Spell:32
そんなわけで最終話です。
卒業式の日である。卒業生の家族が見に来ることもあるが、見に来ないこともある。そして、あまり関係ない人が来ることもある。例えばフレンの婚約者であるヒルデなどがそうだった。いや、婚約者だから関係はあるのか。
卒業生総代であるハインが答辞を読みあげ、卒業証書を受け取る。ちなみに、在校生代表として送辞を読み上げたのはゼルである。引きこもりの彼であるが、一応卒業式には出てきたらしい。
成績上位十名は最前列に並んでいる。フレンやメルもそうだ。厳粛な式典が終われば、続いてパーティーである。式典は午前中、午後の早い時間からのパーティーなので在校生たちも参加可能だ。夜会だと、年齢制限で参加できないこともあるのだ。
「ハイン、フレン、メル。卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
ニコリと笑って代表してマックスの祝辞に返答したのはハインだ。学内の卒業パーティーだが、学生たちはみなタキシード、もしくはドレスだ。しかし、卒業生は皆胸元に白い花のコサージュをつけているのでわかる。
「卒業おめでとう、お兄様、お姉様、メル。でも、お兄様たちがいなくなるってちょっと不安」
ティアがそう言って唇をとがらせたが、ハインはメルの頭をそっとなでた。淡い赤紫のドレスを纏う彼女はいつもより大人っぽく、その隣に並ぶマックスもティアより大きくなっている。時の流れを感じた……。
ハインはマルシャル帝国魔法学園で歴代三番目に優秀な戦闘力を持つ学生だった。ちなみに、一番はベリエスで、二番目は女帝ヴァルブルガだ。
そんな彼がいなくなるのは確かに不安だろう。座学だけで見れば、フレンやメルも優秀だったし。
だが、彼らのほかにも優秀な学生はいる。特にハインは学外動員で結構後進の指導も行っていたらしい。この年で後進と言うのも不思議だが。
「大丈夫だよ、ティア。君や殿下に何かあれば、僕やフレンが飛んでくるからね」
さりげなく名前を出され、フレンは眉をぴくっとあげた。
「私もか」
「来ないの?」
「……いや、たぶん行くけど」
ハインに尋ねられ、思わず行くと言ってしまうフレンである。いや、でもたぶんきっと行くんだろうな……。
「私は帝都で待っているから、無事に帰ってくるのよ」
微笑んでそう言ったのはメルである。彼女は今日、水色のAラインタイプのドレスを着ていた。ハインのネクタイが同じ色なので、おそらく合わせたのだろう。ハインが帝国軍の軍属魔導師になることが決まっているように、メルは宮廷魔法医になることが決まっている。
「君が待っていてくれるなら必ず帰ってくるに決まってるだろ」
ハインとメルがさりげなくいちゃついてくれるので、フレンは目を細めて呆れた表情になった。そんな彼女にマックスが尋ねた。
「そう言えばフレン。君が卒業したらヒルデと結婚するって聞いたんだけど」
そう尋ねられて、フレンは首をかしげた。
「まあ……婚約者なので一応そのうち結婚はしますね」
「そうじゃなくて、卒業後すぐって聞いたんだけど……」
「は?」
相手が王太子であるに、フレンは思わず間抜けな声をあげた。ティアがはっとした様子でマックスのタキシードの袖を引いた。
「マックス様。それ、たぶん言っちゃだめなんだわ」
「あ、内緒だったのかな?」
そう言ってこそこそ話し合う二人は可愛らしいが、フレンとしては反れどころではない。仲良しにしているところを邪魔して悪いが、尋ねた。
「え、ちょっと待ってください。どういうことですか?」
フレンがまくしたてるように尋ねたが、マックスとティアは引きつった笑みを浮かべた。
「それじゃあフレン。私たちは他の卒業生にも声をかけに行くから」
「じゃあまた家で。お姉様」
「ちょ、まっ」
フレンが引き留める前に二人は行ってしまった。そもそも人が多いので少し目を離しただけではぐれてしまうくらいである。捕まえるのは難しかった。
「フレン」
唐突に先ほどフレンと共に話題にされた相手の声が聞こえ、フレンは振り返らずに声とは反対側に逃げ出した。
「おい!」
先ほどフレンがマックスたちを呼び止めようとしたように、ヒルデもフレンを呼びとめようとした。だが、フレンは聞こえなかったふりで人の隙間を縫って歩いていく。しかし、細身のフレンよりも長身のヒルデの方が歩く速度が早かった。庭に出る直前で捕まった。
「待て! なぜ逃げる」
「良からぬ気配がしたからだよ!」
「何が良からぬ気配だ!」
ヒルデにツッコまれて、フレンはむっとした表情でつかまれた右手を振り払った。ヒルデはあっさりと彼女を解放し、ため息をついた。
「お前、夢も何もないな」
「何もなくて結構だ。いつでも目の前には現実しかない」
「それはそうだけどな」
ヒルデはもう一度ため息をつき、今一度ドレス姿のフレンを眺めた。
