大切な幽霊
思い
冷たい雨が僕に当たる。僕の目の前には赤い液体しか見えない。そして、僕の手元には冷たく変わり果てた彼女がいた。彼女は僕の目の前で撥ねられた。それは土曜日の夜の出来事であった。僕は彼女に何も出来なかった。助けられなかった。守れなかった。救えなかった。僕は彼女を愛してた。彼女も僕のことを愛してくれていた。だが、もうそんなことはどうでもいい。なぜなら、彼女はもうこの世にはいないから…。
彼女が亡くなった夜が明けた。僕はゆっくりと目を開けた。太陽の日差しがとても眩しかった。世間は普通の日曜日を迎えていた。僕はベッドから降り、階段を降りリビングへと向かった。リビングのドアを開けた。
「麻衣、おはよう」
返事がない。この時改めて思い知った。麻衣は死んだんだと。
麻衣とは3年前に出会った。僕の家の近くにある流星大学の1年で同じセミナーになったのがきっかけだった。
「はーい、静かにして〜。これから名前順に自己紹介してもらいま〜す」
っということで自己紹介が始まった。
「初めまして。騎晒魏守鬼です。人見知りなので話しかけていただけたら嬉しいです。」
「初めまして。時雨麻衣です。元気で明るい性格なのでみんなに私の元気を届けられたらと思っています。私と仲良くしてください。」
これが俺たちの始まりだった。
それから俺たちの関係は良くなる一方だった。大体、2〜3週間ぐらいで僕は麻衣に告白をした。
「麻衣さん、初めて話した時から好きになってしまいました。僕と付き合ってください。お願いします。」
この時、僕は人生で初めて告白した。僕が告白した後、麻衣の返事は早かった。
しかし、最初の言葉が辛かった。
「ごめんなさい。」
僕は…
「やっぱり、こんな僕じゃ頼りなくてダメですよね。」
「待ってください。違うんです。」
「え?」
「私も守鬼くんのこと好きになってしまったんです。だから、私と付き合ってください。」
「え?これ、僕が答えなきゃいけないんですか?」
「はい」
僕はこの時、麻衣はちょっと天然が入ってるということがわかった。
まぁ。麻衣との思い出はこのぐらいにして、もうそろそろ現実に戻りますか。
っということで現実に戻ります。
時は麻衣が死んだ朝。僕はいつものようにコーヒーを飲んでいた。
「いつもと変わらない美味しさだ。変わったのは…」
その時、
ピンポーン ピンポーン
僕は朝早くから誰だろう?って思った。
ピンポーン ピンポーン
「はーい。」
僕は急いで出た。
ガチャ
「お待たせしました〜。」
「宅急便で〜す。」
「はい、ここにサインお願いしますね〜。」
「はい。」
「はい、ありがとうございます。」
「いつもご苦労様です。」
僕は誰からだろうと思いつつ宅配物を見た。その瞬間、色々と込み上げてくるものがあった。送り主は昨日死んだ麻衣からだった。中身を見ると…一枚のDVDと手紙が入っていた。手紙を見ると「このDVDを見れば全てがわかります。」僕はDVDプレイヤーにDVDを見ることにした。テレビの画面に麻衣が映った。いつ麻衣が撮ったのかはわからない。数秒して麻衣が喋りだした。
「しゅー君、ちゃんと起きれた?ってもう5時だから起きてるよね。」
っと笑顔で言っていた。僕は少しクスッと笑ってしまった。麻衣が続けて話し始めた。
「しゅー君がこのDVDを見ている頃には私はもうこの世にはいないと思います。あ、ちなみにこの映像は事前に撮影したものです。」
「当たり前だ!」
っとついつい言ってしまった。麻衣は構わず続けた。
「まぁ大体、付き合って2年目に撮ったかな〜」
「早過ぎだ!」
っとまた言ってしまった。麻衣はさっきとは違う口調で話し始めた。
「私はどんな死に方をしたんだろう。重い病気で死んだのかな?それとも交通事故かな?もしかして誰かに殺されたのかも…。まぁわからないよね〜。」
DVDはここで終わっていた。
僕は思わず
「麻衣…予想…当たってるよ…」
今にも泣き出しそうな声で僕は言った。
「君は交通事故で死んだんだ。」
っと…。
