とある少年のモノローグⅰ
少年は夢を見ていた。
時の流れを否定する巨大な氷の中で、長い、『自分が歩んできた人生』という夢を。
※ 時系列 #3 ※
あらゆる生命が枯れ果てた暗い大地が広がっていた。まばらに立つ木はもはや墨の様に黒くなり、木葉の一枚もついていない。足元を転がるのは硬い砂と角ばった石のみ。生命を感じられるものは見当たらなかった。
【黒枯れの地平】。
魔族が住まう【魔性大陸】の中でも、黒く死の情景が広がったこの場所は、人々にそう呼ばれている。
多種多様な身体的特徴をその見に宿す魔族。人族・獣人族と合わせて三族で構成されるこの世界において、彼等は最も疎まれる存在だった。
そして、現在。
魔族は人族からの一方的な宣戦の下、防戦一方の圧倒的不利な戦争で滅亡の危機に直面していた。
「……、」
戦争の渦中となった【黒枯れの地平】に、一つの人影が佇んでいた。
人族と魔族、二つの種族の血を受け継ぐ少年は、薄暗い曇天を見上げて言う。
「エスト」
《ん。なーに、ディア》
愛称を呼ぶ少年に応じる声がどこからともなく聞こえてくる。青白く輝く光が彼の周囲を舞った。眩いばかりの光はその量を増やしていき、やがて一つの人型を形成する。
大きな胸を揺らしながら着地したのは、瑠璃色の髪と瞳が特徴的な美少女だった。
「もうすぐここを人族の部隊が押し寄せる。力を貸してくれ」
最後の一言だけで、言葉の真意を全て理解したエスト――【大精霊エストリカ】は頷きながら答える。
「勿論分かってるよ。任せて」
「本当、頼りになる。悪いね、こんな危険な場所にまで付き合わせちゃってさ」
「気にしてないよ。それがディアの性分で、あたしが止めても一人で勝手に突っ走っちゃう事は前から知ってるから」
「……それ絶対気にしているよね」
いつもの様な軽口の応酬をしながらも、ディアと呼ばれた少年――セルディア=レイアサルトの顔色は優れない。思いつめる表情の裏で浮かべるのは、人族の部隊が進行してくる方角に広がっていた死体の群れの記憶だ。
「前線にいたのは、もう、俺達だけになってしまったみたいだね」
「そうね」
落ち込んだ声音で告げられた言葉に、エストリカは一言で応じる。
――彼等は今、攻め込んできた人族の一部隊を向かい打つ為、この場所に立っていた。
「向かってくるのは【断濁の宝剣】の人ではない。どうやらあの人は別ルートを行ったみたいだ」
「宝剣に選ばれし者。人族に現れた勇者、ね。アイツさえ現れなければ、人族は魔族を滅ぼそうなんてふざけた事を考えなかったかもしれないのに。馬鹿みたいな王に『魔族は悪だ』って洗脳されちゃって。迷惑な奴」
【断濁の宝剣】。
この世界に存在する【七つの神器】の一つである、魔族殺しの聖剣だ。
「その思想は昔からあったんだろうさ。魔族の起源が悪魔とか鬼――『不浄な生命』であるってだけで、存在を忌避する。その段階で色々と物申したいところではあるけれど。結果的に勇者様は、魔族に対してわだかまっていた負の感情を『戦争』って形で出力する『引き金』として十分過ぎる程に役立った訳だ」
「直接的な原因だったのか、ただのきっかけだったのかなんて関係ない。どっちにしても、気に食わない」
セルディアはそう吐き捨てたエストリカに困ったような表情を向けつつ、
「多分、魔王さんは勇者の対応も怠っていないはずだよ。そう簡単に城に近づけさせるとは思えない。きっと、側近の誰かを向かわせてる」
「で、ディアはこれからかち合う相手を倒した後、その誰かさんの加勢に向かう訳だ」
「……、」
彼女が――大精霊五人が使える『憑依』の権能は、対象の思考を読み取る事が出来る。先程までセルディアに憑依していたエストリカには、彼の考えが筒抜けだったのだ。
そんな事は分かっていた。その上で言葉を返せず黙り込んでしまうセルディアに、エストリカは微笑みながら告げる。
「そんな申し訳なさそうな顔しなくていいってば。大丈夫。あたしはどこまででも、ディアについて行くって決めてるんだから。向かう先が危険だらけの死地だったとしても、あたしはディアと一緒に戦うよ」
「……まったく、敵わないなぁ、エストには」
「あははー。いつから一緒にいると思ってるの?」
優しい手つきでセルディアの頭を撫でる。マイペースなお姉さん系のエストリカと、バカだけど真っ直ぐなセルディア。二人の間には、家族以上の関係が築き上げられていた。
「見えてきたね」
「ああ」
