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まだまだ明かさなければならないことが山積みではあるものの、しかし物事には順序がある。次に明かすべきは天狐と主の吸い込んでいる紫煙についてだ。
主がしばらくして眠りについたのは早朝の4時半。俺は主の口と鼻を覆う防毒面の金具を丁寧に取り外して、煙で蒸れた唇に親指をあてがい撫でる。
――キス。……唇に染み込んだ麻薬さえなければ、俺は辛抱せずに済んだだろう。
齢20にして封月家の『末代』とされる女。封月端月はづき。俺の主である。
封月家は22世紀の現代において時代錯誤な先祖を持つ御家柄。そのルーツは呪術師であったとされる。封月家の跡取りは必ず娘しか生まれない。それは数先代からの呪いだそうだ。嘘か真かは置いておいて、確かにこの家の跡取りは娘しか産まれない。その他、呪いについて知り得た知識をここに語ろう。
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呪い。
封月家の先祖は元々、呪術師として戦国乱世の時代から歴史の暗部で活躍してきた。
幻術使いとして呪術師界隈では名を馳せていたという。その時から封月家の血筋としての呪いは現れていたらしい。
人を呪わば穴二つ。
文化が発展するにつれて人を呪うような時代は衰退し、気がつくとその血筋の呪いばかりが濃くなっていった。他者に使用する呪術としての幻術は代々受け継ぐに連れていつの間にか裏返り、己を蝕む幻覚となった。
封月家は必ず娘しか産まれず、その娘は生まれつき人とは違うものが見え、日常生活が困難な程の強い幻覚の中に生きる。封月家の分家たちはその幻覚から本家の血を守るために、これまた別の呪術を編み出した。
幻覚を解す煙。これが天狐の意匠とともに煙管にあしらわれて、以来封月家は天狐の意匠を取り込んできた。そして、その紫煙を吸い込むことで封月の娘たちは代々生きながらえてきたのだ。しかし、その煙は代を重ねるごとに強い効果を求められ、今では封月家代々に伝わる秘伝の麻薬となっている。効果が強いため封月家の娘は生きながらえたとしても平均寿命を大きく下回り、子を成すまでは屋敷牢で定期的に投薬して過ごすことになっている。
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……というのが、大掴みな事のあらましである。分家である俺でさえも、深くは知ることができない。そして、知らずとも関係のないことである。
俺は自室で夜を明かし、目を覚ます。感覚的に正午過ぎである事が、体内時計から感じ取れる。携帯端末の画面を表示させると11時9分。思ったより眠れてはいないが、意識は明瞭である。主のいる屋敷牢に行って、朝の投薬をしなければならない。本来なら8時間おきに煙を吸い込ませる必要があるが、睡眠中は薬の効果が切れても幻覚とは無縁の夢現なのであまり気にする必要はない。取り敢えず俺は起き抜けにシャワーを浴びて身支度を済ませ、天狐の仮面を付けると屋敷牢に向かう。