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Spell:9











 女帝が一段高くなった玉座につくと、音楽は再び舞踏曲に戻った。新しいゆったりした曲を聞き、ハインがメルに手を差し出す。


「お嬢様、一曲お付き合いいただけますか?」


 メルは当然、にっこり笑ってその手を取る。


「ええ。もちろん」


 ……駄目だ。こっちの空気が桃色だ。あっちもこっちもラブコメだ。そう言えば、両親は帰ってこないのだが、まさか母は本当に身ごもっていたのだろうか。


 軽やかな足取りで歩き出したハインとメルだが、メルは途中でドレスの裾をふんでこけかけた。メルはあまり運動神経が良くないのだ。近眼なのも影響しているかもしれない。眼鏡がないと、フレンとヒルデの見分けがつかないらしい。重症である。

 だが、ダンスフロアに出てしまえば、そこはメルも貴族の娘。よどみなくステップを踏む。ハインもリードがうまいので、こけると言うことはない。万が一こけかけてもハインが支えるだろう。


「……俺たちも一曲くらい踊るか」


 曲が終わりに近づいたころ、ヒルデが言った。手に持ったままだったレモン水を飲んでいたフレンは少し考えて「そうだね」とうなずいた。何もせずいつまでも突っ立っているよりは、一曲くらい踊った方が良いだろうか、と考えたのだ。

 フレンがヒルデの差し出した手を取る。曲が切り替わり、立ち去る男女の代わりのようにフレンたちはダンスフロアに足を踏み入れた。ちなみに、ハインとメルはもう一曲踊る様子。

 ゆったりとしたワルツだ。フレンも運動神経は悪くないので危なげなくステップを踏む。


「おい、お前、もう少しリードに任せろ」


 と、自分でステップを踏んでいたら苦情を言われた。どちらか一方がリードするならともかく、現在、フレンとヒルデは独自にステップを踏んでいるため、ヒルデ的に踊りにくいのだろう。

「これは失礼」

 フレンはそう言って少し体から力を抜いた。ハインもだが、ヒルデもダンスを叩き込まれた貴族子息なので、身を任せていても問題はない。


 ないのだが。


「ふむ。やはり他人に身をゆだねるのは好きじゃない」

「決定的にダンスに向いてないな」

 運動神経うんぬん以前の話である。別にフレンは人嫌いなわけではないが、自分の動きを他人に任せると言うのが不安になる性分なのだ。これで相手がヒルデでなかったら動きがもっと不自然になっていた。

 そんなことを考えながらも華麗にターンを決めるフレンである。実はこの二人、結構目立っていた。フレンもヒルデも長身なので、いやおうなしに目立つのである。

「……なあ、フレン」

「何」

 声をかけられたので返事をしたのだが、ヒルデはなかなか口を開かなかった。そして、開いたかと思うとこんなことを言った。

「今度、博物館に一緒に行かないか」

「行く。……けど、珍しいね。仕事がない日はいつも鍛錬とかしてるのに」

 思わず即答してしまったが、互いの休日情報が筒抜けになっているくらいには二人の付き合いも長い。ヒルデが博物館や美術館などにそれほど関心を抱かないタイプであることをフレンも知っていた。


「いや……前にお前が見たいと言っていた魔導書が公開されるらしくてな。それには俺も多少の興味がある」


 魔法純理論を専門とするフレンだ。古い魔導書に興味を持つのは当然のことであると言わせていただく。

 ヒルデも……彼の卒業論文は何だっただろうか。読んだはずだ。魔法文字学だっただろうか。なるほど、納得だ。

「そうか……まあ、連れて行ってくれるなら私は文句はないけど」

 とフレンはけろりとして言った。一人でまで行こうとは思わないし、誘ってついてきてくれるような友人もいない。いや、友人はいるが、フレンの変人ぶりにどん引きされるだけだ。

 変人と言う意味ならメルが一緒に行ってくれるかもしれないが、そうするともれなくハインが一緒についてくる。そうなると、目の前でメルとハインがいちゃつくのを見ながら博物館めぐりをすることになる。『お前ら爆発しろ』な状況になるのは目に見えていた。


 予定のすり合わせをしていると、ちょうど曲が途切れた。そこに声がかけられる。


「一曲お付き合い願えませんか、フロイライン」


 典型的な誘い文句を、気障に、そして甘い口調で言うのは。

「父上、母上は?」

 我が父上だった。ベリエスは自分とよく似た娘の顔を見上げて・・・・ニコリと笑う。

「奥の部屋で休ませてもらっているよ。ああ、ほら。次の曲が始まる。ヒルデ。ちょっと娘を借りるね」

「ええ。ベリエス様の願いとあらば」

 こちらも貴族らしい文句で答えたヒルデであるが。

「表情筋もっと使いなよ」

 とフレンがつっこんでしまうくらいの無表情だった。だが、「お前も人のことは言えんだろう」と突っ込み返されてしまった。

「まあ、二人ともあまり感情が表に出ないからね」

 そう言ってベリエスが笑うが、一番感情が読めないのは彼だと思う。常に笑っていて、その奥底が見えない。ポーカーフェイスと言うやつだ。女帝ヴァルブルガも恐ろしいが、フレンにとっては父が一番恐ろしい。


