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第12話「遠すぎる過去」

 土曜日の正午と言えば週休二日制が取り入れられている学校社会では休日になっている。

 休日とは学校に行かなくてよい日で家でゴロゴロしたりゲームをしたりして遊ぶ為にある日である。間違っても人様のプライベートを見張る事ではない。

 道路を挟んで水族館の真正面にあるファミリーレストランの窓側の座席に高宮と悠緋がテーブルを挟んで向かいあう形に座っている。

「ケーキセット下さい」

「お飲み物は紅茶とコーヒーどちらに?」

 メニューを指指しながら、悠緋がバイトのウェイターに注文する。

「コーヒーで」

「ご注文は以上でよろしいですか?」

 悠緋は、窓の外を眺めている高宮に視線を投げ掛け、

「高宮君は? 何か食べた方がいいよ。ユキ達はまだまだ出て来ないと思うし」

 何か注文をするように促す。

 現に優希と舞依が浅井達を追って水族館の中に入ってからまだ十五分しか経ってない。

「河瀬先輩と同じ物で」

 注文を書き終えたウェイターが丁寧にお辞儀をして厨房に戻って行く。

 店内は悠緋と高宮の二人しか客がいなく、クラシックの音楽が一層寂しいさを掻き立てる。

 悠緋は黙ったまま、道路を走る車を眺める。

 浅井のデートがそんなに気になるのではなく、高宮と話す話題が全く無かった。

 一年振りの再会だと言うのに。前は先輩と後輩の関係で気軽に話が出来ていたのに。

 何か話そうとして、止めて軽く唇を噛む。その繰り返しだった。

 何とか頼んだ物が来るまで水を飲んで間を持たせようとしたが、思ったよりも早く水を飲み干してしまう。

 沈黙に耐えられなくなった悠緋は鞄から携帯電話を取り出しメールのチェックを始める。

「まだ二年しか経ってないんですよね」

 おもむろに口を開いた高宮に釣られ、悠緋は携帯電話から高宮に視線を移した。

 高宮は依然として窓の外を眺めている。

 何て答えたらいいのか悠緋は分からずに黙ってしまう。

「なんか懐かしいですよね。あの頃が。お互いに何も知らなかったから」

 あの頃。そんな言葉で形容するほど一年は長いのだろうか。いや、時間よりも色々ありすぎたのか。

「高宮君はどうしてこっちに転校して来たの?」

 話題をずらすつもりは悠緋にはない。ただ聞いておきたかっただけだ。

「河瀬先輩には関係のない事です」

「……そう」

 高宮は水を一口飲む。

「どうして今日は誠之君のデートを尾行しようと決めたの?」

「河瀬先輩には関係のないことです」

 関係がなくはない。関係がないはずがない。優希の様子が変わったのは高宮からの電話の後だった。

 今日の朝。舞依と入れ代わる様に高宮から電話があった。優希に代わって欲しいと言われたので、電話を渡し、ソファに座ると対戦していたゲーム機のコントローラーを握ろうとした悠緋に向かって受話器を置いた優希は言った。

『今日はゲームじゃなくてコミケ部の活動をしようか』

 言われるまま優希に連れられてこのファミリーレストランにやって来ると、高宮が先に来ていて待っていた。

 明らかに高宮に呼び出されたのに、それなのに関係ない?

 休日を邪魔されてこんなどうでもいい事に連れて来られて、関係ないなどと言われたらさすがの悠緋にも怒りが込み上げる。

「私に関係ない? 嘘は言わないで。ユキに関係があって私に関係がないわけないじゃない!!  あの事件の事で何時までもユキを苦しめないでよっ!」

「落ち着いて下さい河瀬先輩。なにか誤解しているようですが、俺達はもう優希を捕まえて法の下で裁こうとは思っていません。純粋に優希の力を借りたいだけです。少し身内の事情がありまして俺達は動きにくいんです。だから……」

