Spell:4
最終学年ともなると、授業もかなり専門的だ。自分が専門に行いたい授業を選んで受講することになる。
まあ、それはともかく、専門的であるがゆえに、授業数は少ない。そもそも、最終学年は社会に出るための準備期間ともいえる。園外に動員されることが多くなるし、魔法学園を卒業するには卒業論文を提出しなければならない。そのため、その作業に取り掛かる生徒が多い。
「とまあ、私たちも卒論を提出するわけだけど、私、卒論を含めて計三本も出さないといけないんだけど、書けると思う?」
食堂で眼鏡の才媛メルにそんなことを言われたが、フレンにそんなことがわかるわけがない。
「メルの能力的には終わると思うわよ。ちなみに、私も卒論含めて三本の論文を出す予定だけど、一本は書き終わったわよ」
後は推敲を行い、資料を添付すればよい。
「はやっ。相変わらずテキパキしてるね」
「メルの段取りが悪いの」
そう言ってフレンは温かいスープを飲みほした。メルは頭はいいのだが、興味があちこちに向くために集中力が続かないのだ。いや、集中力はものすごいものなのだが、一度気がそれるとそれが解明するまで離れられないと言えばいいのだろうか。
研究室を与えられている生徒は、一年に一本以上の論文を提出する義務がある。そして、研究室を与えられるのはたいてい最終学年の生徒だから、卒業論文とかぶってくる。なので、二本以上の論文を提出する、という過酷な事態になる。
しかし、フレンのように段取りよくやれば割と余裕で終わったりするのだ。フレンもきっちりした性格であるわけではないが、優先順位を決めて臨機応変に対応する能力が優れていると言えばいいのだろうか。まあそれはさておきだ。
「フレン、次の授業ないでしょ」
「……まあ、そうね」
メルの断定口調に少し思うところがないわけではないが、午後一の授業は確かに入っていないので、フレンはうなずく。
「じゃあさ、ちょっと見てほしい論文があるんだけど、いい?」
うなずくことを前提として提案しているメルはあざとくも小首をかしげている。そして、フレンはやはり断らないのだ。
「まあいいわよ」
「やったぁ! フレン、愛してる!」
「そう言うことはハインに言いなさい」
喜色満面で喜ぶメルに、フレンは冷静にツッコミを入れた。ハインはそこまで度量の狭い男ではないが、ちょっと遠慮してしまう。顔が似ているからだろうか。
「いつも言ってるよ」
「……そうだったわね」
メルにニコリと笑ってそんなことを言われ、フレンは思わず脱力した。
△
メルも研究室を与えられている生徒の一人だ。彼女の頭脳は本物である、とフレンも思っている。だが、この部屋はひどい。物が散乱し、足の踏み場もないとはこのことを言うのだろう。本人いわく、『一番わかりやすい配置』とのことだが、どう見ても適当に放られているようにしか見えないのだ。
フレンと同じく壁一面に本棚が置かれており、本が収蔵されている。しかし、整然としたフレンの本棚とは違い、雑に詰め込まれている。入りきらなかった分は机やソファに飽き足らず床にまで散乱している。怪しげな器具や標本も転がっている。
「相変わらずの汚部屋だな」
「ははは。周囲の目がなくなったとたん素が出るフレンも相変わらずだよ」
ツッコんだらつっこみ返された。研究室はこんなだが、寮の自室は結構きれいに片付いているので、フレンはいまいちメルと言う人がわからなかったりする。研究室も片づければいいのに。
「まま。座ってよ。今お茶入れるね」
メルが適当に勧めるが、座れるところがない。そもそも、立っているのも大変な空間だから当たり前だけど。慣れた様子でソファに乗せられている本の大移動をしていたフレンだが、ふと気がついて言った。
「おい、ちょっと待てメル。何フラスコでお茶入れようとしてるんだ」
「あ、ごめん。癖で」
つまり、彼女は癖になるほどフラスコで茶を沸かしていると言うことだ。一応、ポットもあるので、人に出す時はポットで淹れているようだが、フレンといるのは自然すぎて、いつもの動作が出てしまったのだろうか。
ツッコミを入れたフレンだが、少し遅かった。すでにお湯は沸いている。魔法を使ったので、早いのだ。思わずため息が漏れた。
「もういいよ、それで」
「さっすがフレン。ホント大好きだよ」
フレンもそうだが、メルも貴族の令嬢とは思えない口調で言った。
フレンが許可を出したので、お茶はフラスコで淹れたものが出てきた。何の薬品を入れていたかは不明だが、さすがに毒物は入っていないだろう。そう判断して、フレンはマグカップに口をつけた。うん。普通のお茶の味がする。一応は。
「でね。その論文なんだけど」
メルがフレンの前に置いた論文を指さす。フレンは冊子になっている論文をめくった。
「私とメルでは、専門が違うんだけど」
「わかってる。参考意見を聞きたいだけだよ」
