1-8 アンリッシュド・ストラトス
協力体制は固まった。主な概要は【天昇迷宮】へ潜って戦うフレア達の支援――共闘。
一方的に手伝わせるのは気が引けるので、田舎者――という体――のセルディアに様々な情報を提供する事が交換条件となっている。
他にも、稼ぎの何割かを配給するという話になりそうだったが、それは仲間と合流してからでいいのでは? というセルディアの進言により後回しとなった。
そんな訳で。
三人はフレアの仲間が待つ孤児院へ向けて歩みを進めていた。
「貴方達はその孤児院を拠点にしているんだっけ」
「そうよ。私の親と院長が知り合いだったから、色々と良くしてもらってるの」
「……ではお仲間さんは今もその孤児院にいるんだよね? 確かあのノルベルトという男には『待たせている』って言っていたと思うんだけど……」
「あんなの適当な嘘に決まってるじゃない。……ああ、この後迷宮に潜るつもりだったし、私の帰りを待っているって意味ではあながち間違っていないかしら?」
「あ、そう……」
なんて会話を繰り広げる彼らが歩くのは、街のハズレ。主街地から少し離れた場所にある、人通りの少ない道だった。
孤児院にいる子供は全て半獣なのだ。人通りの多い街のど真ん中にある訳が無い。
セルディアとしては"そんな常識"に反吐が出そうな気分ではあったが。
彼は建物の少ない周辺を見回しながら、
「まあ、買い物がし辛いって事を除けば決して悪くはない立地なのではないかな」
「そうね。獣族の血が半分流れている身としては、人が多い建物の密集地より自然が近くにある場所の方が良いもの」
フレアが言うほど自然自然している訳ではない。城壁に囲まれた都市なのだから当たり前だ。ただ、ここら辺は人があまり手を加えない・寄り付かない場所であるが故に、自然の頭角が表れ始めているのである。
何も無いただの原っぱを眺めて歩くセルディアに、今まで黙っていたエストリカの囁き声が届く。
「(ねえディア……凄い今更なんだけど、あたしが【大精霊】だって事を隠すとなると、アンタあたしの力使えないよ? 大丈夫なの?)」
「(……こ、細かい話は後回しにしよう)」
「(考えてなかったんだ……やっぱディアってバカだよね)」
エストリカの存在を認知されている以上、憑依して姿を消す事は出来ない。もっとも、常に憑依した状態を保つのもお互い疲れてしまうため、どうしようもなかったのだが。
彼女の権能――【千変万化の蒼き炎】も、憑依していない状態では使うことが出来ない。
その上、魔力を使うと青鬼種の角が生えてしまう。
現状、彼の手札は半魔として生まれたが故に備わっていた身体能力と、17年間で鍛えた戦闘技術しかない訳だ。
強さなんてものは伝聞で把握出来る程簡単ではない。いくらフレイ達が一緒にいるからといって、せめて自衛の力くらいは持っておくべきだ。
……と、色々な問題点が湧き上がってくるが、悩んでどうにかなる話ではないので取り合えず保留する。
「あれが孤児院よ」
フレアが指差す方へ視線を向けると、そこには焦げ茶色の古びた洋館があった。主街区の住宅よりは大きいが、それでもあまり大きくはない。
何人の子供がいるかは聞かされていないが、フレア達に加えて何人もの子供が住む場所としては、窮屈に見えてしまう。
立ち止まってその全貌を見上げていたセルディアは、扉を開けて中に入ろうとするフレアに慌てて追従する。
「あら、おかえりなさい、フレア。……その子達は?」
扉の奥には薄い茶髪を後ろで一つに纏めた女性が立っていた。おそらく歳は三〇近くいっているが、それでもかなり若く見える。灰色のエプロンを身に纏い、洗濯物と思わしき衣類を持っている。彼女がこの孤児院の院長で間違いないだろう。
