Spell:1
新連載です。よろしくお願いします。
一応悪役令嬢ものですが、あまりかかわってこないかも……。
講堂の壇上に一人の女子生徒が立ち、挨拶を読み上げていた。すらりとした体躯に青っぽく輝く黒髪。緩くうねり、肩にかかっている。少し切れ長気味の目をしていて、珍しいワインレッドの虹彩を持つ中性的な美少女だった。まとっている赤い制服がスカートでなければ、男子生徒と見間違ったかもしれない。
ここ、マルシャル帝国国立魔法学園は十二歳から十八歳の少年少女がその名の通り、魔法を学ぶ学校だ。挨拶文を淡々と読み上げる女子生徒は最高学年、第六学年になる。今日は入学式で、新たな生徒に対しての在校生からの挨拶を行っているところだ。
この魔法学園の入学式は少し変わっている。新第一学年はもちろん、第四学年にも転入生が入るので、転入生もこの入学式に出席する。そのため、十二歳ないし十三歳の少年少女と、十五歳ないし十六歳の少年少女が並んで最高学年の女子生徒の挨拶を受けていることになる。
第四学年で転入生を受け入れているのには理由がある。この国では、十五歳から成人として認められる。つまり、社交界に出ることができるのだ。
それともう一つ。この学園に在学する第四学年以上、つまり、十五歳以上の者は予備軍人として有事には戦場に駆り出されることがある。もちろん後方支援であることが多いが、腕が良ければ最前線に配属されることすらある。つまり、ここは軍人学校も含んでいるのだ。
それでも、魔導師になるならここで学ぶのが一番だ。ということで、入学希望者は少なくはない。まあ、ほとんどが貴族かその血縁者で占められているが、一般に平民と呼ばれる身分の者も少なくはない。そう言ったものには奨学金が出ることになっているので、言うほど敷居が高い学校ではないのだ。実は。まあ、軍事国家としては軍事力を確保したいだけだと思うけど。実際、この学園を卒業した者は魔導師として国家に登録され、何か起これば軍属魔導師として動員される。
『以上、在校生代表からの挨拶とさせていただきます。新入、転入生の皆様の学園生活が良いものであるように祈っております』
淡々と文章を読み上げた女子生徒は義理として起こった拍手をその背に受けながら壇上を降りる。そのまま、彼女は在校生代表の席にとすん、と腰を下ろした。
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入学式が終わり、新入生、転入生が退場してから、在校生代表の女子生徒ことフランツィスカ・シェーンハルスは講堂を出た。長い脚で大股で歩く姿は、女子として何かが間違っている。しかも、彼女はヴァルトエック公爵家の長女だ。貴族令嬢としては百八十度くらい方向性が間違っている。
きれいに整えた青の黒髪がくすぐったい。歩きながら髪に手をやり、軽くかき回した。少しぐしゃっとなったが、違和感は消えた。さらに歩きながら赤い制服の上着を脱ぐ。ちなみに、この学園の制服の上着はボレロである。
秀麗な顔立ちに似合わぬ残念さを持つ少女、フランツィスカである。ちなみに、愛称はフレンだ。フランツィスカは長いので、以降はフレンと表記する。
「どうしてハインが動員されちゃったのかしら」
上着片手に肩をまわす。慣れない行事に参加して肩が凝った。しかもそこに思わぬ襲撃に合ってしまった。
「お、お、お姉様ぁあっ」
こちらも良家の子女らしからぬ速度で駆け寄ってきたので、フレンは思わずその顔に裏拳を入れてしまった。
「ふぎゃっ」
「ああ、ごめん。つい」
無意識に裏拳を入れてしまったことに謝罪する。力は入っていなかったので、それほど痛くはなかったと思うのだが。
「ううう、お姉様ひどい……でもそれどころじゃないの! 大変なの!」
フレンの妹グレーティア・シェーンハルス(以降ティアと表記)はそう言って潤んだ紫の瞳でフレンを見上げる。髪も紫っぽく見えるので、フレンの中で彼女のイメージカラーは紫だったりする。
「何が大変なの」
非常に情緒不安定と思われるティアに話を促すが、彼女は「ここでは言いにくいの」ともじもじする。お前、告白でもするつもりか。だが、悲しいか、たまに男と間違われるフレンとは違い(たぶん名前にも問題があると思う)、ティアは少女らしいかわいらしい顔立ちをしているので威力は抜群だ。まあ、フレンは姉だから効かないが。
「とりあえず、ついておいで」
フレンはそう言ってティアの手を引き、一つの扉を開けた。
中に入ると、さほど広くない部屋が雑然と片づけられているのがわかる。壁は可動式の本棚に覆われ、申し訳程度に机が置いてある。あとは椅子とソファだけだ。
「ほら、座りな」
「う、うん」
ティアはちょこんとソファに腰かける。フレンはボレロを椅子に引っ掛けると、本棚の隙間に押し込むように置かれた魔法式キッチンでココアを入れた。
「飲みな」
「あ、ありがと」
ティアは素直にマグカップを受け取り、一口すする。
「おいしい」
ほっとしたように顔をほころばせたティアに、フレンも少し微笑んだ。自分の分は紅茶を入れる。
「相変わらずすごい蔵書量ね」
