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第15話「月の兎」

 聞き間違いか。それとも事故に遭って自分の頭がおかしくなって、雪夏の幻覚を見ているのか。どちらにしても、

「俺達が兄妹だって? そうすると双子ってことになるな。いや、でも」

 雪夏が妹なんて信じられるはずがない。三ヶ月前の入学式の日に初めて会ったはずなのだから。それ以前に会ったことなどないと浅井は断言できる。

「初めて会った時にあたし言ったよね? 高宮の親戚だって。嘘なの」

「嘘?」

「うん。あたしは小さい時にある人達に拾われたの」

 雪夏がある人達と言った事に浅井は引っ掛かりを感じる。個人ではなく複数の人に拾われたってことを指しているのだろうか。

「何歳の時かわかる?」

 しかし、浅井は疑問に思ったことには触れずに別の質問をする。

「五歳くらいの時」

 浅井孝太郎に養子に迎えられたのも浅井が五歳の時だった。

 それ以前の記憶を持ち合わせていない浅井は、雪夏の話を完全に否定することは出来なかった。かと言って雪夏の話を信じる訳にもいかない。

 物心ついた時からずっと傍に居て母親の代わりだった舞依に浅井は絶対の信頼を寄せている。その舞依からは他に家族がいるなんて聞かされたことがない。

 浅井にとって舞依だけが唯一の家族であり、姉弟なのだ。容易に雪夏が妹とは信じられるはずがなかった。

 浅井は小さく笑い、誰も信じるなとの舞依の言葉を思い出す。そう教えられてきた自分が信じるか信じないかと悩むのは間違っている。この場で雪夏の言ったことを妄言と決め付けまったく取り合わずに追い返すのは簡単だ。だが、いつも太陽の様に明るい雪夏の沈んだ表情を見ていると、浅井にはどうしても無下には扱えなかった。とりあえず浅井は雪夏を椅子に座らせて自分はベットの縁に座る。

 水を飲ませて落ち着かせようと浅井は雪夏に天然水のペットボトルを渡す。

 雪夏は渡されたペットボトルをそのままテレビの上に置くとカエルのキャラクターが描かれた小さくてピンク色のポーチから一枚の写真を取り出し、浅井に手渡す。

 写真には大きな木を背景に小さい男の子と女の子。それに小学生低学年くらいの少女が写っていた。

 見ただけでも古いのが伝わってくる写真から雪夏に視線を戻す。

「この写真は?」

「拾われた時にあたしが持っていたもの」

 相変わらず雪夏の表情は暗く曇っている。それも無理はない。雪夏の手前ポーカーフェイスを気取っている浅井も、本当は困惑で頭が一杯だ。

 気まずい沈黙に耐え難く浅井はもう一度写真を見る。

 確かに言われてみれば、写真の男の子は幼い時の自分に似ているかもしれない。浅井の実家に行けば当時のアルバムが残っているはずなので、比較することは可能だ。小学生の少女にしても、舞依に似ているかもしれない。だが。

 ひとまず浅井は写真のことは置いておくことにした。

 雪夏が自分達が兄妹だと言った時から気になっていたが、今まで聞けなかった事を浅井は尋ねようと決意する。

「どうして俺達が兄妹だと思うんだ?」

「……教えてもらったの。優希に」

「ユキが?」

 どうして優希がそんな事を。どうして雪夏にそんな事を教えたのだろうか。

 真実にしろでっち上げの嘘にしろ優希は何を考えているのか。今の浅井にはいくら考えても分かるはずがなかった。

 何をどう切り出せばいいのか浅井は分からずに途方に暮れた。このままだと朝までこうしているかもしれない。

 誰でもいい。ここに来てこの気まずい雰囲気を壊して欲しい。

 高宮が来ないかと浅井は病室のドアに視線を投げかける。そうしているうちに本当に病室のドアが開いて高宮が入って来る事を願っていると本当にゆっくりと病室のドアが開き始める。

「高っ……」

 思わず発しようとした言葉を途中で塞ぐ。ドアを開けて入って来た少年は高宮では無かった。白いワイシャツに黒い学生ズボンを見る限りは中学生くらいだろうか。

 髪は背中まであり中性的な顔立ちは見る人によっては少女と勘違いするかもしれない。浅井も服装から見て男だと判断したが、もしセーラー服を着ていたのなら女だと思っただろう。

「浅井誠之さんに永山雪夏さんですね? 僕と一緒に来てください」

 浅井は雪夏の顔を見ると雪夏も浅井を見返してくる。その目は知り合いかと訴えて来ていたので浅井は知らないよと首を横に振った。

 二人同時に少年に視線を戻す。

「君は?」

「僕の事は後で説明します。今は時間が無いんです。黙って僕の言う通りにしてください」

 受け答えこそは丁寧だが、少年の言葉は有無を言わせないような強さを持っていた。結局浅井と雪夏は少年の後についていき病室を後にしエレベーターに乗り地下駐車場でエレベーターから降りる。

 駐車場で待っていた黒塗りの車に乗り込み、そのまま車は動き出し病院の外に出る。

 車の後部座席は三人が乗っても、あと一人くらいは乗れそうなくらい広々としていた。後部座席と運転席の間に仕切りがついていて、運転手の顔は見えなくなっている。

 一通り観察を終えた、浅井が窓から外を眺めようと視線を移したまさにその瞬間だった。

 後ろから思わず身を震わす程の爆音が響き渡り、かすかに地面が揺れた様な気がする。

 何が起こったのか気になったが、車は既に道路を右折と左折を繰り返していたため、後ろを振り返っても何があったのかは分からなかった。

「今のって……なにかあったのかな?」

 少年に向かって言ったであろう雪夏の言葉は車の中に響き、その問いに対する答えは返っては来なかった。

 浅井と雪夏を乗せた車はそれから二十分程走り続け、目的地を告げないまま停まる。

「降りてください」

 言われるままに車から降りた浅井は暗闇に浮かぶ大きな建造物を見た。それは見慣れた白塗りの建物。青ヶ島学園高等部の校舎だ。

 校舎を見ていると後ろから車が走り出す音が聞こえる。振り返ると乗ってきた車は坂を下って行ってしまう。 帰ろうと思えば徒歩で帰れる場所なので置き去りにされても困ることはない。