「……良く似合っているな」
「……ありがとう」
唐突に褒められてフレンは面食らいながらも礼を言った。今日のフレンは深紅のマーメイドラインのドレスを着ていた。長身の彼女にはよく似合っている。相変わらずハイヒールで、周囲の女性より顔半分ほど身長が抜けていたが、やはりヒルデのことは見上げなければならない。
「それより、なんでヒルデが卒業式に来ているんだ」
「来ちゃ悪いか」
開き直ったヒルデに、フレンは「悪くはないけど……」と口ごもる。視線を逸らした彼女の頬に手を当て、ヒルデは自分の方を向かせた。琥珀色の瞳と視線がぶつかった。
「卒業おめでとう」
ずいぶん遅かったが、卒業祝いを口にされ、フレンはもう一度礼を口にする。
「ありがと」
「卒業祝いだ」
と差し出されたのは薔薇の花だった。三本の薔薇で、二本は赤く、一本は白。ここは大輪の花束を渡すところではないのだろうか、とちょっと思ったが、その三本の花を束ねているものを見て、フレンは目をしばたたかせた。
「……もしかして私、求婚されてる?」
「……そうだ」
ヒルデが憮然として言った。婚約者なのに求婚と言うのもおかしいが、花と指輪を渡す行為は求婚と結びつく。それに、三本の薔薇は愛しています、という花言葉であるし、赤い薔薇の中に白い薔薇があるのは、結婚してください、という花言葉になるはずだ。
「……ちなみに、百八本でも『結婚してください』になるはずだけど……」
「指輪でまとめられなかった」
やはり憮然としたヒルデの言葉に、フレンはくすくすと笑った。珍しい彼女の柔らかな笑みにヒルデも目元を和ませる。フレンは手を伸ばして両手で薔薇を受け取った。
「ありがたくいただくよ」
フレンが薔薇を手に取ったのを見て、ヒルデがぽかんとした表情になった。薔薇はちゃんととげを抜いてあって、怪我をしないようにしてある。薔薇を束ねた指輪を見て、フレンは少し目を細めた。
「……それは、了承と受け取っていいのか?」
「それ以外にどういう解釈があるのか聞かせてもらいたいものだけど」
「からかっているとか……」
「さすがに怒るぞ」
疑うヒルデに、フレンは呆れた口調で言った。一拍間を置いて、ヒルデがフレンを抱き寄せ熱烈に口づけた。
一応庭に出ている二人だが、人目はある。フレンはヒルデを押し返そうとしたが腕ごと抱き込まれていてできなかった。
そっと唇が離れると、フレンは目を潤ませてヒルデを見上げた。彼の唇にフレンの口紅が移り、それが妙に色っぽい。フレンの視線に気づいたヒルデが笑みを浮かべ、見せつけるように自分の親指で口についた口紅をぬぐった。フレンはドキッとして視線を逸らした。
ヒルデはフレンの左手をつかみ、指に何も装飾品をつけていないことを確認した。薔薇を束ねている指輪を抜き、フレンの左手の中指にはめた。ピッタリである。
「……誰にサイズ聞いたの?」
フレンは自分の指のサイズなど把握していない。そもそも彼女は指輪なんてほとんど付けないし、計られた記憶もない。
「カティさん。喜んで教えてくれたぞ」
「ああ……」
母ならやりそうだ。フレンは左手の銀細工の指輪を眺め、目を細めた。ちなみに、薔薇の方はリボンでも束ねてあるのでばらけてはいない。ヒルデがこんなかわいらしいものを持っていたと考えるとちょっと笑える。
「あ、フレーン」
メルの声がしてそちらを振り向くと、メルが手を振りつつ近寄ってくるところだった。彼女は、フレンが手にしている薔薇を見て「あっ」と声をあげた。
「お邪魔だった?」
「いや、別に」
さらりと答えるフレンに、ハインは「相変わらず残酷だね……」と苦笑いを浮かべている。ヒルデもため息をついていた。それらをまるっと無視し、フレンはメルに「何?」と話しかけた。
「あっちで魔法ショーをするらしいんだけど、見に行かない?」
余興だった。フレンは即答する。
「行く」
即答したフレンにヒルデが再びため息をつく。そんな彼を振り返り、フレンは彼の襟首をつかんで顔を寄せた。そのまま彼の唇に自分の唇を押し付けた。せっかく拭ったのに、また口紅が移った。
「じゃあまたあとで」
にっこりと、彼女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべてヒルデに言った。軽く手を振ったフレンを呆然と見つめていたヒルデはハインに肩をたたかれた。
「良かったねぇ、ヒルデ。どうやら君は報われたようだよ」
そんな双子の片割れの言葉を聞きつつ、フレンはメルと連れ立って卒業パーティーの会場に戻って行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これで『うちの妹が申すには』は終わりです。読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
最後に人物設定をあげておきます。




