1-7 Its initial impulse was what?
「シグルーン=ランドグリーズ……」
ノルベルトが、階段を下りてくる美女を見て忌々しげに呟く。
声の主は、ギルド内で武器まで取り出して争う二人を見咎めたシグルーンその人だった。
打ち付けられていた大剣が退くのを見て、セルディアも【霊剣】を鞘に戻す。
白銀の髪を揺らして二人の側まで歩み寄った彼女は、新参者のセルディアではなく顔が売れているノルベルトへと尋ねた。
「これは一体どういう状況ですか?」
「……、」
ノルベルトの返事は無い。
事情はどうあれ、先に武器を抜いたのはノルベルト。
例え刃を向ける相手が、半獣を庇うような行動を取ったセルディアだったとしても、その事実は揺らがない。
シグルーンは厳格な人間だ。
この迷宮都市に居つく探求者なら誰もが知っていることである。
言い逃れは出来ない、そう悟った上での沈黙だった。
黙りこくるノルベルトの様子を見て、シグルーンはゆっくりと瞑目する。小さく息を吐き、セルディアとノルベルトの二人に対して言う。
「公共の場での私闘は控えるように。関係の無い人を巻き込みかねません」
「……、」
「分かりました」
尚も口を開かないノルベルトとは違い、セルディアは素直に返事をする。だが、意識の大半はまったく別のところへと向かっていた。
(やっぱり、かなり強い。魔力を使わなきゃ勿論、使っても勝率は五分五分かもしれないな)
魔術の力が無ければ間違いなく勝つ事はできないだろう。使ったとしても怪しいところである。
【秘巧の刻印】によって引き出された潜在能力の差も大きそうだ。まあ、そもそもセルディアはまだ全てのステータスが熟練度0なので無理も無いが。
(それに……さっきは焦っていて気がつかなかったけど、確かにこの人、精霊術師だ)
精霊は適正のある者にしかその実態を見ることはできない。【大精霊】が人としての身体を持ち、現世に実体化しているのはその『存在力』の差ゆえだ。
【大精霊】に"愛される"程の適正を持つセルディアは、勿論の事、マナの集合体である精霊の姿を『視る』事が出来る。
とは言え、普段からずっと視える状態だとかなりの疲労が蓄積する。まるで心霊写真に映るオーブが常時視えるのと同じだからだ。それでは困るので、普段は電気のON/OFFの様に、視る視ないを切り替えしている訳である。
視ないようにしている時は、『あの人の近くには精霊の気配を感じるなあ』程度の認識でしかない。
「……何か?」
漂う雷と風の精霊を見ていると、シグルーンがセルディアの様子を伺って首を傾げた。
「え? ああ、いえ、なんでもないです」
「……そうですか。では、私はこれで」
何か含みのある表情を浮かべたシグルーンは、静かに一例して扉の方へと歩み去っていく。
遠ざかる彼女の背中を見送っていると、横で憎々しげな舌打ちが聞こえてきた。
取り巻きをつれてノルベルトが離れていく。
これ以上は事を荒げるつもりは無いらしいと判断して、セルディアは微かに脱力する。
「はぁ……」
「ねーねーディア。アンタ、あのシグルーンって子の背中熱心に追っちゃってさぁ、もしかしてああいうのがタイプなの?」
「人が疲れきっているところに面倒な話をぶっこむのはやめてくれないかな……」
厄介事が去って気苦労の溜息をついた所へ、高みの見物をかましていたエストリカの茶々が入る。
ニヤニヤする巨乳大精霊を適当にあしらいつつ、立ち尽くしているフレアに声を掛ける。
「……取り合えずここを出ようか」
「え? あぁ、うん……」
話に置いてけぼりにされていたフレアは、セルディアの言葉に呆然と頷く。扉へ向けて歩き出すセルディアとエストリカを黙って追いかけた。
扉の外に出ると、ギルド内の熱気がない清々しい風が吹いていた。加えて酒臭さも無い。
新鮮な空気を目一杯吸い込んで先ほどの出来事を完全に忘れ去る。
気を取り直し、セルディアは後ろから着いてくるフレアに振り返って尋ねた。
「で、どうしよう。立ち話もなんだし、どこかゆっくり出来る場所が良いと思うんだけど。……ああ、仲間が待っているんだっけ? だったら待ち合わせ場所に行った方がいいのかな」
「……、」
提案するセルディア。だが、対するフレアはその表情に訝しげな色を浮かべていた。明らかにセルディアを怪しみ、一歩引いた位置から眺めている。
立て続けに起きた出来事による困惑が解けて、渋滞していた思考回路が開通したのだ。
眉を寄せ、警戒しながらセルディアに問いかける。
「君……どうして私みたいなのに構うのよ。一体どういうつもりなの?」
「みたいなの、って……」
流石に自分を卑下しすぎだろうと感じたが、子の世界にとってはそれが常識なのだろう。
自分を下に、それ以上を上に。出すぎた行為・発言はその身を滅ぼす。だから自分を守るためにそんな態度を取る。
何はともあれ、フレアの警戒は至極全うなものだった。
「今まで私達を助けてくれる人なんていなかった。君みたいに助けてくれるって言ってくれる人さえいなかった。受付嬢の反応見たでしょ? 私達は会話をすることさえ嫌がられるの。ノルベルトみたいな物好きもいるけどね」
「……、」
「それなのに、突然現れた何処の誰かも分からない人に手伝ってあげるなんて言われても、信じられる訳……ない、じゃない」
歯切れが悪いのは、きっと彼女に何かしら思うところがあるからだろう。
