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Spell:5









 今日のティアは、フレンの部屋にまで押しかけてきた。夜に部屋のドアをどんどんとたたかれ、近所迷惑になると思ったフレンは即座にドアを開けた。


「お姉様ぁぁああっ」

「どうした」


 とりあえず半泣きの彼女を部屋に招き入れる。最終学年になると、一人部屋がもらえる。第四・第五学年は二人部屋、第一から第三学年は四人部屋になる。これは、貴族だろうが皇族だろうが変わらないので、皇太子マクシミリアンも四人部屋のはずだ。まあ、彼ならうまくやっているだろう。


 ちなみに、フレンが二人部屋の時はメルが同室だった。逆に言うと、この二人でないとほかの女子生徒の精神が持たなかったともいう。


 さらにさかのぼれば、入学時点からメルはフレンの同室者だった。四人部屋時代、部屋の中でメルと二人鳥の解剖をしてほか二人の顰蹙を買ったのはいい思い出だ。以降、フレンとメルは二人で一部屋だったので、彼女らは事実上、五年間二人部屋だったと言うことになる。

 ちなみに、今の隣の部屋もメルだ。なので、両隣りのうち片方は現在主不在だろう。メルは今も研究室にいると思う。

 とりあえずたまたま置いてあった牛乳を温めてはちみつを入れてホットミルクを作る。それをティアに差し出した。ついでに自分も飲む。


「どうしたんだ。今日、魔法の衝撃波でお前を倒してしまったことなら謝るが」

「そうじゃないのよ!」


 ティアはそう叫んで両手で顔を覆った。進級してからどうにも彼女は情緒不安定である。

「なんだ。また前世がどうのとか言い出すのか」

 最近のティアの相談事はこればかりだ。信じていない、とフレンは明言しているのだが、話を聞いてくれるからかティアはフレンの元に相談しに来るのである。

「そうだけど、そうじゃないの!」

「意味が分からん」

 フレンはそう言いながらティアの背中をさすってやる。ベッドに腰掛けたティアは、だんだん落ち着いてきたようだ。

「……お姉様、ありがと。お姉様ってかっこいいよね」

「意味が分からん」

 同じ言葉を繰り返した。

「あのね。今日の魔法実技の騒ぎなんだけど」

「ああ」

「あれ、ローゼマリーが魔法を暴発させたのよ」

「ほう」

 ティア曰く、ローゼマリーの潜在能力は高く、魔法をコントロールしきれていないらしい。以前通っていた魔法学校では対応しきれず、この魔法学園に転入させられたらしい。確かに、この学園の魔法教育は最高水準だ。


「それで、お姉様が魔法を消滅させてくれたあと、彼女、謝ってくれたんだけど」

「ちゃんと常識のある子じゃないか」

「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて……あ、ちなみにこれ、乙女ゲームのイベントの一つなのよね……」

「その情報はいらん」


 イベントと言うのは、ヒロインが恋愛対象の男性とくっつくために起こる出来事のことを指すらしい。これもティアから聞いた。どうでもよいと思っているのに、結構覚えているものだ。

「でね、その時にマックスがローゼマリーをフォローしたんだけど」

「まあ、一応フェミニストの彼ならやるだろうね」

 マックスと言うのはマクシミリアンの愛称だ。以降はマックスと表記する。ちなみに、ティアは彼を愛称で呼ぶ。フレンやハインは普通に『殿下』と呼ぶ。いや、ティアも昔は殿下、と呼んでいたのだが、いつだったかマックスが愛称で呼べ、と命じたのだ。ティアは断ったが、そうしたら言葉攻めにあったらしい。相手が皇太子でなかったら殴っている。