頭には狐の耳。フレアと同じ狐耳種の血が流れているらしい。
「ただいまコロナさん。この二人は、私達の手伝いをしてくれる人よ」
「あら、そうなの? コロナ=プレシアードといいます。わざわざ私達のために、ありがとうございます」
コロナと呼ばれた女性は、セルディア達の事を疑いもせずに微笑むと頭を下げた。
きっと、心が優しい人なのだろう。半獣として生まれてきたのだから、蔑みや非難の目で見られたことも少なくないだろうに。
逆に、こういう人だからこそ孤児院を開き、子供達の面倒を見ていられるのだろうとも思った。
「初めまして、プレシアードさん。セルディア=レイアサルトです。お役に立てるか分かりませんが、お手伝いさせていただきます」
「エストリカ。あたしはセルディアと一緒にいるだけだから、頭を下げる必要なんて無いよ」
それはエストリカなりの気の回し方だったのだろうか。
頭を下げていたコロナはようやく顔を上げ、再び小さく笑みを浮かべた。
「私が言うのもなんだけど、良かったわね、フレア。良い人が見つかって」
「……そうね。お金、集まるといいんだけど」
フレアの言葉で雰囲気が暗いものに変わろうとする。それを感じ取ったコロナは、手に持った衣服を持ち直しながら笑って、
「こんなところで立ち話していてもなんだし、早く上がりなさいな。ライラちゃん達も待っているんじゃない?」
「分かった」
フレアの返事にコロナは頷くと別の部屋に入っていった。
靴を脱いで、用意された来客用のスリッパに履き替える。その後で、セルディア等はフレアに案内されて廊下を歩いていく。
辿り着いたのは、館の隅にある一部屋。
ここにフレアの仲間達がいるらしい。
何故か緊張して息を呑むセルディア。
そんな彼にはお構いなしに、フレアは扉のドアノブを捻った。
「帰ったわよー」
「あー、やっと帰ってきたー。適当に依頼受けて帰ってくるだけのはずなのに遅いー!」
聞こえてきたのはセルディアと同い年か少し下くらいの女の子の声。
「フレア。リルの言うとおり帰りが遅かったが、何かあったのか?」
「心配してたんですよぉ?」
続くのは堅い口調をした女性の声と、非常にゆったりした喋り方をする女の子の声。
――そこまで聞いて、未だ部屋の外……中から見えない位置に立つセルディアは固まった。
理由は単純。
(女子しかいない訳なんだがーっ!?)
女五人の男一人。いくら手伝いをしている間だけとは言え、肩身が狭いにも程があるのではないだろうか。勿論女の子が大好きな思春期真っ盛りのセルディアとしては文句なしのハーレム(?)状態なのだが、程度と言うものがある。
せめて一人くらい男がいて欲しかったなあ……と心の中で嘆くも、彼の心中に関係なく時間と展開は進んでいく。
「まあ、何かあったって言われれば、あったわね」
「なっ、人族に襲われたのか!?」
「いやいやいや、違うわよ。実は、結構良い話なのよ」
フレアの言葉に返事はない。
おそらく、部屋の中にいる三人がそれぞれ首を傾げたりしているのだろう、とセルディアは勝手な想像をする。
「じゃあ……良い知らせって何?」
「うん。実はね、私達を手伝ってくれる人が来てくれたの。……入って」
部屋の中に入って一歩横にズレたフレアに手招きされ、セルディアは頷きながら扉の影から姿を出す。エストリカもそれに続き、セルディアの横に並んだ。
「えーと……手伝いをさせてもらうセルディア=レイアサルトです」
「エストリカよー。よろしく」
――予想通り、あまり好ましい反応は帰ってこなかった。
◇
「こんな、女を見てヘラヘラとした笑みを浮かべそうな男……フレア、お前、騙されているんじゃないのか?」
あながち間違っていない上に特技まで指摘され、ビクリとした反応を示すセルディア。
