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第9話「暗躍する者達・前編」

「おはよう、雪夏が凄い勢いで出てったけど、何かあったの?」

 真奈美が首を傾げながら浅井に尋ねる。

「また、高宮が何かやらかしたんだと思うよ」

 すまん、高宮。悪者になってくれ。

「また?」

 明るく笑いながら真奈美は聞き返す。

「……多分ね」

「あの二人って何だかんだ言っても仲良いわよね。羨ましいくらいに」

「羨ましい?」

 真奈美は浅井の後ろの席に腰を降ろすと両肘を机につけて両手で頬を包み込む。

「雪夏って同性からモテるタイプよね、可愛いけど男の子みたいだし」

 その口振りは何処か刺を含んでいて、浅井は真奈美の顔を見る。真奈美は浅井を見つめ返す。

「雪夏ね、浅井の事を凄く気にしてるのよ」

 浅井には真奈美が何を言っているのかよく分からなかった。

 気にしている? 雪夏が? どうして。

 そんな浅井の心境なんて知るはずもない真奈美は話を続ける。

「浅井に気があるんじゃない? 雪夏は」

「まさか」

 どうして真奈美がそんな話をするのか浅井は疑問に思う。わざわざ本人にいうべき事ではないだろう。

「どうして、そんな事を俺に言うんだよ」

「ん、何となくかな」

「はぁ?」

「それよりもさ、浅井はどんなタイプの子が好みなの?」

「どんなって……」

 返答に困り思わず、視線を真奈美から外す。

 丁度、教室の後ろのドアが開き一人の生徒が入ってくる。浅井はその生徒が廊下側の席に座るまで目で追う。

「ふ〜ん」

「うわっびっくりした」

 真奈美は悪戯っ子みたいな笑顔を作ると、

「浅井ってああいう子がタイプなんだ」

 予想通りの言葉に浅井は首を横に振って否定した。

 どうしてそんな話に持っていくのか。

「だって浅井ってよくあの子の事見てるでしょ」

 そういう君はいつも俺を観察しているのかと、浅井は思う。思うが特に表情を変えない。

「別に、ただ……」

 気になるだけだ。

 繋げそうになった言葉を飲み込む。変なことは言わない方が良い、誤解されると面倒だ。

「ただ?」

「いや、何でもない」

 教室のドアが開き、担任の黒木綾が教室に入ってくる。途端に談笑していた生活達は自分の席に着き始め、真奈美も残念そうに自分の席に戻る。

 浅井は頬杖をして、窓の外をぼんやりと眺めながら、黒木が言っている何かを聞いている。

 今日は委員会の集まりがあるから、遅れないで行けとか。欠席しているのは誰かなどの声が聞こえる。

「浅井」

 突然苗字を呼ばれ、驚き黒木に顔を向ける。

 よそ見をしていたから、怒られるのだろうか。

「このHRが終わったら職員室に来るように」

「わかりました」

 何だろう、職員室に呼び出される覚えなど少しもない浅井は首を傾げたい気分だった。

 それから黒木が二つほど連絡事項を言い、HRが終わる。浅井は黒木の後を追い、何人かの視線を受けながら、教室を後にする。

 職員室に入りると、黒木は教員用の椅子に腰掛ける。

「なぜ、呼び出されたのか理由は分かるか?」

 刺すような視線を向けられ浅井は遠慮がちに首を横に振る。

「だろうな、浅井。君を呼び出した理由は二つある。一つは私がコミュニケーション部の顧問として、君から入部許可証を徴収するため、もう一つは……」

 一度言葉を切って、近くに人がいないのを黒木は確認し、先ほどよりも鋭く睨みながら切り出した。

蒼羽夏雪あおばなつゆきという生徒を知っているか? 君と同じ一年だが」

 珍しい名前だと浅井は思った。夏と雪なんて真逆なのに。そういえば、雪夏も夏と雪が入っている。

「知らないですね、珍しい名前ですから会っていれば気がつくと思いますし」

「そうか、君も知らないか」

 君もということは他の誰かにも同様の質問をしたのだろうか。

「黒木先生。あの一つだけ僕から質問をしてもいいですか?」

「なんだ?」

「先生は、三年生も教えているから、もしかしたら莉遠って名前の生徒はいないでしょうか?」

 訊かなければ良かったと浅井は感じた。普通じゃない。いきなり寒気を感じるなんて、普通じゃない。目の前にいる黒木も先程までも確かに刺すような視線を向けてきていたが、今はそれよりももっと恐ろしく感じる。

