後編
「起きろ!朝練すんぞ!」
うるさい声にたたき起こされた。
まだ朝の五時半だ、出勤まで2時間はある。
「早くしろ!練習すんぞ!」
俺は眠たい目を擦りながら声のする方に振り向いた。ひさ子が仁王立ちで俺を見下ろしている。
「こんな朝早くからやんのかよ…、俺今日仕事だぞ?」
昨日の一騒動でなんだかんだ寝たのが夜中の二時になってしまった。正直今すぐにでも目を閉じてしまいたい。
「当たり前でしょ?楽器っていうのは常に触っていないと上達なんてしないわよ!」
しょうがなくベースを持つ俺。早速メジャーコードを弾いてみる。
(C~D~E~F~G~A~B~C~♪)
「違う!もっとここ押さえて!ここ!」
早速ダメ出しが入る。
「ベス子はここの方がもっといい音で鳴くのよ!」
もっかいやってみる。
(C~D~E~F~G~A~B~C~♪)
「違う!ここよここ!」
またダメ出し。
結局そのまま出勤時間を迎えてしまった。
「全然だめね!帰ってきたらまたやるわよ!」
どうやら今日も寝れなさそうだ…。
一か月後…。
「どうしたお前?だいぶやつれてんぞ?」
会社の同僚が心配そうに聞いてきた。
「…ああ、まあ色々あってなあ。」
けだるそうに俺が返事をする。
「そうか…、おまえそういや一人暮らししたばっかだっけ?もしかしたらなんかヤバい物でも憑いてんじゃねえのか?お祓い行ってみろよ。」
とても勘の鋭い奴だ。
「そうかもな…。」
まんざらでもない顔をして返事すると、同僚は笑いながら俺の肩を叩いてこう言った。
「なんてなwwどうせ女が毎晩ねかせてくれねえんだろ?憎いねえコノコノ!w」
同僚は笑いながら外回りに出かけて行った。
全く持って勘のいい奴だ。俺のウチを盗撮でもしてるんだろうかと疑ってしまった。
夜
「ただいま…」
「おう!待ってたぞ♪早速練習だ!」
「ちょっと待て!飯だけ食わせてくれ。おまえは幽霊だから平気なのかも知れんが俺は生身なんだぞ!」
「そうか!じゃ早くしろよ♪」
「わかった。」
ちなみになんで俺が一か月もの間キレずにひさ子に逆らわずにいるのかと思われるかもしれないが答えは簡単だ!
ひさ子がメッチャ俺のタイプだからだ!
しかもたまに夜の演奏会もやらせてくれるからだ!
世の中には(コイツダメだわ…)と思ってる人もいるかもしれない。だが!!なぜか実際触れることが出来るのだ!俺も男だ!仕方ない!
しかも次の日の朝にはものすごくうまくなっているのだ!!
ベースの方がな!
そんなこんなでお互い利害(?)が一致しているのもあってうまく生活出来ていた。
半年後…。
「起きろー♪練習だぞ!」
かん高い声に反応して俺は目を覚ました。
「なんだよー、今日休みなんだけど俺。」
正直もっと寝ていたかった俺はつっけんどんに返した。
「ダメだぞ!一日も休むなって言ったでしょ♪多少うまくなったからってうぬぼれるとすぐダメになるよ♪」
「あーはいはいわかりました。とっとと成仏してもらわんと困りますからねー。」
俺はわざと心にもないことを言った。
「まーたそういう事言う!どーせあたしがいなくなったら遅刻ばっかのぐうたら野郎になるくせに♪」
最近は本当に充実していた。
ひさ子との生活が俺のすべてに感じられた。
なんだろうかこいつは始めこそツンツンしていたが最近はめっきりそんな様子もなくなっていた。俺がどんなに仕事で遅くなってもひさ子はずっと起きていて待っててくれた。そういう日は流石に練習はほどほどにしてくれてむしろ一緒にいてくれる時間を増やしてくれた。
ここしばらくずっと一人だった俺にとってそれはとてもうれしい事だった。
俺はどんどんひさ子に惚れていった。
一年後…。
「おお、おまえだいぶ血色よくなってきたなぁ!半年前はゾンビが出勤してるかと思ったぞww」
同僚がノリノリで近寄ってきた。
「そうか?」
俺は素知らぬ顔で答えた。
「遂にフラれたかあwwまあこれで夜ぐっすり寝れんならよかったじゃねえかww」
そう、俺はもう無理に練習しなくてもよくなった。
あの頃のスパルタレッスンをする必要がなくなったからだ。
もちろんベースを触らない日はない。
帰ったらまず先に触りにいくほどだ。
8か月前、最期のレッスンの後、ひさ子が言った。
「ホントはもっと早く成仏できたんだぞ!」
「なんで成仏しなかったんだ?」
そう尋ねるとひさ子は少し恥ずかしそうにうつむいてこう言った。
「…だって真剣だったから、練習も…、…あたしに対しても…!」
そりゃそうだ!男なんてもんは惚れた女が出来たらそれしか見えない生き物だ!
常にひさ子と一緒の時間が過ごせるように努めてきた!
「だけどもうお別れだよ、今までだましだまし時間を引き延ばして来たけどもう今日で限界なの」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
「ごめんね最初ひどく当たって。あたしホントは最初から狙ってたんだ…。」
「どういう事?」
「そっちが一目惚れだと思ってたでしょ?実はあれあたしが念じたからなんだぁ…♪」
これは予想外だった。
「なんかこいつならあたしとベス子の事大事にしてくれそうだなと思ってさぁ…♪」
「まじかよ、アハハ…。」
俺らは呆れたように笑って泣いた。
「あたしの代わりだと思ってベス子大事にしてね。」
そう言いながらひさ子は成仏していった。
ポットからは二人で一番練習した曲が流れていた。
こっちが一方的だと思ってたら実は向こうからだったのか。
こんなこともあるのか。
さて今日もベースを弾こう。
完
思いつきで書いてしまいました。
短くて読み応えなかったらすみません!
他に長編(予定)の物も書いてますのでよかったらそちらも見て頂けると嬉しいです。