僕はDVDを取り外して散歩をしに外へ出た。毎週日曜日は一人で散歩に出かけているのだ。まぁ、毎日同じルートを歩くだけなのだが、今日に限ってはいつもとは違う別のルートに行く事にした。気分を変える為だと思う。僕は近くにある公園に向かって歩き始めた。いつもは普通の住宅街を見ながら歩くのだが渓谷に来てしまった。ここはこの町ではちょっとした有名なパワースポットで知られている。周りは森林で覆われており、すぐ真横を綺麗な川が流れている。とても綺麗で都会の中にあるとは思えないところだ…。しかし、その反面幽霊が集まる心霊スポットとして噂にもなっている。その為、影では幽霊渓谷とも言われている。まぁ、そんな事は気にせず僕はただ自然に…いや、新鮮な空気に触れる為に黙々と歩いていたんだと思う。僕はただひたすら歩き続けた。
渓谷のちょうど半分ぐらいに来たところで僕は何か違和感を感じた。僕は初めての味わう感覚だったので何が何だかわからなくなった。次の瞬間、後ろから誰かに勢いよく押された感覚がした。僕は川に落ちる瞬間に体を捻って後ろを見た。僕は思わず、
「誰だ!」
っと怒った口調で言った。…誰もいない。姿形さえも見えなかった。僕は一つだけ頭を過ぎった。もしかして幽霊の仕業なのか…と…。
気づいたら僕は川に落ちる前、立っていたところに寝ていた。
「あれ、なんでここに。川に落ちたよな…多分…。」
っと思いつつ立ちあがった。僕は自分の体を爪先から頭の先まで隈無く触った。はたから見たら完全に変人だ。そんな事は置いといて、体を触った結果、濡れていなかった。なぜかはわからない。僕はただぼーっとしていただけなのかっと思いつつ、また歩き始めた。歩いていると橋が見えてきた。道はその橋へと続いていた。その橋は少し濡れていた。僕は昨日の夜に雨が降ったのだろうと思いつつ橋を渡ろうと橋に足を懸けた瞬間、僕は足を滑らした…。
気づいたら目の前には青空が見えていた。
「痛い…普通に痛い…」
っと言っていた。全身痛かったが特に後頭部が痛かった。なんとなく後頭部を触ってみたら…。何か液体みたいな感触がした。後頭部を触っていた手を顔の前に置いた。手は赤く染まっていた。僕はすぐに自分の血だと理解した。僕はこんなとこで死ぬんだと頭を過ぎった。しかし、僕は本当に死ぬんだと思ってしまった。自分の寿命ぐらいわかる。僕はそのまま目を閉じた…。
僕は誰かの声で起こされた。
「しゅー君、しゅー君、」
聞き覚えのある声だ。誰だっけ。忘れてはいけない声な気がする。
「しゅー君、しゅー君、私のこと忘れちゃった?」
いや、忘れてなんかない。忘れてなるもんか。やっと思い出した。僕の大切な人。この世で一番大切な人。
「麻衣だ。」
僕は麻衣だとわかった瞬間、目を開けた。そこには麻衣が心配そうに見ていた。僕の頭に何か感触があり、寝返りをするように麻衣のいる方向に身体ごと向けた。向けた瞬間すぐにわかった。後頭部に柔らかな感触。枕以上の寝心地の良さ。これは男の誰もが憧れる俗に言う膝枕というものだった。
「大丈夫?」
「一応、大丈夫。」
僕は少し身体を動かしどこも痛みがないことを確認した上で麻衣にそう答えた。
麻衣は少し呆れた顔をしながら話し始めた。
「もう、こうゆうとこドジなんだからぁ。」
「ご、ごめん。」
麻衣はホッとした顔で言う。
「でも良かった。しゅー君が無事で。」
僕は麻衣の話を聞きながらずっと思っていた事を麻衣に聞いた。
「ねぇ、ここはどこなの?」
あたり一面真っ白な世界。何のない世界。しかし、少しぼやけて見える。っというか歪んでいるの方が正しいのかもしれない。
「ここ?私にもよくわからないの。」
「わからない⁉わからなくないだろう。」
僕は麻衣がわからないと答えた事に驚いて少し強く言ってしまった。
「わからないものはわからないの!」
麻衣は僕が強く言ってきた事に驚いて麻衣も強く言ってしまった。
「わかったよ。」
さすがに麻衣に強く言われたら心が折れる。
「まぁ、恣意て言えば生と死の間じゃないかな?」
今の言葉で完全にわからなくなった。ここがどこなのか?僕は生きてるのか…死んだのか…。まぁ、考えてもしょうがない。
「生と死の間か…。って事は…僕は死んだの?怪我とかの問題じゃないじゃん!」
僕は少し笑いながら麻衣に言った。
「まぁ、今焦ってもしょうがないし。取り敢えず麻衣に会えたからいいとするか」
僕は麻衣を見ながら言った。
「ってか、なんで麻衣がいるの?」
僕はやっとその事に気づいた。
「しゅー君、気づくの遅いよ。」
麻衣は呆れたような、もうそのくだりは見飽きたというような微笑ましい笑みを醸し出しながら言った。
「ごめん…忘れてた…。」
僕はちょっと落ち込んだ口調で言った。
