Spell:3
学園長に報告が終わり、動員部隊が解散したところで、フレンは、正確にはハインが一人の女子生徒の襲撃を受けた。
「ハイン!」
淡い金髪をなびかせた女子生徒は、走ってきた勢いそのままにハインに抱き着いた。ハインは危なげなくその体を抱き留める。
「メル! 忘れられたかと思ったよ」
「そんなわけないじゃん」
そう言って、二人は体を離して笑いあう。フレンは蚊帳の外だがいつものことなので、興味なさそうにあくびをしていた。
淡い金髪にアイスグリーンの瞳をした美人。美人と言うより、麗人と言う方があっているかもしれない。眼鏡をかけた理知的な面差しをした女子生徒だ。第六学年の生徒で、ハインの婚約者。フレンの親友でもある、ナイツェル侯爵の次女メルセデス・ブルーデスだ。愛称はメル。
女性にしては長身の彼女だが、フレンよりは低い。医学を志す彼女は、本当に頭が良い。というか、すでに魔法医としてはかなりのレベルに達している。研究員として認められているフレンと同じように、研究室を与えられている人物の一人だ。
ここまでくればどんな完璧人間だ、と思うかもしれないが、フレンと同じように欠点はあるものだ。彼女は無類の実験好きである。いや、フレンも手をかしたことがあるので、人のことは言えないのだが。
「で、怪我とかない!? 新しい魔法薬を作ってみたんだけど、試してみたいんだよね!」
「ははっ。ないよ。期待に沿えなくて申し訳ないね」
とんでもないことを聞いてくるメルを、慣れた様子でハインはなだめる。実際、ハインはとんでもなく強いので怪我などあまりしないのだ。
「そっか……でも、怪我がないならよかった。まあ、ハインが怪我するところなんて想像できないけど」
「君にそこまで言ってもらえるなんて、うれしいな」
「……」
駄目だ。空気が砂糖水の如く甘い。婚約者同士にしても甘すぎるだろう。ちなみに、二人は恋愛で婚約者になったわけではなく、完全に政略的だ。フレンもそうだし、ティアもそう。
だが、解せないことはある。両親は子供たちに甘い。キレた父は怖いが、それでも子供たちに激甘だ。だから、子供たちに合う相手を婚約者に据える。
ここで吐きそうなほど甘い空気を醸し出しているハインとメルもそうだし、恥ずかしがりながらも初々しい交際をしているティアと皇太子もそう。両親が二人のことを考えているのが良くわかる。
なのに何故、自分だけ婚約者とそりが合わないのだろうか。いや、わかっている。仲が悪いわけではない。互いに互いを異性として見ていなくて、友達のような感覚なのだ。フレンだって婚約者である男が嫌いなわけではない。どちらかに分類しろ、と言われれば好きだと答える。
だが、そこにある感情は家族や友人を好きだ、と言うのと同じものであり、メルに対するハインのような、皇太子に対するティアのような感覚ではない。
どっちもサディストだから駄目なのだろうか。いや、そんなわけないか。サディストかマゾヒストかで分類するなら、ハインとメルだってどちらもサディストだ。って、何の分析だ、私よ。
「フレン。どうかした?」
メルが心配そうにフレンの顔を覗き込んでくる。フレンは我に返り、「何でもない」と少し笑う。
「二人のラブラブ度に引いてただけよ」
「え、何それひどい」
そう言いながらメルは笑ってフレンに抱き着いた。
「もうっ。フレンは照れ屋だねー」
うらやましいならそう言えばいいのに、とメルがフレンの頬を突っつく。フレンはメルの手を強くない程度に振り払う。
「照れてるわけじゃないわよ」
むしろお前らが照れろ、と思っているくらいだ。ティアと皇太子の初々しさを見習え、このバカップル。
「フレン。顔が凶悪になってるよー」
ぐりぐりとフレンの眉間を押し広げるメルだ。気づかないうちに顔をしかめていたらしい。こんな時。
「ヒルデがいたら蹴っ飛ばすのに」
思わず口に出た。それを聞いたハインが苦笑を浮かべる。
「フレン。私はそろそろ彼が不憫だよ」
どういう意味だ。確かに、蹴っ飛ばすのは良くないかもしれないけど。
△
ハイン、メルのカップルと別れたフレンは、今度は妹のティアにつかまった。
「お姉様っ!」
「うおっ」
背後から勢いよく抱きつかれ、フレンは思わず変な声を漏らした。突撃してきたティアは後ろからぎゅうっとフレンを締め上げた。
「ティア、締まってる」
さすがにちょっと苦しくなってきたので訴えると、ティアはフレンを解放した。振り返ると、その紫の瞳は潤んでいた。
「どうした。殿下に嫌なことでも……言われるわけないね」
思わず素の口調になりながら自分のセリフに途中で修正をかけた。皇太子がティアの嫌がることをするわけがない。私の婚約者なら平然とやってのけるのになぁ、と思う。やっぱり今度会ったら蹴っ飛ばしてやろう。
