ダリアと電気カミソリ
気がつくと、僕は自分の部屋にいた。
ホームセンターで買った折り畳みのベッドの上に寝そべっている。体を起こして辺りを検めると、黒っぽい木目の机と三十二型の液晶テレビ、それにパイプ式のラックが見える。間違いない、昨日となんら変わらない僕の部屋だ。しかしそこに、違和感が襲った。
机の上に見覚えのない透明な花瓶が置いてあるのだ。
そこにはダリアの花が差してある。
僕は立ち上がって、側まで歩いた。
無骨な男の部屋に飾られた深紅の花は、不気味なミスマッチを果たしていた。筒状になった花弁の先端は片方が長く舌のようになって、外側に幾重にも重なっている。
花弁は内側に行くほど陰影が深く、穴のように見える。それは僕を無性に不安にさせた。
どうして、こんなものがあるのだろう。花を買う趣味はないし、花を買ってくれるガールフレンドもいないのに。
ここにあってはいけないもの。それは、燃える氷のように存在した。
しばらく呆然とダリアの花を見つめていると、軽い目眩を感じて、フローリングに膝をついた。俯くと、どこからか低い音が鳴っていることに気付いた。
ーーブゥーン
機械質な呻き。いつも使っている回転式の電気カミソリだと直感した。
いまいち距離感を掴みづらい音で、僕はあちこち探す羽目になった。所定の位置になっているラックの籠の中を覗いてみたが見当たらない。洗面台の近くにもないようだ。
諦めて寝室に戻るとーーぎょっとさせられた。
窓の方を向いていたダリアがこちらを見澄ましていた。
僕は恐ろしい予感を感じて、それでもダリアに歩み寄る。近付くほどに音は大きくなった。おずおずとそれを手に取った。
音は間違いなくダリアから発されていた。
静かに、しかし明瞭な悪意をもってダリアの花弁が回転を始める。肝を潰されると同時に、耐え難い欲求が首をもたげてくる。
十代の自殺願望のように青臭い、鳥肌が立つほどの恐ろしい美との同化。
僕はそれに身を任せた。
ダリアを鼻先まで近付ける。香りはなかった。
そして視界が一色にに染まって、美しい夢は赤く切り刻まれた。