「莉遠……」

「あ、あの。いなければいないでいいし、忙しかったのなら……」

「生徒指導室で待っていろ。一時間目の授業は何だ?」

「えっと、確か現代国語です」

「わかった。先生には私から言っておく」

「あの……」

「言っておくが、君に拒否権はない」

 黒木は現代国語担当の森山の席に駆けより、何かを話している。

 何だろう、全く意味が分からない。今日は意味が分からないことが多すぎる。厄日だろうか。お寺にでも行ってお払いしてもらった方がいいかもしれない。

 いつまでも職員室の一角に立っている訳にもいかないので、黒木に言われた通りに生徒指導室に移動する。

 始業のチャイムが鳴った後もしばらく一人で生徒指導室から窓の外を眺めていると、ようやく黒木がドアを開けて入ってくる。

「すまないな、遅れてしまった。さて、君が探しているという莉遠という女子生徒だが、名前だけでは分からないな。他の特徴は無いか?」

「えっと、特徴ですか? 特徴は……」

 言葉を濁し、浅井は探るような目で黒木を盗み見る。黒木は何かの資料のようなものを見ていて、浅井の視線には気付いていない。

 どうして黒木先生は莉遠が女子生徒だと知っているのだろうか、名前から推測したのか? いや、だが名前だけでは、女子だと特定できはしないと思うが。

「どうした?」

「特徴は……知らないです」

 ようやく黒木は資料から顔を上げ浅井を見る。

「特徴も知らないのに、探そうとするなんて君は馬鹿か?」

 呆れ果てたように黒木は言う。浅井は何て答えたらいいのかわからず、ただ苦笑いをしてみた。

「まあいい、君はどれくらい莉遠と言う生徒のことを知っている?」

「名前しか知らないんですけど……」

「そうか分かった。悪かったな、時間を取らせて。ここでの事は他言無用で頼む」

「それも、拒否権がないんですか?」

「いや、そんなことはないが―――」

 死にたくなければ、誰にも話さないことだ。とはっきり伝わってくる。

 浅井は本気で恐怖を感じた。目の前にいるのは教師じゃない。

「……失礼しました」

 生徒指導室から出て、初めて汗で額が濡れているのに気付く。

「何なんだよ一体……」

 ブレザーの袖で汗を拭い、廊下を歩き出した。






 昼休みの学校は授業中とは打って変わり、喧騒に包まれる。

 体育館やグランドでは運動部が昼食の時間を惜しんで練習に励み、購買前にはパンや弁当を求める生徒が殺到し、それでも飽きたらずに学生食堂でも生徒による喧騒が生み出されている。