 だが、現実的な問題として、今現在、父の視線はフレンより下にあった。もともと、フレンとベリエスは身長がさほど変わらない。そこにフレンがハイヒールを履いているために、ベリエスの身長を越えてしまったのだ。これは、フレンの相手であるヒルデの身長が高いからできることである。

 さすがに体格はかなり違うが、身長も含めてフレンとベリエスはかなり似ていると言わざるを得なかった。


 次の曲が始まり、ベリエスがフレンの手を取った。ヒルデはそのまま壁際に移動しようとしたところを、女帝につかまっている。まあ、ガンバレ。

 さすがに父もダンスのリードは手慣れている。筋力があるので、下手したら若いヒルデより安定感があるかもしれない。一つ残念なのは。

「父上……せめてあと五センチ身長が欲しかったね」

「フレン、激しく余計なお世話だよ」

 にっこりとすごんで見せるベリエスだが、わざとやっているのがわかるのでそれほど怖くなかった。


 あと五センチ……いや、三センチでもよい。それだけあれば、もう少し違和感がなかっただろう。父も底上げブーツを履いているようだが、それでもフレンの身長のサバ読みの方が大きかったと言うことだ。

「それは失礼した。それで、母上は?」

 先ほど応えてもらえなかったので再度尋ねると、本当に検査を受けたらしい。その結果。

「君たちに妹か弟ができるよ」

 笑顔で嬉しそうにそう言った父に、フレンはわずかに眉をひそめた。

「本当に仲がいいね、父上と母上は」

 爆発しろ、と心の中だけで叫んだ。

「っていうかもう、私やハインの子供と言っても不思議じゃないくらいの年の差じゃん」

「ははは。そうだね。私もカティもびっくりだよ。ちなみに、今四か月だそうだよ」

「むしろ、それまでなんで母上は気づかなかったの?」

 やや天然が入っている母だが、ここまでとは。しかし、気づかない、ということは全くないわけではないので、見ただけで気づいたメルに驚愕すべきなのかもしれない。ちなみに、彼女とハインは周囲の視線を気にせず三曲目に突入している。

「まあ、カティはちょっと抜けてるところがあるから」

 そう言ってベリエスも苦笑している。パッと見しっかり者に見えるカティだが、実は童顔で若作りのベリエスの方がしっかり者であった。


「それで、私のかわいいお姫様。ヒルデに何もされてない?」

「?」


 ベリエスの質問の意味が分からず、フレンは首をかしげたがすぐに言った。

「されるわけないでしょ。でも、博物館に一緒に行こうって誘われた」

「ほう。デートだね」

「ハインたちじゃないんだから、それはない」

「即答だねぇ」

 そう言ってベリエスはくすくすと笑った。フレンと似た顔立ちであるが、浮かべる表情で結構印象が違うものだ。


 父が相手なら、多少乱暴に踊っても力強く立て直してくれるので安定感がある。ヒルデに『人に身をゆだねるのは好きではない』と言ったが、ベリエスなら安心して任せられる。何かあっても支えてくれる、と言う信頼があるのだ。ヒルデもいい線まで来ているが、もう少し何かが足りない。何、と言われても困るが。

 曲が終わると、ヒルデを連行して行った女帝ヴァルブルガが近づいてきた。彼女はベリエスとフレンに微笑みかける。

「こんばんは。フレンはお久しぶりね」

「こんばんは、ヴァル」

「お久しぶりにございます、陛下。お誕生日おめでとうございます」

 気さくに片手をあげてあいさつしたベリエスに対し、フレンはスカートをつまみ、最上級の礼をする。性格はともかく、貴族令嬢としてのマナーをばっちり身に着けているフレンの挨拶を受けたヴァルブルガは「もう祝われてうれしい年ではないけど」と笑った。というか、視界の隅で彼女の夫が若干泣きそうなのが気になるのだが。


「あ、そうそうこれ返品。借りちゃってごめんなさいね」


 そう言ってヴァルブルガは笑顔でヒルデを示した。フレンが「いくらでも借りて行ってください」と言うと、ヒルデに睨まれた。

「相変わらずのようね。それで、まだラブラブのはずのあんたは、どうして娘連れてるのよ。並んでるとあまり似てないわね」

 ヴァルブルガは思ったことをずばずばと言ってくれる。いや、別にかまわないのだが。実際に、並んで比べてみるとフレンとベリエスは言うほど似ていないことがわかるし。まあ、性別の差があるから当たり前だけど。

「カティはちょっと体調不良でね。四か月だそうだ」

 ベリエスが報告すると、ヴァルブルガは呆れた表情になった。

「あなたたち……本当に仲がいいのね」

 ヴァルブルガも心の中で『爆発しろ』くらい思っているのかもしれないが、女帝夫妻もそうとのおしどり夫婦として有名であると言っておく。まあ、完全にヴァルブルガが夫を尻に敷いているが。


 さて。その夫……つまり、王婿だが。


「叔母上……あっちでローラント様が不憫な表情になっていますが」

 ついにヒルデがツッコミを入れた。基本的にあえて空気を読まない父ベリエスですら何も言わなかったのに。その場の全員の視線がローラントの方に向いた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


どうでもよい設定ですが、フレンは身長172㎝、ベリエスは身長175㎝。

ついでにフレンは8㎝の底上げをしております。


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