そんな図星を突いた発言をしたのは、両耳の丁度上辺りから竜人種の角を生やした女性だった。
黒いポニーテールに黒い瞳。肌は特に褐色という訳でもなく、人族と変わらない肌色。おそらく一番年上なのだろう。他の二人よりも大人びた雰囲気を纏っており、エストリカと張り合う程スタイルも良い。
「フレアっておっちょこちょいなところがあるからねー」
ニコニコ笑いながら言うのは、狼牙種の血を持つ少女。
焦げ茶色のロングヘアーはうなじの辺りで上に折り返され、つむじ近くで水色のバレッタを使って留めてある。橙色の瞳が見せる楽しげな様子は明るい性格を浮き彫りにしており、ピコピコと揺れる狼耳が更にそれを強調する。
「でも、二人とも良い人そうですよ?」
淡い金髪セミロングの少女が柔らかなソプラノボイスで言う。
頭の上から横に垂れる様にある犬耳は、犬尾種との半獣である事を如意に示している。表情にはふわふわした笑みが浮かんでいて、セルディア等に対して全く警戒していない事が分かった。
「しかし……」
「まあ、ロカが警戒するのも無理無いと思うわ。私だってそうだったから」
フレアは竜人種の女性――『ロカ』の言葉を肯定しつつも、首を振った。
「でも、なんとなくこの二人は私達を裏切ったりしないって思うの。根拠を言え、って言われたら難しいんだけど……。ええ、そうよ、セルディアなんか私の事を庇ってノルベルトに喧嘩売るくらいだしね」
「……、」
ロカはその言葉を聞いて、視線をセルディアとエストリカへと巡らせた。向けられた当の本人らは、方や背筋をビシッと伸ばして姿勢を正し、方や視線なんて気にしてないぞと言わんばかりに部屋を見渡している。
しばらく二人を見据えていたロカだったが、やがて小さく溜息をつくと、
「まあ……フレアがいいと言うなら私はそれに従おう」
「リルもさんせーい!」
「わたしも大歓迎ですよ」
次々と上がっていく声から、フレアに対する三人の信頼度が強く伝わってきた。
ギルドに来るのがフレアだけなのは、人族からの悪意を他の三人に向けさせないためなのだろう。事実、依頼を受けるだけならば全員で行く必要は無い。
そんなフレアの心遣いを知っているからこそ、三人は感謝の気持ちを信頼に換え、彼女を慕っているのだ。
「ありがとう、みんな」
眉尻の下がった、しかし嬉しそうな笑みを浮かべると、フレアは後ろに立つセルディアとエストリカの方へ振り返る。
「それじゃあ、自己紹介といきましょうか」
「はーいはいはい! ボクはリル=レイライン。よろしくね、セルディアくん、エストリカちゃん」
振り返ったフレアの肩の上から顔を出す、狼牙種の耳と橙色の瞳。フレアより背の低い少女――リル=レイラインは身長が足りない事に小さく唸った後、諦めたのか横から顔を出してニッコリと笑みを浮かべた。
「……ロカ=ヘルフィトルだ。先ほどは不躾な言葉を、申し訳ない」
「い、いえいえ、(……否定できなかったし)」
「???」
頭を下げて謝るロカ=ヘルフィトルに、慌てて両手を横に振るセルディア。
実際彼女の言葉は的を得ていたし、一番年長者らしい彼女が誰よりも他人を警戒しなければいけない立ち位置にいる事は理解できる。
そんな彼女は、セルディアの囁き声を聞き取れなかったのか小さく首を傾げていた。
「わたしはアリア=ハーレンダイツです。よろしくおねがいしますね」
両手をそろえて丁寧にお辞儀をしてくるアリア=ハーレンダイツに、セルディアも思わず反射的にお辞儀を返す。
顔を上げると、フレアの碧眼と視線が絡んだ。
彼女は微笑を浮かべて、告げる。
「……そして私が、この『アンリッシュド・ストラトス』のリーダー、フレア=フレイアルスよ。改めてよろしく、二人とも」




