賭博
「もう、ゼロひどいよ! 私を起こす為だけに貴重な音響爆弾を使うなんて! あ、あと煙弾も、あれ気づかなかったらどうするの! もっと前持って作戦とか立ててよ!」
「…………」
「偶には、何か答えてよ……あ、頭下げたって許さないんだから、日本人の真似したって、私にはふざけてるようにしか見えないからね」
「…………」
「それにしても、まさか最後に自爆しようだなんて覚悟があるのか余程、肝が座っているのか、驚いたよ」
「…………」
「それに私の攻撃は避けるし、ゼロの狙撃だって一発は避けたよね。すごいよね」
「…………」
「あとそれから……」
うるさい。
「今、うるさいって顔したよね! うるさいって顔したよね! ざーんねん喋るのが私の取り柄ですー、ゼロが喋らない分、私が人一倍しゃべりますー……それはそれとして」
アイが落ち着いた雰囲気を取り戻し帰り道を歩く、時刻はまだ深夜くらいだろうか。下層は薄暗い。
日の出の時間くらいしか下層は日が刺さないのと、昼の間だけ天井の大きな照明が光るのだ。
今は街灯のみが道灯りとなっている。
アイは今、背中に今頃なら死体になっているサーリャを背負いながら眠そうにあくびをする。
「手榴弾の底を狙撃して、爆発を止めるなんて芸いつ覚えたの? まぁいいけど一歩間違えば私も巻き添えだったんだよ? それにこの子、生かしてどーするの?」
仲間にする、アイの攻撃を避け、俺の狙撃を避け、なによりも最初に目の前の兵士が撃たれた時の判断力。仲間になれば、俺たちのやれることも増えるはずだ。
仲間になればだがな。
◇ ◇ ◇
ボクは……ん? 手と足がある、爆発でバラバラのはずの四肢がどうして?
意識はまだハッキリとはしない、ぼんやりと夢の中を彷徨うような感覚だ。
身体の上半身を起こしてみる。確かに生きてはいる。しばらく動かずにいると、頭の中の記憶がハッキリとしてきた。
死神の二人と戦って、もう終わりだなと思ってから自爆を決意。手榴弾を地面に落とした当たりで……ここで記憶はぷっつりと途切れている。
ここは何処だろう? ソファの上から降り、たち上がる。
汚い部屋だ……お菓子やジュースを飲み食いした後、片付けずに生活しているようだ。
机の上には私の銃「マキシム9」が置いてある。机を挟んで目の前にはテレビ……埃を被ってる、こりゃまた汚い。
この部屋は誰が住んでるアパートの一室かな? 何故こんな場所に……。
色々と頭の中で考えていると、部屋のドアが開いた。咄嗟に銃を構える。
「銃は降ろして欲しいな、今丸腰なんだけど」
「ナイフ使いのアイ……」
「あら? 自己紹介したっけ」
自己紹介なんてされなくても分かる、金髪に淡い青色の瞳を持つ人間なんて、このグリムヒルには一人くらいしかいない。
その女は10代後半にして、殺した人間は星の数ほど……ナイフ一本持たせれば鬼に金棒なんてものじゃない。
死神にレーザー加工された鎌だ。
「ボクを生かしてどうするの?」
「ゼロ曰く、サーリャちゃんはとても捨てがたい才能を秘めてるらしいんだよね」
ボクが? そりゃこんな街で育てば意地でもそうなる気もしなくもないけど……なんにせよ生きるためには手段なんて選ばない。
ボクを見ながらアイは微笑む……不思議と今度は、不気味さとか余裕とかそういう感じの笑いではない。
「そう、生きるためには手段なんて選ばない」
考えを読まれた! やっぱり少し不気味だ。
「それでいいんだよ。私も同じ、ゼロだってそうだよ」
アイは銃を向けられているのに、ニコニコとした表情を崩そうとはしない。
この笑顔は……これは「女の武器」だ。おそらく本人に自覚はないのだろうけど、ボクが男だったら警戒を完全に解いてる。
この笑顔に騙されて殺された人間は、いったい何人いるんだろう。
「とりあえず、やっぱりまだ武器は持たせられないか」
「え?」
ボクはただ唖然とした、両手で力強く握っていた銃がなくなっていた。それはアイの手に渡っていた。