今まで誰も助けてくれる人がいなかったから。差別され、邪険にされてきたから。だからこそ、救いの手を差し伸べられたとしてもそれを信用する事ができない。信じたいけれど、容易に信じる事が出来ない。信じた結果裏切られるのは耐えられない。
「それに君、さっき探求者になったばかりなんでしょ? そんなのが役に立つとは思えない」
「……、」
本当は手伝って欲しいはずなのに、遠ざけようとしているような節を感じ取った。それもまあ、無理は無いと心の中で思いつつ、頭を働かせる。
セルディアとしてはもう手伝う気満々なのだ。
資金を集める必要があるから探求者活動はする。だが、それ以外にはこれといって大した予定も無い。
迷宮都市に長い人と共に行動すれば、必要な知識もすぐに吸収できるかもしれない。
どうせ迷宮に潜るなら、フレアとその仲間が一緒でも問題ないはずだ。むしろそっちの方が安全だし、セルディアとしても有難い。
なにより、と心の中で呟いて、セルディアは口を開いた。
「……俺さ、ずっと前に、助けたかったけど助けられなかった命があったんだ」
「???」
首を傾げるフレアに構わず続ける。
「その子はその時まで顔も見たことがない、会話をしたことも無い、全く見ず知らずの赤の他人だったんだけど……結局助ける事はできなかった」
「……、」
「あんな思いはしたくない」
セルディアは自分でも無意識に、酷く悲しげな表情を浮かべて告げた。
「何もしないで、何も出来ないで後悔するのは、もう嫌なんだ」
そこまで言ったところで、セルディアはようやくフレアが沈黙している事に気が付く。
次いで、突然一人語りを始めた自分がおかしいと思い至って慌てて取り繕った。
「え、えーと、まあそんな感じの理由で、もうあんな思いはしたくなくて、その……」
こんな事は相手にとってただの言葉でしかない、時が付いたセルディアはたじたじで、エストリカが横で肩を竦める程だった。
だが、フレアはそんな彼の様子を見て微笑みながら言う。
「そっか。……分かった。信じてみるよ、君の事を」
完璧に変な人認定されたなあ、なんて諦めかけていたセルディアは目を見開く。
「なーに、その顔は。ていうか、私が手伝ってもらう側で、そっちは手伝ってあげる側なのに、どうして君がそんなに必死になるの? 態々過去の話まで持ち出して。そこが妙に怪しー」
「え、あ、いや、それは……」
「君の行いはきっと自己満足なんだね」
彼女の言う通りかもしれないと思った。困っている人を助けられない。それが嫌だから行動する。
「なんていうか、損な性格をしているというか、苦労しそうというか」
人助けは自己満足の過程でしかない。
自分の為に誰かを助ける。
なら、それは。
突然現れて『困っている人を助けるのは当たり前だろ』なんて言葉を使う人よりも、信用に値するのではないか。
少なくとも、半獣という差別され忌み嫌われる身であるフレアにとっては、そう思えた。
「私の名前はフレア=フレイアルス」
彼女は告げる。
「お世話になった孤児院が潰れそうなんです。力を、貸してください」
頭を下げるフレアに、セルディアは笑顔を浮かべて応じた。
「――了解した。俺はセルディア=レイアサルト。力を貸すよ」
そう言ってすぐ、笑みを苦笑に変えたセルディアは頬を掻きながら、
「なんていうか、こんな頼まれ方をしたのは初めてだよ」
「……手伝ってもらう人に、最低限の礼儀を払えないのは嫌だから」
顔を上げてそっぽを向いたフレアは、続けて両手を組んで言う。
「それと助けてもらうんじゃなくて、手伝ってもらう、だからね。君一人に任せる訳じゃない。私達だって、君と一緒に戦うんだから」
ただ守られたり、助けられたりする関係ではない。
あくまで、隣に立って一緒に戦うんだ、という意思表示をするフレアにセルディアは苦笑して応じる。
「話はまとまったのー?」
と、そこで、近くの出店から漂う美味しそうな匂いに釣られていたエストリカが戻ってきた。
「……そういえば、この人は?」
「ああ、あたし? あたしはねー、ディアの彼女!」
「っ!?」
セルディアが説明しようとしたところにエストリカが割り込み、挙句の果てに爆弾を投下する。
いや、爆弾と言うほどのものではないかもしれないが。
ともあれ、セルディアの後ろからしな垂れかかり、凶悪な双丘を押し付けて言う彼女の言葉からは、少なからずの信憑性を感じ取れてしまう。
「へ、へぇー、そうなんだ。綺麗な彼女さんだね」
「違うからね! エストは、そう、幼馴染! 本当に小さな頃から一緒に居て、腐れ縁みたいなやつ!」
「えー、腐れ縁っていう説明は流石に酷くない?」
正直に『エストリカは大精霊で俺はその契約者』なんて言える訳も無く。
限りなく嘘ではない、妥当な答えを提供したところでエストリカは口を尖らせた。
「あ、いや、ごめん」
「全く、ディアはもう少しデリカシーっていうものを持った方がいいんじゃないかな?」
エストリカは尚もしな垂れかかったまま、指でセルディアの頬をつつく。やられている本人は、表面上その仕草を嫌がっている様に見えるが、本気で嫌そうには見えない。
じゃれあい。
それも、かなり仲がよさげな。
例えるなら、安定期に入ったカップルのその後、みたいな。
「……、」
フレアは目の前でイチャイチャする――様に見える――二人を眺めて、小さく溜息をついた。




