Spell:6
十月になると、女帝の生誕祭だ。マルシャル帝国の皇帝は二十年ほど前にクーデターにより暗君であった父親から帝位を簒奪した女傑、ヴァルブルガ女帝である。もちろん、ティアの婚約者であるマックスの母親だ。フレンたちの両親がクーデターを手伝ったとかで、フレンも幼いころから女帝とは交流があった。
いつのころからかわからないが、皇帝の誕生日は盛大に祝われることになっている。つまり、皇帝が変わるごとにパーティーが開かれる日は違うと言うことで、ヴァルブルガ女帝は十月生まれと言うことだ。
生誕祭のパーティーには、魔法学園からも出席者が出る。と言うか、第四学年以上の生徒のほとんどが出席するだろう。十五歳で社交界デビューを迎える貴族や富裕層の子はもちろん、マルシャル帝国国立魔法学園に入学すると言うことは、将来が約束されたも同然だ。つまり、将来、社交界に出ることもあるわけで、その時に困らないように予行練習のように第四学年以上がパーティーに参加するのだ。学生の間なら、多少の失敗も笑って済ませることができるから。
そんなわけで、女帝の生誕祭がおこなわれる前後二日は、授業は休校となる。家側で参加する生徒たちは一度家に帰り、学校側主導で参加する生徒は学校で立ち振る舞いなどのマナーを叩き込まれる。
フレンも、双子のハイン、妹のティアと共に帝都のヴァルトエック公爵邸に戻ってきていた。
「ついにティアも社交界デビューね。フレンはあまり着飾らせてくれないから、楽しみだわ」
「私が着飾ったところで似合わないだろ」
今年社交界デビューとなるティアにあれこれとドレスをあてがっているのは母のカトラインだ。愛称はカティである。栗毛に青い瞳の美女で、三十代半ばであるがそうは見えないほど若々しい。ティアは母カティに似ているので、ふんわりしたドレスが良く似合うだろう。
「そんなことないのに。あなたのその思い込みはどこから来てるのかしらねー」
嬉々としてカティはティアのドレスを見つくろっているが、着せ替え人形になっているティアは顔が死んでいる。そろそろ助け舟を出したほうがいいだろうか。
「……母上」
「ん? なぁに?」
「私は、二つ前のライラックのドレスが一番ティアに似合っていたと思う」
「やっぱり!?」
フレンの意見に、カティは嬉しそうに振り返った。時々、母は自分より精神年齢が低いのではないかと思うフレンであるが、彼女はとんでもない才女であり、天才ゆえに変人なのだ、と思うことにしている。少なくとも思考回路はいまいち理解できない。
「私もそう思ってたのよね~!」
でも、全部着てみないとどれが一番かわからないでしょ、とカティ。確かにそうだが、それを実行しようとするカティの思考回路はやっぱりよくわからない。
「じゃあ、ドレスはこれにしましょうか。あとは髪飾りとアクセサリーと……」
カティがぶつぶつと必要なものをリストアップしている間に、解放されたティアがフレンに近づいてきた。
「お姉様……ありがと。助かった」
「いや。母上は熱中すると周囲が眼に入らなくなるからな」
母親じゃなかったら殴って止めている。
「フレン。あなたのドレスも選びましょうか」
なんと。フレンにまで飛び火してしまった。ぐったりしているティアは「選んでもらえば?」などと言っている。
「……いや。私はいいよ、母上」
「遠慮せずに。ヒルデをあっと言わせてみましょうよ」
「隣に並んで不自然でなければなんでもいい」
フレンはため息をついて、足を組んで座ったソファから梃子でも動かないつもりであった。
「それに、時間もないんだから社交界デビューのティアだけでもしっかりしていればそれでいいだろう」
時間が少ないのは事実だ。明日にはもうパーティーである。ちなみに、初めから出席しないと言う選択肢はない。女帝にはフレンも世話になっているし、ティアに至っては女帝の息子の婚約者だ。
ちなみに、皇太子であるマックスはまだ十四歳であるが、特例として社交界に顔を出している。皇族、しかも後継者となると大変だ。
「そう言えばフレン。ヒルデからプレゼントが届いていたのだったわ。装飾品だと言っていたから、それを見てあなたのドレスを決めようと思っていたの」
思い出したようにカティが言った。フレンの婚約者はまめというか、律儀なので定期的に贈り物を渡してくる。フレン的にはそんな生真面目な、と思うところもあるが、贈り物をされるのは悪い気分ではないので黙っている。
「開けてないのか」
「開けないわよ。あなた宛てなのよ」
カティに常識的なツッコミをされ、フレンは「そうだね」とうなずいた。カティが使用人に指示し、預かっていたらしいプレゼントを持ってこさせた。
それほど大きくない箱だ。きれいに包装されている。フレンの婚約者は、フレンのことを彼女以上に理解しているので、彼女にそぐわないようなものは贈らないと思うのだが、どうだろう。
カティとティアが興味津々で覗き込んでくる中、フレンは何の緊張感もなくプレゼントの箱を開けた。その形状から何となくわかっていたが、プレゼントの装飾品とはネックレスだった。