アイはトリガーの部分に人差し指を絡めて、クルクルと回して遊んでいる。
「一瞬でも気を抜かないようにしないとね。次は腰の後ろに、ベルトで隠してる銃も貰っちゃうよ」
「バレてるのか……」
まるで見えなかった……いつの間にボクの手から銃を……この笑顔の一枚下には、死神の異名に相応しく、恐ろしい顔が潜んでいるということか。
多分ボクには永遠に及べない領域だ。
「こっちの銃は預かるよ、しばらくは1つで我慢してね」
「そろそろボクを生かしてる理由を聞かせてよ」
「そう、怖い顔しないでよ」
アイは一呼吸おいた後に、ソファに座ると説明を始めた。
ここは中層の1にあるアパート、ゼロとアイが生活の場としている住居。中層の1は極端に人口が少ないことで有名、そして東洋風の建物が多くある。
こんな場所に住んでいるのはゼロの趣味による所が多いらしい。
「静かで、どこか懐かしさを感じさせてくれる、見ているだけで心が落ち着くんだって」
「ボクが抱いている死神のスナイパーとは大違いだな」
「でしょー変だよねぇー」
アイも大分イメージと違うんだけど、見た目は超美人だけど、なんていうか……妙に、子供っぽい考え方や物の見方をしている、喋り方も。
実際こうして対面する前、ボクの想像では、もっと屈強な体格をしていて、気難しいそうな女兵士を想像していた。それが対面して、蓋を開けてびっくりだ。華奢な身体つきをしているが、笑顔を絶やさずその笑顔を見て油断でもしたら死亡フラグ確定。しかも出る所は出ている。
怖くないというのが、本当に怖いとは……まさにアイのことだろう。
そして肝心のボクを生かしてる理由については、ボクの才能が欲しいからというが? ボク自身なんの才能があるかなんて、分からない。
「サーリャちゃんの才能っていうのは、ゼロが言うには『狂人性と判断力』らしいよ」
狂人性と判断力? 判断力は確かにあるかもしれない、けど狂人性ってなんだろう。
「私達と戦った時、あなたが普通の人間ならパニックに陥り、なんの為す術もなく殺されるはずだったんだよ」
「うん? ボクは普通だよ」
「フフフフッ、今はそれでいい、ゼロの予想通りかな。才能っていうのは、他の人の視点で見ないと気づかないものだ」
笑いながらアイはドアを開けて、別の部屋へ行ってしまった。
「ちょっと何処へ? うわっ」
走ってドアを開けよとすると足元が何かに引っ張られた。右足首の周りに違和感を覚え、よく見てみると足枷がはめられている。
足枷の先はソファの足に括り付けられていて、この部屋から出れないよう、調節された長さになっていた。
これでは自由に動けない、これからどうしたらいいのだろう。
馬鹿みたいに、ここを嗅ぎ回った後に脱出した所で、あの2人から逃れられる保証はない。
ここで大人しくしていれば少なくとも命は取られないようだ。今は2人の帰りを待つしかない。
◇ ◇ ◇
「サーリャに話はしておいたよ、ゼロはこれからどうするの?」
どうもこうもない、戦闘で消費した弾丸の補充に向かう。
まさか対物ライフルの弾丸をあそこまで消費してターゲットを仕留められないとは……逃げる時にわざとコンクリート内部の鉄筋が多い場所を通りながら動くとは、やはり並外れた人間だ。
たとえ偶然であったとしても、それも才能の1つと言えるだろう。
それはそうと今は弾の補給だ、残弾がない場合、撃ち合いでは手数が減る。シアンはあらゆる弾を打ち出せるMBSだからといっても、やはりその分弾も色々買っておいて損はない。
アパートから離れ、エレベーターに乗ると、いつものようにC区の酒場へ向かった。
いつものように店の右奥のカウンターの席へ行き、座るとマスターがコーラを入れたグラスを持ってきてくれる。
「よう、今日は揃って来たな。仕事は片付いたのか?」
「半分はね、だからもう半分残ってる」
「なんだぁそりゃ?」
