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Spell:18

なぜか戦記ものになりつつある。











 フレンたちが乗る馬は少し改良されている。寒さに強く、雪道でも走ることができるのだ。普通の馬よりも丈夫で、飼育が難しい。そのため、頭数が少ない。動かせる馬の数で動員数を定めたのだが、だいぶ人数の制限を受けてしまった。あと三人ほど欲しかったのだが。

 魔導師は一人で数人分の戦力となるので、軍事国家である帝国では育成に力を入れている。中にはフレン父のような魔力がないのに人間を超越している人間もいるが、あれは極端な例だ。

 帝都からの軍が間に合わない、学園から魔導師を派遣する、と言うだけあり、現場は学園からほど近かった。フレンは連れてきた知覚系の魔導師に周囲を探るように命じた。一応、指揮権はマックスにあるが、フレンにも一部預けられている。


「それにしても、場所が悪いですね」

「そう?」


 フレンのつぶやきを聞きとがめたマックスが首をかしげる。彼女は「ええ」とうなずいた。

「視界が悪いですからね。わかっていましたが、山中であるというのはメリットもありますが、デメリットも大きいものです」

「確かに、こちらの動きが視覚で確認しにくいけど、それはこちらも同じだね」

 マックスが納得してうなずいた。彼は結構頭がいい。まだ十四歳で初陣には早いが、皇太子である以上、いつかは経験しなければならない。一年早くなっただけだ。

 それよりも、まだ成人年齢に達していない皇太子を任されたフレンへのプレッシャーである。これで胃がやられるほど繊細ではないが、もし守りきれなかったら、と考えてしまう。

 だが、そんな考えは不毛だ。今は、正規軍が来るまでの時間稼ぎができればいいのだと自分に言い聞かせる。


「それに、どうしても魔法戦を行う時は、平地の方が有利なんですよね」


 遮蔽物がある山や森の中で魔法戦を行うのは危ない。見通しが悪いのもあるが、下手なところに当てると木が倒れて来たり、がけ崩れが起こったりするのだ。野戦の方が魔法での攻撃を行う場合、有利なことが多い。あくまで一般論であるが。


「幸い、我々は敵兵を負かすことが目的ではない……ある程度ひきつけて、逃げ回る。それにはこの見晴らしの悪い空間が味方します」


 フレンはマックスにそう言った。魔力の低いフレンは、どちらかと言うと山中で戦う方が有利になったりする。単独で相手に近づき、攻撃を仕掛けるヒットアンドウェイが可能だ。剣士でもある彼女は、腰に剣を下げている。それはマックスも同じだが、フレンはさらに杖も持っていた。

 魔力の弱い彼女は杖の補助なしに魔法を使うとかなり弱い。もちろん作用はするし、杖がなくても演算さえできればその場で魔法陣を作成し、魔法を使える。しかし、最初から杖があれば、演算中の魔法式を省ける、という利点があった。


「フレンさん! 誰かが近づいてきます!」


 索敵として連れてきたゼルギウスが泣きそうな声でフレンに指示を仰いだ。マックスではなくフレンに声をかけたのは、事実上、この小規模部隊を指揮しているのが彼女だからだ。教師もいるが、彼らは本当に危うくなるまでノータッチだ。それが、学外活動の決まりである。

「よし……作戦開始。戦わなくていいから、時間を稼いで」

「了解!」

 小声で返答があり、作戦通り三手に分かれていく。フレンとゼルギウス……ゼル、さらにオスカーは残った。


 フレンの作戦は単純だ。味方を二手に分け、敵をひきつけ分断する。いくらまだ日があると言っても、山の中。視界が悪いので、こちらの正確な人数はわからないだろう。

 フレンたちは司令塔なので残る。マックスの護衛としてオスカーを残し、ゼルがフレンの補佐だ。

「ヨーゼフたちが引き離しに成功したようです」

「よし。なら予定通りの場所に引きつけて、魔法をお見舞いしてやれ」

『了解』

 耳に付けた小型の通信機から返答があった。戦に置いて、情報の正確さは大事だ。正確な状況がわからなければ、的確な指示が出せない。ゼルが情報収集を担当し、フレンが状況を判断、指示を出すことにしている。


「フレンさん! ヴィリーたちが分断されたようです!」


 それぞれに教師がついているとはいえ、教師たちにあまり頼り切るわけにはいかない。それなりの実力者たちを連れてきたつもりだ。フレンは考えをめぐらす。

「無理に合流しようとするな。進路を転じて、敵兵に突っ込め!」

『ええ!?』

 さすがに動揺の声が上がった。それくらい、フレンの指示はめちゃくちゃだった。だが、この指示には続きがある。

「そして叫べ。帝国軍が攻めてきた、と」

 そうすれば、この視界の悪さだ。同士討ちをしてくれる可能性が高い。

「パウラは幻覚魔法が使えたな。そんなに強力でなくていい。少しボーっとするくらいの幻覚魔法を見舞ってやれ」

『りょ、了解』

 パウラの緊張気味の返答があった。フレンは何とかなりそうだとほっとする。しかし、ほっとしたのも一瞬だった。

「フレンさん! 急速に何かが近づいてきます!」

「……こっちに?」

「こっちに!!」

 ゼルが腹に力を籠めて叫んだ。フレンは一瞬瞠目し、すぐにオスカーに行った。

「殿下を守れ!」

「了解!」

 正直、マックスたちを守るフレンたちが一番手薄だ。マックスもそこそこ戦えるがやはり守る対象。ゼルは戦力として当てにならない。オスカーは成人になったばかりで、実力はあるが実戦はあまりこなしていない。フレンもそれは同じで、さらに彼女は魔力が少ない。


