ちゃん」
「うん、大好きだよリリア」
「······お姉ちゃんっ!」
リリアちゃん、いやリリアの頭を最後に撫でてネックレスに触れる。
トワイライトスターで惑星を走り回る為に使われていた物を改造して保存していた、エーテルビークルを目の前に出すと、すかさずリーフェが最後の仕事とばかりに荷物を積み込んだ。
八歳児が乗れるサイズに調整したビックスクーター型の黒色エーテルビークルに、荷物を載せる為のテールに接続した箱型荷台の中に詰められた荷物を確認して、蓋を閉じてロックする。
「それじゃ、行ってくるねー」
正門が開くと私はスクーターに乗り、魔力を流してエンジンを起動する。
ハンドルを回すと前世のスクーターと同じ様に進み出すビークルを駆り、私はトライアスの城から走り出した。
ビークルの車体には領主の家紋が施され、貴族街ですら人が道を譲ってくれた。
私以外の貴族も何人か馬車を呼んでいて、家の前で別れを済ませているのが伺えた。
私が一人で旅立つ事に驚いているのか、それともビークルに驚居ているのか、何やら言っている貴族を尻目に貴族街を後にして、貴族街と同じく領主の家紋に道を開けてくれる城下町も徐行しながら通り過ぎる。
平原に向かった門、南門とは別の門に向かう為に、噴水がある中央広場でハンドルを切って左に曲がり、東門に向かう。
中央へは東門を出てひたすら真っ直ぐに行き、途中大領地と小領地を横切ってもまだ真っ直ぐだと言われている。
ファクトリーを使えば野営も楽々なのだが、いちいち野営装備を保存する端末を作るのも面倒なので、出来れば他領の城下町で宿を取りたい。
道を譲ってくれるとは言え人混みなので、やっと辿り着けた東門の門番にビークルの家紋を確認させて街の外に出た。
東門から出ると、雪が積もった畑が一面に広がる。
麦畑かな? などと考えながら、人混みを抜けた事でアクセルを全開にしてトップスピードで突っ走る。
乗馬用の服を誂えて貰って上から防寒具も着ているが、さっきリリアちゃんの涙が染みた部分もあり結構寒い。
風防の裏で楽しげなリーアを眺めながらエーテルドレスを起動して、技術の無駄遣いな防寒を施してひた走る。
既に出発していた別の貴族の乗る馬車を数組追い越し、時折見える森や岩山を眺めながら、この世界では有り得ない速度で風を切って旅路を進んで行くと、小さくは無い街に突き当たった。
「え? 迂回路無いの? わざわざ街に入るのダルいんだけど」
一本道ってここまでキッチリ一本なのかよ。ティー字路使えよ。
面倒臭いなーと思いつつも、まぁそろそろ水の鐘が鳴りそうだし、早めのお昼にしようかなと、前向きに行くことにした。
幸い街には門はある物の、塀らしい塀がなく門番も居ない。
列も出来ていないのですんなり入れた。
「どれにしようかなー?」
中央に行くにあたって、やっと存在を知れたこの世界のお金、『晶貨』が入った財布袋をコートから出し、中身を確認する。
色や形、大きさによって価値が変わるこの貨幣、リヴァルは、特殊な加工をした魔石で出来ている。
一リヴァルが赤い魔石を宝石のようにバゲットカットした『赤晶貨』。
十リヴァルは青い魔石をエメラルドカットした『青晶貨』。
百リヴァルは桃色の魔石をプリンセスカットした『桃晶貨』。
千リヴァルは緑の魔石をバリオンカットした『緑晶貨』。
一万リヴァルは銀色の魔石をコインの形にしてある『銀晶貨』。
十万リヴァルも金色の魔石をコインの形にしてある『金晶貨』。
百万リヴァルは虹色の魔石をインゴットの形にしている『虹晶貨』だ。
宝石のカットはたまたま知っていたけど、本来色と大きさを覚えて置けば問題無い。
幸い大きいほど価値が高いので、覚えるのに苦労はしなかった。
私の財布には金晶貨一つと銀晶貨四つ、緑晶貨が十個入っていて合計十五万リヴァルだ。大金だね。
一年が三百日で一日が三十時間あるこの世界で、幸運な事にお金の感覚は前世とそう変わらないとわかった時はけっこう安心したものだ。
つまり私は八歳で十五万円持たされている事になる。馬鹿野郎。
まぁ本来護衛が居るから私がお金を管理する必要無かったのに、私が一人で行くと言い張った結果なので文句は自分に帰ってくるのだ。
これを無くしたりスられたりしたらガチでヤバいので、無くさないようにコートの胸元にしまう。
街をビークルで徐行して、目に付いたちょっと小汚い食堂の近くにビークルを停めてエンジンを切る。
ビークルはネックレス端末にリンクしてあるので、これが無い人は動かせないからタイヤのロックだけして食堂に入った。
食堂は木造建築で、前世の学校の教室程度の広さに古びてシミの出来た四人がけ丸テーブルが五組ほど置かれている。
入口の再奥、教室で言うと教壇辺りにはバーカウンターの様な物があり、その奥が厨房なのだろう。