「はい、落ち込まない!ね、元気出して。はい、笑顔!」
麻衣は僕の両頬を抓って笑顔を作ろうとしたんだと思う。しかし力加減を間違えたらしく僕は
「痛い!めっちゃ痛い!痛いって!麻衣痛い!」
僕は心の中であまりにも間違え過ぎだろっと思ってしまった。
「ごめんね。」
麻衣は慌てて僕の両頬から手を離した。
「ったく、麻衣は本当に天然なのか馬鹿なのかどっちかわかんないよ。」
僕は笑いながら麻衣に言った。
そしたら麻衣は
「笑った。」
そう言葉を溢した。
「え?」
僕にはわからなかった。
「やっと笑ってくれた。だって、しゅー君ったらここに来てから一度も笑ってくれないんだもん。」
麻衣は笑顔で嬉しそうに言った。
僕はここに来てからの事を思い返していた。ここに来てからなんだかんだ言ってずっと焦っていた。でも…僕が意識を取り戻した時、麻衣がいた。目の前に麻衣がいた。とても嬉しかった。だって…だって…もう一生会えないとわかっていたから。
「しゅー君、しゅー君」
麻衣は心配そうな声で言った。
「ん?なに?」
僕は少し反応が遅れて返事をした。
「なに?っじゃないよ!何度呼んでも返事してくれないんだもん!心配するじゃんか…」
麻衣は少し涙目になっていた。
「あぁ、少しボーッとしてただけ。大丈夫!大丈夫だからね。」
っと麻衣を見た時、麻衣は薄くなっていた。麻衣の足が…腕が…手が…顔が…段々と薄れていく。
「ま…麻衣…」
麻衣はいかにもわかっていたかのように涙を一粒流してから僕を見て微笑んだ。
一言も話さずただずっと僕から視線を外さずに微笑んでいた。
僕は自然と涙が溢れていた。もうこれで麻衣には一生会えない…。会うことは許されない。ここで僕が思っている全てを麻衣にぶつけよう。言うなら今しかない!
「麻衣!僕は君と出会えて良かった。本当に良かった。僕は君のお陰で変われた。」
麻衣の身体は見る見るうちに薄れていく。
「変われたんだよ。麻衣あの時、君と僕が初めて出会った時、僕は人見知りで誰とも話さず大学を卒業すると思っていた。でも、麻衣と話をしていくうちに楽しくて段々麻衣の事を好きになって勇気を出して人生最初で最後の告白を麻衣にした。そして、麻衣はこんな僕を受け入れてくれた。」
麻衣の身体はもう腰から下の下半身は消えていた。
「嬉しかった。すごく嬉しかった。だから、僕は麻衣のこと絶対に忘れない。そしてこの先、僕は誰とも付き合わない!だって…僕には麻衣と言う自分の命よりも大切な人がいるから。」
そこまで言い切った時には麻衣の身体はもう首から下は完全に消えていた。
麻衣は一度も口を開かずただずっと僕の思いを聞いててくれた。
「ありがとう…」
っと小さくかすれた声で麻衣は言った。
そして麻衣は…
最後まで微笑みながら僕の眼の前から静かに消えていった。
消える直前、麻衣は一滴の涙を溢していた。
気づくと目の前には青空が見えていた。
河岸に横たわり頭には木の丸太が枕のように置いてあった。雲がゆっくりと流れている。僕はゆっくりと流れている雲をずっと眺めていた。僕は何時間そこに横たわっていたのだろう。
僕は自分の身体が動くことを確認して起き上がり周りを見渡した。
「ここは…」
近くに橋を見つけた。
「あの橋…あ!俺落ちた!あの橋から落ちた!」
僕は橋を見た瞬間に思い出した。
僕は歩きながら頭の中を整理していた。
「足滑らせて橋から落ちて…あ、頭打って血出して…そうだ!」
僕はやっと全てを思い出した。
「麻衣に会ったんだ…」
夕暮れになり僕は家に帰ることにした。さすがに少し肌寒くなって両手をポケットの中に入れた。右手に何か触れた感触はした。僕は近くの公園に行きベンチに座った。それからさっき手に触れたものをポケットの中から取り出した。それは一枚の紙だった。綺麗に四つ折りになっていた。僕はその手紙を広げた。
「私はしゅー君に出会えてよかった。私の人生はあなたのお陰で幸せでした。大好き。愛してる。麻衣より」
読み終わり気づいたら涙を流していた。静かに泣き喚かずに…。夕日を浴びながら僕はずっと静かに泣き続けた…。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回初めて投稿させていただきました。
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