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Spell:16

8月も最終日ですね……。







 何故そう思ったのか、と問われても答えられない。だが、ヒルデがローゼマリーの手を取るのが嫌だと思ったし、生まれて初めて嫉妬というものを覚えた。……と、思う。

 実のところ、フレンは恋情を抱いたことも嫉妬を覚えたこともないのでよくわからない。魔力のある人をうらやましいと思っても、嫉妬したことはなかった。ないものねだりはしない主義なので。

 だが、この時フレンは猛烈にヒルデを手放したくないと思った。おかしな話だ。彼はものではないのに。ちゃんと心を持った人間で、彼にも選ぶ権利があるのに。

 という自己嫌悪を十秒程度で済ませて持ち直したフレンは、表面上はヒルデとこれまで通りに接した。この切り替えの早さは彼女の長所であり、頭が良すぎて残念な部分でもある。

 ゆっくりと博物館を見て回り色気のない議論をかわし、正面入り口に戻ってくると、ヒルデはぐっと伸びをした。


「さて。どうせだし、何か食って帰るか」

「じゃあ、新しくショコラーデの専門店ができたらしいから、そこに行きたい」

「はいはい」


 ヒルデが苦笑してフレンに手を差し出した。エスコートしてくれるつもりなのだろう。ヒルデはいつものようにその手に自分の手を重ねた。

 だが、ただ手をつないでいるだけなのに、緊張で掌が汗ばんでくる。表面上はいつも通りのフレンだが、内心ではどきどきだ。

 帝都の冬は寒い。しかし、除雪はしっかりされているので、冬の間でも徒歩で出歩くことができる。道路を魔法石で作り、融雪用の魔法を流しているのだ。


 二人で手をつないで歩き、ショコラーデ専門店に向かった。かなり人気の店であるが、寒い冬であり少し中途半端な時間帯でもあったのですんなりと中に入れた。さすがに寒かったので温かい店内にほっとする。

「さすがに寒かったか」

「外にいるときはあまりそう思わなかったんだけどね」

 温かいところに入ったら『寒かった』と思ったのだ。少し冷えた頬を掌で覆う。だが、手も冷たかった。


「うわっ。冷てぇな」


 ヒルデがフレンの頬に手の甲を当てた。頬に触れられたことに、フレンは柄にもなくドキッとする。相変わらず表情の乏しい彼女は赤面すらしなかったが。

「なんであなたは手が温かいのよ」

「代謝の違いじゃないか」

「むぅ……」

 まあ、確かにヒルデの方が新陳代謝はよさそうだが……。


 という阿呆な会話はともかく。


 この専門店は、半分がショーケースの並ぶ小売店、半分がカフェになっている。フレンたちはそちらに足を運んだ。テーブルがすべて埋まっている、ということはないが、かなりの混み具合だ。

「おい、あれ、ハインとメルじゃないか」

「え、どこ?」

 ヒルデに小突かれ、フレンは彼が示す方を見る。確かに、黒髪のしっぽと柔らかな金髪の女性の姿が見える。間違いなく友人のメルだ。デートなのか、眼鏡をしておらず彼女の方からフレンたちは見えていないようだ。ハインは背を向けているのでわからないだろう。

 フレンはヒルデと目を見合わせた。そして、どちらともなく二人がいるテーブルに近づいていく。たまたま、二人の席の隣の二人掛けのテーブルが空いていたのもある。


「ごきげんよう、メル、ハイン」


 フレンが声をかけると、ハインがフレンを見上げてニコリと笑った。

「やあ、フレン、ヒルデ。相変わらずお似合いだね」

 褒めているのかよくわからない言葉を吐くハインだ。ほめていると思っておこう。『お似合い』と言われて少しうれしかったのは秘密だ。

「ハインとメルも、相変わらず仲睦まじいな」

「もちろんだよ。ねえ、メル」

「そうね!」

 ヒルデの冷やかしにもめげないこのバカップルをどうにかしてくれ。とはいえ、自分の気持ちに気付いたフレンには、この二人が少しうらやましくもある。

 挨拶を終え、フレンがメルの隣にあたる席に座ると、メルが身を乗り出してきた。テーブルが本来二人掛けであるので、少し距離があるのだ。

「フレンたちもデート?」

「一応ね」

 さらりと答えると、メルは「へえ」と微笑んで目を細めた。眼鏡がないので、彼女は今、遠くが見えないのだ。かなりの近眼なので、おそらく、人の顔の判別がつかないくらいだろう。


「……そう言えば、前から不思議だったんだけど、メルって私とハインを間違えたことないよね」


 フレンとハインは言うほどそっくりではないのだが、小さいころはとてもよく似ていた。メルやヒルデとはそのころからの付き合いであるが、そう言えば二人とも、ハインとフレンの双子を見分けられなかったことはなかった。

 ヒルデはともかく、視力が悪いメルも同様だ。彼女は、眼鏡がなくても二人を間違えることはない。魔力の多さとか、髪の長さとかで見分けている可能性もないわけではないが、ずっと不思議だったのだ。

「別に見えなくてもわかるわよ。魔力とか、そう言うのじゃなくて……愛の力?」

「愛の魔法は強力だとは言うけど、そう言う力はないと思うんだけど」

 メルがおどけて言った言葉に、フレンはしれっと返す。以前、女帝の夫ローラント共に議論したこともあるが、愛の魔法は強力だと言われている。だが、それで人を見分けられるなど聞いたことがない。もちろん、フレンもメルなりの冗談だとはわかっている。