「どっちにしてもユキを利用しようとしているのには変わりないじゃない! 一度はユキを……」

 殺そうとした癖に。

 さすがにその発言をするには場所がまずいと寸前の所で口をつぐみ、テーブルに視線を落とす。

 立ち上がり机を思いきり叩いたせいで悠緋の空になっていたコップが倒れていた。

 肩で荒い呼吸をする内に、何て事をしたのだろうと後悔し始める。

 最悪だ。感情に任せて怒りをぶつけても、何の解決にならないのに。

「……」

 無言で高宮はテーブルの上にクリップで留められた何十枚もの白い紙の束を置く。

「これは……?」

「あの事件の関係者である河瀬先輩だからお見せします。どうかこれで俺達の目的が優希ではないと理解して下さい」

 躊躇ったが悠緋はその書類に目を通して行く。

 しばらく夢中で読み進んでいる内にこの書類が何なのか悠緋は理解し始める。しかし、理解は出来ても分からない。どうしてこんな事を調べる必要があるのだろうか。

「はっ。こちら高宮軍曹……何だカシワか。隊長じゃないのか」

 さっきまでとは別人の様に明るい高宮の声。学校でいつも見せているお調子者の演技だ。

「ターゲットを見失ったって、こっちはこれからケーキを食べるんだよ。他を当たれバカチンが」

 見失った? 気付かれたのだろうか。

「た、隊長殿!? 申し訳ありません!! ケーキセットなどに現を抜かしておりました!」

 電話の向こう側が優希から舞依に変わったらしい。

「はっ!! ただちにキャンセルをしますであります!! イエッサー」

 丁寧語と言うか日本語がめちゃくちゃである。そのめちゃくちゃな日本語を叫びながら高宮が厨房に乗り込んで行く。

「おうわっ!? 大丈夫ですか!?」

 厨房の中から高宮の人を気遣うような声が聞こえて来る。

 何だろうと不思議に思った悠緋も立ち上がりゆっくりと歩いて行き躊躇いがちに厨房の中を覗いた。

「た、隊長!! こんな時どうすればばば!? マウストゥマウス!?」

「どうかしたの……ってどうかしましたか!?」

 従業員が床に倒れ込んでいる。中にはお腹を押さえている人もいた。

「河瀬先輩! 救急車は頼みました!! 俺はマウストゥマウスを!」

「わ、わかった!!」

 この時の事件は後にファミリーレストラン。従業員が集団食中毒と言う見出しで新聞に載る事になる。

 無事一命を取り留めた従業員はマウストゥマウスの高校生と語っているが、その高校生が新聞に載る事は無かった。




 遠くで救急車のサイレンが鳴り響いている。確実ではないが先程まで居た水族館の方角かもしれない。

 あまり深くは考えられない。水族館からかなりの距離を走ったので浅井の息は絶え絶えだ。

 大通りから離れた公園のブランコに浅井は腰を下ろし一息つく。

「あ〜、死んだかと思った」

 今から四十分前。土産物コーナーを回った後、二階に移動して何か食べようとバルコニーに移動した時の事だ。いきなり莉遠は浅井を掴み一本背負いで投げ飛ばした。

 途中で莉遠が手を離した為、浅井の身体は落下防止の柵を簡単に飛び越し、

重力に従い当然の様に下に落下し、運よく停まっていた荷台に落ちた。トラックの荷台には藁がこんもり詰まっていたので、怪我をせずに済んだ。

 その後飛び降りて来た莉遠に踏まれそうになったが。

 そしてその後莉遠は浅井の手を引いて走りだし、現在に至る。

「ごめんね。痛かった……?」

「大丈夫だけど……理由を聞かせてもらえる?」

 何の理由も無しに投げ飛ばされたのではたまったものではないが。

 莉遠は少し躊躇いを見せたが、浅井を正面から見る。

 莉遠の澄んだ瞳に見つめられ、浅井は気恥ずかしいと思う。

 理由も無しに可愛い子に見つめられると恥ずかしいものだ。などとピントのズレた事を考えている浅井の心境を知る由もない莉遠は投げ飛ばした理由を簡潔に述べる。

「何者かに尾行されていた」

「……はい?」

 殺し屋かもしれないと莉遠は言うが、まさかありえないだろうと浅井は思い、そのまま思った事を口にする。

「そう……かな?」

「莉遠って意外とアクション映画とか見たりしてる? 確かこれも防弾ガラスとかって言ってたよね」

 ポケットからガラスで出来たラッコの形をしたペンダントを取り出す。

 つい先程水族館で莉遠に貰ったものだ。お守りとして持っているだけで御利益があるらしい。

 さすがに本当に防弾ガラスでは出来ていないだろうけど。

「ありがとうな」

 浅井の素直な感謝の言葉に莉遠は嬉しそうに目を細める。

「さてと。そろそろ行こうか」

「もう少しここに居ましょう。誠之の話でも聞かせて欲しいな」

「俺の話って面白い話なんてないぞ?」

「面白くなくてもいいよ。私がもっと誠之を知りたいだけだから」

 そう言って微笑んだ莉遠は正直やっぱり美人だなと浅井は思う。

 そんな美人にもっと知りたいなどと言われ、浅井は照れながら何を話そうかなと考えていた。

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