第1話「出会いと再会の朝」
春。桜の季節。桜が咲き誇る季節でもあり、そして春休みが終了を告げ、忌々しい学校の新学期が始まる季節でもある。大概は出会いと別れの季節など美化する人がいるのも確かだが、少なくとも浅井誠之はそんな事を考えはしない。
記念すべき青ヶ島学園高等部の入学式が行われる日だと言うのに、今は過ぎ去りし休みの日々を思い出しながら、遠い目をしている。
浅井の隣を歩いている河瀬優希は浅井とは正反対に楽しそうに笑みを浮かべながら桜の木を見上げる。
「楽しそうだな、学校が始まるってのに」
「そんなに深刻な顔をするほど、学校は嫌な場所でもないと思うけどね」
「確かにそうだけどさ」
桜の木が並ぶ坂道の上に青ヶ島学園の校舎が朝の日差しを受けて、白く輝いている様にも見える。その校舎を見上げながら、どうにかこれから始まる楽しい高校生活を思い描いてみようとするが、どうしてもずっと休みの方がいいなと思えてしまい、もしかしたら自分は将来ニートにでもなってしまうだろうかと、遠いような近い未来の心配をしていると。
「あれ? お前」
突然、後ろを歩いていた男子生徒が声を上げる。全く聞き覚えの無い声だが、反射的に後ろを振り向く。
青いブレザーを着た長身の男子生徒が浅井をじっと見ていた。いや、正確には浅井を見ているのではなく、隣に居る優希を見ている。
横目で優希の表情を伺うと、そこには驚いている様子もない。
「久しぶりだね。シン」
先に言ったのは優希の方だった。シンと呼ばれた男子生徒は笑いながらそれに答える。
「一年振りくらいか?」
「そうだね。君がここにいるなんて、驚きだよ」
言葉とは裏腹に優希は驚いている様子はない。
「この学校を受験したからな」
「どうしてここを?」
二人のやりとりを横で見ていた浅井は一年前に優希が転校して来た日の事を思い出していた。
一年前の春の季節。河瀬優希は青ヶ島学園中等部に転入してきた。突然の転校生に、誰もが興味を持ち。優希本人も容姿端麗、成績優秀、運動抜群に加え、どんな頼まれごともソツなくこなし、誰にでも優しく人当たりの良い性格から、すぐにクラスに溶け込み、男じゃなくて女だったら良かったのにと本気で思った男子生徒は少なくない。浅井はそんな奴らに、本気でホモになることをお勧めしていた。
思えば、浅井を含め、青ヶ島学園では優希の過去を知っている人間はたった一人しかいない。
浅井にとって優希の過去なんてどうでも良いし、過去がどうだからと言って、友達じゃなくなるなんてことではないが、知りたいと思うのは人の性だろう。
「浅井。紹介するよ、前の中学で友達だった高宮清」
「高宮君? 俺は浅井誠之。よろしく」
「ああ、よろしくな。ところで浅井君とやら。この学校に可愛い子は沢山いるかい?」
「……はっ?」
「いや、だからさ可愛い子だよ可愛い子。ゲー厶だったら、女の子の情報を一杯仕入れているキャラみたいな顔をしているからさ、気になって」
変な所を気にするな。というか何だ、初対面の人間を捕まえて女子の情報を一杯仕入れているキャラとか、どんなキャラだ。一体どういう解釈をしたらそんな印象を与えられるんだ。
それともあれか遠回しにモテないとでも言いたいのか。
どうせ今までの人生で彼女がいた時間なんてゼロ秒だし、バレンタインにチョコレートなんて代物をもらった事もない。だからどうした。
そんな事を思いながらも本気で整形外科にでも駆け込もうかと考えていると、
「おっと、誤解しないでくれ。別に君の顔をモテナイとは言ってないぞ? 今までの人生で彼女がいなくともこれからの人生がそうであるという事はないからな」
人の心でも読める万能ツールでも持っているんですか、コノヤロウ。と口に出そうとして慌て口を紡ぐ。いくらなんでも初対面でそんなことを言うのは失礼だ。
微妙な所が律儀なのが浅井誠之なのである。
「高宮君は、どうしてこの学校に?」
作戦その一。『さりげなく』話題を逸らす。
「シンでいいよ。まあ、親の仕事の都合って所かな? なあカシワ」
「僕に振られても、知るわけないじゃないか」
「ところで、浅井君。この学校で可愛い子は何人くらい、いる?」
作戦失敗。
折角話題をずらしたと言うのに、結局無駄な足掻きだったようだ。どうあっても高宮は浅井のことを自分の知っているゲームのキャラと同じ役割を担いさせたいみたいだ。全く。優希が居た中学はこういう人が多いのが特色なのだろうか。
そういえば、最初に会った時にあの人も同じ事を言っていたような気がする。
「俺のことも、浅井でいいよ」
作戦その二。懲りずに話題を逸らす。
「じゃあ、浅井。この学校で可愛い子は割合でいうとどれくらい?」
会って十分としない内に同じ言葉を何回口にすれば気がすむのだろうか、いい加減話題をずらすのも、面倒になってきた浅井は、助けを求めるように優希を見る。
当の優希はさっきから頻繁に後ろを振り返っていて、浅井の視線に気づく様子も無い。
坂の下を眺めていた優希は、坂を自転車で駆け上がって来る女子生徒を見つけると、左の肩に掛けていた鞄を肩に掛け直し、前に向き直る。
「やっぱり、ね……」
呟いた言葉を風が運ぶように、強い風が一瞬だけ吹き通っていく。
相変わらず浅井は高宮に情報開示を迫られ、知っているはずのない情報をどうしても開示することのできない浅井はただ苦笑し、ガードレール側を歩いてる優希は楽しそうに笑顔で左手に広がる街を眺め、後ろからは坂道を全く障害としていないかのように猛然と自転車が迫ってきている。
「そこのドアホぉぉぉぉぉぉ!!」
「ん?」
高宮と浅井が同時に振り返り、自転車に乗りながら叫んでいる女子生徒を見る。
「よぉおくも、騙したな!! 覚悟しろ!」
「雪夏!?」
「知り合い?」
浅井の問いには答えずに高宮は両手を前にだし手を広げる。恐らく待てといいたいんだろうなと浅井は思う。
「待て!! 話せば分かる! だから待て!!」
右手だけで自転車のハンドルを支えながら、背中に背負っていたバックからはみ出していたハリセンの柄を左手で掴み引き抜く。
その様子はさながら、戦国時代に馬の手綱を引き、片手に刀を持ち駆け巡った武士のような印象を受ける。
高宮が逃げるより早くハリセンが高宮の顔面を捉える。
ハリセン独特の景気のいい、凄く痛そうな音が響き渡った。だが、女子生徒はそれだけでは物足りなかったのか、自転車を近くにいた浅井に預けると、痛みに悶絶する高宮に向かって容赦なくハリセンを振り下ろす。
入学式の登校時間。学校の校門の近くでハリセンを振り回している女子生徒と、それを受けている高宮。
入学式の朝に似つかわしくない異様な光景に誰もが目を奪われていた。
浅井と優希は目を合わせると、浅井は肩をすくめ。優希はやはり楽しそうに笑いながらハリセン少女と高宮を見ていた。
この物語はフィクションです。実際の以外略。作者です。更新速度は遅めになりそうですが、よろしくお願いします。