セルディアは前を見据えたまま短く頷く。
「かなりの数だよ。大丈夫なの?」
「問題ないさ」
「……あたしも戦おうか?」
「ダメだ」
彼女の提案を否定するセルディアの語気は強い。事情を知らない人が聞いても、決して譲れない何かがあると分かるくらい、彼の声音は真剣だった。
「エストは戦わなくていい。俺一人で、十分だ」
前からは人族の大群が津波の如く迫ってきている。その数およそ一〇〇。先頭を歩く巨剣を背負った男は部隊の将だろうか。なんにせよ、一人で相手をするような数ではなかった。
それでもセルディアは大精霊に戦わせようとしない。
「そ。それならあたしはディアの事を信じるよ」
「ああ。――任せろ」
【大精霊エストリカ】は再び青白い光の粒子を撒き散らし、その姿を消し去った。いわゆる憑依の状態に移ったのだ。
肌を突き刺すような攻撃性を持つ魔力反応を覚え、向かい来る軍勢を睨みつける。
「エスト」
《分かってるよん》
直後、前方から無数の術式が飛んできた。パッと見ただけで二〇を越える火の槍や氷の礫。魔力を用いて発現する『魔術』という名の超常現象。
中でも、"魔術的戦闘性能"を持つそれらの汎用術式は『術法』と呼ばれていた。
灰色の空に点された眩い色彩を見据え、セルディアは術韻を紡ぐ。
「千変万化――フレイヴェルグ」
声は、続けて巻き起こされた爆発音によって掻き消された。数多の術法が黒い大地を抉り、土煙を舞い上がらせる。削り取られた岩石の破片が四方八方に飛び散り、乾いた音が鳴り響く。
自分の部隊に、正面に立つ"障害"目掛けて術法を放つよう命令した男は、その光景を眺めて喉を鳴らした。
「ククッ、まさかこの程度で死ぬ様な奴がいたとはなァ。あまりにも呆気なさ過ぎるんじゃねえか? ここは戦場で、その最前線だぞ? ま、最前線つっても大半の魔族はくたばっちまってるけどよォ」
出会った魔族をもらさず屠ってきた男は笑う。
「さーって、邪魔者も無くなった事だし、さっさと――」
言葉は最後まで発せられなかった。
爆発による土煙の中から銀色の何かが飛来する。
投擲用短刀。刃渡り一〇センチメートルも無い凶器が狙うのは、先頭の男、その心臓。男の不意を突けた攻撃だったが、明確な殺意は感じ取れない。あくまで牽制。
故に男は、自分の巨剣を振るい、容易く投擲用短刀を叩き落しながら、ニヤリと笑って、
「ほォー? さっきの術法の嵐を耐え切ったのか。ただの雑魚って訳じゃあなさそうだなァ?」
爆発が収まったその先には、多くの術法に襲われたはずの少年が立っていた。
靡くウェーブ掛かった濃い蒼色のミディアムヘアーに、透き通るような青色の瞳。額からは一本の角が生え、彼がただの人族ではない事を如意に示している。黒を基調とし、ライトな蒼色のラインが描かれたコートには、傷一つ付いていない。両肘に当たる部分には丸型の穴が施されており、そこから額のものと似た角が突出していた。
半魔。
少年――セルディア=レイアサルトは、魔族の一門【青鬼種】の父と、人族である母との間から生まれた忌み子の一人だった。
彼の両手に握られるのは二本の短剣。銀色に輝くその刀身には、【大精霊エストリカ】が持つ権能、千変万化の蒼い炎が輝いていた。
静寂が場を包み込む。瞑目したまま立つセルディアは、やがてその瞼を開いて男を見据えた。心を殺したハイライトの薄い視線を受け、男は何かが背筋を這う感覚を覚える。
「ここから先に、貴方を通す訳にはいかない」
どうして戦争なんて悲しみしか生まない無益な事をしてしまうのか。どうして平和に暮らす事が出来ないのか。そんな疑問はもう浮かべない。
認められない。納得はしたくない。それでも答えはもう出てしまっているから。
「貴方みたいに、喜々として命を殺す様な人を放っておく事は出来ない」
「あァ? なんだテメェ。なめてんのか?」
「……、」
「つーかこっちはこの数だぞ? テメェ一人で勝てるとでも思ってんの?」
嘲笑交じりで言う男に対し、セルディアの表情は変わらない。
「何より、この俺が誰だか知ってりゃあそんなバカみたいな考え――」
「貴方が誰であろうと、人数差が大きかろうと、そんなことは関係ない」
「……あん?」
「出来なければここで死ぬ。それだけだ」
分かりやすい開戦の合図なんてものはない。
一〇〇対一の戦いが、幕を上げる。
差し替え。
次話のなんとかなるさ、きっと。はこの話の続きではありません。
検索除外中なので適当な感じで更新していきます。