「違うの~! この前の話、まだ続きがあるの!」
まだあるのか、とげんなりしたが、フレンはとりあえず前と同じく自分の研究室にティアを連れて行った。そして、今度は紅茶にはちみつをたらして提供する。
「……ココア、ないの?」
「メルが全部持って行った」
昨日、人の研究室に押しかけてきたメルがフレンが持っていたココアを強奪して行ったのだ。代わりに茶葉をもらったので文句は言わなかったが、理不尽なものは感じる。
「お姉様……時々思うけど、無駄に男らしいわよね」
「どういう意味?」
本気で訳が分からなくて尋ねたのだが、ティアは苦笑して「何でもない」と答えただけだった。
「でね! 聞いて!」
「はいはい」
そう言って聞いてしまうところが男らしいと言われるところなのだが、本人は無自覚だ。
「今日、お兄様が帰ってきて、お姉様と歩いてる時に倒れ込んできた女の子、覚えてる?」
「ああ……第四学年だったね。見なれない顔だったから、編入の子かな」
今回、フレンは椅子に座ってティアと同じはちみつ入りの紅茶を飲んでいる。ティアは相変わらずソファだ。
「わお。さすがの記憶力ね。その通り。あの子がゲームのヒロインなの!」
「……まだ言ってるのか、お前」
ヒロイン、と言うからにはかわいらしい子が想像される。確かに、倒れたあの子は可愛らしい子であったが。
「いや、だって……! 本当にヒロインとよく似た子……名前まで一緒なのよ!? そんな子が現れたら動揺もするでしょうよ!」
念のため名前を聞いてみると、ローゼマリー・ファティというらしい。ティアと同じクラスに入った、有力な商家の娘だそうだ。ちなみに、この時代の商家は下手な貴族より金を持っていることがある。ファティ家もその口だろう。聞いたことがある家名だが、確か、官僚を多く輩出している家のはずだ。
官僚を輩出しているのなら、教育に力を入れているのだろう。半分軍事学校とはいえ、最難関の魔法学校であるこの学園に編入できた理由もわかる気がした。
「それに、お兄様もヒロインの相手役の一人だから、メルもライバルキャラの一人なのよぉっ」
「ああ……」
何となく納得した。家族だけならともかく、兄の婚約者であるというだけのメルが巻き込まれるのを、ティアは嫌ったのだろう。優しい娘だ。
「それも案ずることはないだろ。ハインがメルを手放すわけがないからな」
お前らよそでやれ、と言いたくなるほど甘い空気を醸し出す二人だ。そんなに簡単にわかれるとは思えない。それに、もしメルを悲しませるようなまねをしたら、ハインに後ろからとび蹴りをかましてやる。
「うん……まあ、そうだと思うんだけど……メル、あのまま実験続けてたら、社交界を追放される気が……」
「されたところで、メルは強く生きていけるから大丈夫」
すでに魔法医としての能力を持っているメルだ。彼女はもともと貴族の固定概念などにとらわれない生き方をしているし、貴族社会を追放されたところでさして気にしないだろう。医者なら、実りのいい仕事にもつける。生活力が『ほぼ皆無なので、世話をしてくれる人が必要かもしれないが。
「それも……そうだけど」
相変わらず不安げなティアに、フレンは魔法の言葉を繰り出す。
「前にも言ったけど、何かあったら父上が何とかするだろ。ハインがティアを悲しませたら、父上はハインを勘当するかもね。私もとび蹴りと関節破壊をお見舞いする」
「……お姉様、えげつない」
「急所を蹴りあげてもいいぞ」
「お姉様、同じ顔の相手にそんなことをできるの?」
できるから言っているのだ、フレンは。まあ、後半は実行する気はないが。
「それに、心配するだけ無駄だ。何かあれば、メルは自力で何とかするだろう」
フレンが投げやりに言うと、ティアはじとっと彼女を見つめてきた。
「むしろ、何これどういう感情の変化? 面白い! って、観察が始まるかもしれないわ」
「……否定できないね」
我が親友ながら、全く否定できない。彼女の好奇心はとどまるところを知らない。フレンは自分も好奇心が強いと思っているが、メルに比べれば可愛いものだ。
「とにかく。私はお前に前世がどうのと言われても、目の前にいる吐くほど甘い空気を作り出すバカップルしか知らないからな」
「うわ、毒舌」
そう言ってティアは笑う。だいぶ落ち着いてきたようだ。
「あ、そう言えばね。次の授業で実践魔法を使うんだけど……」
新しい学年になって新しく始まる授業の話を、フレンは遮ることなく聞いていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
フレンが冷静なのは、婚約者が学内にいないから(笑)