アイの言う通りだ、サーリャを仲間にすることが完了するまでは現状、今は中間地点だろう。
サーリャの殺害を依頼した義母を始末した上で、サーリャはどういう立ち位置が俺たちにとって相応しいのか、考える必要がある。
「半分残ってたら、まだこっちに来るのは早いだろ」
「いや、文字通り下半分の仕事はしたよ下層でね、私達の新しい仲間になれば殺さなくていいから」
アイとマスターの会話が周りにいる奴らに聞こえたのか、周囲が響く。
グリムヒルでは五本指に入る凄腕の殺し屋が新人を迎えるのだ、驚かれても無理はないだろう。
「おい、聞いたかよ」「マジか……」「羨ましいな」「馬鹿、気分次第で人を殺すような奴らだぞ」
アイが投げナイフを、わざと人の頬をかすめるように投げた。かすめられた男は、気分次第でどうこうと批判的な言葉を発した奴だった。
急に気分が悪そうな顔をして、怯えている。その男に対してアイは席をゆっくりと立ち、ゆっくりと近づいていく。
壁に刺さったナイフを引き抜いてから、笑顔で男の喉元にナイフを突きつける。
「今なんて言ったのかな? もう一度言ってみて」
気分次第で人を殺すような奴ら……噂を信じて口にするものじゃない、俺たちにはただ「これ」だけしかない……仕方のないことなんだ。
そういう世界を作ってきたのは俺たちよりも、先に生きていた大人たちだ。
「言わないと殺す」
アイの表情から笑顔が消えた。
「い、言っても、こ、殺すだろ? た、頼む謝るから殺さないでくれ……欲しいものならなんでもやるから!」
ん? 今なんでもって言ったよな? 俺はアイに駆け寄り、ナイフを握ってる手を掴んだ。
今ナイフで切り刻むより、いい方法がある。
「ゼロ……あーなるほど、それいいね。マスター、リボルバー貸してくれる?」
「あいよ、ちょっと待ってな……ほらよ」
マスターから投げ渡された、リボルバーをアイが受け取る。リボルバーは6発の弾を装填出来る標準的なモデルだ。
弾装に5個のダミーカートリッジを入れて実弾を1発だけ、アイは弾をこめると俺に渡してきた。
「ゼロ、ルールはいつも通りだから」
俺は頷く、ルールは簡単だ。
リボルバーの弾装を回転させて、ダミーだと思うなら自分に向けて引き金を引く。
実弾だと思うなら、相手に向けて引き金を引く。
単純だ、単純だが……間違えば自分が死ぬ可能性もある。一般人と俺たちがフェアに殺し合うにはうってつけの方法だろう。
「最初は、ゼロからね」
命を掛けたギャンブルだが、負けたことはない。負ければ最後だ。
このギャンブルの最大の意味は生き残った側は死んだ相手から何を貰おうと構わないということ。友達や家族が死んだ者の形見やら金やらを回収するのが当たり前だが、これは戦後のグリムヒル独自の流儀で、娯楽のひとつでもある。勝って生き残った者は「勇気と勝利の報酬」として死んだ者の所有物を好きにできる。
酒場は俺が生きるか、相手が生きるかの賭博場へと変化する。
「もちろんゼロだな、生きる方に」
マスターが何故か自慢そうにする。
「私もゼロ、生きる方に」
アイも同じく俺に掛けた。
賭博の方のルールも簡単、ロシアンルーレットで生き残ると思った方に金をかけて、勝てば掛けを外した奴らの金を、勝った側の奴らで山分けする。
ただの、金のやりとりだ。
「くっそ……こんなイワン共が考えた方法で」
相手の男が怯えた表情で、不満を漏らしている間に俺は銃口を自分に向けてから引き金を引いた。
金属のぶつかり合う音が聞こえて、弾装が回った。
生き残ったようだ、銃を相手に渡す。
「顔色ひとつとして変えないとは、まさにゼロらしいな」
「あたりまえだよ、ゼロは運もいいから」
アイとマスターがゲラゲラと隣で笑う、楽しそう……こちとら命懸けで……いや死ぬわけがないし、まぁいいか。
「クソ、クソクソクソっ! 6分の1……なら俺は、お前を撃つ!」
ここでルールの補足をしておく。