「ああ……一年の間に片づけなければならないな」
「て、手伝う?」
「いや。お前は学業に専念しろ。ハインに手伝ってもらう」
「ああ……そう」
ティアはどこかほっとしたような、それでいて残念そうな微妙な表情を浮かべた。フレンは何となく彼女に近寄り、彼女の頭をぽんぽんとたたいた。
「お姉様はさぁ」
「ん?」
「結構かっこいいよね」
「たまにハインと間違われることはあるな」
中性的な顔立ちにこの話し方だ。ひと目があるときは気を付けるようにしているが、親しいものばかりになると途端に崩れる。
「それで、大変なことってなんだ?」
そのことを聞くためにフレンにあてがわれているこの研究室に来たのだが、つつくとティアの顔が強張った。フレンは辛抱強く待つ。
「……あのね」
「うん」
「お姉様って、前世とかって、信じる人?」
その言葉を聞いたフレンは、ティアをまっすぐに見て言った。
「ティア。何か変な魔法組織にでも関わっているなら、正直にお姉様に言え。叩き潰してくるから」
「ちょ、お姉様が言うとシャレにならない……」
ツッコミを入れてからティアは息を吐き、「そうじゃないの」と首を左右に振る。フレンは本棚に寄りかかり、紅茶をひとくち飲んだ。
「信じるか信じないかで言えば、信じていないな。今まで、私はそういった記録に出会ったことがない」
研究室を与えられるだけあり、フレンは研究者だった。研究対象はかなり広範になるが、主に魔法研究を行っていると考えてもらえれば間違いない。
かなり幅広い知識を持つ彼女だが、前世と言うものは見たことがない。一応、検証はされているようだが前世が『ある』と確証を得るまでに至っていない、と言うべきか。
なので、フレンは前世を信じない。まあ、あったら面白いな、と思っているのは否定しないが。そんなフレンに向かってティアは言った。
「私、前世の記憶があるの」
真剣な表情で訴えてくるティアに、フレンは眉をひそめた。
「何言ってるんだ、お前」
一応ツッコんでみたが、話は聞いてみることにした。
「まあ、仮にお前に本当に前世の記憶とやらがあるとしようか。何故そんなことを言い出すに至ったのか、聞いてもいいか?」
「もちろん!」
むしろ聞いて! と言わんばかりにティアが身を乗り出した。
「あのね、この世界、私の前世であった乙女ゲームの舞台にすごくよく似てるの!」
「……乙女ゲーム?」
「この世界で言うなら、選択肢がたくさんある恋愛小説みたいな。ヒロインが様々な男性と恋を楽しむの。そのヒロインに感情移入して、顔のいい男にちやほやされるのを楽しむのね」
何となくわかったようなわからないようだ。しかし、物語に感情移入、と言うのは理解できるので、顔のいい男にちやほやされたい女性がその『乙女ゲーム』を好むのは何となくわかる気がした。
話を戻して。
「それでね。そのヒロインはたくさんの男をはべらすこともできるし、一人の好きな人を選ぶこともできるの。そして、誰かと恋愛関係に発展する場合、必ずと言っていいほどライバルキャラ……つまり、敵対関係の女性がいるのよ」
「……」
何となく話が見えてきたが、フレンは黙ってティアの話の続きを待った。
「私、そのライバルキャラの一人なのよ……」
フレンは少し冷めた紅茶を一口飲み、「うん」とうなずいた。そんな気はした。
「まあ、皇太子との恋愛は巷でも人気の題材だからな」
「言うな~っ」
ティアが顔を両手で覆ってうなだれた。泣いてはいないが、ショックを受けている様子。フレンがズバリと言ったからだ。
ティアはこの国の皇太子の婚約者だ。公爵令嬢という立場を考えれば不自然ではないが、長女であるフレンではなくティアが婚約者となったのは、皇太子が現在十四歳……つまり、ティアよりひとつ年下だからだ。年齢がより近いティアが皇太子の婚約者としてあてがわれたのだ。まあ、それでもティアの方が年上だが、政略結婚が多い貴族社会では珍しい話ではない。
そして、フレンが言ったように皇太子との結婚を夢見る女性と言うのは多いものだ。最近はやりの恋愛小説だって、皇太子との恋愛ものが多い。そして、その恋愛小説にはやはり意地悪な婚約者などのお邪魔な登場人物がいるものなのだ。
「ここがお前の言うそのゲームの世界であろうとなかろうと、お前は皇太子殿下の婚約者だ。いずれにせよやっかみは受けるだろ」
「それはそうだけど~」
すでに幾度か嫌がらせを受けているはずのティアだ。皇太子はティアの一学年下、第三学年にあたる。つまり、この魔法学園で一緒に学園生活を行っているのだ。接触が多い分、ティアが嫌がらせを受ける確率は高い。
「っていうか、お姉様だって他人事じゃないんだからね」
「どういう意味だ」
フレンが問い返すと、ティアはびしりと言った。
「お姉様だってライバルキャラの一人なんだから!」
「なんでだ」
皇太子と言う女の子あこがれの婚約者がいるティアならともかく、変人を地で行く自分が恋のライバルとして成立するはずがないと思った。
「寝言は寝てから言え」
つまり、フレンの反応としてはこうなる。
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