しれっとそんなことを言うメルであるが、大きく分けてメルは医療用魔法、フレンは魔法理論が主な専門になる。
だが、もちろんまったく関連がないわけではない。研究室をもらったばかりのころ、共同で論文を書いて提出したことがある。メルがなかなか検証結果をまとめないので、提出がぎりぎりになってしまったのを覚えている。
ざっと論文の該当箇所に目を通し、フレンは口を開く。
「この論文、前提からして間違ってないか?」
「え、ホント?」
メルが身を乗り出してくる。医療用魔法は専門外であるが、魔法である限り根本は同じはずだ。
「魔法っていうのは魔法式を組み立ててそこに魔力を送り込むことで発動する」
「うん」
当たり前の話を、メルは真剣な表情で聞いている。ハインではないが、こういうところは可愛いと思う。部屋が荒れていようが実験優先で婚約者をほったらかしにしようが、彼女にはこの素直なかわいらしさがある。フレンとは違うところだ。
「医療用魔法は人体に魔法を送り込むんだから、人体に影響が出るのは当たり前だ」
「病気やけがを治すための魔法だもの。影響がないと逆に問題だよね」
「そういうこと。で、狙い通りに魔法が効かないと言う話だけど」
「うん」
うなずいたメルと視線を合わせ、フレンは言った。
「魔法式に部位を特定するための計算式を入れてないんだから、当たり前だろ」
「あーっ! ほんとだぁ!」
メルは大げさに声をあげて驚いた。それくらい気付よ、と思わないではないが、こうして喜んでもらえるのはうれしいので、みんなこうしてメルをかまってしまう。
解決したところで、フレンはとりあえずテーブルとソファだけでも空けようと思い、掃除を始めた。いつものことなのでメルは気にせずに論文を読み進めている。
フレンが片づけを初めてすぐ、外からドーン、とでも言えばいいのだろうか。轟音が聞こえた。
「え、なになに?」
「結構近くだな」
さすがのメルも顔をあげて首をかしげていた。フレンは音の大きさから距離を測る。もともと、研究室のあるこの場所は校舎とそれほど離れていない。明らかに校舎の方から聞こえてきた音だった。
「あ、そう言えば今、第四学年が魔法実技してるんじゃなかった?」
「……行ってくる」
メルの言葉にフレンは片づけを放り出してそう言った。あとは自分でやれ。フレンは自分の銀の杖を手に取る。
「待って待って。私も行く」
メルも自分の杖(彼女のものは白で、長さは彼女の肩ほどまでだ)を持ち、フレンに続いた。
どうでもよいが、フレンとメルの二人で歩いていると、生徒たちは廊下の端による。別に遠慮しているわけではなくて、うっかり関わると彼女たちの実験に巻き込まれると思っているのだ。失礼な。メルならやるかもしれないが、フレンはしない。
魔法実技の訓練場では、第四学年のエンブレムをつけた生徒たちが悲鳴を上げていた。どうやら、魔法が暴走したらしく、壁に跳ね返って乱射している。監督の教師はどうやら魔法の初撃を食らったらしく、気絶していた。
野次馬も集まっているが、他人の魔法をとめるのは難しい。一番簡単な方法は、同じ出力の魔法をぶつけることだが、こうも壁に跳ね返っていればそれも難しい。
「……」
フレンは魔法を目で追いながら、一度ガン、と杖を床にたたきつけた。そこを中心に魔法陣が広がり、衝撃波のようなものが訓練場を襲う。衝撃波に倒れたものもいたが、魔法はきれいに相殺された。
「わお! さすがはフレン!」
メルが隣で歓声をあげていると、「ティア!」という声が聞こえ、フレンの隣を明るい茶髪の少年がかけていった。
「ティア、大丈夫?」
「え? あ、う、うん!」
フレンの衝撃波に倒れたくちのティアは床にへたり込んだまま声をかけてきた少年にうなずいて見せる。その頬はわずかに赤い。
「ならよかった……フレン。もう少し手加減はできなかったの?」
振り返って声をかけられたフレンは「申し訳ない」と杖を軽く上げながら言う。
「何分魔力が足りなくてね。遠慮してはこちらが押し負けてしまう」
そう言うとたいていの者は黙り込むのだが、彼は違った。
「あなたの魔法技術は一流であると僕は思ってる。でも、まあ、確かに魔法を消し切れなかったら意味ないね」
その笑みには腹黒さを感じる。十四歳のかわいらしい少年とは思えない笑い方だ。
「理解していただけて何よりだよ、殿下」
第三学年の明るい茶髪に空色の瞳をしたこの可愛らしい外見に反し腹黒いところのあるこの少年。ティアの婚約者でありこの国の皇太子であるマクシミリアン・フォン・ケーニヒベルクだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
魔法使いと言えば杖ですよね!
リオ五輪が始まりましたね……。どのチャンネルもオリンピックばかりです。