「その時……ローゼマリーに嫉妬した……」

「それは感情的に仕方がないんじゃないか?」


 正直フレンにはよくわからないが、それはティアがマックスのことを好きであるなら、多少の嫉妬は仕方がないのではないだろうか。フレンはそう思う。


「マックスの笑顔が! 自分以外の人に向けられるのが嫌だったの!」

「いや……まあ、うん。そうか」


 とりあえず相槌を打つフレンであるが、心の中では『たぶんあの腹黒皇太子、自分のティアを危ない目に遭わせやがって』くらいは思ってるな、と考えていた。

「こんなんじゃ、本当に悪役令嬢だよ~!」

「まだそうと決まったわけではないだろ。それに、殿下はお前のことが好きだろうし」

 マックスはティアに対して激甘だ。ハインもメルに激甘だが、ティアたちも見ていると胸焼けしてくる。


「好きな相手に自分だけ見てほしいと思うのは不自然なことじゃないだろう」


 そう言ってみるが、自分にはそう言った経験はないのでよくわからない。ティアがバッとフレンを見上げた。


「じゃあじゃあ! お姉様はヒルデ様がほかの女の人に笑いかけただけで嫉妬する!?」

「いや、しない。どん引きする」

「なんでよ! 婚約者じゃん!」


 調子が出てきたのかティアからのツッコミが入る。そのままの調子でフレンは、いつも通りの平坦な声音で言った。

「まずあいつが笑っているところが想像できない。笑ったら私は引くだろう。そもそも、私は彼を愛しているわけではないからな。前提条件が違うんだよ」

「え? でも好きなんでしょ」

「どちらかと言えばね。付き合いやすい友人だと思っている」

「……お姉様。私、今、ものすごくヒルデ様に同情してる」

「最近よく言われるんだけど、どういうこと?」

 逆に尋ねると、ティアは「何でもないわ」とあいまいに笑った。メルやハインにも言われるのだが、フレンにはいまいちピンとこない。


「とにかく! 私は自分の中の醜さに愕然としているの……!」


 空になったティアのマグカップにミルクを足してやりながらフレンは言った。

「今のこと、そのまま殿下に伝えてみな。きっと狂喜乱舞するから」

「私は狂喜乱舞するマックスを想像できない」

「奇遇だな。私もだ」

 あの皇太子は、ティアに好意を告げられても大人びた笑みを浮かべて「僕もだよ」と言うに違いない。


「そもそもだな、ティア。お前のそれはいわゆる恋煩いだろう。相談相手を間違ってるぞ。私は初恋すらまだだからな」

「自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「妹相手に恥ずかしがってどうする」


 これが別の相手だったら……そう、例えば話に上がっていたフレンの婚約者にするのであれば、多少は恥ずかしかったかもしれない。フレンだってそれなりの羞恥心は持ち合わせているということだ。

「でも、お姉さま以外にこんな話できる相手いないもん」

「お前、友達はどうした。アティカとか」

 フレンもティアの友人何人かとは面識がある。一つ学年は下になるが、皇太子と年齢が近い世代なので、主に皇太子関連で知っていると言ってもいいだろう。

「だって……アティカは『あー、はいはい。おのろけね』って言って聞いてくれないのよ」

「……私も今度からそうしようかな」

「やめてー!!」

 ティアが吠えたが、フレンには彼女の親友であるアティカの判断は間違っていないように思う。思わず聞いてしまったが、ティアの悩みはほぼのろけであると言っていいだろう。なぜなら、彼女の相談事は前提としてティアがマックスのことを好きである、と言うところから成り立っているのだ。


「もういいから、部屋に戻って寝ろよ」


 何となく面倒くさくなってきたフレンはそう言ったが、ティアはむくれて「お姉様のところに泊まる!」と言いだした。


「ここ、一人部屋だからベッド一つなんだけど」


 二人部屋の時から、ティアは時々フレンの部屋に泊まっていた。二人部屋の時も、同室者はメルだったので特に問題はなかった。むしろ、彼女が帰ってこないので勝手にベッドを使っていたこともあるくらいだ。

 だが、ここは一人部屋。ベッドは当然一つしかない。

「一緒に寝る!」

「言うと思った」

 説得も面倒になり、フレンはとりあえずティアと一緒に寝ることにした。ここは女子寮だ。女子寮内をティアはネグリジェの上にガウンを羽織ってやってきていた。女子寮だからできることである。

 並んでベッドに横たわり、ランプの灯を消して、フレンは言った。


「お前はいつまでたっても甘えただな……」


 甘やかす自分も悪いことは、フレンにもわかっている。
















 翌日、目を覚ますとフレンはベッドから落ちていた。いや、落ちた衝撃で目を覚ました記憶はある。ベッドに這い上がらずに床で寝ていたということだ。

 フレンはとりあえず身を起こしてベッドの上を見た。ティアが両手両足を広げてベッドを占領している。フレンの妹は寝相が悪かった。夜中に、フレンはティアに蹴落とされたのである。


 這い上がってもまた蹴落とされるのは目に見えていたので、フレンはとりあえずシーツだけかぶり床で寝ていた。気持ちはわかるがどこまでも残念な女である。ちなみに、寝間着も残念で、ティアがかわいらしいネグリジェなのに対し、フレンはシャツにスラックスだ。

「おい、ティア。そろそろ起きろ」

「ん~っ」

「いい加減にしろ」

「あたっ!?」

 起きる気配がないので頬をパシッとたたくと、ティアはさすがに目を開けた。とろんとした目でフレンを見る。

「……あ、お姉様?」

「お前今、姉と兄を見間違えただろ」

 一瞬間があったのは、ティアがフレンとハインの見分けがつかなかったからだ。ティアは「あはは」と笑う。

「だって、そっくりじゃない。お姉様がひらひらの可愛いネグリジェとか着てたら見分けつくけど」

「寝起きで見分けがつかなかったんだろう。私がひらひらのネグリジェなんて着ても似合わないしな」

 ぐっと伸びをしてフレンは言った。着替えようとシャツを脱ぎだす。その背中を見ながら、ティアは言った。

「そうねー。お姉様はセクシー路線の方が似合いそう」

「馬鹿なこと言ってないで、お前も部屋に戻って着替えてこい」

「うん……ねえ、今の状態でドア開けていいの?」

 残念な公爵令嬢フレンは、今まさにスラックスも脱いで制服を身に着けようとしているところだった。

「別にいい。どうせ女子寮だし」

「……お姉様の中に、羞恥心って言葉はある?」

 妹にかなり本気で心配されてしまった。どうせ見られるとしても女だけだから、フレン的には構わなかったのだが。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


いろいろと残念な女、フレンです。


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