「あれは?」

 雪夏が見つめる方向を見るとその先に赤い光が見えた。いや赤い色と言うよりも、赤黒い。それは何かが燃えているような。

 そこまで考えてようやく思い至った。青ヶ島学園から右手の方角に見えるという事は、先程までいた病院の方角だ。

「手筈通りならもうすぐ迎えが来るはずですから。それまではゆっくりとくつろいでください」

「君は何者なんだ?」

 後ろを振り返ると闇に浮かぶ白いシャツが目につく。

「あぁ。申し遅れました。僕の名前は利樹。白木利樹しらきとしきです」

 丁寧にお辞儀をする少年の第一印象は。今更第一印象というのもおかしいが、白木の第一印象は決して悪くはなかった。どちらかと言えば好感が持てると言えるだろう。特に理由はない。ただ無条件で好感が持てる。そんな雰囲気を浅井はよく知っていた。浅井だけではなく雪夏も気づいていた。

 白木が纏う雰囲気は河瀬優希のそれとよく似ていた。

「今、あなた達が考えている事を当ててみましょう。僕の事を誰かと重ね合わせているはずです。そしてその誰かは河瀬優希ですね?」

 図星を突かれた浅井と雪夏は本当に驚いた表情で何かを言おうとしたが言葉にならない。

「浅井さんは、どこまで知っているんですか?」

「何を?」

「あなたを取り巻く世界の事を……河瀬優希や莉遠。高宮さんについてどこまで知ってます?」

 そう聞かれると何も知らないような気がする。莉遠はただの部活動の仲間で友達だ。それに高宮と優希も同じようなものだし。

 そういえば高宮と優希の家に遊びに行ったことがないし両親を見たこともない。

「その顔を見る限りでは何も知らないみたいですね」

「何も知らなくて悪かったな。お前は何を知ってるって言うんだ?」

「少なくても、あなたよりかは知っていますよ。色々とね……どうです? 雪夏さん。あなたも自分達の秘密を知ってもらったらどうですか」

 まるで挑むような口調で浅井から雪夏に視線を移す白木に雪夏は顔を顰める。

「そんなもの、あたしには無いわよ」

「はてそれは妙ですね、あなたは月の兎の存在を浅井さんに言ったんですか?」

「月の兎? なんだよそれ」

「……どこでそれを?」

「雪夏?」

 横にいる雪夏に顔を向けると雪夏は何か険しい表情で白木を睨んでいるのが分かった。静かに唾を浅井は飲み込む。

「まぁいい。あなたが言いたくないのなら、僕が浅井さんに説明しますよ────」

 ────犯罪の件数は年々増加し未成年による殺人事件や学校でのいじめ。更には覚せい剤の使用も多発している。この事態を重く見た国家は秘密裏にある組織を設立した。それが『月の兎』と呼ばれている組織。

 組織の活動目的は少年少女による非行の防止。その為には一番効果的な手段は実際に小、中、高、そして大学にも監視員を送り込み監視させること。少年少女による非行の防止。その活動理念を達成する為に組織は孤児を引き取り幼い時から様々な教育を徹底的に施している。組織に従順に従わせる為、そして生徒として学校社会に入り込み、子供を監視する為に。それが月の兎と呼ばれる組織だ。

「それ本気で言ってるのか?」

「……そう。月の兎は確かに存在している組織。あたしはその組織の監視員だから。高宮もあたしと同じ。身寄りが無かったから組織に引き取られて育てられた」

「そんな……」

 確かにそれなら学生の犯罪は少しは防止できるのかもしれない。喫煙や飲酒をしていたらそれを知らせればいいだけだ。 しかし、孤児という理由だけで組織に入れさせられスパイ同然の事をさせられている子供達はどうなる。

 幼い時に自由を奪われ、教育とは名ばかりの虐待を繰り返し行われているのではないだろうか。子供達が大人の意にそぐわない行動を取らないように。自分の意見も主張も言えずただ与えられた役割をこなすだけの歯車や部品で人として扱われていなかったら。

「そんなのって……」

 耳に届いた自分の声は驚く程震えていた。

「別に不自由はしてないわよ。あたしを育ててくれた人たちも自分の子供のように接してくれたし。まあ中には育児経験が無いって人も居たけどね。何も無い平和な学校では思いっきり学生生活を満喫できるし。あなたが考えているようなことは多分……てか絶対されてないから。だから、そんな悲しそうな声を出さないでよね」

 浅井を見る雪夏は笑顔を作る。無理をして作ったであろう笑顔にはいつもの太陽の様な明るさはなかった。

「浅井誠之さん。君がどう行動するのかは自由です。僕が言った事をそのまま誰かにに言ってもいいですが誰も君の話を信じはしないでしょうけどね」

「……」

「それより、あんたは一体何者なの? どこから月の兎の存在を知ったのかしら? 返答次第では……」

「返答次第では?」

「あなたをこの場で逮捕します」

「ふふっ。怖い顔ですね。まあいいでしょう、ある程度なら話してもいいと許可をもらっていますしね」

 白木は細く息を吐く。

「まずは僕のことではなくて、河瀬優希の事についてお教えしますよ」

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