「冗談よ。ただ、何となくわかるのよねー。ほら、フレンとハインは結構違うでしょ。逆に、公爵様とだったら見分けがつかないかもしれないわね」


 それも良くわからない話である。フレンとベリエスの見分けがつかないのか、と聞くと、ハインとベリエスでも駄目かもしれない、と言われた。やっぱりよくわからない。

「俺は少しわかる気がするな。なんつーか、フレンとハインは見なれてるから、わかるんだよな。でも、そこに公爵閣下が入ってくるとちょっと混乱する」

 ヒルデがメルに同意した。メルが「ですよねぇ」と微笑む。フレンとヒルデのところに、軽食と飲み物が運ばれてきた。フレンは早速フォークとナイフを手に取り、キッシュを切り分けはじめた。

 顔だけ見るならフレンが、体格で言うならハインが、ベリエスと似ているだろう。ただ、ベリエスは思ったより小柄であるので、おそらく、遠目でもハインとの見分けがつく。身長で言うならフレンとベリエスの方が近い。だが、二人が並ぶと体格がかなり違う。いくら長身でも、フレンは女性で線が細いのだ。


 当事者である双子にはよくわからないが、他から見るとそう言うこともあるのかもしれない。フレンはキッシュを口に運ぶ。ショコラーデ専門店であるが、それだけではないのだ。デザートはもちろんショコラーデであるが。


「デートって、どこに行ってきたんだい?」


 ハインが尋ねてくる。位置的に隣にいるヒルデが「博物館だ」と答えた。それを聞いたハインが「ああ」とうなずいた。


「そう言えば、フレンが言ってたね」


 今更思い出したのか、ハインが納得したように言った。フレンが事前にヒルデと出かける、と言っていたことを思い出したようだ。

「今の時期だと、特別展示の魔導書目当て? どうだった?」

 専門は違うとはいえ、やはりメルも研究者だ。興味がある様子で尋ねてきた。フレンは「うーん」とうなり、キッシュの最後の一切れを口に入れて咀嚼し、飲み込んだ。

「魔力の強い魔導書であるのはわかったけど、実際に手に取れるわけではないからね。開いているページも無難な魔法記述だったし」

「まあ一般公開してるから、そんなものよね」

 メルも納得した様子でうなずいた。おそらく、あの魔導書がフレンやメルの手に触れることはないだろう。彼女たちが望めば手に取ることもできるかもしれないが、中身について研究することはほぼ不可能だ。

 可能性があるとすれば、彼女らが信頼を得られるほどの研究者になるしかない。そして、二人ともにその可能性はあった。


 フレンの前にショコラーデ・トルテが運ばれてきた。温かい紅茶がそれと一緒に出される。ヒルデの前にはコーヒーが出されたのだが、せっかくのショコラーデ専門店と言うことでショコラーデがコーヒーに溶かされているもので、少し甘くなっている。男性がこういうものを飲むのは珍しいが、ハインもホット・ショコラーデを飲んでいたのでツッコまないことにした。甘いものが好きな男性だっているだろう。


 トルテをぱくつきつつ、フレンは主にメルと会話をする。いくら性格が女性らしさに欠けるとはいえ、女子二人が集まればかしましい……が、会話の方向性は女子らしくなかった。

「だから、魔法治療を受けすぎると、体組織が改変されて……」

「だが、そうなると体に魔法式が埋め込まれることになるだろ」

 主に、テーマは魔法についてだった。時折ハインやヒルデも口を挟んでくるが、主にしゃべるのはフレンとメルだ。二人の婚約者はちょっと遠い目になっている。

 冬になると、日が落ちるのが早い。早めに帰ろうということで、二組のカップル(一応)は専門店を出た。もちろん、お土産は忘れない。


 辻馬車を拾い、四人で乗り込む。まずメルを降ろして、その後にフレンとハイン、ヒルデは最後だ。

「それじゃあメル。また学園で」

「うん」

 馬車を降りたメルの頬に、ハインが親愛のキスをする。彼女がフレンに向かって手を振ったので、彼女も振りかえした。ハインがステップを上って馬車の中に戻ってくると、馬車は再び動き出す。今度はヴァルトエック公爵邸に向かう。

 フレンとメルが進行方向向きに座っていたので、男二人は進行方向と逆向きに座っているということになる。メルがいなくなると、途端に馬車の中は静かになった。居心地の良い沈黙なので、別にかまわないが。

 ほどなくヴァルトエック公爵邸に到着した。先ほどハインがメルに対してやったように、ヒルデも先に降りてフレンに手を差し伸べてくれる。フレンは「ありがと」と言ってその手を取った。身軽にステップを降りると、続くハインがおりやすいように少し脇にのけた。その間も、ヒルデはフレンの手をつかんでいた。


「……もう離してもいいんじゃない?」


 内心どぎまぎしながら言うが、ヒルデは「そうだな」と言うだけで離してくれる様子はない。フレンがいぶかしんでいると、ヒルデはフレンの顎に指をかけて上向かせた。顔が近づいてくる。


「!」


 フレンは目を見開いて驚いたが、声はあげなかった。しかし、唇に触れるか、というところまで来てヒルデは方向転換し、頬に自分の唇を押し当てた。フレンは目を見開いた。

 赤くなるというより驚きの表情を見せたフレンを一瞬見つめると、ヒルデは「じゃあ、またな」と言って馬車に再度乗り込んだ。走り出す馬車を見ているフレンの顔を、ハインが覗き込んだ。

「フレン? 顔赤いけど」

 ニヤッとからかうように言われてフレンは「何でもない!」と叫び屋敷の中に入って行った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


メルはかなり目が悪いです。3メートル離れたらハインとフレンの見分けがつかないと思います。でも間違えたことはない。不思議。

ちなみに、メルの名前はメルセデスベンツから取りました←


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