 あるのは、その頭脳だけだ。考えろ、どうすればいい。


「ゼル。何人向かってきている?」

「ええっと……十人もいないと思います。七人か、八人くらい」

 それでも、こちらの倍はいることになる。フレンも気配を探り、敵の存在を把握する。その方向に向かって魔法陣を織り上げていった。

「オスカー。殿下の側を離れるな。向かってくる相手に容赦はするな。遠慮なく切り殺せ」

「……了解」

 フレンの『殺せ』命令にオスカーは動揺しながらもうなずいた。彼女らにはマックスを守る責務がある。生半可な覚悟で参加するわけにはいかないのだ。


 偉そうにオスカーに指示を出したフレンであるが、彼女もあまり実戦経験はない。状況に応じて、最善と思える行動をとるしかない。今は逃げることが最善と思われた。

「見つけたぞ!」

「!」

「ひぃっ」

 悲鳴をあげたのはゼルだった。フレンは一番前でマックスの馬の手綱をつかんだ。

 発見された。今ならまだ振り切れると思ったのだが。

 右手から馬が飛び出してきて、オスカーがとっさに剣を抜いた。そこで鍔迫り合いが始まる。フレンは目を細めた。挟撃されるのが一番危険だ。

「ゼル! 正面だけでいい。魔法で一帯を吹き飛ばせ!」

「ええっ!?」

 ゼルがまた悲鳴を上げる。木々がなければ隠れることも難しかろう。襲撃を受ける方向を絞ることができる。

 実際に動いたのはマックスだった。呪文を詠唱し、攻撃魔法で正面一体どころか百二十度分くらいを吹っ飛ばした。相変わらず、顔に似合わず凶悪な魔法を使う。

「で、殿下……」

「ゼルがためらうからだよ」

 そう言ってこの状況で笑えるマックスは心が強い。

「殿下、少しお側を離れさせていただきます」

「こちらは大丈夫だよ。オスカーを助けてきて」

「御意に」

 オスカーは今一手に四人を受け持っている。フレンは杖を手放すと腰の剣を引き抜いた。刀身に螺旋を描くように魔法文字が浮かび、フレンは馬を足で操り一番近くにいた敵に肉薄した。近くで見ると、なるほど。ハンナヴァルト公爵家、しかも、かつて公国だったころの紋章を纏う兵士たちだった。


 フレンは身構えた兵士ではなく馬を襲撃した。兵士とまともにやりあうよりは、足を奪った方がよいと判断したのだ。案の定、その兵士は落馬した。続けざまに隣の兵士の馬も斬りつける。

「卑怯な!」

「女子供を襲っている貴様らには言われたくないわ!」

 思わず口が悪くなってしまうが、この場合は仕方がないと思う。しかし、三人目となるとこの方法はうまく行かなかった。フレンもそれがわかっていたので、まともに切り結ぶことになる。近くでフレンの顔を見た兵士が目を見開いた。

「ベリエス・シェーンハルス!?」

「何!? まだ帝都にいるはずでは……」

 言うほど父と顔は似ていないと思うのだが、ひるんだのを見逃さずにフレンは相手の首をかき切った。フレンの力では殺せなかったと思うが、少なくともバランスを崩して落馬した。

「ひ、ひぃっ」

 一人が逃げ出せば全員が逃げ出す。フレンたちはそれを追わなかった。追うだけの余裕がなかった。


「……父上に感謝ですね」


 後で拝んでおこう、とフレンはひそかに誓った。マックスがほっとした様子で苦笑を浮かべた。

「本当だね。でも、フレンもやっぱり強いね」

「私など、まだまだです。あのまま鍔迫り合いになっていたら負けていました。勘違いしてくれて助かりました」

 正直、そこまで似ているか? という疑問もあるが、まあ、深くはツッコまない。暗いところで見たら見間違うかもしれないし。比べているのならともかく、単体ならわからないと言う可能性もある。

「オスカー、ゼルもご苦労様」

「いえいえ。俺は何も」

「ぼ、僕の方こそ何もできなくてすみません……」

 オスカーは笑って、ゼルは恐縮した様子で答えた。フレンは苦笑を浮かべると、剣を鞘に戻す。杖を落としているので、一度下馬して拾い上げた。


 がさっと近くで音がした。フレンが地面に立ったまま手をあげてみんなの動きを止める。ゼルギウスの探査魔法に引っかからなかったのだろうか。だとしたら、相手は魔導師か。フレンは杖を馬に括り付け、一度納めた剣を再び引き抜いた。


「……フレン」


 不安げにフレンを見るマックスに対し、フレンは人差し指を唇に当てた。剣の柄を握りしめ。


 物音のした方に向かって振りぬいた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この先は戦記ものに。なぜだろう。一応ジャンルは恋愛なのに。

でもちゃんと恋愛で終わる……予定です。


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