 活気づいた学校には静かな場所なんて存在しないかねように思わせるが、文化部の部室がある特別棟は不気味に静まり返っている。

「莉遠がですか?」

「はい。どうやらこの学校の生徒として通っているらしいので一応ご報告を」

 特別棟三階の一番奥に位置するコミケ部の部室で河瀬優希はサンドイッチを掴み口に入れ、紅茶を流し込む。

「その件でしたら心配はありません。今の莉遠には敵対の意志はないようですから」

「お会いしたのですか? 初耳ですね」

 何気ない振りを装っていても不満を含んだ声色だった。

「危ない真似はしていないですよ、少しだけ世間話をしただけですから」

「何にしても、莉遠の名を持つ者とは会うだけでも危険を伴います。これからは相談も無しに動かないで下さい」

 優希の紅茶を取り上げて、グイっと飲み干す。

「肩に力を入れないで先生として学校生活を楽しんだらどうですか?」

「これでも結構楽しんでいますよ」

 言いながら黒木綾は部室のドアを開けて外を見て誰もいないのを確認する。

「大丈夫ですよ。この時間だとあまり人が来ませんから」

「そうですが……」

「悠緋なら心配ありません。今頃は浅井や高宮達と学食に行ってますからね」

 黒木はパイプ椅子に座ると、サンドイッチを一つ摘む。

「それはそうと、頼んでおいたことなんですが」

「蒼羽夏雪……ですか? 名簿を全て調べましたが、そんな名前の生徒はいないようです」

「そうですか。ありがとうございます」

 優希の声に混ざって廊下を歩く足音が聞こえ、サンドイッチに伸ばしていた手を黒木は止め、心配そうに優希を見る。

「他の部活の生徒ですよ、そんなに敏感に反応するほどでは……」

「優希様と悠緋様の為なら、道端に転がる石にさえも細心の注意を払う。それが私の役目です」

「そうでしたね。でもその呼び方はやめてくれますか。今の僕達は教師と生徒なんですから」

「けじめはつけないといけません」

 部室の時計に目をやって優希は驚く。話が脇道に逸れてしまい、優希が思っていた以上に時間が過ぎていたからだ。

「莉遠は放っておいていいですよ。それより今は、彼等の動きが気になります」

「あれから一年、本当に平穏でしたね」

「これからもずっと続けばいいのですが……」

 この平穏が何時までも続いて欲しいと思いながら優希は部室の窓から空を見上げた。




 律儀に昼と夜は過ぎていき、学校に五回登校し、学校から五回下校してようやくカレンダーの日付は世の学年達が待ち望んでいる週末の朝になる。いつもは昼近くまで寝ているはずの浅井はどういう訳か七時には起床し、リビングでコーヒーを飲みながらニュースを見ている。

「あら、土曜日なのに学校があるの?」

 リビングに入ってくるなり舞依は思いがけないものを見て感心したような顔をする。

「おはよ。別に学校じゃないけどさ。ご飯なら作ってあるよ」

「ありがとう……ってカツ丼?」

「男料理の代表作と言ったらこれ」

 テーブルの上には男料理の代表作。カツ丼が湯気を立てて鎮座している。さすがの舞依もそれを見て何とコメントしていいのか分からないのか、困ったように苦笑いをする。

「どうかした?」

「なんでもない」

 朝からカツ丼なんて重くて疎遠されがちな食べ物を浅井は平気で平らげ、部屋に戻りパジャマから外出する為に私服に着替える。

 この一週間莉遠とは部活の時にしか顔を合わせていない。唯一顔を合わせる部活の時も視線を合わせることすらしない。

 あからさまに避けられていることを浅井は気付いていない訳ではない。

 だから水族館の前で莉遠が待っているはずはないのだ。行くだけ徒労だと思わない訳ではない。だが、浅井はもしかしたらと思う。もしかしたら莉遠は待っているかもしれない。

 もし水族館に行かないで、悶々としたまま休日を過ごすよりは、水族館に行って、莉遠がいないことを確認してから気ままに休日を過ごした方が良いに決まっている。

「よしっ!」

 普段からファッションに気を使わない浅井はいつも着ている長袖のシャツとGパンを着て気合いを入れる。

 階段を降りて舞依の姿を探すが見つからない。

 靴を履いて玄関から外に出て、二階のベランダを見ると洗濯物を干している舞依の後ろ姿が見えた。

 動きに合わせてポニーテールが揺れている。

「姉さん、少し出掛けてくる」

「あまり遅くならないようにね〜」

 振り返りもしないで舞依が言う。

 遅くならないようにって子供じゃないんだからと反論しそうになったが止めた。急がないと待ち合わせの時間に間に合いそうにない。

 腕時計で時間を確認しながら、家を後にした。






「姉さん、少し出掛けてくる」

「あまり遅くならないようにね〜」

 やっぱり外出するか。 この一週間。誠之の様子が変だった。長年一緒に暮らしているからこそ分かる小さな異変だ。恐らく何かを隠している。

 舞依は浅井がいない事を確認してから、エプロンのポケットから携帯電話を取り出し、電話を掛ける。

「もしもし、高宮君? ターゲットは動いたわよ、そっちは?」

『仲間を使って街中を探索中です。ターゲットの発見は時間の問題かと』

「そう。なるべく早く見つけて、二人のデートコースを予想するの。私もすぐ行くから」

『ボスの仰せのままに』

 健全な男子高校生が青い衝動のままに行くところまで行かないように見張る必要がある。そう不純異性交遊は阻止しなければいけないのだ。舞依の中では弟のデートを尾行する為の大儀名分が渦巻いていた。

 舞依は電話を切ると、すぐに別な番号にかけ直す。

「悠緋ちゃん? 今何してる?」

『ユキとゲームしてます。何か御用ですか?』

 勝利を確信したかのように舞依は笑みを作る。

「リアル探偵ゲームに興味はないかしら?」


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