椅子が五つ並ぶカウンターには、灰色でボサボサした髪を後ろで纏めた、皺の目立つ薄目のおばちゃんが立っていて、他に客は居ない様だった。
「おばちゃん、開いてる?」
「いらっしゃ······!? お、お貴族様っ······!?」
私の服の品格と、多分コートにダメ押しで刺繍された領主の家紋のせいでおばちゃんに怖がられてしまう。
さっきまでのんびり微笑んでいたのに、薄い目を見開いて蒼白になってしまった。
「あー、うん。一応貴族だけど、大丈夫。何もしないよ?」
「え、あ、はい······?」
しまったな、自分の影響力とかを失念していた。
パッと見、貧民寄りの平民が利用する食堂なんかに貴族が、それも領主の家紋を身に付けた人間が来たらそりゃ怖いよね。
「ご飯食べに来ただけなの。おばちゃんに酷いことしないから、怖がらないで欲しいな?」
そう言っても貴族は貴族で、平原が粗相を働けば物理的に首が飛ぶ相手にそうそう態度を軟化させる事は難しいだろう。
まぁ、パッと食べてパッと出れば大丈夫だよね。
「簡単に食べれる物をお願い。あ、お貴族様に食べさせる様な物はー、とか、そう言うの要らないからね。言うて貴族だって人間だからね、平民が食べれる物は食べれるんだよ」
「あの、でも······」
「本当に騒いだりしないから、ご飯だけ食べさせてほしいな?」
カウンターの椅子によじ登る。淑女にあるまじき行為だけど、側仕え置いてきちゃったし、しゃーない。
静かにいい子にしていると、おばちゃんと諦めて厨房に入って、またすぐに出てきた。
「あ、おばちゃんが作るんじゃないだ。旦那さんが厨房に居るのかな?」
「は、はいっ。旦那が奥で料理を作ってるん、です?」
敬語に慣れてないのだろう。辿々しい言葉遣いに笑ってしまう。
「あはは、大丈夫だよおばちゃん。他の貴族は知らないけど、フェミは普段通りの態度で怒らないよ」
「ほ、ほんとうに?」
「なんなら、この家紋に誓うよ? 貴族は横暴かも知れないけど、家紋に誓った事を反故にしてまで平民を処罰しないと思うよ。領主の家紋はそれなりに重いしね?」
それで少しだけ、本当に少しだけおばちゃんが安心してくれて、料理が来るまで少しだけ世間話をした。
「あの、護衛とかは居ないんで?」
「うん。邪魔だったの。それにフェミ一人にぞろぞろ護衛連れてくのも、無駄の塊じゃない? 領主の娘襲う馬鹿もそうそう居ないと思うし、人材の無駄だよね」
「でも、万が一って事もあるんだよ?」
「心配してくれてありがとう。でもフェミ、こう見えて結構強いんだよ? 実際に一人で外に出る許可を貰えるくらいにはね」
話していると、厨房の入口、扉の無い木枠からひょこっと、茶髪に白髪が入り乱れる短髪のおじちゃんが顔を出して、私を見るとビクッとした。
「料理出来たのかな?」
「あ、アンタ! そんな所で顔だけ出すなんて、お貴族様が相手じゃ無くても失礼だろうさ!」
おじちゃんの頭を叩いて厨房に押し込み、料理を受け取って出てくるおばちゃんの手には、横切りのホットドックが乗った皿があった。
「はいお貴族様、ジールボゥお待ち。でも本当に、うちの物で良いのかい?」
「大丈夫だってば。でも大きいね? フェミのお口に入るかな」
両手でガシッと掴むホットドック的な何か、ジールボゥと呼ばれる料理は、大人にして見たら本当に気軽に食べれるホットドックサイズなんだろうけど、八歳のフェミにはデカイ。まず口に入るかなこれ?
「ちょっとアンタ! 小さいお客さんに気を使いなよ!」
「ば、馬鹿野郎! ずっと厨房に居たんだから分からねぇよ! お前が教えろや!」
厨房の中から聞こえる低い声と、おばちゃんのやり取りを微笑みながら見やり、頑張ってジールボゥをあむあむ食べる。
あ、これホットドックじゃないな? ソーセージに見えたのは乱切りしたお肉を串焼きにして、野菜と一緒に細いパンに挟み、串を抜いた物だ。
「むぐむぐ、うん。頑張れば食べれるよ」
「お、お口に合うかい?」
「ふふ、心配し過ぎだよ。大丈夫、美味しいよ」
お肉を果実と煮詰めた様なソースが使われていて、食べ終わる頃には手がベタベタになった。
「ああ、今布を······」
「大丈夫。水よ」
エーテルドレスの魔法補助システムを使って目の前に小さい水の玉を出して手を突っ込む。少しシャバシャバして水を消すと、「風よ」と唱えて手を乾かす。
「ほえー、魔法ってそんなに気軽に使えるのかい」
「普通は無理じゃないかな? 小さい魔法を使うにも、魔力が無駄になり過ぎるから、誰もこんな使い方しないって聞いたよ」
「お貴族様は、凄いんだねぇ」
大分打ち解けてきたおばちゃんが、「平民には魔力が無いから羨ましいねぇ」と微笑んだ。