もし相手を撃つ際にダミーカートリッジだった場合、ペナルティとして自分に向けてもう一度引き金を引かなければならない、その際に弾装の回転をすることは出来ない。もし無事ならそのまま相手に銃を渡すだけ。
死んだら、死んだでゲームオーバーだ。
相手は銃口を俺に向ける。
「さ、最後に言い残すことはねぇか? 死神」
「…………」
「ちっ、無視かよ……まぁお前が死んだら隣のガールフレンドに言っといてやるよ『君のことが好きだった』ってな、ギャハハハ!」
男は引き金を引く。
弾は……出なかった。
「へっ……なんでだよ! ちくしょう! あーついてないぜ」
男は銃口を自分に向ける、手が震えていた。小物臭漂い過ぎだろう。
段々呼吸が荒くなり、汗が滝のように流れはじめた。
男は引き金を引いた。金属のぶつかり合う音が、再び鳴る。
弾は出てない、次は自分の番か。
「ゼロ、そろそろ決めちゃって」
分かってるよ、アイ。
弾装を回転させて、ハンマーを上げてロックをかける。銃口は相手に向けた。
「おじさん、最後に言い残すことは?」
「ねぇよ、俺が死ぬわけねぇんだからな」
アイの言葉に対して、余裕の表情で返事を返す男。顔と言葉だけは一丁前。
でも震えと汗が止まっていない。
俺はあくびをひとつする、そういえば昨日からずっと寝てない、これが終わったら、アイと掛け金を回収してから家に帰って眠ろう。
俺は引き金を引く、それもゆっくりと、弾が出る感触を探るように。
ズガァンという轟音が銃口から鳴り響き、男の眉間に弾は命中。座っていた椅子から崩れるように机に伏して、脊髄の反射なのか、少しだけ身体を痙攣させてから絶命した。
俺は生き残る、どんな手を使っても。
「決まりだな。さぁて掛け金をゼロに掛けた奴らは集まれよ! 今回もゼロの勝ちだ」
「…………」
「やったね、ゼロ!」
マスターの一声で酒場の連中の何人かが集まり、その中に混ざってアイは掛けた金を回収して、山分け分の金も回収してくる。
「グリム金貨が10枚と銀貨が6枚だね」
俺はリボルバーをマスターに返す、このリボルバー実はハンマーを上げて更にもう一段階上げられるように改造されていた。
手前の一段階上げただけでは、弾を発射出来ない仕組みになっている。つまりこの勝負はイカサマによる勝利。
更に言ってしまえば、アイが込めた弾は全部実弾だ。
食うか食われるか、いや撃つか撃たれるかの世界なら、これくらいやってないと生き残れない……なんにせよ生きるためには手段なんて選ばない。
俺は男の装備を回収する、ライフル弾が20発に対物ライフル弾が20発、けっこいい物を持っている。
他にアサルトライフルのAK47やハンドガンのデザートイーグルもあった。
一応貰っておこう、スナイパーの俺には無縁だが、家には期待の新人がいる。
俺はカウンターに戻ると、コーラを飲み干してからマスターに金貨を一枚渡してから酒場の外へ出る。慌ててアイも後から走って酒場から出てついてくる。
「待ってよー! ゼロー」
後ろからアイが声をかけて走ってくるのが分かる、しかしその瞬間、アイは何かにぶつかり尻もちをついた。
「いったい……」
「すまない、立てるか?」
「う、うん、前をよく見てなかった、ごめんなさい」
アイが謝った? アイがぶつかった相手の人物の人相は真っ黒の丈の長いコートを着込み、フードを被っているため分からないが、声からして年齢は俺たちと同じくらい。性別は男だろう。身長は俺たちよりも高い。
「気をつけるんだぞ」
「う、うん」
心なしかアイが気圧されているような気がした。
男は俺の横を通り過ぎる間際に、こっちを少しだけ見た、顔の全体は分からなかった、そもそも俺が人の顔を見れるはずもない。
だけど一部は別……目だけはハッキリ見えた。
その目はアイの淡い青色の瞳とよく似ていた、それと同時に何故か俺は……首筋のあたりに、獣に噛みつかれるような恐怖を覚えた。