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第7話「夢と記憶と水族館」

 コミケ部に入部してから一ヶ月が過ぎたゴールデンウイーク明けの朝。いつもより遅く起きた浅井は憔悴し切った顔をしている。

 一階に降り、リビングに入ると先に起きて朝食の用意をしていた舞依は目を丸くした。

「具合悪いんじゃないの!?」

 舞依の大声に頭がぐわんぐわん痛む。浅井はいつもの椅子に腰を降ろすと、細くため息をつく。

「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないから、今日は学校休んで病院に……」

 朝のニュースを眺めながら浅井は短く笑い。

「過保護もほどほどにしないと弟に嫌われるよ姉さん」

 この一言は意外と効いたみたいで、舞依はよろめきながら椅子にストンと腰を降ろすと朝のニュースを眺める。

 姉弟揃ってニュースを見ていると、画面が切り替わり、工場が燃えている映像が映し出される。

 赤い火の手がはっきりと見えていた。

「午前四時頃───」

「───乙女座のあなた、今日は運勢が……」

 アナウンサーの声が突然切り替わり、占いの番組になる。

 いつもニュースで火事の話題が出ると、舞依はチャンネルを変える癖があり、それについて浅井が疑問に思い以前尋ねたが、明確な答えは得られなかった。

「ご飯の支度急いでするから少し待ってて」

 立ち上がり、キッチンに向かう舞依を浅井は呼び止める。

「なあに? やっぱり今日は病院に」

「違うよ」

 また短く笑うと、浅井は沈んだ表情になる。

「父さんや母さんはどんな人だった?」

 予想もしていなかった言葉だったのか、舞依は思わず顔をしかめてしまう。慌てて笑顔を取り繕い、

「優しい人達だったわ」

 足早にキッチンに向かう舞依を見ずに浅井は椅子に深く座り直す。

 両親を幼い時に火事で無くした浅井にとって、舞依の言葉だけでしか両親を想像する事しか出来ない。

 しかし浅井はたまに嫌な夢を見る。周りが炎に包まれ、目の前に誰か大人が立っている夢。その夢を見た後は決まって、体が重くなり頭が痛くなってしまう。

 夢の中に出てくる大人は誰なのだろうか。

 もしかしたら―――

 ふいにインターフォンが鳴り、それに続いてキッチンから舞依の声。

「手が離せないから誠之、お願い―」

 重たい腰をよっこらせと上げた時に浅井は愕然とした。

 何て事はない。ただ本当に、

「よっこらせ」と口にしていたからである。

 早くも老化現象が進んで来た体を半ば本気で心配しつつ、足早に玄関に向かい覗き穴で来訪者の確認もしないでドアを開ける。

「おはようございます。ご主人さま」

 ドアを開けると百万ドルの夜景もびっくりなくらいに輝いた笑顔を向け、浅井と同じコミケ部の莉遠が玄関先に立っていた。

「ああ、おはよう」

 初めて教室で会ってから今日に至るまで、莉遠は学校の日は毎日浅井の家に迎えに来ているようになった。初めは恥ずかしいやら困惑やらで色々と狼狽したものだが最近ではそんなこともなくなり、人の順応性の高さに浅井は密かに感心している。

「どうでもいいけどさ、今日はまた一風変わった挨拶だね」

「部長が男の子はこういう事を言ったら喜ぶと言っていましたから」

「悠緋さんの言う事を真に受けちゃダメだって。そっち方向では、あの人の知識は間違ってるんだから」

 教えたのが口調だけで服装まで及んでいなかったと浅井は安堵する。さすがにあんなフリフリメイド服なんて着て来られたらこの世の終わりかと思える。

 こんな時に校則に私服でも構わないという項目があることが災いすると浅井は思う。

 もっとも今の時代なのかどうかは知らないが、私服で登校する生徒はほとんどいない。大体学校の制服を着ているので、浅井は私服許可の校則を忘れることもある。

「朝ご飯まだだろ? 姉さんが三人分用意してるから上がりなよ」

 浅井に促されて莉遠が玄関先から家の中に入り、靴を脱いで上がる。二人でリビングに戻ると朝食の準備は整っていた。

 舞依は笑顔で二人を出迎えると、テレビの電源を切り椅子に座る。浅井と莉遠もまた椅子に座り朝食を食べ始める。

 時々静かな笑い声が飛び交い、上品だが仲の良い家族の団欒みたいだった。

 食べ終わると浅井は学校の支度を始め、舞依と莉遠は食器を洗う。浅井が支度を終わらせてリビングに行くと、既に洗い物を終わらせた舞依と莉遠がソファーに座ってテレビを見ていた。

 並んでいる舞依と莉遠を見比べても、全く似つかない。それなのに初めて会った時に似ていると感じたのはどうしてだろうか。

「なあに誠之。莉遠ちゃんをまじまじ見つめたりして。恋した? ラブストーリー?」

「アホっぽい発言してないで、時間だよ。姉さんも店に行くんだろ?」

 舞依は壁に掛かっている時計を見上げ時間を確認する。

「窓の鍵閉めた?」

 ソファーに座っていた莉遠が立ち上がり、鍵が掛かってる事を確認し、浅井は台所にガスの元栓が締まっているのを確認する。

 三人揃って家を出て、舞依が玄関の鍵穴に鍵を突っ込む。

「じゃあ行ってくるよ」

「行ってきます」

 門を開け、三段ほどの段差から道路に降りた浅井と莉遠は施錠をしている舞依の後ろ姿に向かって言う。

「行ってらっしゃい」

 顔だけを浅井の方に向けて舞依は言う。

 二人が背を向けて歩き出すと、背中の方から。何でこの鍵はいつも反抗期なんだ、早く閉まらないと取り替える。と舞依が鍵に悪態をついているのが聞こえ、莉遠が少し笑った。

「優しくて明るい人だね、舞依さんは」

「昔から姉さんは二人分くらいうるさいからな」

 何かを考えるように遠い目になる浅井の隣で莉遠は小さく笑っている。

「なに?」

「仲が良くてうらやましいなぁ」

「たった二人の家族だからな」

 二人だけの家族と莉遠は小さく呟くが、浅井にはその声は聞こえなかった。

 一方の浅井は夢を思い出していた。時折見る夢の中では、周りは炎に包まれ、誰か大人が見下ろしていた。もしかしたら、その大人が。

 首を横に振り立てた仮説を振り払う。そんな訳がない。

 それでは姉さんが言っていた事が嘘になる。幼い時から浅井は舞依に両親は出張先で事故に遭い他界したと教えられていた。

 姉さんが嘘を教えるはずがない。そう浅井は信じる。夢は所詮夢でしかなく、記憶を基に創られるはずがないのだ。

 地面に落としていた視線を上げると、坂の上の校舎が目に映る。

「ね。誠之はどっちがいいと思う?」

「えっ?」

 考え事に夢中で莉遠の話を全然聞いていなかった浅井は突然話題を振られ慌てる。

「えっと……ごめん。何だっけ?」

 莉遠は怒りはしなかった。笑顔を作り、さっき言った言葉をもう一度言う。

「だからね。水族館と映画館だったらどっちに行きたい?」

 浅井は少しだけ考え、

「水族館」

 と答えた。

 莉遠は笑顔のまま、鞄から水族館の割引券を取り出すと、浅井の前に一枚差し出す。

 反射的に券を受け取ってから。

「なに、これ?」

「今週の土曜日に一緒に行こうよ。水族館」

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