「わお。さすがヒルデ様。センスいい! お姉様に似合いそう」
ティアが感嘆の声をあげた。大きな琥珀をはめ込んだネックレスだった。鎖が銀で、瀟洒なデザインであるが派手ではない。相変わらずフレンのことをよく理解してくれているようだ。
「これなら癖もないし、わりとどんなドレスでも合わせやすいわね。さすがにわかってるわ~」
と、カティもべた褒めだ。フレンの反応としては恥ずかしがるとかではなく、「センスはいいね」と答えることだった。
△
生誕祭当日は忙しい。街ではお祭り騒ぎだし、夜は夜で宮殿でのパーティーに貴族たちが集まってくる。この時期の帝都は華々しいのだ。
フレンとしては街の祭りにでも参加していた方が楽しい気もするのだが、あいにくとまだ日が高いうちから夜のパーティーの準備をしていた。今回はティアの社交界デビューも兼ねているので、余計に支度に時間がかかっている。いや、ティアだけなら仕方がないだろう、ですむが、何故かフレンも巻き込まれている。社交界デビューする娘の姉が野暮な格好をしていると馬鹿にされるからだそうだ。ティアの為、と言われると断れないフレンである。こういうとき。
「男に生まれていればよかったと思う」
「それ、ただのお兄様、もしくはお父様だよ」
「性格が違うだろ」
使用人に髪を複雑な形に結われながらティアが言った。フレンもドレスを着終えてあとは化粧と髪だけだ。装飾品は最後に付ける。
フレンとハインの双子は明らかに父親似だ。全員無表情で立っていれば三つ子かと思うくらい似ている。だが、見分けは結構つくようだ。全員瞳の色が違うのもあるが、どちらかと言うとより父に似ているのはフレンの方で、彼女には表情が無い。父とハインは性格も似ているが、顔立ちが何となく違うのだ。慣れてくれば見分けられる。
「そうよね。あなたのその性格、どこから来たのかしら」
「ばあ様だろ」
同じくこの部屋で身支度をしているカティに言われ、それにもフレンはあっさりと答える。父方の祖母はさばさばした女性なのである。もちろん存命だ。
「まあ、クールなベリエスを見てるみたいでちょっとドキッとするけど」
「母上、娘に向かって何言ってんの」
自分も常識はずれな自覚はあるが、時々母の発言が怖いフレンであった。
「お母様。クールなお父様なんてお父様じゃないよ。ちょっとおちゃめなあの性格がいいのよ」
「それもそうね!」
……これで会話が成り立つティアとカティのコンビもちょっと謎。というか、十五歳の娘と同じテンションで騒げる三十代後半はいったいどうすればいいのだろう。とりあえず、見なかったことにする。
ティアはライラックのふわりと裾が大きく広がるドレスを身に着け、髪飾りは白い生花で決めている。大人っぽく結い上げられた髪がティアに良く似合っていた。彼女も背が高い方で、足元はヒールの低い靴であるが。
「いかがですか? 我らの最高傑作です」
ニコッと侍女の一人が言った。ティアが全身鏡の前でくるりと一回転する。
「……いいわ」
「気に入っていただけたのなら何よりです。最後にお化粧をしましょう。フレン様。ボーっとしてないであなたもですよ」
「……わかったよ」
名指しで指摘され、フレンは化粧台の鏡の前に座った。ティアと入れ替わるように化粧をしてもらった。髪も結ってもらったが、ティアより全体的に大人っぽくなった。いわく、「フレン様はクールですので大人びて見えるんです」とのことだった。と言うか、いつも思うのだが。
「父上が女装したみたいになってない?」
「大丈夫。その落ち着きようがすでにお父様じゃないから」
とティアに言われた。侍女たちに最高傑作と言わしめたティアは、今日は最高にかわいらしかった。
最後にアクセサリー類をつけられると、これが結構重い。今日は髪飾りがあまりついていないのでまだましだが、髪を結い上げて髪飾りを大量に身に着けた時など、いつも首が折れるかと思う。
フレンの首元を飾っているのは婚約者から贈られた琥珀のネックレスだ。それに合わせてドレスもほかの装飾品も選ばれている。ネックレスを目立たせるため、と言うことでまさかのビスチェタイプである。しかもマーメイドラインで結構……かなり扇情的と言える。まあ、二の腕までの手袋にショールも羽織るから隠れるけど。ちなみに、ドレスの色は藍色である。
ティアは長袖タイプのドレスなのに。いや、母もオフショルダーだけど。母は赤色のドレスを着ている。これがまたよく似合っているのだ。たぶん、父が赤い瞳をしているから赤のドレスなのだと思うのだが。
そう思ったところで気が付いた。そう言えば、フレンの婚約者は琥珀色の瞳をしていた。これは自分の瞳の色を贈ってきた、と言うことだろうか。
「……」
まあいいか。フレンは考えることを放棄し、母や妹に続いて支度部屋を出た。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
カティはフレンたちの母親です。そして、出てこないフレン婚約者と父上。次回には登場する予定です。